
真の成長に向けた「育て方」「勝ち方」の変革元バレーボール女子日本代表・益子直美氏×PwC・佐々木亮輔
社会やビジネス環境が急激に変化する中、持続的な成長が可能な組織へと変革を遂げるには、何が必要なのでしょうか。元バレーボール女子日本代表で、現在は一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」の代表理事としてスポーツ界の意識改革に取り組む益子直美氏と、PwC JapanグループでCPCOとして企業文化の醸成をリードする佐々木亮輔が変革実現へのカギを語り合いました。(外部サイト)
NPO法人アクセプト・インターナショナル代表
永井 陽右 氏
PwC税理士法人
代表パートナー
高島淳
“わかりあえない”前提で対話を始めよう。
そう語るのは、テロリストやギャングとの和平交渉・社会復帰の支援に取り組んでいる永井陽右氏。独自の脱過激化・社会復帰支援モデルをつくりあげ、国内外で賞を受賞するなど、メディアやSNSでも多くの注目を集めています。
今、ビジネスシーンで重視されている「ダイバーシティ(多様性)」と「インクルージョン(包摂性)」。多くの組織がその推進に努める一方、多様な人材の力を十分に生かしきれず、チーム力の強化につながっていない……そんな実態も少なくありません。
“わかりあえない”者同士が同じ目標に向かって協働するには、どうすればいいのでしょうか。
「わかりあえない相手とのコミュニケーション」と「多様な“個“が集まる組織を動かすリーダーシップ」をテーマに、永井氏とPwC税理士法人代表・高島淳が語り合います。
高島:
永井さんは、テロリストやギャングなど、ご自分とまったく異なる価値観を持つ人々と対峙し、時に命の危険も伴う活動をされていますが、「異なる価値観を持つ者同士」のコミュニケーションの難しさをどうお考えなのか、教えていただけますか。また、その難しさをどう克服されているのでしょうか。
永井:
コミュニケーションにはさまざまな種類と段階があります。定義もそれぞれなので一概には言えませんが、私が主に行うのは「戦略的対話(理解を目的に行う対話)」なので、これを中心にお話しします。
戦略的対話でまず重要なのは、「相手を否定しないこと」。
相手がテロリストの場合、「おまえは敵だ。話し合いなど無理だ。殺してやるからな」と拒まれることも多いのですが、それも相手の「意見」です。こちらとしては「なるほど、そうですね」と、その「意見」を1回受け止める。そこからまずはスタートすべきです。
ソマリアやイエメンなど紛争地でのやりとりを経験して確信したことが1つあります。
それは、「人同士はわかりあえない」ということ。
同じ民族・出自の人間同士ですら、わかりあえない部分は多い。特に異質な相手、テロリストやギャングのように自分にとって完全に異なる他者を相手にする交渉では、「きっと理解できるはず」などとは絶対に考えてはいけません。
ただし、この「わかりあえない」「理解できない」というのは、相手の「立場」と「意見」に対してのこと。
「意見」の背景には「理由」があり、さらに「理由」の基盤には「価値観」がある。それらに関して認識を「共有」することは可能です。
たとえば、「敵である西欧諸国のやつらを殺す」と言っていたとして、その理由は何なのかを探ると、「虐げられている仲間のため」だとか「ゆがんだ世界を変える必要があるから」なんてことがよくあります。つまり、その根底には仲間を想う気持ちや、不正義への怒りなどがあるわけですね。
また、人間そんなに単純ではないので、宗教的・心理的に過激に見えても、意外と社会・経済的な要素から過激化していることも多いです。
試みるべきは、互いをまったく理解できないなかで、何か共有できることはないか、相手の中に潜って探るということ。
「潜って探る」ためには、細かいテクニックを駆使します。
「相手と会う回数をできるだけ増やす」「食事を共にしたり、茶やお酒などの嗜好品を一緒に喫したりする」など、ビジネスパーソンの方々が普段から実践なさっていることも有効でしょう。
そして、和平プロセスなどでもそうですが、ここで重要なのは「言葉のやりとりだけでなく、姿勢を見せる、雰囲気をつくる」ことです。
特に会話がうまくいかないような相手と戦略的に対話するときは、相手のことをしっかりプロファイルし、分析し、そのうえで少し長い期間でどのように対話ができるかを具体的に考えていきます。
私の現場だと、こちら側の姿をまずしっかり見せていくことから始めることが多いですね。たとえば、何度も通う、何度も姿を見せる。簡単なことに感じるかもしれませんが、これは決して馬鹿にできないことなのです。
また、和平プロセスの実務者たちがコロナ禍で苦労したことの一つが、会合や交渉会議におけるコーヒーブレークや、それらの後の会食などの機会がなくなってしまったことでした。元来そうしたところで、対話は進み、関係は構築されていくのです。
そうして「潜って探る」ことを試みた結果、たとえ互いの「価値観」が衝突する最悪の場合でも、「わかりあえなかった」という事実を「共有」できます。
