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DEIコンサルタント
マセソン 美季氏
PwC Japan合同会社 マネージャー
及川 晋平
SDGsの道しるべ
パートナーシップで切り拓くサステナブルな未来
SDGs達成に向けた取り組みは、人類全体が進むべき道を探りながら歩んでいく長い旅路です。持続可能な成長を実現するためには、多くの企業や組織、個人が連携しながら変革を起こしていく必要があります。対談シリーズ「SDGsの道しるべ」では、PwC Japanのプロフェッショナルと各界の有識者やパイオニアが、SDGs17の目標それぞれの現状と課題を語り合い、ともに目指すサステナブルな未来への道のりを探っていきます。
今回のテーマは目標10「人や国の不平等をなくそう」。
民間企業における障がい者の法定雇用率は2.3%(2023年現在)。従業員43.5人に1人以上の割合で障がい者を雇用することが求められており、目標未達成の企業は行政指導や企業名公表のリスクを負います。
こうした法整備もあり、障がい者雇用は伸びてきましたが、その傍ら「数値目標を達成すればそれでよいのか」との議論もあります。“数合わせ”ではなく、障がいの有無や障がいの内容を超えて全ての人が自らの力を発揮できる環境こそが、企業の持続的成長に直結するはずです。
DEI(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)コンサルタントのマセソン美季氏と、PwC Japan合同会社でチャレンジドアスリート(CA)チームをリードすると同時に、車いすバスケットボールのコーチとして活躍する及川晋平が、障がい者雇用の意義、多様な視点の重要性、真のInclusion & Diversity(I&D)とあるべき社会の姿について意見交換しました。
及川:
現在、多くの企業がI&Dに取り組んでいます。しかし障がい者に関してはまだまだ「応援しましょう!」「何かお手伝いできることはありますか?」といった構え方が支配的だと感じます。対してPwC Japanグループでは、障がい者が生活や仕事をする際に社会の何に障壁を感じるのかを見定め、それを改善することに焦点を当てています。英語には「障がい」に相当する「impairment」と「disability」という語があり、医療などによって改善・克服すべき対象が impairment、人の行動や参加を制約する要素が disability だとすれば、PwCは後者のDisability Inclusionの観点でI&Dを推進しています。
マセソン:
ご指摘のとおり、日本ではマジョリティの人たちが手をつないで輪をつくり、障がいのある人たちをその輪の中に「参加させてあげる」というような構造があると私も感じます。それが、障がい者雇用を人事政策の枠に閉じ込め、「どんな仕事ならやってもらえるか」という思考から抜け出せない原因だと思います。
グローバルな観点に立脚する企業は、例えば障がいのある人たちが自社製品にアクセスできているか否か、できていないなら何が足りないかなど、人事にとらわれず多様な視点からI&Dを推進しています。PwC Japanグループはまさにその好例で、特に及川さんのCAチームが主体となってさまざまな活動を展開されていますが、どういう経緯で始まったのですか。
及川:
私は骨肉腫によって右足を切断せざるを得なかったのですが、自身が「障がいがある」ことを理由に、所属している会社の生産性に関わる機会がないのは妙なことだととらえていました。そこで何かで自分らしいやり方で会社のバリューを高められないかと考え、2012年に車いすバスケットボールの体験会を小学校に提供することから始めました。
この活動を通し、関わってくれた社員の障がいに対する理解が深まりました。その結果、それまで障がいのある人とない人の間に存在していた見えない壁のようなものが壊れていった気がします。その後、社内で助言者が増えたり、別々に動いていたコミュニティが融合したりと、複数の成果が表れ、活動の目的も次第に変化していきました。最初は「自分の取り柄なんてスポーツだけさ」と思っていた選手も、自分が自信を持って取り組めるスポーツという分野で従業員との交流ができたことで、成功体験と自信を手に入れました。自分の仕事への関心が深まり、求められるスキルの獲得を目指す──そんな変化が、ビジネスにおけるプロフェッショナルなキャリア形成と、アスリートとしてのキャリア形成を両立させる「デュアルキャリア」という方向性へと結実したのです。今では、障がい者アスリートがライフスタイルや志向に合わせて「競技」と「業務」の比重を調整しながら、長期にわたり柔軟な働き方ができる環境が整っています。
