日本企業における成長戦略は、継続的な事業買収や経営統合を伴うものが多くみられましたが、最近では(1)買収事業を含む既存の事業ポートフォリオの見直し(2)強みのあるコア事業への集中(3)ノンコア事業の売却――が、経営の最重要課題として掲げられているケースが増えてきたと思われます。
本稿では(3)ノンコア事業の売却で必要となる、ノンコア事業の将来予測などを含んだ「ディールベース」ではなく、過去期の「会計基準(GAAP)ベース」の「カーブアウト財務諸表」の作成に焦点を当て、主要な課題を具体的に概観します。
GAAPベースの「カーブアウト財務諸表」を作成するということは、企業の財務諸表から一部を切り出し、対象事業のみの財務諸表を作成することを意味します。その目的は、対象事業の過去の業績について、単独で事業を行っていればどうなっていたのかを示すためです。
なお、既存の子会社を売却するとなれば、既に当該子会社の財務諸表はあるので、追加作業は必要ないと思われがちです。しかしながら、当該子会社の財務諸表は本当に、その事業価値や業績を正確に表しているでしょうか。例えば、親会社が経費として計上している子会社の経営にかかわる間接費や、グループ会社が開発・運営しているITシステムを子会社で使用する際の費用が、子会社への経費として適切に振り替えられていないかもしれません。また、当該子会社がグループ外で単独で活動するための資産および負債が全て計上されていないかもしれません。そのような場合、「カーブアウト財務諸表」の作成が必要となります。
税引き後の売却益を最大化するために、税務の観点から、さまざまな事業の再編や資産・負債の移転、人材の移動などをグループ間で事前に行うことも想定されます。売却先が一社ではなく複数になる場合は、既存のノンコア事業を分割しないといけないかもしれません。そのような場合、「カーブアウト財務諸表」の作成はさらに複雑となります。
なお、各国で数々の規制が整備されている中で、「カーブアウト財務諸表」の作成に関して詳細なガイダンスを提供しているのが、米国証券取引委員会(SEC)であると思われます(SEC Codification of Accounting Bulletins Topic 1.B)。特に、米国で上場している企業は、その上場企業の財務諸表に重要な影響を与える事業を取得した場合または取得する予定がある場合は、SECのガイダンスに基づいた「カーブアウト財務諸表」を開示する必要があります。そのため、日本企業のノンコア事業の売却先が、米国で上場している企業である場合は、ノンコア事業のSECのガイダンスに基づいて「カーブアウト財務諸表」を作成する必要が出てきます。
売却先がどの企業になるのかは、当初、不明な場合が多いため、潜在的な買い手の選択肢を最大化するためには、SECのルールの枠組みに沿って「カーブアウト財務諸表」を作成するという選択肢も考えられます。2では、当該SECガイダンスの枠組みでの「カーブアウト財務諸表」を作成するときの課題について概観します。
カーブアウト取引に関連する資産および負債は、原則として、それらの資産・負債を他社に譲渡する企業のこれまでの会計処理に従うことが求められます。しかしながら、以下の事例のように、単純ではない場合も想定されます。なお、下記は課題事例の一部のみです。検討すべき事項全てについての記載ではないので、ご留意ください。
カーブアウト対象事業が、親会社が過去に外部の第三者から買収した事業である場合、その過去の買収で計上されたのれんは、カーブアウト対象事業自体の財務諸表には含まれていない場合が想定されます。しかしながら、カーブアウト財務諸表には対象事業に関連するのれんを含めることが求められています。ここで注意が必要なのは、過去にのれんの減損テストを実施している報告単位が、カーブアウト財務諸表の作成にあたっての報告単位と異なる場合も想定されるという点です。その場合は、のれんの減損テストの結果も相違することになる可能性があり、さらなる修正が必要な場合もあります。
のれん以外の無形資産や固定資産の減損テストも、カーブアウト対象事業レベルでのテストとなります。その結果、減損テストの結果が相違する場合も想定されます。
カーブアウト対象事業が、対象事業の運営のために直接第三者から借入をしている場合は、借入金として計上します。もし、カーブアウト対象事業が親会社の借入金などの債務を保証している場合には、その借入金と付随する利息費用などをカーブアウト財務諸表に計上することが求められる場合もあります。
カーブアウト対象事業が親会社の商標を使用して事業を行っており、対象事業売却後はその使用ができない場合、そのブランド・商標権をBS上に計上することは適切ではなく、ブランド・商標権の使用料を計上する必要が出てきます。逆に、対象事業が売却後も継続的に親会社の商標などを使用できる場合は、そのブランド・商標権をBS上に計上することが適切となり、PL上はその償却を認識することになると思われます。この概念は、親会社グループと共有するその他の資産・負債についても対象となりますので、対応が必要です。
親会社やその他の子会社で計上されたカーブアウト対象事業にかかわる費用が、正しく対象事業に計上されているか否かの吟味は非常に複雑です。既に、売上ベース、営業利益ベース、タイムチャージベース、従業員数ベースなどのさまざまな方法で、間接費用などをカーブアウト対象事業に割り振られている場合が想定されますが、カーブアウト財務諸表作成で、既存の方法が本当に適切かどうかの吟味が再度必要となるケースがあると思われます。
また、親会社などとの取引がどのように決済されるかにより、それらに関連した取引を資産・負債として計上すべきか、資本取引とすべきかの検討も必要です。ノンコア事業売却にかかわる取引コストをどのようにカーブアウト対象事業に割り当てるのかについても、適切な検討が必要であると思われます。
カーブアウト対象事業が単独で税務申告をしていたベースでの法人所得税計算が求められるため、法人所得税の再計算や繰延税金資産の回収可能性の再判定も必要となります。
内部取引にかかわるキャッシュ・フローは親会社の連結財務諸表には反映されませんが、カーブアウト対象事業のキャッシュ・フロー計算書には反映する必要があります。
重要性の判定レベルは親会社レベルではなく、カーブアウト対象事業レベルとなるので、さまざまな過去の重要性判定を再度、カーブアウト対象事業レベルで実施する必要が出てくると思われます。
ノンコア事業の売却は、企業戦略や成長のツールとして日本でも関心が高まる一方で、「カーブアウト財務諸表」の作成に際しては、本来であれば上記のような広範な検討をすることが理想であると思われます。しかし、どのように取り扱うべきかに関して、日本では詳細なガイダンスが策定されていないため、対応できないままになっている場合が考えられます。
もし、上記のような課題に詳細に対応したGAAPベースの「カーブアウト財務諸表」をセルサイド(売手)のデューデリジェンスレポートに入れておくと、バイサイド(買手)のアドバイザーからの質問の軽減につながる可能性があると思われます。また、カーブアウト対象事業の単独オペレーションに必要な一時的コストや将来予測を含んだディールベースの財務情報を、過去期のGAAPベースの「カーブアウト財務諸表」の情報とリンクする形で提供することで、売却価格の交渉も有利に進めることができると思われます。
PwCは長年にわたり、ノンコア事業の売却プロセス全体を通じて、セルサイド(売手)およびバイサイド(買手)の立場から支援してきた実績があります。もし、上記のようなプロセスの詳細にご興味を抱かれましたら、ご連絡いただけますと幸いです。
ブリンマン ダン
シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人
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