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2021年7月1日から2日間にわたって開催された「グローバル メガトレンド フォーラム 2021」のキーノートセッションは、PwC Japanグループ代表・木村浩一郎がモデレーターを務め、パネリストに東京大学産学協創推進本部でスタートアップを支援している馬田隆明氏を迎えて、PwCのグローバルリーダーシップチームのメンバーとして戦略とリーダーシップ開発の責任者を務めるブレア・シェパードとともに、新たな未来に踏み出すキックオフを行った。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大が浮き彫りにしたグローバルシステムの危機について、その輪郭と構造を明らかにした後、成功を再定義することの必要性を共有し、新たな成功を目指して行動を起こす大きな転換期に企業が果たすべき役割などについて意見を交わした。
キーノートセッションはまず、COVID-19の拡大に伴って明らかになったグローバルシステムの限界に焦点を当てる、ブレア・シェパードのコメントで幕を開けた。世界の全階層に「痛切な懸念」(シェパード)が存在し、その内容はADAPTという枠組みで整理できると紹介した。Asymmetry(非対称性=貧富の差や世代間、地域間の差の拡大)、Disruption(破壊的な変化=テクノロジーの広がりとそれが個人、社会や環境に与える影響)、Age(人口動態がビジネスや社会、経済に与える影響)、国や社会の間のPolarisation(分断)とそれに伴う地政学的秩序のゆらぎ、そして社会におけるTrust(信頼)の低下である。
ADAPTは世界60カ国でリーダーや市民に対して実施したヒアリングから導き出された。シェパードはさらにこれを14カ国での調査で深堀りし、これらの懸念はより切迫した「危機」に集約されるとしている。それが下図に示した4つの危機であり、COVID-19の拡大によってそれらの危機が加速していると警鐘を鳴らした。
世界が直面する4つの危機
シェパードが最初に挙げたのは繁栄の危機である。「世界中で、将来に希望が持てないと考える人が増えています。未来に希望が持てない状況では、人々は投資をやめ、クリエイティブな創造活動をやめ、挑戦することをやめてしまいます」と話し、結果として社会全体の活気が失われ、繁栄の実現が危機にさらされていると説いた。また、産業や社会に多くの便益をもたらしたテクノロジーも、思わぬ形で世界に影響を及ぼし、これが2つ目の危機となっている。社会のあらゆるところにテクノロジーが組み込まれ、利用されることで、二酸化炭素の排出量が増え、深刻な気候変動を招いている。しかも、「プラットフォームテクノロジーは勝者独り勝ちの性質を持つため、富の格差拡大が急速に進んでいます」(シェパード)
教育や警察、法制度といった、組織や社会システムに対する信頼も低下している。これが3つ目の危機である。「社会に変化をもたらすテコとなるべきこれらのシステムへの信頼がない状態で、どのように、最初の2つの危機と向き合い、世界を変革させていけるでしょうか」とシェパードは問い、さらなる危機を示した。「これまで述べた問題に立ち向かうために、リーダーには、これまでのような単純で画一的な価値観に基づく指導力ではなく、矛盾し合うさまざまな事柄にうまく対処することが求められますが、これは誰にでもできることではありません。テクノロジーに精通しつつ、人間の性質を深く理解するヒューマニストでなくてはなりませんが、これらを兼ね備えた人は多くありません」(シェパード)
4つの危機を説明する過程で、シェパードは、個々の問題がいかに切迫しているかを強調し、対応の遅さを憂いた。気候変動一つ取ってみても、解決に残された時間は「あと10年しかないのです」(シェパード)。各国政府は問題に立ち向かう準備が十分とはいえず、社会システムはそれ自体が変化を求められている。そのような状況で、変化の担い手として、企業に期待を寄せる。「私たちが問題に対してうまく対処することができれば、この世界は素晴らしいものになるのです。重要なのは、とにかく動き始めることです」(シェパード)
ここでモデレーターを務める木村浩一郎が、「地政学、あるいは、経済に直結しているという意味で最近用いられる“地経学”的なコンテクストも、日本から見たときには複雑性を増す要因になっていると思います」と、地理的にも経済面でも米中両国と深い関わりを持つ日本の立場からこの問題を捉える上での視座を提供した。
PwC Japan グループ代表 木村浩一郎
