
真の成長に向けた「育て方」「勝ち方」の変革元バレーボール女子日本代表・益子直美氏×PwC・佐々木亮輔
社会やビジネス環境が急激に変化する中、持続的な成長が可能な組織へと変革を遂げるには、何が必要なのでしょうか。元バレーボール女子日本代表で、現在は一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」の代表理事としてスポーツ界の意識改革に取り組む益子直美氏と、PwC JapanグループでCPCOとして企業文化の醸成をリードする佐々木亮輔が変革実現へのカギを語り合いました。(外部サイト)
株式会社K-BALLET 代表取締役社長
K-BALLET COMPANY 芸術監督/プリンシパル
熊川 哲也氏
PwC Japan グループ代表
木村 浩一郎
SDGsの道しるべ
パートナーシップで切り拓くサステナブルな未来
日本を代表するバレエダンサーであり、かつ実業家としての顔も併せ持つ熊川哲也氏。2022年には「芸術を通じた現代社会への問題提起」を目的の1つとした新プロジェクト「K-BALLET Opto」を始動させました。その活動理念に共鳴したPwC Japanグループは、同プロジェクトを特別協賛しています。今回は熊川氏をゲストにお迎えし、PwC Japanグループ代表の木村浩一郎と、K-BALLET Optoを立ち上げた真意から、人類が直面する普遍的な課題に取り組むことの意義、芸術とビジネスの両立、多様性のある組織を率いるリーダーシップ、世界における日本の強みまで、多角的に語り合っていただきました。
木村:
熊川さんが主宰するK-BALLET COMPANYは、2022年に新プロジェクト「K-BALLET Opto」(以下、Opto)を立ち上げました。このプロジェクトでは、「芸術を通じた現代社会への問題提起」を目指すという新しい試みをしていらっしゃいます。その理念が、PwC Japanグループのパーパス(存在意義)「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」に通じることから、PwC JapanグループはOptoへの特別協賛を決定しました。
熊川:
現代を生きるわれわれが今、真正面から向き合わなければならない課題の1つに「SDGsの達成」があります。SDGsにおける各目標は、個々人がそれを心から願わなければ達成できません。ならば、人の心を動かす芸術が「SDGsの17の目標」との連携を図ることで、そこに大きな可能性が生まれるのではないかと考え、Optoを立ち上げました。とはいえ、バレエという芸術にとってSDGsは未開拓の分野であり、K-BALLET COMPANYが独力で挑むことには難しさがあります。ビジネスの世界でSDGsに取り組むPwC JapanグループがOptoの趣旨に賛同・サポートしてくださり、とても心強く思っています。
木村:
Optoとコラボレーションすることは、PwC Japanグループにとっても有意義な取り組みです。プロフェッショナルファームである私たちは、これまで主としてロジカルシンキングや情報処理などいわば“左脳的な”スキルで課題の解決に取り組んできました。しかし「不確実性の時代」と呼ばれる現下の社会において、目まぐるしく変化し複雑さを増す諸課題への対応が求められるなか、人の心を動かす「共感」なくして「確かな信頼」を基盤とするビジネスを持続・成長させていくことは不可能です。
PwC Japanグループが真に取り組んでいきたいのは一過性の課題ではなく、企業経営の根幹に関わる「普遍的な課題」の解決です。普遍的な課題を一緒に解決していくには、私たちの側が何かできあがったソリューションを一方的に提供するのではなく、各企業のトップリーダーをはじめそこで働く方々と、「信頼」と「共感」に基づいた対話をし、協働することが欠かせません。そのためには、感性や創造性で物事をとらえる“右脳的な”思考が求められます。熊川さんがOptoで取り組んでいらっしゃる「芸術家の感性による社会に対する投げかけ」は、まさに私たちが求めていた右脳的なアプローチであり、今回の特別協賛については「サポート」というよりも「ご一緒させていただきたい」という想いのほうが強かったのです。
熊川:
実はコロナ以前はOptoのような構想は持っていなかったんです。パイオニアとしての発信力が間違った方向に伝わってしまうことに懸念も抱いていて。ただ、自分が50代に入り、時間は有限だということを改めて感じ、また、後進のために何ができるかを考えたとき、こういう活動が今後の自分への課題だと思いました。偽善的になりたくはないのですが、誤解を恐れずに言えば、もっと本当の意味での正義感や、純粋無垢な部分がこれからの自分には必要だと、自らにプレッシャーをかけているところです。
