OECD多国籍企業行動指針の改訂

ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2023年9月)

近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定または制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。

今回は、OECD多国籍企業行動指針の改訂についてご紹介します。

I. OECD多国籍企業行動指針の改訂

OECD多国籍企業行動指針(OECD Guidelines for Multinational Enterprises on Responsible Business Conduct*1)(以下「本行動指針」といいます。)とは、OECD加盟38カ国に非加盟国13カ国*2を加えた計51カ国の参加国による、多国籍企業に期待される責任ある行動に関する勧告をまとめたものであり、1976年の策定後、2011年までに5回の改訂がなされてきました。本行動指針は、法的拘束力を有するものではありませんが、企業が持続可能な開発に向けた積極的な貢献を行うことを奨励し、また、企業の事業活動、製品またはサービスに関わる潜在的なリスクを最小限に抑えることを目的としています。その対象とする領域は、人権、雇用・労使関係、環境、反腐敗、消費者利益、情報開示、科学技術、競争、税制など多岐にわたります。

OECDは、2023年6月8日に本行動指針の改訂版を公表しました。本改訂は、2011年以来の6回目の改訂ですが、改訂前の大枠は維持されつつも、近年の世界の潮流を踏まえ、気候変動、生物多様性、リスクベースのデュー・ディリジェンス等の責任ある行動に関する主要課題に対象を絞った改訂がなされています。また、責任ある行動を推進するための各参加国の国内担当窓口として2000年改訂時に設けられた各国連絡窓口(NCP)の機能強化のための諸手続の改訂もされています。

本稿では、本行動指針(2023年改訂版)の概要を俯瞰するとともに、2011年版からの改訂内容の骨子を紹介します。

II. 本行動指針(2023年改訂版)の概要

本行動指針は、今般の改訂前と同様に11の項目によって構成されており、各項目の骨子は以下のとおりです。

1. 定義と原則

  • 参加国は、多国籍企業に対して、法令や国際的な規範に沿った良き慣行を勧告する。本行動指針は法的に強制力を有しないものの、万一法令と本行動指針が抵触する場合、企業は、法令を遵守しつつも、本行動指針を尊重する方法を模索すべきある。
  • 多国籍企業の厳密な定義は設けられていないが、主として、複数の国に存在する関連会社等によって構成される企業が、各関連会社等と相互に協力して、本行動指針の遵守を促進することが期待されている。なお、多国籍企業に限らず自国でのみ活動する企業も、また大企業に限らず中小企業も本行動指針の対象となる。
  • 各国は、本行動指針に関連して、国内連絡窓口(NCP)を設置する。

2. 一般方針

  • 企業には、持続可能な開発に向けた貢献、人権の尊重、人的資本の形成、ロビー活動における透明性・誠実性、良いコーポレート・ガバナンスの維持、ステークホルダーとの対話等が求められる。
  • 企業は、その法令等違反行為について通報を行った労働者等に対する報復行為や、不適切な政治への関与を控えるべきである。
  • 企業は、自社の活動に関して生じる負の影響を特定し、防止し、緩和するため、リスクベースのデュー・ディリジェンス(下記IIIの3参照。)を実施すべきである。また、自社が発生の一因にならずとも、取引関係を通じて自社の活動、製品またはサービスが負の影響と直接結びつく場合には、当該負の影響を防止または緩和する方法を模索すべきである。

3. 情報開示

  • 企業による重要情報の開示については、本行動指針と同時に改訂された「G20/OECDコーポレート・ガバナンス原則*3」との平仄が確保されている
  • 「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス*4」(以下「OECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」といいます。)における6つのデュー・ディリジェンスのステップからなるフレームワークに沿って開示をすることと、開示情報の信頼性向上のための外部者による精査が重要である。
  • 情報開示の質は、責任ある企業行動に係るデュー・ディリジェンスを通じた重要なリスクと影響の特定によって向上する。
  • 責任ある企業行動の情報は、その省略または誤記が、企業に関する価値や投資家の投資決定等に影響を与えると合理的に予測できる場合、重要であると考えられる。

