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企業が環境問題や社会課題に積極的に取り組むことが求められる時代が本格的に到来した。そのような変化は、コーポレートガバナンスコードおよびスチュワードシップコードの改訂にも反映されている。このセッションでは、サステナビリティの観点を経営戦略とガバナンスに取り込んだサステナビリティガバナンスのあり方について、味の素株式会社代表執行役社長の西井孝明氏、キリンホールディングス株式会社常務執行役員の溝内良輔氏、りそなアセットマネジメント株式会社執行役員責任投資部長の松原稔氏をパネリストとして迎え、PwC税理士法人代表の高島淳とともに意見を交わした。モデレーターはPwCあらた有限責任監査法人代表執行役の井野貴章が務めた。
「世界的な平均気温が産業革命以前に比べ2℃上回るというような気候変動は、食料資源の枯渇リスクに直結していきます。食料自給率が低い日本にとって、非常に重要な自分事の問題なのです」と味の素代表執行役社長の西井孝明氏による危機感の共有からセッションは開始された。
味の素株式会社 代表執行役社長 西井孝明氏
キリンホールディングス常務執行役員でサステナビリティを担当する溝内良輔氏も、「気候変動がもたらす危機は、もう他人の話でも、明日の話でもありません。自分たちの今日の課題です」と気候変動に関わる課題は外部不経済ではないという認識を示し、日本での台風被害や米国カリフォルニア州の山火事によるワイン生産への影響を実例に挙げた。
PwCあらた有限責任監査法人代表執行役の井野貴章は、「企業はビジネスの進め方の転換を迫られています。外部不経済を取り込んでもなお利益を確保する、新しいビジネスモデルを確立すること、そのために長期的視点を盛り込んだ資源配分を行っていくことが求められます」と問題提起をした。
PwCあらた有限責任監査法人 代表執行役 井野貴章
サステナビリティ経営を現実の企業経営に落とし込む上で、味の素の西井氏は「2030年まであと9年しかありませんので、当社では執行がスピード感をもって経営の改革に当たり、取締役会は大きな方向性を決め、2050年のあるべき姿からバックキャストして、今やっておくべき事項を方向付けしていきます。その方向性を間違えないよう、取締役と外部有識者などで構成するサステナビリティ諮問会議を設けています」と説明した。キリンホールディングスの場合、グループCSV委員会を執行サイドに置いている。「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)のシナリオ分析を通じて、事業会社の社長が自分事としてサステナビリティについて理解を深める契機になっている」(溝内氏)
キリンホールディングス株式会社 常務執行役員 溝内良輔氏
サステナビリティ経営に対する投資家の見方は、スタンスによって異なる。キリンホールディングスは、アルコール事業の外部不経済を考慮し、次代の柱として医薬事業、ヘルスサイエンス事業を育成している。このビジネストランスフォーメーションは長期投資家でもあるESG投資家からは支持されている一方、短期のリターンを重視している投資家からはネガティブな反応が寄せられていると溝内氏は明かした。
では、機関投資家はどのような点に着目して企業に投資をするのだろうか。りそなアセットマネジメントの松原稔氏は、長期投資家の立場から「ガバナンスや戦略、企業文化といったその企業の価値観に注目しています。加えて、中長期の戦略や価値観が短期の収益とどのような形で結び付いているのかを確認しています」と述べた。
りそなアセットマネジメント株式会社 執行役員責任投資部長 松原稔氏
PwC税理士法人代表の高島淳は、サステナビリティと税について、着目すべき2つの変化を共有した。「ノルウェーの年金基金が、税の透明性が確保されていないことを理由に基金のポートフォリオから対象企業を除外しました。行き過ぎた節税はレピュテーションリスクにつながっていく時代になっています。また、税の情報開示についても欧州でTotal Tax Contributionという概念が出てきています。法人税に限らず、企業活動から生じる全ての税金を対象とする税の貢献度の可視化です。税金に対する考え方はshareholder oriented(株主中心)のコストという側面からstakeholder oriented(ステークホルダー中心)の社会に対する貢献へと潮目が変わっています」(高島)