木村:
2022年1月のOpto第2弾公演のテーマは「プラスチック」でしたね。プラスチックに代表される環境問題もPwCが解決に力を入れている普遍的な課題の1つです。
熊川:
環境問題は、人類が存続する限り永続的に対処を求められる普遍的な課題です。そしてクラシックバレエもまた、普遍的な人間美として、未来永劫続いていくべきものです。
バレエには数百年に及ぶ歴史があります。伝統芸術たるバレエを継承していくこと自体、すでにサステナビリティを目指す営みです。
コロナ禍はあらゆる芸術にとって強烈な逆風となりましたが、「こういう危機にこそ芸術を守らなければならない」という声が高まるなかで、実は私自身は「まずは衣食住が大切」だと考えていました。なぜなら「どんな苦難に直面しても、残るべき芸術はその苦難を乗り越えて残る」と確信していたからです。事実、バレエはコロナ禍を経ても揺らぐことなく、今ここにあります。
ただし、バレエを今後も継承していくには「社会」とのつながりが欠かせません。そのためには質の高い作品を提供し続けることが求められますし、ダンサーも育成しなければなりません。さらに言えば、バレエという総合芸術を愛でてくださるお客さまも育てていく必要があります。
木村:
「社会」は重要なキーワードですね。ビジネスもまた、社会とつながり続けなければサステナブルではなくなります。
熊川:
コロナ禍ではバーチャルなやりとりで「社会」の顔が見えにくくなったように感じていました。一方、舞台は劇場に見に来てくださるお客さまと対面で体験を共有することができるので、その先に「社会」があるのだと実感できます。環境問題も、一人ひとりが眼前にある「まずできること」から取り組んでいくことで、結果的にそれが大きな「社会」へとつながります。バレエという普遍的な芸術のなかで、私個人は小さな1ピースにすぎませんが、まず、目の前のできることから実践しよう――そんな気持ちから始めたのが今回のOptoだったというわけです。
木村:
熊川さんは1999年にK-BALLET COMPANYを設立され、ダンサー・芸術監督としてだけでなく、経営者としての顔もお持ちです。芸術とビジネスの両立は、いわば右脳と左脳をシンクロ稼働させるような活動で、それゆえの難しさがあると想像されますが、そんな多面的な活動にどのように取り組まれているのでしょうか。
熊川:
「クリエイティビティ」と「ビジネス」が、自分のなかでうまくコラボレーションしてくれればよいと考えながら取り組んでいます。芸術とビジネスは相反する営みだととらえる人も少なくありませんが、著名なアーティストの作品が数十億円という高額で取り引きされることからも明らかなように、実際には両立し得ます。バレエダンサーが「プロ」として活動するには、公演が興行として成立しなければなりません。「資本主義の下でいかに戦略的に芸術を続けるか」という問いかけは、バレエが社会とつながり、今後も存続するために、避けられないテーマなのではないでしょうか。
木村:
バレエも、ビジネスと無縁ではいられないということですね。
熊川:
ええ。ただ、後進の教育だけは目先のビジネスにしてはいけないと強く感じています。K-BALLET COMPANYはバレエスクールを運営していますが、これは使命感と義務感に裏打ちされた活動であり、バレエ文化の未来に対する投資です。バレエを通じて子どもたちの人間性・感性・芸術性を育みたい――要は「心を育てたい」ということ。バレエという芸術が光あふれる輝かしいものであり続けるには、スキルも重要ですが、それ以上に大切なのはダンサー一人ひとりの「心」と豊かな「感情」です。私は、現代社会のなかで「感情が枯渇していく」ことに恐怖を覚えています。願わくば、バレエスクールで「心」と「感情」を育まれた子どもたちが、将来、プロのバレエダンサーとなり、K-BALLET COMPANYの舞台でその勇姿を披露して、多くのお客さまに喜んでいただく──そんなことが実現できれば、と思っています。
木村:
「感情の枯渇」というのは重要なご指摘ですね。社会課題や、企業経営の根幹に関わる「普遍的な課題」を解決するためにも、ビジネスのプロフェッショナルたる私たち一人ひとりも「心」と「感情」を涵養することが求められているのだと思います。
木村:
PwCはグローバルな成長戦略「The New Equation」のなかで「Community of Solvers」というコンセプトを掲げています。複雑化が進む企業の諸課題を解決するため、コンサルタント、会計士、弁護士、税理士など多岐にわたる分野のプロフェッショナルが、それぞれの専門性を生かし、連携して取り組んでいくというPwCの姿勢を表すものです。こうした多様なプロフェッショナルがスクラムを組むためには、一人ひとりが自分らしく、持っている能力を最大限に発揮して協働できるインクルーシブなカルチャーの醸成が非常に大切だと考えています。