シェパードが主要な変革の担い手として期待を寄せた企業もまた、テクノロジーを取り入れながら、経営の形を変化させてきた。東京大学でスタートアップ支援を手掛ける馬田隆明氏によると、「経営戦略=事業戦略」の時代が1990年代まで続いた後、グローバリゼーションが進んで金融経済が発達し、資本政策と事業戦略との融合が起こった。そして日本では、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、国連提唱のもと発足したESG投資の世界的なイニシアティブである責任投資原則(PRI)に署名した2015年以降は、社会的・公共的なインパクトを持つ企業に資金が集まるようになっているという。CSV経営を実践しSDGsに貢献する企業に対するESG投資がその典型である。「公共的なミッションを持つ事業に政策的な資金を流すミッションエコノミーの動きも強くなってきています。CSV経営とESG投資、ミッションエコノミーが合流したインパクトと、資本政策、事業戦略を合わせたところにこれからの経営戦略があると見ています」(馬田氏)
馬田氏は、優れた社会的インパクトを示す企業やリーダーには資金だけでなく、人材、顧客、パートナーが集まる時代が到来していると語り、その背景をこのように読み解いた。「4つの危機や地政・地経学的な不確実性など、不安や変数が多数存在し、社会が変わっていく状況だからこそ、何を大切にして、何を求め、どこに向かっていくのかを明確にした優れたインパクトの提示が、“変わらない地盤”として大事になってきています」(馬田氏)
PwC Japanグループの代表である木村は、「自社の社会的なインパクトとはどのようなものであるべきか、自分たちはどうありたいのかをしっかりと定義し、新しい成功というゴールに向けて、ギアをシフトして行動し始めなければいけないタイミングとなっています」との認識を示し、PwCも自らがなすべきことを見直し、新たな経営ビジョン「The New Equation」を制定したと明かした。「私たちは、クライアントがTrust(信頼)を構築し、Sustained Outcomes(ゆるぎない成果)を実現できるよう支援していくことにコミットします」(木村)
新しいゴールを設定し、行動を起こすためには、これまでの軌跡を正確に認識しておく必要がある。企業経営が、テクノロジーや社会状況との関連で変容し、今また潮目の変化を迎えているのと同様に、4つの危機に直面している世界のシステムもまた、歴史への適応を積み重ねてきた結果である。「これまで築き上げたものを全て投げ出すべきではありません」(シェパード)。第二次世界大戦後から70年にわたり、グローバル化、テクノロジーの発展、成果の定量化という3つを柱として、世界規模での再生が成功を収めてきたことは評価されるべきだという。「何十億人もの人々を貧困から救い出し、ほんの数年で、人類史上全体を通じて実現してきた以上のテクノロジーイノベーションを実現し、世界中に巨大な富を生み出しました。そのこと自体には全く問題はなく、素晴らしいモデルです。ただ、シンプルすぎたのです。モデルが極めてシンプルだったため、何度も何度も使いまわされた結果、悪い面が出てきてしまいました」(シェパード)
では、今、何をすべきなのか。「まず、これまでのやり方を見直し、新たなモデルに適した社会システムを作り上げ、グローバルな政治経済における新たな価値観を醸成し、それを牽引していけるリーダーを見出すことです」とシェパードは指摘し、その道筋となる3つのポイントを示した。①力強いローカル経済が存在してこそ強靭なグローバル経済を築くことができるとの考えに立つこと、②新たなテクノロジー開発やイノベーションの過程では、何を実現し、どのような結果を避けるべきかといった観点で社会的な影響をよく検討すること、③成功の尺度をより広義な、より独立性と包摂性の高いものへ定義し直すこと、である。
これらの実行には困難が伴うだろうとシェパードは予測する。実行に残された時間が短いため、走りながら作り、作りながら使いこなすといった取り組みが求められるという。「まず、世界が協力して取り組むべき少数のテーマを特定し、その実現に向けて、社会システムを巻き込み、価値観を作り上げていかなければなりません」(シェパード)。加えて、今立ち向かっている危機に対して、私たちは現状認識や効果測定に必要な物差しを持ち得ていないという難しさもある。「現代社会にテクノロジーが広く浸透したことの主要な影響の一つは、社会における信頼の崩壊と社会の分断だと言えるでしょう。これらに対する指標すらないのです。何を、いかにして測るべきかについて、私たちはこれまで以上に高度な形で考えなければなりません」(シェパード)
PwC Global Leader, Strategy and Leadership Development ブレア・シェパード(中央)
木村は、新たなテクノロジーやイノベーションとその社会的な影響をどのように検討していくかについて、スタートアップ支援を手掛ける馬田氏に見解を求めた。馬田氏は、テクノロジーを社会でどう生かすのかという観点が重要であり、動力源が蒸気から電気に転換したときに産業界で起こったことに、デジタルトランスフォーメーション(DX)を社会に生かすための手がかりがあると述べた。