PwC税理士法人 代表 高島淳
PwCあらた有限責任監査法人の井野は「世代を超えた投資を実現するために、さまざまな視点のせめぎ合いの中で、説明責任を果たしていくことが求められています」とコメントし、次のテーマであるサステナビリティ経営を実践する現場の挑戦に話を進めた。
りそなアセットマネジメントの松原氏は、サステナビリティ経営ではエンゲージメントが重要であるとし、企業との対話領域が変化していると指摘した。「かつては長期投資家も足元の数字への感度が高い時期がありましたが、現在は、企業の存在意義と、それを踏まえたビジネスのビッグピクチャー、ガバナンスなどに対する感度が上がっています。さらに、コーポレートガバナンスコードの改訂を受けて、ガバナンスが機能するとはいかなることか、自社にとって社会のサステナビリティは何を意味するのか、などについて対話しています」(松原氏)
短期的な収益を上げつつ、外部不経済を取り込みながらも長期的な成長を果たすという命題を前に、企業はどのような経営モデルを志向し、投資家との対話をしているのだろうか。
味の素は2020年、収益に関するマネジメントポリシーを変更した。2030年に食と健康の課題解決企業になるというビジョンを実現するために、「サステナビリティを企業戦略のど真ん中に置いて、短期的な収益も上げていく」(西井氏)決断をしたのだという。3年単位による短期のPL重視と決別し、中長期のオーガニックな成長を志向しつつ、事業ごとにWACC(加重平均資本コスト)を上回る収益性を高めていくROIC型の経営へとマネジメントポリシーを切り替えた。「ROICを長期的な目線で考えていくと、サステナビリティ投資やパーパスと結び付いたKPIを投資家にも説明しやすくなります」と西井氏は言う。
気候変動に関連した情報開示について、PwC税理士法人の高島は、TCFDのシナリオ構築では実際のビジネスのインパクトを試算する必要が出てくると指摘。キリンホールディングスの溝内氏は、TCFDのシナリオ分析は、投資家にサステナビリティ投資を納得してもらう素材にもなると話す。「大麦の使用量を抑制したビールの製法を開発していますが、大麦の収穫量が減っていくかもしれない未来に対し、高い価値がある投資であることを投資家に説得力を持って説明しています」(溝内氏)
さらに、キリンホールディングスでは、サステナビリティ投資について「収益中立の原則」で説明をしているという。「『サステナビリティ投資をするために追加的な費用は積み増しません。ただし、これまでさまざまなコストダウンの成果は利益の増加として配当していましたが、これからは再生可能エネルギーの購入や、温室効果ガスの削減投資に充て、Science Based Targets(SBT)の1.5℃を達成させてください』とお話しています」(溝内氏)
PwC税理士法人の高島は、外部不経済の内部化の世界的な取り組みとしてカーボンプライシングに関連した環境税制を注視しつつ、多様なステークホルダーに対して税の説明責任を果たしていくことが重要だと指摘した。さらに、アフターコロナを視野に入れて各国政府が財源確保にかじを切り始めるとし、税務執行の厳格化や訴訟などのリスクも勘案する必要があると説明した。「コストとしての税金のマネジメントと、社会貢献としての税についてバランスを取りながら、ESGタックスガバナンスを強化していく必要があります」(高島)
りそなアセットマネジメントの松原氏は、「投資家は市場ではなく、企業を見ることが大切です。企業を銘柄としてではなく、魂を持つ組織と捉え、そのパッションやメッセージを受け止めて対話に結び付けていくことが重要です」とし、オランダの大手総合化学メーカーRoyal DSMのフェイケ・シーベスマ名誉会長による「10年前には社会的に良いことと利益とは相反していた。現在はそれが両立できる。10年後はそれらが両立できていなければ、誰も働いてくれず、社会から望まれない会社になる」というメッセージを共有した。
質疑応答では「長期と短期の利益を考えなくてはならない事業会社を、機関投資家はどこまで許容できるのか」という質問を最初に取り上げた。
