エネルギー・ユーティリティ・資源(EU&R)分野において、経営陣がESG移行への積極的姿勢を強める中、ESG関連のM&Aも成熟段階を迎えています。最近まで、炭素への依存度が高い資産の売却などESGの推進を狙ったM&Aは多くの場合、規制当局または「物言う株主」からの圧力に応えるための、受動的なものと考えられてきました。しかし現在、企業はESGリスクを自社全体の戦略の一部として管理し、新たな価値を創出する契機としてESGを捉えています。企業が資産ポートフォリオを再構築し、エネルギートランジション、炭素削減、脱炭素化などの高成長市場での機会を活用する中で、PwCはポートフォリオの最適化、事業統合、戦略的パートナーシップ、ケイパビリティの獲得が今後も継続すると予想しています。
ESG以外では、堅調なコモディティ価格、潤沢な資金調達、サプライチェーンのセキュリティに対する幅広い懸念により、この業界のM&Aに影響が及ぶと予想されます。その結果、グローバルでは金の分野全体にわたり、また米国では石油・ガスの上流部門において事業統合が進むと予想しています。また、化学系企業は生産施設により近い場所で原材料を調達できるよう、ターゲットを絞ったM&Aを模索すると予想しています。インフラファンドについては、電力およびユーティリティ、石油・ガスの中流部門、再生可能エネルギーに今後も巨額の資金を投入すると予想しています。
「ESGはEU&R分野のディールにおける焦点となっており、こうした状況は今後もしばらく継続すると予想しています」
2021年、EU&R業界のディール件数および金額はそれぞれ前年比8%増、67%増となりました。地域・部門別のハイライトは以下のとおりです。
脱炭素化への流れにより、特にバッテリーや電気自動車(EV)部門において重要鉱物の需要が増加しています。これは数字上でも明らかであり、EVおよびバッテリーはリチウムの最大消費部門となっています。世界のEV市場規模が毎年30%拡大すると予想される中、同部門は、2040年までに、ステンレススチール部門を抜いてニッケルの最大消費部門となる見込みです。
いくつかのコモディティについては、消費が生産を上回っています。例えば、国際エネルギー機関(IEA)の『Sustainable Develpment Scenario』によれば、グラファイト、コバルト、ニッケル等の需要は2040年までに20~25倍増加すると予想されています。こうした重要鉱物の需要増によって鉱業・金属分野のバリューチェーン(探査、開発および生産用資産)全体への関心や投資意欲が高まり、鉱物資源の豊富な国や地域では、供給ギャップ解消につながる規制面でのインセンティブや迅速な承認に向けた政府の支援が必要となります。
伝統的な鉱山会社による投資が見込まれます。こうした企業は現在、戦略を再検討し、重要鉱物の分野にも事業を展開することでポートフォリオを多様化し、将来的な持続性を確保しようとしています。そうした中で、一部の鉱山会社は、炭素への依存度が高い産業へのエクスポージャーを相対的に減らしつつあります。また、この分野は政府系ファンド、年金ファンドからの関心も高まるものと予想しています。プライベート・エクイティ(PE)の参入の可能性もありますが、競争の激しい状況ではPEも二の足を踏むかもしれません。
昨年の鉱山・金属分野における最大のディールは、金と銅に関する従来型の統合でした。世界的に市場競争が激しく続く中、ビジネスリーダーが供給確保、ポートフォリオ最適化、コスト相殺などに対処すべく事業買収に注力することで価値創出を図っている最中であるため、PwCはこうした従来型の取引が今後も続くと予想しています。
過去2年間の資源価格の高騰により、多くの鉱山会社は好業績となり、M&A資金を十分に確保しています。この2年間に見られた需要の急増や生産不足が2022年も継続する場合、ビジネスリーダーは引き続き逆風に鋭い関心を向けると考えられますが、価格変動が収まればディールメーカーもディール金額に関する期待のすり合わせがしやすくなり、ディールを推奨しやすくなるでしょう。
