産業機械・自動車分野における世界のM&A動向:2022年見通し

戦略的なポートフォリオの見直しやESGがIM&A産業の長期的な価値創造に不可欠と見られていることから、2022年も活発なM&Aが予想されます。

先進国において新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチン接種が進んでいることもあり、最近では多くの国で工業生産が回復傾向にあります。これにより、産業機械・自動車(IM&A)分野のCEOの見通しも大幅に改善しています1。現在、企業や投資家は今後の需要動向についてより明確な見通しを持っており、活発なM&A活動は2022年の見通しが楽観的であることを示しています。

こうした状況にあるため、マクロ経済、COVID-19の変異株、サプライチェーンボトルネック、物価高騰、特に自動車分野における深刻な世界的半導体不足などの逆風にも関わらず、投資戦略上の自信の向上につながっています。ビジネスリーダーは新たな成長分野に注力すべく、ポートフォリオの見直しを図るとともに、好調な価値評価を生かして非コア事業用資産の売却を進めています。極めて大きな価値を創出するディールが、ケイパビリティの獲得を目的とした買収や、製品およびプラットフォームの拡大を通じて構築され続けています。

1 産業機械・自動車分野は、航空宇宙・防衛、自動車、ビジネスサービス、エンジニアリング・建設、産業機械を含みます。

「IM&A分野においては、潤沢な資金とPEディール件数の増加を背景に、記録的な水準の取引が行われています。2022年のM&Aは、高い価値評価とともに堅調を維持すると予想しています」

2021年のM&A動向

IM&A分野のディール件数と金額(2019~2021年)

Bar chart showing M&A volumes and values globally for the Industrial Manufacturing & Automotive industry sectors. Deal volumes increased by 36% between 2021 and 2020 and deal values increased by 144% over the same period.

出典:Refinitiv、Dealogic、およびPwCの分析

ディールメーカーがパンデミックによる停滞期から回復し、IM&Aの全ての分野でディール件数と金額が増加しました。欧州・中東・アフリカ(EMEA)地域は、2021年に最も多くのディールが行われた地域であり、5,000件弱と前年比42%増となりました。 ディール金額は、米州地域が最大となり(世界のIM&Aディール総額の約44%)、2020年から2021年にかけて144%増加し、約3,000億米ドルに達しました。これは、米国の複数のメガディール(取引額 が50億米ドルを超えるもの)によるものです。2021年に発表されたIM&A関連ディールの上位3件は、特別目的買収会社(SPAC)との合併であり、特に自動車分野におけるM&Aにとってこれらの投資ビークルが引き続き重要であることを示しています。また、プライベート・エクイティ(PE)の役割は拡大しており、2021年におけるディール件数の約36%、ディール金額の約41%を占め、過去5年平均を上回っています(それぞれ26%、34%)。

M&Aの活発な分野

今後半年から1年の間に以下の分野のM&A活動が活発になると予想します。

  • テクノロジー重視の取引:デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速につながるM&Aは、今後も市場を席巻し、金額以上の付加価値をもたらすと予想されます。PwCの「Global M&A Industry Trends in Technology, Media & Telecommunications 2022 Outlook」でも、2022年もテクノロジーの融合がM&Aの主流となると論じています。これらのテクノロジーにはIM&Aの各分野によって異なりますが、電気自動車や自動運転車(AV)、バッテリーや充電テクノロジー、付加製造技術、次世代材料、非化石エネルギーによる生産、データに基づく洞察、ESGパフォーマンスを監視・報告するためのツールなどが含まれます。
  • 水素関連のディール:水素技術は引き続き、多くのCEOにとって最重要課題となるでしょう。この分野のスタートアップは非常に魅力的な買収対象であり、競争が激化すると予想されます。

 

  • サプライチェーンの強化:よりレジリエントで持続可能なサプライチェーンの構築が求められる中、メーカーは戦略的買収や新たな資本支出による投資を行うでしょう。
  • 人材獲得競争:テクノロジーやエンジニアリング系の人材獲得をめぐる競争は特に激しさを増しています。産業機械分野の「サービス化」が進む中、新しい事業分野においては高度なスキルを有する専門的人材を雇用する必要が生じています。