りそなアセットマネジメントの松原氏は、企業が、資本市場に存在する多様な立場の投資家との対話に苦心している状況に理解を示しつつ、企業からも同様の質問を受けることが多いとコメントし、次のように回答した。「事業会社にも機関投資家にも、これまで以上にアカウンタビリティとレスポンシビリティが求められています。経営者は収益に関しての判断理由とともに、サステナビリティ観点での重要性について積極的な説明をすることが重要になっているのです」(松原氏)
2つ目の「サステナビリティに対して懐疑的な意見も根強いことに対して、経営者としての考えを聞きたい」という質問には、キリンホールディングスの溝内氏が回答した。「気候変動の最前線にいる食品事業は、“炭鉱のカナリア”で、すでに苦しんでいます。自分とは関係のない問題ではなく、今直面している問題なのです。環境対策は、多面的かつ複合的な取り組みが必要で、日本の得意な調整力や擦り合わせ技術が生きる分野です。私は、日本が2030年には世界をリードできると思っており、自然と人間の営みの共存という日本の価値観で環境立国を目指していければ素晴らしいと考えています」(溝内氏)
続いて味の素の西井氏が、冒頭で語った気候変動のターニングポイントである2030年以降に起こるシナリオの意味を説いた。「世界中の農業が維持できなくなり、食資源が枯渇し、供給量が減少してくる。それがもう9年先に来るということです。TCFDのScope 1、2だけでなく、Scope 3のサプライチェーン全体での温室効果ガス排出まで削減していけるよう、海外の農業分野のサプライヤーと一緒に温暖化や土壌汚染などの問題などに取り組みながら、説明責任を果たす経営をしていくことが必要です。こうした取り組みを後押しするために、活動のネットワークを広げ、チームジャパンとして環境問題に取り組むことで、解決に向かっていけるのではないかと思っています」(西井氏)
最後に、PwCあらた有限責任監査法人の井野が、「多様なステークホルダーと一緒にチームとなることで、日本を環境立国に、そして世界の環境問題に貢献していけると信じることができました」と述べ、セッションを終了した。
1982年味の素入社。営業やマーケティング、人事などを担当。2004年に味の素冷凍食品に出向し、取締役に就任。家庭用冷凍食品の業績を改善。2009年には本社人事部長を務め、2011年に執行役員に就任。2013年、ブラジル味の素社長に就任。2015年より味の素取締役社長最高経営責任者 代表取締役。2021年、取締役 代表執行役社長 最高経営責任者に就任。
1982年キリンビール滋賀工場入社。市場リサーチ室長などを経て、2010年からオーストラリア・ライオン社常勤取締役、2012年からキリンホールディングス経営企画部長を務め、2017年からキリンホールディングス株式会社常務執行役員としてグループのCSV(Creating Shared Value)を担当。
1991年4月にりそな銀行入行、年金信託運用部配属。以降、投資開発室および公的資金運用部、年金信託運用部、信託財産運用部、運用統括部で運用管理、企画を担当。2009年4月より信託財産運用部企画・モニタリンググループ グループリーダー、2017年4月責任投資グループ グループリーダー。2020年1月りそなアセットマネジメント株式会社責任投資部長、2020年4月より現職。
1996年にPwC税理士法人に入社。2000年から2004年にかけてPwC英国ロンドン事務所およびPwCタイバンコク事務所に駐在し、日系企業の海外進出、買収、統合、地域統括会社の設立などを支援。現在、日系企業の税務ガバナンス構築を支援する専門チームを組成し、日系企業の税務機能強化サポートを中心に従事。総合商社、化学、電機、ハイテク、インフラなどの業種における税務コンサルティングを担当。
1991年中央新光監査法人に入所。1997年よりクーパース&ライブランド ニューヨーク事務所の保険業担当部門へ出向。2004年に中央青山監査法人の社員、2007年にあらた監査法人(現PwCあらた有限責任監査法人)の代表社員に就任。2014年に執行役として品質管理担当に就任後、2018年から人事担当、2019年から執行役副代表を経て、2020年7月に代表執行役に就任。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。