企業買収時におけるのれんの会計処理に際し留意すべき事項

はじめに

企業が外部企業に対してM&Aを実行する際、検討すべき点は多数ありますが、会計上留意すべき重要なポイントの一つに「のれんの減損」リスクが挙げられます。その理由は、のれんが減損されると、当該のれんが計上される原因となった買収が「失敗した」と見なされることが多いためです。本稿では、のれんの減損リスクを適切に理解するための会計上のポイントについて説明します。

1 のれんの計上メカニズム

のれんは、国際財務報告基準(IFRS)で「企業結合で取得した、個別に識別されず独立して認識されない他の資産から生じる将来の経済的便益を表す資産(IFRS第3号「企業結合」)」と明確に定義されています。そのため、会計上、のれんは買収対価と被買収企業の時価純資産の差額として間接的に計算されます。

のれんが差額として算定される点は、日本の会計基準(日本基準)でも同様です。まず、買収対価は、被買収企業の既存の資産および負債に配分される他、新たに会計上認識されるべきブランドなどの無形資産に配分されます。配分しきれない額が、買収企業の連結財務諸表において、のれんとして計上されます。

従って、図表1のように買収対価が一定の場合、被買収企業の資産(不動産などの有形固定資産、ブランドや顧客リストなどの無形資産)の時価が大きいほどのれんは小さくなり、また、負債の時価が大きいほどのれんは大きくなります。のれんの当初認識時に行う、このような買収対価の配分プロセスを、一般的に「Purchase Price Allocation(PPA)」と呼びます。PPAは多くの見積もりの要素を含み、企業買収後の業績を左右する非常に重要なプロセスともいえます。

なお、買収対価よりも被買収企業の時価純資産のほうが大きい場合は、のれんの額がマイナス(負ののれん)となります。本稿ではのれんの減損リスクに焦点を絞るため、負ののれんに関する議論は省略します。

2 のれんの減損につながる要因

のれんの算定プロセスを踏まえると、のれんの減損につながる要因には、以下のような事例が挙げられます。いずれも、買収時に見込んでいたシナジー効果あるいは超過キャッシュ・フローが見込めなくなった場合といえるでしょう。

【のれんの減損につながる要因例】

  1. 経済環境の悪化などに伴う、被買収企業の業績悪化
  2. 株式市況の悪化/被買収企業の株価下落
  3. 楽観的なキャッシュ・フロー予測やシナジー効果算定に起因する、過度に高額な買収対価
  4. 被買収企業のビジネス戦略、その実行の失敗
  5. 買収時のデューデリジェンス(DD)で把握されなかったリスクの顕在化(不正リスク、法務/財務/税務リスクなど)
  6. 買収後の経営統合(Post Merger Integration〈PMI〉)の難航

これらには、外部要因ゆえに主体的な管理が困難なものもありますが、買収検討段階での適切なDDや買収後のスムーズなPMIなどにより、対処できるものもあります。なお、M&AにおけるPMIの重要性については、PwC’s View第6号特集「経営統合-Post Merger Integration(PMI)」で解説していますので、併せてご参照ください。

3 のれんの減損会計

のれんは、日本基準上は定期的に償却され、減損会計の対象にもなりますが、IFRSでは定期的な償却はなされず、減損テストが毎期実施されます。定期的な償却がない分、仮に減損が生じた場合、IFRSのほうが期間損益に与える影響は多額になる傾向にあります。

また、日本基準においては、のれんもその他の無形資産も償却され、時間の経過とともに簿価が減少します。しかし、IFRSでは耐用年数が確定できる無形資産は償却されるものの、のれんおよび耐用年数が確定できない無形資産は償却されないとなっています。そのため、PPAの過程で償却可能な無形資産を適切に識別することは、期間損益への影響の観点から、IFRSのほうが日本基準よりも相対的に重要であるといえます。

上述のように、のれんは、あくまで買収対価と被買収企業の時価純資産の差額として算定されます。のれん自体の価値は直接算定できないという性質上、のれんの減損テストにあたっては、のれんが配分された資産/負債グループで減損判定を行うことになっています。のれんを配分する単位、減損判定の時期、判定方法などについては、会計上、図表2のように定められています。

上記を踏まえ、4からは、のれんの減損リスクを適切に管理するために留意すべきポイントを解説します。

4 のれんの減損に関する会計基準上の留意事項(1)のれんを配分する事業の単位

一つ目は、のれんを配分する事業の単位です。図表2(P11)のように、のれんは「資産グループ」あるいは「CGU(グループ)」に配分されることになっています。日本企業の実務上、被買収企業が一つの「資産グループ」あるいは「CGU(グループ)」とされているケースもみられますが、会計基準の要求事項は、必ずしもそのような実務を前提としているわけではありません。