わかりあえなかったことの共有を踏み台にして「次に何を見いだせるのか?」を探ることが、「戦略的対話」のプロとしての腕の見せどころです。そこからお互いの「ポジション」を浮き彫りにしていくのです。
高島:
私が代表を務めているPwC税理士法人は、会計士、税理士、IT専門家といったプロフェッショナルの集団であり、優秀で多様な「個」で組織されています。永井さんとはコミュニケーションをとる対象は大きく違いますが、お話を伺っていると重なり合う部分も多々感じます。
たとえば、組織内のコミュニケーションでは、私も「まずは1回受け止める」ことを心がけています。
お互いに「違うことを考えている」としても、「違うことを考えていますね」という事実をまず理解し合う。違いを確認して、相手の考え方を尊重したうえでコミュニケーションの次のステップに進む。このプロセスをなおざりにして初めから「説得」にかかれば、まとまる話もまとまらなくなります。
そして、ここからもう一歩踏み込んで考えます。
「まず1回受け止めた」うえで、リーダーとしては組織の目標を達成するために、あるべき「一定の方向」に組織を動かす必要があります。
そこで、私が話していることをメンバーが「論理的に理解できない」のか、それとも「感情的に承服できない」のかの見極めを行うのです。
前者であれば、リーダーとしての私の説明不足なので、時間をかけて丁寧に伝える必要があります。同時に、「相手が何を理解できていないか」を把握するため、相手が話しやすい雰囲気と心理的安全を感じてもらえることを心がけます。
後者であれば、それぞれの生い立ちや性格、置かれた状況など、まさに「価値観」が立ちはだかって相容れないのかもしれません。
では、「この人とはわかりあえない」と思ったときは、どうすべきか?
私の場合、ビジネスの世界なので、まず「どこかにわかりあえる接点がある」と信じて我慢強く対話を続けたいと思っています。それでも話が平行線になってしまうときは、「自分以外の人が対話したらどうなるだろう?」という視点で、第三者に自分の考えを伝えてもらうことを検討します。
相手と境遇が近い第三者が話をすることで、新たな「気づき」を素直に受け入れてもらえる可能性が高まります。
多様な「個」が集まる組織では、リーダー1人で「同じ方向」に向かわせることには限界があります。対話の方法も1対1だけでなく、1対グループ、第三者(私の考えを理解している)対グループなど、コミュニケーションを重層的に行うことが必要ではないでしょうか。特に、組織内の「インフルエンサー」を通じたコミュニケーションはとても有効だと感じています。
永井:
リアルさが伝わってくるお話ですね。紛争解決や平和構築においてもまったく同じです。私が第三者としての立場を生かして話を進めることもあれば、私自身の意向を相手に伝えるために別の第三者を立てることもあります。
後者の場合、テロ組織から投降してきた人や、逮捕され服役したことのある「元当事者」が、スタッフとしてそんな役割を担うこともあります。テロリストやギャングに働きかけたり説得したりする際に、そのバックボーンが役立つのです。こうした働きかけも高島さんがおっしゃった「第三者に自分の考えを伝えてもらう」ということにも通じますね。
高島:
世間では「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」がトレンドのように扱われ、「周りがやっているからウチもやらねば」と、うわべだけで取り組むケースも見受けられます。
そんな実態を“なんとなく腑に落ちない”と感じているビジネスパーソンは多いはずです。私自身、「表面的なD&I」に違和感を覚える瞬間はあります。
もちろん、D&Iが重要であることは論をまちません。私が伝えたいのは、真に求められているのは数合わせ的な「多様な人材の確保」ではなく、それを超えて“個々の人材が機能する”ための「本気のD&I」であるはず――ということ。
数合わせ的な「多様な人材の確保」だけにとどまらない、「個としての人材が機能」するため、リーダーには何が求められると永井さんはお考えでしょうか。
永井:
高島さんがおっしゃるように、D&Iの話には本音と建前がありますよね。じゃあ、本音をどう建前に近づけていくのか。理想論ではなく、いかに現実にするのか。
そのために必要なのは、それを目指すという強い意志、「近づけるのだ!」というリーダーの強い想いだと私は考えています。
多様性とはそもそも、自分にとって都合の悪い人の存在も認めること。したがってその本質は権利であり人権です。ただ数を並べただけの“多様性”は、なんら本質的なものではありません。
実は、SDGsを推進する国連のような場でも、多様性はまだまだ不十分です。英語を筆頭にメジャーな言語を話せない人、共感が寄せられにくい人、見えない人々など多くの人々が取り残されています。
高島:
「強い想い」とおっしゃる永井さんのお仕事は、テロリストやギャングが相手です。時には命の危険とも隣り合わせになる。そんな高いハードルにチャレンジしようという「強い想い」、言い換えれば「パッション」はどこから来るのでしょうか?