4. 人権

  • 企業は、人権を尊重し、自社の活動が人権への負の影響を引き起こし、または負の影響の一因となることを回避するとともに、負の影響が発生した場合にはこれに対処すべきである。
  • 企業は、事業活動によって生じる負の影響のリスクに懸念を表している個人・グループの保護ついて特に配慮すべきである。
  • 企業は、人権方針を策定し、公開すべきである。
  • 企業は、その規模やリスクに応じて適切な人権デュー・ディリジェンスを実施すべきである。その結果、自社が引き起こしたり、または一因となった人権への負の影響を認識したりした場合には、救済手続を提供し、または救済に協力すべきである。

5. 雇用・労使関係

  • 企業は、労働者の団結権と団体交渉権を尊重すべきである。
  • 企業は、「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言*5」に従い、安全で健康的な労働環境を提供すべきである。
  • 企業は、強制労働等を防ぐための措置を講じ、自社の事業活動、製品およびサービスに関連する強制労働リスクに対処するための透明性を高めるべきである。
  • 企業が提供するスキルアップおよびリスキリングのための訓練に関しては、社会的・環境的・技術的な変化、自動化・デジタル化・公正な移行・持続可能な開発に関連するリスクと機会に対応し、今後の事業や企業のニーズの変化を踏まえた内容とすべきである。
  • 企業は、労働者の代表者と関連政府機関に対して、労働者の生計に重大な影響を与える事業運営の変更(業務の自動化に関連する大規模な整理解雇等を含む。)について、合理的な通知を提供すべきである。

6. 環境

  • 企業は、自社の事業活動、製品またはサービスに関連する環境への負の影響に関するリスクベースのデュー・ディリジェンス(下記IIIの3を参照。)を実施すべきである。2023年改訂版においては、特に、気候変動と生物多様性への対応の重要性が強調されている(下記IIIの1および2参照)。
  • 本行動指針においては、環境への負の影響に対する企業の関与について、以下のとおり明確な整理がなされている。
    • 自社の活動が単独で当該影響を引き起こすのに十分である場合、負の影響を引き起こしたと整理される。
    • 自社の活動が他社の活動と相まって影響を引き起こす場合、または負の影響を生じさせる他社の行動を引き起こし、助長し、または奨励する場合には負の影響の一因になったと整理される。
    • 自社が一因とならない場合でも、取引関係を通じて負の影響と直接関連づけられることもある。
  • 企業の負の影響への関与については、科学的な情報に基づいて判断できる場合の他、当該企業の活動と関連基準・ベンチマークとの一致の度合いに基づいて判断されることもある。
  • 環境への負の影響に関しては、健康・安全、労働者・コミュニティへの影響等、本行動指針における(環境以外の)他項目に関する考慮が密接に関連する。

7. 贈賄その他腐敗行為の撲滅

  • 本行動指針にて取り上げられる各種の負の影響は、しばしば腐敗行為によって生じていることを踏まえ、反腐敗のデュー・ディリジェンスが、それらの負の影響を回避する上で重要である。
  • 腐敗行為(公務員のみならず、取引先との関係を含む。)の範囲について、賄賂に留まらず、横領や、スポンサーシップと慈善寄付の悪用等も含めるよう拡張されている。
  • 腐敗行為に関連する不正行為については、公開することが奨励される
  • 企業は、政治的な寄付には経営幹部の承認を義務付けるべきである。
  • 企業単独で軽減できない腐敗リスクについては、地元および国際的な団体、企業、組織等との共同行動が有益である。

8. 消費者利益

  • 企業は、公正なビジネス、販売、宣伝の慣行に従って、消費者との取引において、健康・安全に関する法的な基準の充足、判断のための十分な情報の提供、公正な紛争解決・救済手続の整備、消費者個人情報の保護など、自社の提供する製品・サービスに関する品質・信頼性を確保するために合理的な措置を講じるべきである。