マセソン:
いま伺ったような、前例がなく、成果が数字に表れない活動に企業が時間と力を割くことは簡単ではなく、しかもオーソライズする人がいないとうまく機能しません。それをできない多くの企業は、取り組みの途上で身動きが取れなくなりがちです。その意味で及川さんたちの活動は、私も共感しながら興味深く拝見しています。
及川:
I&Dは、社会のアジェンダとしては広く認識されていますが、企業経営のアジェンダとして十分に機能しているとはいえません。どうすれば企業アジェンダとして機能するとお考えですか。
マセソン:
I&Dを実現するには“準備体操”が必要だと私は考えています。非日常の動きをする前には筋肉を温め、関節可動域を確保する必要があるように、I&D推進に必要な筋力や考え方を、まずほぐさなければなりません。また「誰かのためにやってあげること」という意識を捨て、「自分自身にも関係すること」へと価値観をシフトさせてスタートラインに立ち、継続的に実行しないと、I&Dの結果は手に入りません。
及川:
“準備体操”は分かりやすい表現ですね。世界の有力企業500社が連携して障がいインクルージョンの推進を目指す経営者ネットワーク「The Valuable 500」が、いま改革に向けた活動を展開しており、私たちPwC Japanグループも参画しています。これもある意味で準備体操なのでしょう。個々の企業が急にI&Dに乗り出しても、働き方の現状や価値観とフィットしなければ行き詰まります。そこで、他社の成功例・失敗例をグローバルに共有し、たとえ徐々にでも環境整備を進めようというのが、この改革の前提となる考え方だととらえています。
マセソン:
そこですよね。日本企業の課題の1つは、「成功事例ばかり共有しようとする」ことなのではないでしょうか。うまくいかないのは、悪いことではなく想定内のことなのに、「“きれいに整った近道”を、転倒せずに進みたい」と考える企業が多い気がします。もっと失敗事例を共有できるとよいのですが……。
及川:
確かに、失敗事例を公表する企業はあまりないかもしれませんね。一方、PwC Japanグループは多様なプロフェッショナルサービスを提供するなかで、クライアントから課題や失敗例を聴取する機会が多く、さまざまな業種・企業の経験則を蓄えています。そんな“失敗の本質”の知恵を生かし、“I&Dの準備体操”を支援することも、私たちの大切な役割です。
及川:
今年、車いすバスケットボールの天皇杯決勝に、PwC Japanグループからも社員や家族約200人がおそろいのTシャツで大会の応援に駆けつけてくれました。選手・従業員・その家族がみんなで盛り上がったことで、会社の中でも話題が広がり、前向きなムーブメントや雰囲気が醸成されたと感じます。
マセソン:
スポーツが持つエネルギーは社会や人々を変える力になると、私も実感しています。私が理事を務める国際パラリンピック委員会(IPC)は、パラスポーツを通じてインクルーシブな世界をつくることをビジョンとして掲げています。ハイパフォーマンスなアスリートを輩出して障がいのある人たちへの認識を変えること、さらに用具を工夫し、ルールを整え、競技場や大会運営のあり方に気を配ることで、さまざまな障がいがある人々が多様な能力を発揮できる社会像を目指す──このムーブメントを浸透させて、競技場内にとどまらず一般社会のあらゆる面を変えていくことがIPCの願いです。
及川:
パラリンピアンの強みは、「アジャストする力」ですよね。私は東京大会で車いすバスケットボールの日本代表男子チームの監督を務めましたが、選手はそれぞれ障がいが異なり、いつどこでトラブルが起きるか分からないし、本人は元気なのに競技用車いすの故障で、プレーできなくなることもある。だからパラアスリートは、どんな状況でも目の前の出来事にアジャストする力が養われるのです。いい意味で「やむを得ない」ことや「絶対に無理」なことを知っていて、同時に「ここはいける!」と信じる力が強い。そういう面はビジネスでも大いに学ぶべきだと感じます。