M&A活動を推進する主要テーマ

デジタル化

COVID-19によって加速化したデジタル化は、業務効率の最大化や新たなビジネスモデル・収益源の活用においても不可欠な要素となっています。一例ですが、ソフトウェアやセンサーの活用は、継続的な保守サービスやデータアナリティクスのサブスクリプションにより経常的な収益機会をもたらしています。

物価

この数カ月にわたり物価は回復傾向にあり、企業のリーダーはインフレの兆候を注視しつつ、調達や価格設定に関する戦略を見直す必要に迫られています。産業活動の力強い回復は不足経済を生み出し、原材料の調達に直接的な影響をもたらしています。また、輸送コストの上昇や配送の遅延が発生し、高度に組織化されたサプライチェーンでさえも混乱をきたしています。

資金調達力

PEは引き続き投資機会を模索し、ファミリーオフィスからの資金投入も増加しています。また、SPACは2021年の業界最大級の案件のうちのいくつかに関わっています。SPACのディール活動は2021年末に減速したものの、2022年には自動車分野を中心に引き続き重要な役割を果たすと思われます。

環境・社会・ガバナンス(ESG)

ESGの課題はIM&A 業界におけるほとんど全ての分野に影響を及ぼすものであり、例えばエネルギーの貯蔵と利用、生産プロセス、持続可能な輸送、サプライチェーンのレジリエンス、健康と安全,文化的問題,ダイバーシティとインクルージョンなどが挙げられます。企業は革新的なテクノロジーを活用して業界の規制に対応するとともに、ESGへのコミットメントを果たすことを求められています。

「IM&A分野における新たなテクノロジーの開発競争により、来年も引き続き活発なM&Aが見込まれ、M&Aの高額化がさらに進むでしょう」

Paul EliePwC米国、パートナー、グローバル産業機械・自動車分野ディールズリーダー

産業機械・自動車分野におけるグローバルM&Aの動向

航空宇宙・防衛

  • 航空宇宙・防衛関連企業は、パンデミックの影響や、世界の炭素排出量にもたらす影響への対応が続いています。こうしたプレッシャーを抱えているものの、ワクチン接種率の上昇や航空旅客数の増加、世界経済の回復傾向といった好材料もあり、業界関係者の間では楽観的な見方が増えつつあります。
  • 旅行需要の増加に伴い航空機の生産量は増加していますが、2021年後半以降のCOVID-19の変異株の世界的流行や、新たな渡航規制がもたらす不確実性により、民間航空会社は2022年に事業運営上の新たな課題に直面することが予想されます。
  • 2050年までに炭素排出量ネットゼロ達成、という航空業界のコミットメントを果たすためには、2022年以降、燃料効率に焦点を当てたM&Aが必要となるでしょう。炭素排出量の削減に向けて、大手航空会社は既にバイオ燃料などの持続可能な航空燃料や、水素燃焼・燃料電池技術により飛行可能な航空機の開発に巨額の投資を行っています。
  • OEMメーカーが重要なサプライヤーの確保を模索する中、サプライチェーンへのフォーカスが高まり、これに関連するディールがかなりの割合を占めると予想されます。プレッシャーを抱える中小規模企業や、財務面の課題に直面している企業は、統合や再編の対象となる可能性が高いでしょう。
  • 防衛分野ではサイバーセキュリティ、自動システム、極超音速、精密工学など、テクノロジー主導のM&A取引が市場を席巻すると予想されます。そして、その多くは「Bolt-on買収(事業の追加買収)」となるでしょう。また、一部の企業が非コア事業用資産を売却して新たなテクノロジーに投資することで、ポートフォリオの最適化を狙ったディールが増加すると予想しています。
  • 地政学的な緊張が高まる中、防衛関連予算が増加し、M&Aに有利な状況が生まれると予想されます。一方で、国家安全保障を理由とした保護主義傾向が強まり、規制当局の監視が強化され、インバウンド投資活動が減少する可能性もあります。