9. 科学・技術・イノベーション

  • 企業は、科学・技術・イノベーションに関する負の影響についても、リスクベースのデュー・ディリジェンス(下記IIIの3を参照。)を行うべきである。
  • 企業は、知的財産権、プライバシーの保護等を考慮の上、技術・ノウハウの自主的な安全な移転とデータ共有を実践すること、また、受入国にて技術開発を行うことが求められる。
  • 企業は、データの収集、共有、利用において、データのアクセスと共有の透明性を向上させ、参加国で広く認識される基準等に沿ったデータ・ガバナンスを促進すべきである。

10. 競争

  • 企業には、特に自社の活動によって反競争的な影響を与える可能性のある国について考慮の上、競争法を遵守すること、競合他社との価格に関する合意等の反競争的な行為を行わないことが求められる。

11. 納税

  • 企業は、納税を迅速に行い、法令上必要な情報を監督官庁に適示に提供する等、受入国の公共財政に貢献すべきである。

III. 主な改訂点

本行動指針の2023年改訂版における主要な改訂点は以下のとおりです。

1. 気候変動

2023年改訂版は、企業において、自社の温室効果ガスの排出等が国際的に合意された最新の科学的知見に基づく地球温暖化の目標と一致するよう確保すべきであることを強調し、これには、科学的知見に基づいた短期・中期・長期の排出量削減目標の設定など、気候変動に関する方針、戦略および計画の導入・実行が含まれます。また、温室効果ガスについては、まず排出の除去・削減を優先すべきであり、オフセットやカーボン・クレジットは、それらの優先的な手段を講じることが困難な場合の最終的な手段と位置付けられています。さらに、企業が、地域社会、労働者および生態系の気候への適応と強靭性を損なう可能性のある活動を回避するべきであるとしています。

2. 生物多様性

2023年改訂版は、事業活動の生物の多様性への影響に関する規定を設けています。これらの規定によると、企業は、生物多様性の保全に貢献し、森林伐採を含む陸地、海洋および淡水の劣化を回避し、かつこれに対処すべきとしています。生物多様性への負の影響のへの対処に際しては、ミティゲ―ション・ヒエラルキー(環境保全措置を検討する際の優先順位または階層)に従い、まずは負の影響の回避、それが困難な場合には負の影響の低減、さらにそれが困難な場合には最後の手段としてオフセットまたは修復を活用すべきとされています。また、企業は、土地と森林の持続可能な管理にも貢献すべきとされています。

3. リスクベースのデュー・ディリジェンス

2023年改訂版においては、負の影響の深刻度および発生可能性に応じて対象事項の優先順位をつけるリスクベースのデュー・ディリジェンスの重要性が強調されています。OECDデュー・ディリジェンス・ガイダンスにおける6つのステップからなるデュー・ディリジェンスのフレームワークを確認するとともに、企業の製品やサービスに関するデュー・ディリジェンスに際しては、予見可能な範囲で、負の影響を生じさせ得る当該製品・サービスの使用状況等を考慮すべきとされています。また、デュー・ディリジェンスによって検出された取引関係に係る負の影響に関して、仮に改善による解決が可能である場合には当該取引関係を継続することが望ましいとされる一方で、取引関係の解消は、やむを得ない場合に、合理的な態様で行うべきとされています。

また、企業において、技術の開発、資金調達、販売、ライセンス供与、取引、使用等の諸領域(データの収集・使用を含みます。)に関して生じる負の影響についても、リスクベースのデュー・ディリジェンスを実施すべきとされています。

