金融サービスセクターにおいては、テクノロジーとイノベーションを狙った案件がディールの中心となる中、戦略的な市場優位性を得るための競争が合併・買収(M&A)を促すという状況が続いています。銀行、保険会社、資産運用会社はコスト構造の最適化、トップラインの伸びの改善、効率性と利益率の強化を目指しており、これを背景に今後数カ月間にわたって買収と事業売却の増勢が強まると予想されます。
規制当局による監視、プラットフォーマーとフィンテックによるディスラプション(破壊的な変革)、金利上昇、継続的なデジタル化――。これらの圧力を受け、金融サービスセクターは変革に向けた準備を万全なものにしています。2022年のM&A活動の焦点は、継続的な戦略的パートナーシップの構築、進行中の経営統合、そしてディストレストアセットの増加に当てられると考えます。
「さまざまな投資家が高い関心を寄せることで、2022年に金融サービスセクターではM&A市場の拡大は続くでしょう。特に、銀行・保険セクターのディストレストアセットがディールを相次いで創出する可能性があります」
今後半年から1年の間に以下の分野のM&A活動が活発になると予想します。
2020年から2021年にかけて、金融サービスのディール件数は21%、ディール金額は40%とそれぞれ増加し、2022年は全ての地域においてディール活動が活発な状態で幕を開けました。2021年上半期のM&A環境が活況だった要因の1つに、2020年からディール需要が積み上がっていたことがあります。景気回復に対して楽観的な見方が広がる中、こうした状況は2021年下半期も継続し、堅固なディールのパイプラインが作られました。PEファンドが関与する金融サービスの案件数は、2021年にディール全体の30%を占め、過去5年平均の20%を上回りました。このことは、金融サービスセクターにおいてPEファンドの重要性が高まっていることを示しています。
ディール金額の増加は、特にリース、地方銀行、フィンテック、保険といったセクターを中心に、いくつかのメガディール(発表されたディール金額が50億米ドル以上の案件)の実行によるものです。また、デジタル/テクノロジー関連のターゲットをめぐり、企業、PEファンド、特別買収目的会社(SPAC)間の競争が激化したことも金額増加の一因です。
消費者の期待が高まり、オペレーションがより複雑になる中、業界内のどのセクターにおいてもデジタル化の加速はとどまるところを知りません。フィンテック企業や非金融サービス企業がもたらすディスラプションに対し、マーケットポジションを確保しようとする企業戦略においても、テクノロジーは中心的な要素であり続けています。
2022年のM&A、パートナーシップ、戦略的提携の焦点は、データ活用、増大するサイバーセキュリティ関連の懸念に対するソリューションの導入、業務効率改善、取引プロセスの高速化に向けたケイパビリティの獲得・強化などを目的としたディールになると予想されます。
企業が自社ビジネスモデルに金融サービスをシームレスに統合するエンベディッドファイナンスが台頭しており、この潮流は今後強まっていくと見込まれます。Apple、Google、Amazonといった巨大ハイテク企業が、金融分野へのサービス提供体制の拡充を推進する中、WalmartやIkeaといった小売企業もこの市場に参入しつつあります。すなわち、顧客に対して金融サービスの提供を可能にする企業との提携やこうした機能を持つ企業の買収を行っているのです。2022年には、カード発行銀行などの金融サービス企業が、「Buy Now, Pay Later (BNLP、後払い)」などの成長分野でフィンテック企業に対抗するため、M&Aによりケイパビリティの向上を図る可能性が高いです。
サステナブル投資への需要の高まりを受け、金融各社はESGに係る複雑かつ数多くの問題に対応することが求められていますが、この分野で金融サービスセクターをリードしているのは、アセット/ウェルスマネジメント(AWM)セクターです。現在、保険・銀行セクターは、グリーントランジション(環境配慮や持続可能性のある社会への移行)を支援する金融インフラの提供に際し、より大きな役割を担うと見られています。COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)では、世界の銀行資産の約40%を有し、450の金融機関で構成されるコンソーシアムが、2050年までに二酸化炭素排出量実質ゼロ(ネットゼロ)の達成に向けて、融資・投資活動を調整することを宣言しました。ESG基準を満たすターゲットに多大な関心が集まる中、金融サービス業においては、これらの動きがリスク管理と価値創出の在り方を再定義すると考えられます。