自動車

  • 自動車の需要増に応えるべく生産規模の拡大を図るOEMの取り組みは、サプライチェーンの混乱と熟練労働者の不足が足かせとなっています。特に、半導体の不足は自動車業界の課題です。2022年には、既存製品の生産と将来に向けた製品開発の両方に必要なケイパビリティを獲得することを目的としたディールが進むと予想されます。
  • EVの需要増に関連したM&Aの活発化が予想されます。EVやAV分野を中心とするアーリーステージの自動車メーカーをSPACを通じて買収するというトレンドは2021年から見られ始めましたが、今年も継続すると思われます。
  • 主要メーカーが研究開発や生産能力を電動化にシフトする中で、DX(ソフトウェア、コネクティビティ、カスタムチップ)、EV用バッテリーや燃料電池技術、充電インフラなどにフォーカスしたディールが見込まれます。
  • OEMは、研究開発費の負担を軽減し、供給が不足している部品(半導体など)の調達を容易にするために、ジョイントベンチャー化を進めることが予想されます。充電インフラの構築には、政府との調整がより一層必要でしょう。
  • 自動車業界の伝統的サプライヤーの中には、業界全体にわたる技術的な混乱に直面し、出口戦略の再構築を余儀なくされる会社もあります。弱体化した企業は、ターンアラウンドやリストラクチャリングのターゲットになり得るでしょう。

ビジネスサービス

  • パンデミック時に加速したビジネスサービスへの需要は高まる一方であり、多くの企業がコスト削減や、固定費の変動費化を模索しています。
  • この分野では、従来型のサービスからテクノロジーを駆使したサービスへの移行が進んでおり、テクノロジーを駆使したサービス提供を目的とするM&Aが活発に行われています。その一例が、教育テクノロジー(Edtech)、あるいは遠隔トレーニングなどの分野です。企業の間で、遠隔地においても専門知識やケイパビリティを提供できる方法を求める声が高まっています。中国ではEdtechに対する規制が強化されており、こうした分野の成長見通しが不透明なために、投資家の意欲が減退する可能性がありますが、その他の国ではEdtech業界への投資が着実に増加すると予想されます。
  • また、労働力不足やポートフォリオ最適化による重点分野の見直しを背景として、アウトソースサービスの需要も引き続き高いです。ビジネスリーダーは高成長分野や中核分野に注力すべく、重要なケイパビリティの獲得、事業の一部売却またはアウトソース化を模索しています。
  • コンサルティングサービス分野のM&Aは、特にクラウド・コンサルティング・サービス、プロフェッショナル・アドバイザリー・サービス、アウトソース・リーガル・サービスなどの分野で引き続き増加するものと予想されます。また、スケールメリットを高めるために、これらの細分化された分野の統合がさらに進むものと予想されます。
  • パンデミックの影響で、清掃・消毒サービスや検査・認証ビジネスへの需要が加速していることもあり、ファシリティ・マネジメント・サービス(業務用ビルと住宅用ビルの両方)の動きが引き続きM&A活動の追い風となるでしょう。投資家は、予防保全やその他のサブスクリプションベースのビジネスモデルなど、テクノロジーを活用して新たな収益源を創出するビジネスに特に魅力を感じています。そのため、これらのサービスの提供や品質においてテクノロジーが果たす役割は一層高まると思われます。