熊川さんはK-BALLET COMPANYという組織のトップとして多くのダンサーやアーティストの方々を率いるお立場です。私たち以上に個性豊かな方々が揃っていらっしゃるだろうと思いますが、さまざまな人材をまとめあげるうえでどのようなことに留意なさっていますか。
熊川:
ダンサーたちは自分のキャリアアップを最優先に考えており、バレエカンパニーとはそんな個人主義者たちの“乗り合い船”です。その“船に乗り合わせた者たち”が「One for All」で力を合わせ、バレエをより輝かしいものにしていく――これが、Optoが目指す目的地の1つでもあります。ただ、そういった個性的な面々が集合体として動くことが必ずしもプラスに働くとは限りません。その“船”の舵が羅針盤の針とは異なる方角に向けて切られたとき、船体がマイナス方向へ逆進し出したときの修正は大変です。
木村:
それは私たちも経験があります。PwC Japanグループのメンバーファームはいくつかの合併や統合を経て現在の形となっていますが、異なる企業が一緒になる際には、数々のコンフリクトが生じます。そうしたぶつかり合いを乗り越えて初めて、グループ全体でスクラムを組み前進することができるようになりました。
熊川:
何がきっかけで全員が同じ方向を向けるようになったのでしょうか。
木村:
基本的な「理念」の部分で一致したということが大きかったですね。先ほど申し上げたPwC Japanグループのパーパス「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」のなかにある「社会」という言葉がポイントです。実務においては、クライアントに対する個別の働きかけが多く、「社会」にまでつながっているという実感をなかなか得にくいところがあります。それが、パーパスに「社会」の一語が入ったことで、「社会に貢献する」という共通の理念の下でまとまり、組織全体で1つの方向を目指す集合体へと脱皮できたのです。
熊川:
その「理念」を、言葉を使って組織に浸透させるのがトップの役割ですね。K-BALLET COMPANYは、社員やさまざまなアーティストを含め、全体で100人程度の組織です。その規模でも、私が発信してすぐさま皆が動いてくれるわけではありません。組織が大きくなればなるほど、トップが発する言葉の重要性が増すと同時に、皆を動かすのは難しくなると思うのですが、木村さんの場合、組織にパーパスを浸透させ、一人ひとりが能動的に動くようにどんなことに気をつけていらっしゃるのですか。
木村:
PwC Japanグループとして「こういうプロジェクトを優先する」ということを明確に示すよう心がけています。「サステナビリティ」はその1つです。サステナビリティは企業経営のあらゆる面に関わる課題であり、さまざまな角度からの取り組みが必要になります。企業を支援する私たちからすると、事業戦略の策定、実行のための仕組みの構築、さらにリスク管理やガバナンスなどのすべての分野において「サステナビリティ」が共通項となります。そしてサステナビリティ情報の開示を通じて監査にもつながります。これを注力領域とするというファームとしての方針をトップが示し、それぞれの専門分野をつなぐ共通項としてしっかり見せることができれば、それぞれの専門家がその能力を発揮しながら同じ目標に向けて協働していけると考えています。
熊川:
方向性とゴールを共有したうえでのぶつかり合いや議論、切磋琢磨は、大いにやったほうがいいですよね。バレエに関しても、バックグラウンドを異にするアーティストたちが集まることで、私には思いもつかなかった化学変化やアイデアが生まれることがあります。
木村:
同感です。私たちも、「それぞれが異なること」が強みになると思っています。ただ、そうした違いを組織として本当の強みにしていくためには、新しいタイプのリーダーシップが必要になります。異なる意見や価値観を受け入れたうえで、多数決ではなく、そのゴールを目指すために自分たちの力を最も効果的に発揮できるアプローチはどれなのかを見極めてリードしていくことが求められる。私たちはこれを「インクルーシブリーダーシップ」と呼んでいます。そのためにはおっしゃるとおり、対話や議論の場がとても大切ですね。
木村:
熊川さんは20歳に満たないころから世界を舞台に活躍し続けてこられました。おそらくこれは、そんな熊川さんがしばしば受ける質問だと思いますが「日本人が世界に出て活躍するためには、どうしたらよいか?」という問いに、どのように答えていらっしゃるのでしょうか。
熊川:
確かに、「世界に出て行くにはどうすればいい?」「日本の若者の活躍の場を世界へと拡げるには?」といったことはよく聞かれます。ですが、実は私自身は“世界”をあまり意識していないのです。
戦後約80年を経て、日本は現在、ビジネスは言うに及ばず、芸術に関しても各分野で欧米と肩を並べるレベルに到達しています。にもかかわらず、多くの日本人にはいまだ「右へ倣え」の前例主義や事なかれ主義が染み付いている。であれば、世界に目を向ける前にまずは国内で、揺るがぬ「個性」を育んでいくための改革に挑む必要があります。これも、先ほど申し上げた「目の前の“まずできること”から始める」という発想ですね。
PwCもグローバルにビジネスを展開されていますが、そのなかでPwC Japanグループはどういった立ち位置を占めているのでしょうか。
木村:
国内市場に加え、世界各国に進出している日本企業の支援も行っていますので、グローバルへの貢献は大きいです。また、「日本」という国や、PwC Japanグループに対する「信頼」が厚いということも感じます。先日、各国ファームのリーダーが一同に会してPwCの戦略を議論する会議を東京で開催したのですが、日本の私たちがホストを任されたのも、そうした背景があったからだと思います。メンバーファームとして力強く成長してきた実績があるうえ、米国と中国という大国の間に位置し、地政学的に複雑な状況下にあっても2つの大国に対してともに見通しが利く立場にある強みが評価されているのでしょう。日本の文化に対するリスペクトも深いものがあります。
熊川:
なるほど、日本には「信頼」という強みがあるわけですね。
木村:
そうですね。しかもそれは、今まさに世界が必要としているものでもあると思います。サステナビリティのような大きな課題に取り組むには、さまざまなステークホルダーとアライアンスやパートナーシップなどを通じて協力することが不可欠であり、そこではお互いに対する信頼が非常に重要になってきます。こうした「日本の強み」を磨くことが、結果的に世界への貢献につながる。やはり「目の前のことにしっかりと取り組む」ことが第一歩となりますね。
熊川:
世代交代が今後進めば、より際立った「個性」で世界を相手にできる人材が日本でも増えるはずです。組織に頼らない個人プレーヤーが活躍する時代が来たとき、多様な個性と、日本・日本人に対する「信頼」という強みとをどう両立させていくかが課題になるように思います。
木村:
熊川さんのお話をうかがうと、ビジネスは芸術の世界に比べ、個性や多様性がまだ十分発揮されていないのだろうと感じます。今後ダイバーシティの進展に伴って新たな課題に直面したとき、多様性に満ちた芸術の世界に改めて学ぶことは多そうです。
芸術家として、実業家として、日本のバレエ界に革命を起こし続けてきた熊川さん。視座が高く、視野も広く、視点は多様――左脳的能力と右脳的能力をフル回転させて紡ぎ出される言葉の一つひとつは、凡百のアーティストにはまねできない「切れ味」があります。ビジネスリーダーとして共感することも多く、今後もOptoをはじめとする「社会」を見据えた取り組みを応援していくとともに、私たちもそこからビジネスの場では出会えない学びを得ていきたいと思います。
北海道生まれ。10歳からバレエを始め、1987年、英国ロイヤル・バレエ学校に入学。1989年、ローザンヌ国際バレエ・コンクールで日本人初のゴールド・メダルを受賞。ヨーロピアン・ヤング・ダンサーズ・オブ・ザ・イヤー・コンクール(パリ)でも金賞を受賞。同年、東洋人として初めて英国ロイヤル・バレエ団に入団し、同団史上最年少でソリストに昇格。1993年、プリンシパルに任命された。1998年に英国ロイヤル・バレエ団を退団し、1999年、K-BALLET COMPANYを創立。以来、芸術監督/プリンシパルダンサーとして団を率いるほか、演出・振付家としても才を発揮し、新作を数多く上演している。また、劇場音楽を専門とするシアター オーケストラ トーキョーを設立、後進の育成機関として2003年にK-BALLET SCHOOLを創設、関東に6つの学校を開校するなど、総合芸術としてのバレエを多角的にサポートする組織を運営。
2012年1月、Bunkamuraオーチャードホール芸術監督に就任。2013年、紫綬褒章受章。ほか受賞多数。
1963年生まれ。1986年青山監査法人に入所し、プライスウォーターハウスクーパーズ(PwC)米国法人シカゴ事務所への出向を経て、2000年に中央青山監査法人の代表社員に就任。2016年7月よりPwC Japanグループ代表、2019年7月よりPwCアジアパシフィック バイスチェアマンも務める。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。