政府の支援の終了と、不良債権(NPL)の増加をうけて、銀行や保険会社などの金融サービス業者はある程度の市場ボラティリティに直面すると予想されます。銀行が資産ベース、バランスシート、自己資本比率を最適化するために、不良債権の売却を試みる中、特定分野に特化した投資家からの強い需要が、ディストレストM&Aやポートフォリオディールを活性化させる可能性があります。
金融サービス事業者がオペレーションを国内中核市場に集中させる方向に足を踏み出す一方、今後数カ月間にわたり、非中核・不採算事業の売却や、生命保険事業のランオフプラットフォーム(新規引受を終了している事業)の確立に関連するディールが増加すると予想されます。
今後の大きな成長見通しとリスク調整後の優れたリターン実績に魅せられた投資家がけん引する形で、アセット/ウェルスマネジメントのディールは引き続き活況を呈しています。世界の顧客の富と運用資産残高(AUM)は、2025年にそれぞれ318兆米ドルと139兆米ドルに達する見通しで、中でもアジア太平洋地域の成長率は他の地域を上回ると予想されています。
ESGへの注目の高まりとサステナブル投資オプションへの投資家の需要をうけ、アセット/ウェルスマネジメント企業は、商品設計、資金配分、業績目標の再評価を進めており、こうした動きがさらなるM&Aにつながると思われます。
財政刺激策と銀行の増益(一部は貸倒引当金の戻入による)により経済の見通しが改善したため、特に米国においてディールと経営統合に新たな弾みがついています。
アジアの銀行は、収益性と成長の点で有利な立場にありましたが、2021年はディールの供給不足により、M&A活動が制限されました。2022年は、バリュエーションが回復する中、引き続き国内で経営統合が進むことが期待されます。しかし、価格上昇を期待して、しばらくの間は保有する方針の売り手も一部いるようです。
世界の保険市場では、投資可能な資金が過去最大規模に膨らんでいることから、投資家は保険会社と保険販売会社へ関心を寄せ続けています。こうした状況を背景に、特に米国市場で、M&A活動が活発になっています。
2022年も引き続き、変わりゆく顧客ニーズへの対応を求める圧力と、激化する業界内競争がM&Aに影響を及ぼすでしょう。資産運用会社/ウェルスマネジメント会社が新たな資産クラスへの展開を目指し、銀行が新たなデジタルソリューションの導入による近代化を迫られる中、保険会社は非中核資産を売却する機会、または中核能力に再び焦点を定める機会を求めています。
依然として極めて細分化された業界の統合が大部分を占めていますが、サブセクター内、とりわけフィンテック、インシュアテック、レグテックの分野において新たなビジネスモデルが登場しつつあります。これらのサブセクターのターゲットは多くの場合、極めて魅力的な機会となりますが、マルチプルが高く、投資家が取得するにあたって支払う金額は増加しています。投資リターンを最大化するために、投資家が価値を創出するという考え方を持つ必要性はますます高まっています。
データについて
M&A動向に関する当社の見解は、業界で認知された情報源から提供されたデータに基づいています。本レポートで使用した金額および件数は、2021年12月31日現在でRefinitivにより提供された、2022年1月2日時点でアクセスした公式発表に基づいており、噂や、取り下げられたディールは除外しています。さらに、補足情報としてDealogicと当社の独自調査からの情報も加味しています。本レポートは、Dealogicによる使用許諾に基づいて提供されたデータから導出したデータを含んでいます。かかる被使用許諾データの全ての権利はDealogicが留保しています。PwCの産業マッピングと一致させるため、データ情報源に一定の調整を加えています。
※本コンテンツは、PwC米国が2022年1月に公開した「Global M&A Trends in Financial Services: 2022 Outlook」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。