エンジニアリング・建設

  • 2022年におけるエンジニアリング・建設(E&C)分野のディール活動は、エンジニアリング、建築部材、住宅建設の需要増加により、引き続き堅調に推移すると予想されます。リモートワークやデジタル化、持続可能な建設の増加により、新規建設および既存の住宅用建物・オフィスビルの改修の両方の需要が引き続き高まっています。
  • 2022年には、コストの上昇とインフレによる逆風が予想され、既に厳しい状況にあるマージンへのプレッシャーがさらに増大するでしょう。これには、原材料価格(木材、セメント、加工スチールなど)および輸送コストの上昇、またエンジニアや新たなテクノロジーの専門家などの労働力不足による賃金インフレなどが含まれます。
  • そのためE&C企業は、投入コストの上昇を補うためのコスト削減に努めています。また、よりデジタル化(例えばコネクテッド化・オートメーション化した建設)、グリーン化した将来において競争優位性を確保するために必要なケイパビリティを構築することを目指し、研究開発やM&Aを通じた投資にも注力しています。E&C企業は、非コア事業用資産を売却し、高成長分野に投資することにより、ポートフォリオを最適化する必要があるでしょう。
  • E&C企業に対するESG目標や規制は、新規に手掛ける建物の需要と供給の両面に変化もたらすでしょう。炭素排出削減に向けた持続可能かつ責任ある原材料調達、オフサイト建設会社、エネルギーを自給自足可能な建物、スマートシティインフラなどに注力するE&C企業は、魅力的な買収ターゲットと見られる可能性が高いと思われます。

産業機械

  • 2021年、産業機械分野の活動は増加しました。インフレによる逆風やサプライチェーンの混乱にもかかわらず、こうした生産レベルの向上が2022年のさらなるM&A活動につながるとPwCは予想しています。大手企業はケイパビリティの獲得を目的とした買収や、サプライチェーンのレジリエンス向上につながるターゲットを追求するでしょう。それ以外の企業については、スケールメリット、製品ポートフォリオや地理的な事業拡大、垂直統合、事業統合などを模索すると予想されます。
  • ビジネスリーダーがフォーカスする領域は、デジタル開発、コスト効率、熟練労働者不足を補う革新的・技術的ケイパビリティ、グリーンコンピテンシー(ESG)、新エネルギー製造、付加製造技術(additive manufacturing)、工業オートメーション化などが挙げられます。
  • 非コア事業用資産の売却や、デジタル・グリーンケイパビリティへの投資が予想されます。内燃エンジン(ICE)市場を担う自動車部品メーカーや、炭素への依存度が高い生産技術を用いるセメントメーカーなどの企業は、事業の転換あるいは出口戦略を模索する必要に迫られるでしょう。
  • 潤沢な資金(企業バランスシート、PEファーム、SPAC、公的資金による投資)により、EMEAおよび北米の経済大国では低開発地域の再工業化(reindustrialisation)が促進される可能性があります。

産業機械・自動車分野M&A見通し

2022年の見通しは前向きでしょう。IM&A分野の企業の多くが最悪の状態を脱しており、また世界経済の成長に対して慎重ながらも楽観的な見方がなされていることから、全ての地域でM&Aが活発に行われると予想されます。中でも、テクノロジーとESGにフォーカスした資産は、企業やPEにとっては最も魅力的なターゲットであり、激しい獲得競争と高い価値評価の提示が行われるでしょう。買収ターゲットに対する高い価値評価の正当性とそのディールが企業に確実に利益をもたらすことを示すために、企業のCEOは価値創出プランの加速化に注力していく必要があります。

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データについて

M&A動向に関する当社の見解は、業界で認知された情報源から提供されたデータに基づいています。本レポートで使用した金額および件数は、2021年12月31日現在でRefinitivにより提供された、2022年1月2日時点でアクセスした公式発表に基づいており、噂や、取り下げられたディールは除外しています。さらに、補足情報としてDealogicと当社の独自調査からの情報も加味しています。本レポートは、Dealogicによる使用許諾に基づいて提供されたデータから導出したデータを含んでいます。かかる被使用許諾データの全ての権利はDealogicが留保しています。PwCの産業マッピングと一致させるため、データ情報源に一定の調整を加えています。

※本コンテンツは、PwC米国が2022年1月に公開した「Global M&A Trends in Industrial Manufacturing & Automotive Sectors: 2022 Outlook」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。