4. NCPの機能強化

NCP(National Contact Points for Responsible Business Conduct)とは、本行動指針の参加国がそれぞれ設置する国内連絡窓口であり、2000年改訂時に導入されました。NCPは、主に、本行動指針を普及することと、本行動指針の実施に関連して発生する個別事例(例.企業の従業員に対する行動が本行動指針に違反している旨の労働組合による問題提起)の解決に貢献することの2つの役割を担います。後者に関しては、NCPは、個別事例に係る当事者からの問題提起を受けて、当事者との協議や当事者間の対話のあっせん通じて問題解決を図っており、2000年以降、100以上の国・地域において、約650件の個別事例を処理しています*6。日本におけるNCPは、外務省、厚生労働省および経済産業省から構成されており、手続が終了した10件(本稿執筆日現在)の個別事例に関する最終声明(提起された問題の概要、日本NCPの初期評価・取組、結論等)が公開されています*7

2023年改訂版においては、NCPについて主に以下の3つの点から機能強化が図られました。

(i) 各国のNCPが同等に機能するよう、可視性や説明責任等のNCPに対する一定の基準、OECD投資委員会が機能不全のNCPを管轄する参加国に対して是正勧告をする権限、OECDの「責任ある企業行動に関する作業部会(WPRBC)」による定期的・強制的なNCPのレビューの制度を設けました。

(ii) 個別事例に関して当事者間で合意が成立しない場合におけるNCPの勧告とNCPによる個別事例の事後的なフォローアップの推奨、責任ある企業行動を促進するための自国政府の政策支援に関する規定の新設等、NCPの権限を明確化しています。

(iii) 個別事例の初期評価の基準、複数国が関与する個別事例における関係各国間のNCP間の連携、個別事例当事者間の報復リスクへの対処に関する規定の新設等、NCPによる個別事例の効率的・効果的な処理を図っています。

IV. おわりに

本行動指針の今般の改訂においては、例えば、温室効果ガスの排出削減については、国際的に合意された最新の科学的知見に基づく地球温暖化の目標と一致するように各企業にて目標を設定すべき旨が規定されていたり、また、諸領域で実施すべきとされるリスクベースのデュー・ディリジェンスに関する詳細な基準が示されているなど、企業に期待されている行動の精緻化が図られています。また、NCPの機能強化に伴って、企業のステークホルダーによる個別事例に関するNCPの手続利用が今後活発化することも想定されます。本行動指針は法的拘束力を有するものではありませんが、近年の世界的な潮流を反映した国際スタンダードとして、グローバルに事業を展開する日本企業に対して、大きな影響を及ぼすことが想定されます。

日本企業においては、本行動指針は勿論、日本政府が策定した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(令和4年9月)、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」等のその他の国際スタンダード、自社の事業展開に関わるEU等の各国・各地域における法規制など、責任ある企業行動に関連するあらゆるルールの最新動向を常に把握し、それらの要請を適切に遵守・実施できるよう対応していくことが重要です。

*1 https://www.oecd-ilibrary.org/finance-and-investment/oecd-guidelines-for-multinational-enterprises-on-responsible-business-conduct_81f92357-en

*2 アルゼンチン、ブラジル、ブルガリア、クロアチア、エジプト、ヨルダン、カザフスタン、モロッコ、ペルー、ルーマニア、チュニジア、ウクライナおよびウルグアイの13カ国。

*3 G20/OECD Principles of Corporate Governance
https://legalinstruments.oecd.org/en/instruments/OECD-LEGAL-0413

*4 OECD Due Diligence Guidance for Responsible Business Conduct
http://mneguidelines.oecd.org/OECD-Due-Diligence-Guidance-for-Responsible-Business-Conduct.pdf

*5 ILO Declaration on Fundamental Principles and Rights at Work
https://www.ilo.org/declaration/lang--en/index.htm

*6 OECDホームページ上で掲載される主要改訂事項(Key Updates)の要約資料
https://mneguidelines.oecd.org/mneguidelines/

*7 外務省ホームページ「OECD多国籍企業行動指針」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/csr/housin.html

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執筆者

北村 導人

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山田 裕貴

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日比 慎

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小林 裕輔

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