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日本郵政株式会社取締役兼代表執行役社長
増田 寬也氏
PwC Japan グループ代表
木村 浩一郎
SDGsの道しるべ
パートナーシップで切り拓くサステナブルな未来
2023年は、関東大震災から100年目を迎える節目の年となります。南海トラフ地震や首都直下型地震への対応が待ったなしの中、災害を自分事として捉え、危機に対する真に必要な「備え」ができているかを問い直す良い機会です。
【あらためて考える真の「防災」】と題したサブシリーズの第4回では、金融・郵便という社会の重要インフラ機能を担う日本郵政株式会社の取締役兼代表執行役社長の増田寬也氏をお招きし、PwC Japanグループ代表の木村浩一郎と対談いただきました。社会の公器としての企業の責務、災害時の地域との連携、組織内への防災意識の浸透、そして危機対応におけるトップのリーダーシップ――多岐にわたる話題の先に浮かび上がったのは、有事に何が必要かを突き詰めることが、平常時の企業のレジリエンス(強靭性)向上につながるという「攻めの事業継続・防災対策」でした。
木村:
災害大国である日本の企業にとって、被災後の事業継続は重要な経営課題の1つです。未曾有の自然災害やパンデミックといった「想定外の事態」「不測の事態」に対応するためにも、実効性のある事業継続計画(BCP)の策定が欠かせません。とりわけ、日本全国に拠点を持ち、郵便・金融という社会の重要インフラ機能を担う日本郵政グループでは、その重要度はよりいっそう高いものと思います。まずは貴グループの事業継続に対する基本的なお考えをお聞かせいただけますか。
増田:
山間部から離島に至るまで、全国津々浦々に約2万4,000局が配置される郵便局のネットワークは、まさに社会インフラであり、事業継続は当社の存在意義そのものです。大規模災害があっても配達ネットワークと金融ネットワークが機能し続ける、機能の一部が止まっても迅速に復旧する――そうしたことが当たり前に社会から要請されていますから、強い意志をもって事業継続に取り組まなければなりません。
もちろん約2万4,000局の全てが常に機能していることが最も望ましい姿ですが、災害時には人命を最優先して窓口を閉めざるを得ないこともあります。しかし多くの郵便局があるからこそ、被災していない近隣の郵便局で機能を補うといったことができます。柔軟な対応やしなやかな運用で、災害時でも社会インフラとしての機能を維持し続けたいと考えています。
木村:
貴グループは中期経営計画「JP ビジョン2025」で、お客様と地域を支える「共創プラットフォーム」を目指すことを掲げられ、郵便局のネットワークを進化させようとしています。全国をカバーする郵便局ネットワークは、災害時には本来業務の範疇を越えた地域拠点の役割も果たすのでしょうか。
増田:
まずは郵便業務や銀行業務、保険業務といった本来業務の維持が第一に要請されるところではありますが、郵便局が地域の災害復旧支援でお役に立てることも多いかと思います。例えば、災害時の自治体業務の受託です。これまでも郵便局は自治体の業務を取り扱うことはありましたが、近年は人口減少や過疎化による自治体の人手不足が深刻で、業務委託の要請が増えています。災害時には、当社が受託業務を迅速に展開することで、自治体は限られた人員リソースを災害復旧に集中できますから、結果として地域全体の「防災力」の向上につながります。
郵便局を災害時の備蓄拠点などに活用することも可能です。政府からの要請を受け、郵便局の空きスペースを自治体が保有する保存食や水などの保管のために提供したり、施設全体を避難場所として開放したりする取り組みを全国に広げることを検討しているところです。
木村:
「事業継続は宿命であり、存在意義そのもの」という力強いお言葉から、社会の公器としての一面をお持ちの貴グループの覚悟が伝わります。そうした社会インフラとしての責務や求められる役割を踏まえて、貴グループは事業継続において特にどのような点に留意されているのでしょうか。
増田:
事業継続を考える上で最も懸念しているのは、「本社機能の維持」です。当社は2018年度に、東京・霞が関の日本郵政ビル(旧郵政省庁舎)や周辺のビルなどに分散していた本社機能を、現在の東京・大手町の高層ビル「大手町プレイス」に集約・移転しました。当ビルは最新の防災機能を有し、緊急時の司令塔として、迅速かつ統一的な災害対応を可能とするとともに、災害時における事業継続と従業員の安全を確保できます。
ただ、本社が緊急時の司令塔となるには、当然のことながら「人」が不可欠です。たとえ最新鋭の設備が整ったビルであっても、災害時に私を含めた幹部が被災し、本社機能がストップしてしまえば、郵便局ネットワークも十分に機能しません。そこで本社機能を維持するため、被災時には大阪にある日本郵便株式会社近畿支社が全国に指令を出せる体制を整えています。
本社では365日・24時間制の当直制度も導入しています。本社ビルまで橋がなく、道一本で歩いて来られる場所にあるホテルに、管理職以上から選ばれた担当者が当番制で宿泊しており、いざというときに直ちに本社に駆けつけて司令塔としての機能を維持します。
木村:
橋が落下した場合のことも想定されてらっしゃるのは、さすがです。細かい話かもしれませんが、重要なことですね。