永井:
私の仕事はそもそも極めて難しい問題の解決なので、どんなに難しかろうが、問題を見つめ、その解決だけを考えています。多くの人が好きではない/できない、そしてマネタイズもしにくい難しい問題をわざわざやるので、難しいというのが前提。その難しさの大変さは、究極的にはどうでもいいわけです。
「人同士はわかりあえない」と言いましたが、そうした理解もやはり問題にとことん向き合ってきた中で生まれてきたものです。
また、「人権なんて絵に描いた餅だ!」なんて言う人もいますが、「絵に描いた餅でもあるべきでしょ」と全世界で賛同したのであれば、難しかろうがなんだろうが、すべての人の人権が尊重され、保護され、できれば充足されていくことを目指すべきでしょう。
あと、私は“あまのじゃく”で、「無理だ」と言われると逆に燃えるタイプというのもあります(笑)。
高島:
永井さんの「強い想い」を実現するには、とても忍耐力や永続的な努力が必要と思いますが、今の活動を「もうやめよう」と思ったことはありますか?
永井:
「やめよう」と思ったことはありませんが、「死ぬほど疲れた……」と感じることは多々ありますね。でも、私たちの組織は皆さまからの温かく気高きご寄付を一つのベースとして活動しており、闘っているのは自分一人じゃない。多くの方々の意志が背中を押し続けてくれていることは常に感じています。
途方もない、世界的な難題を解決してやろうと思うのです。
繰り返しになりますが、難しいということは百も承知。できるか・できないかを超えて、目指すべきことを達成するという強靭な意志が必要なのです。究極的には「根性論」ですが、こうした姿勢は難しい問題の解決において、リーダーに最も求められることだと私は思います。
高島:
ポジティブなエネルギーに満ちた永井さんですが、お察しするに、私の想像を超えた過酷な状況で社会課題に取り組まれていらっしゃるはずです。それでも自ら退路を断ち、周りを巻き込む――やはり「究極のD&I」、リーダーシップの実践だと感じました。これからも、くれぐれもお気をつけて活動を続けてください!
テロや紛争のない世界を目指して永井さんが取り組まれている合意形成は、私たちビジネスパーソンの日々のコミュニケーションとはまったく次元を異にする極めて困難なものだと想像します。一方、本質的な対話の要諦については、ビジネスの世界における社内外の合意形成においても共通する点を多く見いだせたように感じます。
今の時代、「個」を最大限に引き出し、組織としての新しい価値を創出することが求められます。一人ひとりの考え、想いを突き詰めると、自分自身も含めて誰しもが、ある意味マイノリティです。そのうえで、組織を一定の方向に動かしていくために、組織としてのパーパスとそこに魂を吹き込むことの重要性を、永井さんのお話を伺って再認識しました。
テロと紛争の解決をミッションに、主にソマリアやイエメンなどの紛争地にて、いわゆるテロ組織の投降兵や逮捕者などの脱過激化と社会復帰支援を実施。テロ組織との交渉および投降の促進、国連機関や現地政府の政策立案やレビュー、国際規範の制定などにも従事。国連や現地政府においては暴力的過激主義対策関係の専門家会議やアドバイザーなど。また、国際人道法と人権法の専門機関であるGeneva Academy of International Humanitarian Law and Human Rightsにおいて客員フェローを務めるほか、イエメン政府とフーシ派間の捕虜交換に関する調停委員会のメンバーも務めている。修士号(紛争研究)、博士号(社会科学)
1996年PwC税理士法人に入社。2000年から2004年にかけてPwC英国ロンドン事務所およびPwCタイ バンコク事務所に駐在し、日系企業の海外進出、買収、統合、地域統括会社の設立などを支援。現在、日系企業の税務ガバナンス構築を支援する専門チームを編成して率い、日系企業の税務機能強化サポートなどに主に従事。総合商社、化学、電機、ハイテク、インフラなどの業種における税務コンサルティングを担当。
※ 法人名、役職、本文の内容などは対談実施当時のものです。