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株式会社Spectee 代表取締役CEO
村上 建治郎氏
PwCあらた有限責任監査法人 執行役副代表
アシュアランス変革担当
久保田 正崇
SDGsの道しるべ
パートナーシップで切り拓くサステナブルな未来
自然災害が多発する日本列島。私たちの社会にとってこれはきわめて大きなリスク要因です。国内における防災はこれまで、「ハード」面での取り組みが中心でしたが、近年は自然災害の発生予測、被災現場の状況把握、被災者の支援といった「ソフト」面の対策もより重視されるようになっています。そして、最新のデジタル技術を用いることでそうした対策を進化させる「防災DX」が注目を集めています。
今回はAIをはじめさまざまなテクノロジーを活用した防災ソリューションを提供する株式会社Spectee(スペクティ)の創業者・村上建治郎氏をお招きし、PwCあらた有限責任監査法人で監査におけるDX推進をリードする久保田正崇と対談いただきました。膨大な情報の中から信頼できる有用な情報を見極め、的確な行動へとつなげるには――テクノロジーと人の力を融合した新しい防災のあり方を探ります。
久保田:
村上さんが率いるスペクティは、被災地から発信されるSNS投稿をはじめとするさまざまなテータをAIで解析し、災害対応に有用な情報として提供しています。どのような問題意識から、こうした「防災DX」に取り組むことになったのでしょうか。
村上:
私の起業を決定づけたのは、東日本大震災です。阪神淡路大震災を経験していたこともあり、東日本大震災の発生後、私はボランティアとしてすぐに被災地に赴いたのですが、現地で目の当たりにした実態と、メディアが報じる情報との乖離(かいり)に驚きました。
当時、あるテレビの情報番組で、被災地のボランティアセンターに大勢のボランティアが駆けつけているシーンが放送されていました。その映像を見たとき、「被災地のボランティアは十分に足りているようだ」と感じました。しかし実情は違ったのです。放送に取り上げられる自治体は都市部被災地として象徴的な場所でもあったため、全国から人が集まっていましたが、被災地にはまだまだ人手が不足し、苦しんでいる地域がたくさんありました。
一方、その頃普及し始めていたSNSでは、「○○町でボランティアを募集している」「××市では物資が不足中」など、現地の生の声を伝える投稿が多く見られ、どこでどんなボランティア活動が必要とされているのかを判断するのにとても役立ちました。SNSの投稿を整理して活用すれば、被災地の現場に本当に役立つ情報を届けられる――その思いと体験が、起業そしてサービスの開発につながったのです。
久保田:
その後、防災分野におけるテクノロジーの活用やデジタル化はどの程度進んだのでしょうか。国内外の現状と、それに対し村上さんがお感じになっている課題を教えてください。
村上:
日本の災害対策はこれまで、堤防築造や耐震補強などハード面の施策に偏り、デジタル技術を活用した災害情報の収集やハザードマップの整備などのソフト面にはそれほど予算を割いてきませんでした。
一方で、たとえば米国の場合、カリフォルニアのような地震多発地域でビルが倒壊したとしても、「地震に負けない強靱なビルを造ろう」というよりも、「ハード面でどれだけ対策しても、被害は生じる。ならば予め災害に備え、被害が発生したらすぐ行動できるように態勢を整えよう」と考える傾向にあります。そのためITを駆使した予測技術などの開発に資金を投じ、防災系のスタートアップも続々誕生しています。
翻って日本ではどうでしょう。「災害大国」の割には、防災分野に取り組むスタートアップが少ないと感じます。
久保田:
スタートアップが成功するためには「十分なマーケットがあるかどうか」という観点が重要ですが、その点では防災は参入しにくい領域のようにも思えます。村上さんはむしろ、「誰も参入しようとしない。ならば自分がチャレンジしよう」というお考えだったのでしょうか。
村上:
「競争相手がいない分野=儲かる領域」を狙うのは起業の常道ですし、一般論として「TAM」(ある事業で獲得可能な最大市場規模)も無視できません。ただ私の場合は「この事業をやるんだ」という決意の固さが勝りました。
事業として最初に開発したのはスマートフォンアプリです。被災地から発信されたSNS投稿をまとめて表示するもので、新奇なテクノロジーを使ったわけではなく、当初はひたすら「人力」やキーワードのフィルタリングでSNSから情報を整理して表示していました。
カバーエリアが全国に拡がり、災害だけでなく事件や事故などさまざまな「危機」を網羅するようになると、人力だけで拾い上げることは難しくなりました。そこで、創業メンバーのエンジニアが機械学習で情報のピックアップ作業を効率化し、現在の形をつくりました。当時は今のようにクラウドサービス上で汎用のAIモデルが提供されているという状況ではなかったので、オープンソースのソフトウェアを使い、試行錯誤してつくり込んでいきました。
久保田:
日本の災害対策はハード偏重とのご指摘がありましたが、その課題の背景に何があるとお考えですか。