増田:
2023年6月には、危機対応の専門家である自衛隊出身の社員の指揮の下、非常参集訓練を実施しました。朝6時の発災を想定し、都内近郊に住む役員全員が原則的に徒歩で本社まで出社し、ビル高層階にある当社のフロアまで階段で昇りました。今年10月には首都直下型地震に、2024年2月には南海トラフ地震にそれぞれ特化した訓練も実施する計画です。
こうした訓練を実施することになった発想の根幹には、私の岩手県知事時代の経験があります。毎年職員の異動が多い4月に抜き打ちで、県庁や振興局に集合する非常参集訓練を実施していました。通常は朝に実施するのですが、夜間や私が東京に出張している時にあえて実施したこともあります。抜き打ちなので対応は大変ですが、実地に近い形で経験しておけば、橋が落ちたりした場合の別ルートを想定できたり、運動靴を準備しておいたりといった、より具体的な対策が可能になります。
木村:
全国津々浦々に郵便局のネットワークを持つ貴グループとは違い、PwC Japanグループは主要拠点を大都市圏に集約していますが、それだけに大規模災害時の本社機能の維持はより切実な課題です。当グループに限らず、そうした企業は少なくないでしょう。また、当グループではコロナ禍を経てリモートワークが急速に浸透・定着したことから、リモートワークに対応したBCPを策定していますが、その場合もやはり「中枢を麻痺させない」ことは大前提ですね。
木村:
東日本大震災やコロナ禍では、従来のシナリオ想定型のBCPの限界も露呈しました。先ほど郵便局の機能の「柔軟な対応やしなやかな運用」ともおっしゃられましたが、これは災害や有事の種類や規模が未曾有のものとなることが多い昨今、危機対応においてとても重要な考え方だと思います。「想定外の事態」「不測の事態」を踏まえ、貴グループでは事業継続のための対策やBCPをどのように見直されてきたのでしょうか。
増田:
当社のBCPは、2007年の民営化時に策定されたものが基本となっており、2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震といった大きな自然災害がある度に内容を見直してきました。また当初は地震を中心とする自然災害を想定していましたが、現在では「社会的リスク」も視野に入れた内容となっています。
一口に「社会的リスク」と言っても、その範疇をどこまでとするかは難しい問題です。当社では「地域社会や利用者、従業員、お取引先、株主といったさまざまなステークホルダーの信頼を失い、結果として事業に大きな打撃を受けるおそれがある」という観点で、コンプライアンス関係のリスクとレピュテーションリスクを中心に想定しています。
個別のリスク事象への対応についてはその都度、「グループ危機管理委員会」を設置して協議し、適切に判断できるようにしています。例えば、なんらかの理由で当社グループの金融システムに不具合が起きた場合には、原因を解明して復旧するためにシステムを完全に止める判断を迫られることもあり得ます。こうした極めて高度かつ重要なリスク対応の判断を、BCPに基づいて「グループ危機管理委員会」で決定します。
木村:
顕在化したリスクの社会的な影響を最小限にとどめ、経営や事業活動に重大なダメージを被らないようにすることが求められますね。そうなると、自然災害リスクと社会的リスクとでは、対応の仕方が大きく異なるのではないでしょうか。
増田:
どちらも「現場からの状況を迅速かつ正確に本社に集約し、適切な対応策を考える」という基本動作は共通する一方、留意すべきポイントは異なります。
例えば、大規模な自然災害が発生して郵便局の物流機能が止まった場合、もちろん機能の迅速な復旧が求められますが、止まった理由は明白であり、利用者の理解は得られやすいかもしれません。しかし金融システムのダウンの場合は、地域や利用者によってリスクに対する認識の仕方や理解度の差が大きいですし、人為的なミスの可能性も絡むため、不信感や不安感が広がりやすいのではないでしょうか。
そこで重要となるのが情報発信です。現在、ATMに情報発信用の画面を新たに追加して、「いつまでにシステムが復旧します」といった情報をリアルタイムで流す仕組みの構築を進めています。
ちなみに、自然災害時の情報発信という点でも郵便局は貢献しています。NHKと連携協定を結び、災害時の郵便局のサービス状況について発信いただくとともに、地域の防災の実情をよく知る郵便局の局長や局員が被災地域の被害状況などの情報を提供しています。
木村:
BCPを策定しても、実効性が伴わなければ“絵に描いた餅”です。この「実効性の担保」はBCPの大きな課題の1つかと思います。経営者として意識されていることがあれば教えてください。
増田:
9月1日の「防災の日」には、大々的に防災訓練を実施する企業や自治体が多いかと思いますが、準備したシナリオ通りに問題なく運ぶことを目指す「訓練のための訓練」で終わってしまっては意味がありません。訓練は「想定外の事態」「不測の事態」をできるだけ経験でき、より多くの修正箇所をあぶり出せる内容とすべきです。
そのためには事前にシナリオを固めすぎずに「参加者の一人ひとりが考え、戸惑うような訓練」、いわゆる「ブラインド型」の訓練とすることが必要です。当社の非常参集訓練では事前の机上訓練も実施しており、一定の条件だけを決めて、具体的にどのように行動すべきかを考えさせることも試みています。