石油およびガスの価格は2022年も上昇基調が続くと予想されます。しかし、投資家は慎重な設備投資とより高い収益性に焦点を合わせており、2021年に比べてディール件数は減少すると予想されます。また、多くのPEファームが、化石燃料の保有を削減または廃止することを表明しており、これらの炭素排出資産の売り込み先も限られています。純粋な上流部門における石油・ガス資産のM&A活動は、株主からの影響が比較的小さく、資産ポートフォリオの拡充やコアコンピタンスへの注力を続ける民間企業が中心となる可能性が高いと思われます。
石油系メジャー、グローバルインフラファンド、PEおよび特別買収目的会社(SPAC)がエネルギー移行のバリューチェーン内における再生可能エネルギー、クリーンテックなどへの資本投資することで、同部門の価値評価が押し上げられています。石油・ガス系メジャーが探鉱・掘削から水素や再生可能エネルギーに投資を振り向けることで、M&A活動が増加すると予想されます。また、水素プロジェクトは各国が炭素排出量の削減と持続可能性の向上を目指していることもあり、世界各地でグリーンフィールド投資を呼び込むものと見込まれます。
油田サービス(OFS)業界は、新規掘削事業の需要低迷に直面する中、そのケイパビリティを拡大し続けています。2022年のOFSディール活動は主に、中小規模の企業がより大規模の競合企業から資産を購入するケースや、他の中小規模OFS企業と合併して、洋上風力発電や水素、炭素回収インフラなどの低炭素分野に進出したりするケースが予想されます。
石油精製会社は、保有資産を輸入・貯蔵ターミナルやバイオ燃料精製設備に転換するケースや、エネルギー移行のために資産を水素ハブ用途に用いるケースが想定されます。ただし、特別な関心を持つバイヤー数は少ないため、M&Aは限定的なものになると予想されます。
エネルギートランジションにより、天然ガスの需要が高まり、炭化水素への依存度を下げるための移行燃料としての役割を果たしています。液化天然ガス(LNG)生産は、ほとんどの主要輸出国で上限に近づいており、他の多くの需給の影響と相まって、世界的に天然ガスの価格が大幅に上昇しています。その結果、エネルギー消費量の多い業界(製造部門や電力・ユーティリティ部門など)では、欧州を中心に生産量が減速し、一部のディールが2022年初頭に延期される可能性があると予想されます。
LNGの輸出国・輸入国の双方の需要増により、供給ギャップがまん延化・拡大していることから、中流部門のLNG液化・輸送設備への投資が促進され、既存のLNG資産のディールが活発になる可能性があります。
世界の電力・ユーティリティ関連のディール活動は、パンデミック前の水準まで急速に回復し、業界関係者は事業の再編成やポートフォリオの合理化を進めています。2022年はエネルギートランジションの方針、技術革新、ESGがこの部門の投資戦略やディール活動の追い風となり、市場(年金ファンド、特定インフラファンド、公益事業体、独立系発電事業者)の競争はますます激化すると予想されます。
特に、ESG関連のディール活動が活発化している背景には、先住民族のコミュニティを含む地元ステークホルダーとの新たなパートナーシップの増加があります。また、PwCはESGの取り組みに関して、企業が投資家、規制当局、政策立案者、クライアントとの関わり方を前向きに変化させている点にも注目しています。
ディールメーカーは現在、ESG目標やそれがもたらす成長機会に注力することと、ビジネスモデルを明確にして安定的にリターンを求めることとのバランスを図る必要に迫られています。その結果、従来の再エネテクノロジーに加えて、送電インフラ、炭素回収、蓄電池、水素などのクリーンテクノロジーに対する大規模な資本投資やM&Aが予想されます。持続可能なエネルギー目標は、多くの場合、契約に基づいて収益をあげられることもあり、再生可能エネルギー開発の魅力的な機会を創出するものの、これらの資産をめぐる競争も激化するでしょう。
ESG方針が明確化され、企業のESG戦略が強化される中、幅広い投資家の関心が高まり続けるでしょう。電力・ユーティリティ業界の企業は、競争に打ち勝つべく、自らの強みと重点領域を見極める必要があります。