村上:
1つに「情報の軽視」を指摘できます。自治体の防災担当者と話すと、「情報を有用な武器として戦略的に活用する」という意識が不足していると感じます。そのために、災害対応の中でも情報の解析や発信といったことが後回しになってしまうのです。
もう1つは「ゼロリスク信仰」です。日本では「犠牲者を1人も出してはならない」という意識が特に強い。だから「ソフト面の取り組みで本当に全ての命を守れるのか?それよりも“絶対に決壊しない堤防”や“倒壊しないビル”を造るべきだ」となってしまう。これは問題です。
「ゼロリスク」が本当に可能ならば、ハード面偏重の取り組みでよいのかもしれません。しかし近年、豪雨や水害の激甚化傾向はますます強まっています。そのなかでゼロリスクを追求し続ければ、途方もない資金をつぎ込み続けることになる。「持続可能な防災」が成り立たなくなります。
これからの防災で大切なのは、「何を優先して対応するか」の視点であり、そこで重要になるのが「情報」です。テクノロジーを活用した情報解析に基づいて、最も実効性の高い選択肢を導き出す。そんな戦略的な防災策がもっと必要なのではないでしょうか。
久保田:
「ゼロリスク信仰」は、ビジネスの世界にも根強くあります。監査やリスク管理によって不正やエラーを「完全にゼロにする」となれば、コンプライアンスコストが格段に膨らんでしまいます。一方、「不正やエラーを95%なくす」のであれば、コストをある程度抑えながら達成できる可能性があります。テクノロジーや情報を活用してリスクを分析し、「ここが危ない」という急所をあぶり出して手当てすればよいのですから。しかし「完全なゼロ」を求めて残りの5%を詰めようとすると、リスク分析だけでは足りず、膨大な予算を投じて“絶対に決壊しない堤防”を目指す、といった話になりかねません。
米国の企業の場合、相応のコンプライアンスコストを許容してはいますが、日本の企業とは異なり、「割り切り」があるように感じます。たとえば「ここまでのエラーは許容する。だがそれを超えるエラーは絶対に見逃さない」といった感覚です。日本企業の多くは「1円でも間違えたらNG」。そんなゼロリスク志向が高コスト体質や非効率な経営につながり、結果として競争力の差につながっているように感じます。
久保田:
スペクティは防災にAIを活用されています。AIの活用は私たち監査の世界でも進んでいますが、何をテクノロジーに任せ、何を人が担うべきなのかが常に問われます。人とテクノロジーの関係はどうあるべきだとお考えですか。
村上:
まず認識すべきは、「現状では、テクノロジーが完全に人に代わることはできない」という事実です。災害の現場で、テクノロジーのバグやエラーによって犠牲者が出たとしても、テクノロジー自体は責任を取れません。テクノロジーがどんなに発展しても、リスクの最終的な責任を負うのは、結局「人」です。自動運転の領域でもドライバーとシステムのどちらが事故の責任を負うかが議論されていますが、自動車が責任を取るわけにはいきませんから、最終的には運転する人もしくはシステムをつくった人のどちらかが責任を取ることになり、必ず「人」が介在します。
スペクティのサービスでは、AIが収集・解析した危機に関するデータは、必ず専門チームがファクトチェックをしてから情報を配信しています。その情報を受け取ったユーザーはそれに基づいてアクションを取ることになるので、情報の信頼性がきわめて重要です。それを人が担保することで、ユーザーの安心感を高めています。
久保田:
情報の信頼性を最終的に人が担保するところにバリュー(価値)が生まれる、ということは私たちの仕事でも実感します。財務数値の基礎データなど定量的なファクトの正確性についてはAIで機械的にある程度判断できますが、最終的に私たち監査人が「問題ない」と自信をもって示すという点に、真のバリューが宿るのだと思います。
ただ実際問題として、収集した危機情報の全てを人の目でファクトチェックするのはとても大変だろうと想像します。日本だけでなく世界中のSNS投稿を収集・精査して発信なさっていますが、どのような態勢を組んでいるのでしょうか。
村上:
国内チームと海外チームに分かれて24時間態勢で対応しています。作業自体はかなり簡略化が進んでいて、ルーティン化できる部分はAIで自動化し、そのための専門のエンジニアもいます。ただやはり、自動化できない部分、人間が判断をしなければならない部分はあり、特に最終判断を下す局面ではリテラシーや経験が求められます。全体のオペレーションやスタッフの育成についても、試行錯誤の積み重ねで構築してきた独自のノウハウがありますから、AIが一朝一夕に代替し得るものではないと考えます。
久保田:
監査でも、単純作業や反復作業が多い前処理についてはAIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)による代替が進んでいます。そうすることで、監査人は人の判断力を要する業務により多くの時間を費やすことができるようになる。人ならではの能力を発揮できる仕事の方が、モチベーションも向上しますね。