「蒸気機関の工場では、エンジンで発生させた動力を、ベルトによって工作機械に伝えていました。ただ、摩擦による力のロスが発生するため、大きな工作機械はエンジンの近くに置かなければなりませんでした。これが電気になると、動力源を自由に配置できるようになり、作業順に機械を置けるようになって、作業効率が向上しました。当初、小型化のみがメリットとして見込まれていた電気モーター導入でしたが、実際には、工場のレイアウトの自由度が高まり、それが作業効率の向上につながりました。ベルトに巻き込まれることがなくなって、作業員の安全度も高まるという副次的なメリットも出てきます。さらに効率的な送電が可能になったことで、遠隔地の発電所で生まれた電気を活用できるようになって、蒸気機関のように工場内で動力を生み出さなくてもよくなり、工場の拡大も容易になったのです。電気という新しい技術を活用するには、単に動力源を置き換えるだけでは十分ではなく、工場や社会の仕組み全体の変化が求められたわけです」(馬田氏)
単純に技術の性能を上げていくだけではなく、その技術に関連する仕組みや制度、組織、仕事のやり方などを適切に変えていくことで初めて技術を生かすことが可能になる。これが、蒸気から電気への転換から私たちが得られる教訓である。「現代に当てはめると、DXの推進には、テクノロジーと社会の両輪のイノベーションが必要です」(馬田氏)
東京大学 産学協創推進本部 FoundX ディレクター 馬田隆明氏
馬田氏は続いて、テクノロジーを社会実装していく方法論を披露した。成功したスタートアップやソーシャルセクターで実践されている方法論を生かすことが有効で、その構成要素をまとめたのが下の図である。
図で起点となるのがデマンド、すなわち課題である。日本のような成熟した社会では課題を発見しづらいため、先にインパクトを示す必要があると馬田氏は指摘する。「良い理想としてのインパクトが示されることで、理想と現状のギャップであるデマンドが生まれます。好例は、米国のケネディ大統領による、1960年代のムーンショットプログラムです。10年で人類を月に送るとの理想を掲げたことで、課題を解決する技術革新が起きました。人を巻き込む理想を示し、背景や思いを理論と言葉で伝え、理想にたどりつくまでの道筋を高解像度で示すことが大切です」(馬田氏)
インパクトの実現を目指す過程の中に、制度の正当性に関する危機を乗り越える糸口が存在すると馬田氏は言う。「公共的にインパクトのあるサービスを実現する道筋をつくる上で、現在の社会に合わなくなった制度や法律をアップデートする局面が生じます。ただし、制度や法律を変えるときは、そこに公共・公益的な“いいこと”があると説明した上で変えていくことが肝要です」(馬田氏)。これは、シェパードが繁栄の危機の一つとして挙げた「世界中で、将来に希望が持てないと考える人が増えています」という現象にもつながる。「社会実装の主役は、あくまでそれを生かす人たちです。受け手側の納得感、腹落ち感を伴ったセンスメイキングが欠かせません。小さな実績で信頼を築き、その信頼を積み重ねていくことが大事なポイントとなってきます。インパクトの提示からセンスメイキングに至る一連の取り組みが、未来を提示する力につながってくると思います」と馬田氏は言う。
キーノートセッションは、危機を乗り切るリーダーシップに対する期待を込めた、木村の呼びかけで幕を閉じた。「いま求められるのは、一見相反するようなことを兼ね備えた上で戦略から実行までをやり遂げる高度なリーダーシップです。難しくはありますが、不可能なことではなく、成功している人がいらっしゃいます。他人を巻き込むことで、大きなコレクティブインパクトの創出につながっていきます。改めて、行動を起こしていかなければなりません」
University of Toronto 卒業後、日本マイクロソフトを経て、2016年から東京大学。同大学では本郷テックガレージの立ち上げと運営を行い、2019年からFoundXディレクターとしてスタートアップの支援とアントレプレナーシップ教育に従事する。スタートアップ向けのスライド、ブログなどで情報提供を行っている。著書に『逆説のスタートアップ思考』『成功する起業家は居場所を選ぶ』『未来を実装する』がある。
2012年2月より、PwCの戦略およびリーダーシップ開発のグローバルリーダーを務め、PwCネットワークにおける戦略、リーダーシップ、カルチャーの取り組みをリード。リーダーシップ、企業戦略、組織デザイン等の領域で100社以上の企業や政府にアドバイスを提供した経験を有し、50以上の書籍や記事を執筆。デューク大学フュークア・スクール・オブ・ビジネスの名誉教授、名誉学長でもある。
1963年生まれ。1986年青山監査法人に入所し、プライスウォーターハウス米国法人シカゴ事務所への出向を経て、2000年には中央青山監査法人の代表社員に就任。2016年7月よりPwC Japanグループ代表、2019年7月よりPwCアジアパシフィック バイスチェアマンも務める。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。