木村:
そうした「自ら考える」という体験をしてこそ、いざというときに各自が主体性を持って動けるようになりますね。
増田:
おっしゃるとおりです。その点では、事業継続やBCPの重要性についての認識を組織全体に浸透させることも重要でしょう。
BCPや防災の業務はとかく敬遠されがちで、「危機管理室や総務といった特定部署の仕事であり、自分には関係がない」と考える従業員も少なくありません。しかし冒頭で申し上げたように、事業継続は当社の存在意義そのものです。その責務を全うするには、一人ひとりが自分事としてBCPを捉えて実践することが求められ、非常参集訓練はそのための手段の1つでもあります。
木村:
訓練を真に意味のあるものとし、危機意識を従業員と共有するのは簡単なことではありません。これらを実践してBCPを実効性あるものとするには、経営トップの役割がとても重要ですね。
増田:
岩手県知事時代の経験も踏まえて私が申し上げられることは、危機が発生し、リスクが顕在化した時には「トップは独裁者であれ」ということです。特に自然災害への対応は時間との勝負ですから、上がってきた情報に基づいて「全責任を負う」という覚悟で即断即決をして、リーダーシップを発揮しなければなりません。
木村:
確かに、自然災害時には「1秒」の判断が命を決する場合もありますから、トップの意思決定が明確でなければ、あらゆるステークホルダーに影響が及びます。もちろん人間ですからミスを犯すこともあるでしょう。まずは意思決定をした上で、反省点があれば事後にしっかりと見直し、より良い体制づくりに生かせば良いわけですよね。
増田:
そうですね。より正しい意思決定ができるようにするためには、客観的な情報が集約される体制が必要です。社内からだけでなく、報道や政府機関などを含めたさまざまなソースから判断材料となる情報が適時に得られる仕組みを持っておくことが重要だと思います。
木村:
大きな危機であればあるほど情報は錯綜するものです。トップが適切な意思決定をするためにも、正しい情報が迅速に上がってくる体制を構築しておく。その意味でも、先ほどご指摘のあった本社機能の維持やグループ危機管理委員会の設置は重要ですね。
木村:
最後に、防災対策やBCPに取り組む自治体や企業に向けて、メッセージをいただけますか。
増田:
自然災害時には、必要最小限のことを最優先でスピーディーに実践することが求められます。そのために何が必要かを突き詰めて考えて無駄を省き、情報集約と意思決定の体制を整える――こうした防災対策やBCPの取り組みは、平常時の企業のレジリエンス(強靭性)の向上につながります。
例えば郵便局の場合、災害時に備蓄品を迅速に搬出したり、停電時に人力で郵便物を仕分けしたりといった状況を想定することで、日頃の現場の整理整頓の仕方が変わったり、より合理的な物流システムの構築に生かせたりするかもしれません。
首都直下型地震や南海トラフ地震は近々に必ず起きることが分かっています。これに対する備えは単に受け身でやらざるをえないことではなく、さらにその先に組織の強さをもたらすものだという意識を持つことが重要ではないでしょうか。
木村:
防災対策やBCPの取り組みは、組織にとってどちらかというと「守り」の部分と思われるかもしれませんが、決してそうではありません。災害への備えがむしろ組織にとっての持続的成長につながる――そうした認識を共有し、成長戦略としての防災に取り組んでいくことが必要ですね。本日はありがとうございました。
「事業継続は宿命であり、存在意義そのもの」という力強いお言葉。社会の公器としての一面を持つ企業グループとしての覚悟、そしてトップとしての矜持が印象に残る対談でした。「事業継続・防災のための取り組みが組織の強靭性を高める」とのご指摘は、企業や自治体などで有事対応や危機管理を担当される方々を勇気づけ、私たち一人ひとりの防災意識をアップデートするものだったのではないでしょうか。
「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」ことをパーパス(存在意義)とするPwC Japanグループも、引き続きBCP策定を含む企業の危機管理強化やレジリエンス強化の支援を通じて、安心して暮らせる社会づくりに貢献したいとの想いを新たにしました。
1951年生まれ。日本郵便株式会社取締役、株式会社ゆうちょ銀行取締役、株式会社かんぽ生命保険取締役も兼務する。1977年建設省入省。1995年4月から2007年4月まで岩手県知事を務める。その後、総務大臣兼内閣府特命担当大臣、野村総合研究所顧問、東京大学公共政策大学院客員教授を経て、2020年1月より日本郵政株式会社代表執行役社長に就任。同年6月より現職。
1963年生まれ。1986年青山監査法人に入所し、プライスウォーターハウスクーパーズ(PwC)米国法人シカゴ事務所への出向を経て、2000年に中央青山監査法人の代表社員に就任。2016年7月よりPwC Japanグループ代表、2019年7月よりPwCアジアパシフィック バイスチェアマンも務める。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。