村上:
そうですね。特に防災の分野では、自分たちが提供する情報が災害時のアクションを左右することになるため、「社会に貢献している」というスタッフの意識はとても高いです。
久保田:
世界ではさまざまな予測不能な事態が発生していますが、とりわけ自然災害は、いつ、どんな規模で起きるか予測がつかず、シナリオベースのアプローチだけでは対応できません。そんな「想定外」の災害リスクに、私たちはどう備えるべきでしょうか。
村上:
これまでの防災は、人的・経済的な被害を最小限に抑えるよう、災害が起きる前に対策を講じる「事前防災」が中心でした。堤防を造ることも、避難訓練を行ったりハザードマップを整備したりすることも、事前防災です。
ハードかソフトかを問わず事前防災は大切ですが、ひとたび「想定外」の自然災害が起きればなすすべがなく、また、ゼロリスクを追求すればコストは膨らみ続ける一方です。
東日本大震災の経験を通して私たちが学んだのは、「想定外は起こり得る」という現実。これからの災害対応で重要なのは、「想定外」が起こった際に一刻も早く状況を把握し、適切に「対応」「回避」「回復」することです。そうしたリアルタイムの「情報」を活用する防災の取り組みを、私は「リアルタイム防災」と呼んでいます。
久保田:
テクノロジーを活用する「リアルタイム防災」として、現状ではどういったことができるのでしょうか。災害予測のようなものですか。
村上:
予測のようなものですが、従来の予測とは視野にとらえる時間の長さが違います。地震予測のような数十年単位の長期スパンでは、具体的な対応がかえって見えにくくなり、「想定外」に即応できません。
スペクティは「危機の可視化」をミッションに掲げており、これまでSNSやカメラ・センサーなどで収集した情報によってリアルタイムの危機を可視化してきました。それに加えて、現在は「ちょっと先の未来」まで可視化する取り組みを進めています。危機が発生したまさにその時、あるいは起きる予兆があった瞬間に、もし未来を正確に描ければ、適切な「対応」「回避」「回復」のアクションがとれるはずです。たとえば、水害が発生した瞬間に、10分後にどこまで水が来るのか、最大値はどのくらいかが分かれば、的確な避難の判断ができるでしょう。
久保田:
災害時に今何が起きているのか、これからどうなるのか、情報はあってもどれが本当なのかが分からない、というのは、私自身も東日本大震災の際に体験したことです。シナリオで対応できない事象が発生しても、正確なリアルタイムの情報があり、その信頼性が担保されていれば、レジリエントに的確なアクションを起こすことができますね。
村上:
2011年の震災後に私たちが事業を始めた当初は、まだスマートフォンの普及率が1割程度という状況でした。それ以降、ロボットやドローン、デジタルツインやメタバースなど、テクノロジーの進展には目覚ましいものがあります。こうした最新の技術も積極的に導入しながら、新しい災害対応のあり方を提示し、防災大国である日本発の防災テックを世界に発信していきたいと考えています。
久保田:
大規模な自然災害はあってほしくはないですが、避けることはできません。次の災害が起きた際には、スペクティのソリューションをはじめとする防災テックによってより適切な対応が可能になることを期待しています。本日はありがとうございました。
人命救助や安全確保のために一刻を争う判断が求められる災害時には、その根拠となる情報の信頼性が平時以上に重要になると同時に、発災の混乱の中で信頼できる情報かどうかの見極めがいっそう難しくもなります。そこで信頼性を担保できるのはやはり「人」の力だ、という村上さんの言葉に、信頼の構築をパーパス(存在意義)とするPwCのプロフェッショナルとして強く共感を覚えました。
また、「情報を武器にする」という発想が不足しているという課題は、防災に限らず日本の企業や社会のさまざまな局面で見られるように思います。テクノロジーの力で収集したデータや情報を人による判断に戦略的に活用していくことが、非常時にも平時にも有効なリスク管理につながることをあらためて実感します。
米国ネバダ大学理学部物理学科卒。早稲田大学大学院商学研究科修了、MBA。デジタルコンテンツの事業開発、製薬・バイオテクノロジー領域のマーケティング、IT企業のパートナー・サービス・ディベロップメントなどを経験。2011年、東日本大震災の災害ボランティアをきっかけに、被災地の情報を正しく伝える情報解析サービスの普及を目指し、ユークリッドラボ株式会社(現・株式会社Spectee)を創業。
1997年青山監査法人入所。2002年から2004年までPwC米国シカゴ事務所に駐在。帰国後、2006年にあらた監査法人(現PwCあらた有限責任監査法人)に入所。国内外の企業に対し、特に海外子会社との連携に関わる会計、内部統制、組織再編、開示体制の整備、コンプライアンスなどに関する監査、そのほか多岐にわたるアドバイザリーサービスを得意とする。企画管理本部長、AI監査研究所副所長を兼任。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。