マセソン:
“優秀な”選手をただ集めただけでは強いチームはできませんよね。それぞれの選手がお互いの得意な部分と不得意な部分や、それぞれの特性を理解し合うことで、そこがかみ合って強いチームになる。チームスポーツの面白さです。
及川:
つまり「化学変化」なんですね。皆、心身の機能が違うし、個性や価値観も異なります。手を使う人と、使わない人。足を使える人と、そうでない人。歩く人がいて、車いすの人がいる。階段を上る人も、スロープで遠回りする人も。さらに好き嫌いや得意不得意、経験値や問題解決のアプローチも異なる。いろいろな人たちが1つの目標に向かうとき、どんな視点が立ち現れ、どういう工夫がなされ、どのような価値が生まれるか――そんな化学変化を起こすことが、I&Dの取り組みで得られる貴重な価値なのだと思います。
マセソン:
企業のI&Dを阻む原因の1つに、多様な人たちが活躍するイメージをリーダーが描けない、という問題があります。車いすを使用する従業員が日常的に働く様子、顧客としてやってくる姿を想像できれば、「この店舗には階段しかない。社員も顧客もアクセスできない。それはおかしい」という発想が自然に湧くはずです。企業を変えるには、やはりリーダー層の理解が重要だと思うのです。
及川:
I&Dの活動に携わると、さまざまなdisability(制約)に直面します。それらのdisabilityを生み出しているのは、物理的なもの、制度的なもの、意識的なもの、情報や文化的なものなど多岐にわたります。コストがかかるものもあれば、リソースを投入しなくても変えられるものもあります。また、建物や製品、サービスなどにアクセスできる権利は基本的人権であって、公平で平等な機会へのアクセスを保証するのは当然のことです。I&Dは余裕があるときだけ取り組めばいい活動ではないですし、これだけやれば終わりというものでもありません。となると、やはりリーダーの経営判断が必要です。それゆえリーダーには、I&Dに対する感度の高さが求められるのです。感度を高めるには「こんなことを考えているよ」「いつでも相談してほしい」とまずは発信すること。発信を続け、その反応を見て細かな部分をフィットさせていく。それがリーダーに求められる役割だと思います。
マセソン:
リーダーには企業のカルチャーを耕す役割もありますね。痩せた土地に、多様な人材という種をいくらまいても芽は出ません。その点、PwCの土壌、すなわちカルチャーはいかがですか。
及川:
私の場合、何かあったときには人事リーダーである福井泰光パートナーに相談するのですが、逆に「あなたはそれをどうしたいのですか」と聞き返してくれます。また、任せてもらうだけでなく、見守ってもらえる安心感もあります。そういう感度の高さがリーダーにあるので、やりたいことができています。そして、思いどおりにやっている私の姿をリーダーは一定の距離から見ていろいろ吸収し、理解を深めてくれます。そういったリーダーたちの存在のおかげで、私は動きやすかったし、発信しやすかったのです。リーダーの後押しがあるから従業員も興味を持ち、集まってくれて、そこに参加した各自が何かを持ち帰り、自身の活動に反映し、また循環していく。そんな風通しのよさをPwCには感じます。
マセソン:
障がいがある人に関して「こんなことを尋ねたら失礼かな……」と言葉をのみ込んでしまうケースは少なくないですよね。でも実はそれ、みんなが知りたい疑問だったりもします。企業のカルチャーには「“正しい質問”もないし、“間違っている疑問”もない。まっすぐ進めないのは想定内」というオープンな共通理解が大切。PwCにはそれがあって、風通しよくI&Dを推進できているのでしょうね。
及川:
PwCの取り組みも、もし事前に目標を設定してブレークダウンし、「このリソースで進めることになりました」といった進め方だったら、うまくいかなかったはずです。車いすバスケットボールの体験会も、全て計画どおりに進んだわけでは決してなく、人と人との自然なつながりから成果が生まれました。一方、社会ではいまだにさまざまな“バリア”が生み出され続けていて、disabilityは取り除かれていません。disabilityをこれ以上生み出さない。今あるものは少しずつ減らしていく。誰もが活躍できる社会をどう築くか──リソースも、リーダーの先見性も、それには必要です。まだまだチャレンジングな道のりだと感じます。