化学業界がパンデミックによる深刻な需要・サプライチェーンの混乱から回復する中、同分野のM&A活動は2021年下半期に加速し、2022年も継続する見込みです。一方で、原材料価格や人件費の高騰によるインフレ圧力や、貿易摩擦やCOVID-19による先行きの不透明性が長期化するといった逆風により、利益に悪影響が及ぶ可能性があります。
社会からの期待、規制、ネット・ゼロ・コミットメントにより、化学系企業はカーボンフットプリントの削減を急ぐ必要があります。2022年は、炭素への依存度の高い資産の売却、持続可能なプロセスの開発、持続可能な材料のサプライチェーンへの統合に注力した戦略的意思決定がなされると予想されます。また、再生可能エネルギーや廃棄物発電への投資など、他の産業界との連携も進むものと思われます。
企業が供給をニアショア化し、サプライチェーンの安定化を図る中、化学分野におけるクロスボーダーのディールは大幅に増加すると予想されます。化学企業は、パンデミックによる生産施設の一時閉鎖、原料不足、輸送コストの上昇、港湾の混雑など、世界的なサプライチェーンの混乱に直面しています。こうした課題により、地域の化学系企業も、よりアジャイルかつレジリエントなサプライチェーンを確立することが求められ、海外に目を向けざるを得なくなったのです。
この数カ月間に、特殊原料の需要増、マルチプルの上昇、自動車や建設など最終製品市場における需要回復を受けて、複数の大規模資産が市場に出てきました。PEは豊富な資金を武器に、現在の価値評価をうまく活用してポートフォリオ資産の買収や(早期の)撤退を実現することができます。同時に、多くの企業がパンデミックから脱却し、バランスシートが改善したことでディールに投入可能な資金も増加しました。そのため、競争の激化、一部の資産に対するプレミアムの上昇などが予想されます。
世界のEU&R企業とその投資家は、ESGを戦略アジェンダの中心に据えています。こうした中、ビジネスリーダーは、ポートフォリオのリバランスを迅速に行い、再生可能エネルギー、炭素回収、蓄電池、水素、送電インフラ、その他のクリーンテクノロジーなどESG成長分野における価値創造機会を追求していくことが見込まれます。商品価格の堅調な推移、潤沢な資金供給に加えて、原材料の安定供給に対する懸念が残っていることから、EU&R関連ディールメーカーは事業統合、ケイパビリティ獲得を目的とした買収、非コア事業資産の売却など、より伝統的な形態のM&Aに引き続き取り組むことになるでしょう。
データについて
M&A動向に関する当社の見解は、業界で認知された情報源から提供されたデータに基づいています。本レポートで使用した金額および件数は、2021年12月31日現在でRefinitivにより提供された、2022年1月2日時点でアクセスした公式発表に基づいており、噂や、取り下げられたディールは除外しています。さらに、補足情報としてDealogicと当社の独自調査からの情報も加味しています。本レポートは、Dealogicによる使用許諾に基づいて提供されたデータから導出したデータを含んでいます。かかる被使用許諾データの全ての権利はDealogicが留保しています。PwCの産業マッピングと一致させるため、データ情報源に一定の調整を加えています。
※本コンテンツは、PwC米国が2022年1月に公開した「Global M&A Trends in Energy, Utilities and Resources: 2022 Outlook」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。
M&Aアドバイザーとして、ソーシングから取引実行まで高い専門性を持ち一貫して支援します。また、クロスボーダーや不動産などの領域においても幅広い経験を有しています。
PwC(PwCアドバイザリー合同会社)の、ディールアドバイザリー(事業再生、コーポレートファイナンス、トランザクションサービス、バリュエーションなどのM&A全般、PPP)が提供するサービスについてご紹介します。
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