そもそも、のれんは既存事業とのシナジー効果を見込んでいる場合も多く、そのような場合は、被買収企業ののれんの関連する部分を、既存事業の「資産グループ」あるいは「CGU(グループ)」に配分することも考えられます。こうしたバランスシートには表れていない既存事業の超過収益力などにより、のれんの回収可能性が高まることがありますが、この効果をShielding effectまたはBuffering effectと呼ぶことがあります。

のれんがどのように配分されるかにより、のれんの減損テストにあたって考慮すべき将来キャッシュ・フローの範囲なども異なり、のれんの減損リスクが変わってきます。そのため、のれんの効果が及ぶ範囲を適切に見極め、実態に即して、のれんを「資産グループ」や「CGU(グループ)」に適切に配分することが重要です。

なお、事業再編成による管理会計上の区分変更や、事業の種類別セグメント情報におけるセグメンテーション方法の変更といった事実関係の変化により、のれんが配分される「資産グループ」や「CGU(グループ)」が変わる(より大きくなる/小さくなる)ことがあり得ます。この場合は、のれんの減損リスクも変化しますので、当該変更が事実関係の変化に対応したものかどうか、慎重に検討することが必要です。のれんを配分する事業の単位のイメージは、図表3をご参照ください。

のれんを配分する事業の単位として、日本企業の場合は、上述のように被買収企業を一つの単位としているケースがみられます。一方、IFRSや米国会計基準(US GAAP)を適用する外国企業は、被買収企業を自社の既存事業と統合するケースが多いためか、あるいは、会計基準で「内部管理目的でのれんが配分されている最小の単位で、かつ事業セグメント以下の単位」と明示されているからか、のれん配分の単位が、被買収企業と一致しないケースがみられます。また、その配分単位も、日本企業は買収後も変更しないケースが多いようですが、大手外国企業では買収後に変更しているケースがみられます。

具体例として、一部の大手外国金融機関は金融危機後の事業再編にあたり、管理会計方法の見直しに併せて、のれんの配分単位を複数回変更しているケースがみられます。また、トレーディング業務について、グローバルで一つの事業単位としているケースもあるなど、個別企業のレベルを超え、より大きなグルーピング単位にのれんを配分し、減損テストを実施しているケースもあります。

なお、日本企業が個別買収案件・個別企業ごとにのれんを帰属させ、管理していることがよくみられるのは、次に説明する日本基準特有ののれん一括償却規定の存在も少なからず影響していると考えられます。

5 のれんの減損に関する会計基準上の留意事項(2)日本基準特有ののれん一括償却規定

日本基準特有の論点ですが、留意すべき事項の二つ目として、のれん一括償却に関する規定の存在が挙げられます。日本基準には「親会社の個別財務諸表上、子会社株式の簿価を減損処理したことにより、減損処理後の簿価が連結上の子会社の資本の親会社持分とのれん未償却額(借方)との合計額を下回った場合」には、のれんを相当額まで一括償却しなければならない、という規定があります。

このため、被買収企業が上場しており、その株価が著しく下落した場合には、被買収企業の業績などにかかわらず、個別財務諸表上で(子会社)株式の減損損失の認識を強いられ、その結果、連結財務諸表上で多額ののれん一括償却が発生することになります。

なお、このようなのれんの追加的な一括償却処理の方法は、必ずしも実態を表さない事例が見られるとの指摘もあり、日本基準の設定主体である企業会計基準委員会(ASBJ)は現在、当該基準を見直すか否かの検討に着手しています。

6 のれんの減損リスクを低減するために

これまで説明してきたとおり、のれんは差額として算定されるという性質から、のれんの減損リスクを管理するには、多数のポイントに留意する必要があります。そのためには、まず会計ルールをしっかりと理解した上で、精緻なDDおよびPPAを実施し、繰延税金資産や各種引当金の状況を含めて被買収企業の資産・負債の詳細を正確に把握することが重要です。

また、その過程でM&Aによるシナジー効果を適切に計算するとともに、当該効果が及ぶ「資産グループ」や「CGU(グループ)」にのれんを適切に配分する必要があります。

加えて、買収後の適切なPMIの実行を通じ、被買収企業の事業を自社事業と効果的に統合することで、期待するシナジー効果を実現していくことも大変重要となります。これらを実現するには、買収検討段階から、買収を主導するメンバー、PMIを主導するメンバー、会計を担当するメンバーなどが密接に連携し、一体となって買収案件を遂行・管理していくことが必要です。


執筆者

永野 隆一

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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本間 正彦

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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