マセソン:
私は「スポーツと教育の力で社会を変えていく」ことに長年取り組んできましたが、2021年のパラリンピック東京大会のころから「社会変革について、より詳しくお話を伺えませんか」「今のお話、どうやったらビジネスに生かせますか」など、企業の方々からの質問が増えました。「そうか、このテーマはビジネス界でも生かせるのだ」と気付き、近年は活動の場が徐々にシフトしつつあります。
及川:
企業のI&Dの意識は確かに高まっています。ただ私は、現在の社会構造そのものが立ち行かなくなり、新しい方向を目指さざるを得なくなっているのではないか、と考えています。ならば、現在インクルードされていない人たちも含めて社会を再構築することは、1つのアジェンダになるはずです。今の社会にインクルードするのではなく、I&Dの観点が最初から組み込まれた社会構造に再構築する──それをアジェンダととらえると、障がい者うんぬんを超えたもっと大きな潮流としてdisabilityを見つめ直すことが必要なのではないかと感じます。
では、新しい社会構造は誰がつくるのか。政府や自治体の役割も重要ですが、購買計画や投資を通じて社会を動かすという意味で、企業の役割が今後ますます重要になるはずです。
マセソン:
購買行動は投票と似ていますよね。PwCはプロキュアメント(調達)を通じて影響力を高める戦略も掲げていらっしゃいますが、個人も同様に、例えば人々が迷わずユニバーサルデザインの商品を選んで買うようになれば、それは社会の変革に1票を投じることになります。これをもっと大きな流れにしていけば、世の中に出回る製品やサービス、施設などはどんどん洗練されるでしょうし、多様性に対応できていないものは消えていくでしょう。企業にも、個人にも、そういう力がある。現況に満足せず、新しい何かの創造を志向する行動力に、私は大きな可能性を感じます。
PwC JapanグループはI&Dを積極的に推進していますが、実はPwC Japanグループの1万人を超える従業員の中には、障害者手帳は持っていなくても、心身の不調や病気を抱えながら普通に働いている人がたくさんいます。そういう“見えない障がい”を抱えている人たちが働きやすくなるよう変えていくための工夫や取り組みは、一般社会ではほとんど手がつけられていません。I&Dを企業アジェンダとするならば、障がい者というカテゴリを一度外して、真のDisability Inclusionを問い直し、多くの人が抱える難しさをどうやって解消するのか、どうすれば誰もが能力を発揮できる組織になり、チームの力を最大化できるのか、そのあるべき姿をみんなで考えていく必要があります。それが、これからのリーダーに課せられた宿題なのかもしれません。
1998年の長野パラリンピック冬季競技大会では、アイススレッジスピードレースで3つの金メダルを獲得した元アスリート。競技生活引退後は、スポーツと教育の力を活用しながらインクルーシブな社会の構築を目指した活動に従事。障がい・社会・スポーツを独自の視点でとらえた講演・執筆活動にも注力している。国際パラリンピック委員会(IPC)理事、 The Valuable 500のアジア環太平洋地域アドバイザーなどのほか、PwC Japanグループ顧問を務める。
2000年シドニーパラリンピックに車いすバスケットボールの日本代表選手として出場。引退後はクラブチーム「NO EXCUSE」を率いる一方、13年に車いすバスケットボール男子日本代表ヘッドコーチに就任し、21年の東京大会では監督としてチームを銀メダルに導く。PwC Japan合同会社ではチャレンジドアスリート(CA)チームをリード。業務と両立しながら、障害者スポーツの世界においてトップアスリートとして活躍することを目指すメンバーとともに、社内外においてI&Dに係る取り組みを推進している。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。