(2)概要
個別の取得は、特定のライセンスや特許権などの知的財産を個別に取得するケースを指します。「個別」という表現は、企業結合の一部として知的財産を取得するようなケースとの対比として用いられています。
個別に取得した知的財産の取得原価の測定は非常にシンプルで、通常、支出した現金の金額で財務諸表に当初認識します。対価が現金以外のケース、例えば、株式等の金融商品であるケース、政府からの補助金を一部利用して取得するケース、他の資産との交換により取得するケースなどにおいては、それぞれの状況に応じた測定方法が規定されていますが、一般的には現金による取得が多いと想定されます。
(3)企業結合の一部としての取得
企業結合の一部として取得する場合は、取得原価の算定が複雑になります。
企業結合の対象は他の企業からスピンアウトされた事業の場合もあれば、独立した個別の企業が取り引きされる場合もあります。その事業や企業を構成する商品、売掛金、有形固定資産、無形資産(知的財産)、買掛金、借入金、退職給付負債といった複数の項目が同時に取り引きされるため、それらの項目と企業結合の対価を1対1で紐づけることができません。そこで、取得企業は取得した識別可能な資産と引き受けた負債をそれぞれの公正価値で測定し、個々の公正価値をもって各項目を当初認識します。この会計手法は一般にパーチェス・プライス・アロケーション(Purchase PriceAllocation:PPA)と呼ばれます。
(4)自社開発(自己創設)
知的財産の中には自社開発したものも数多く存在します。IFRSではこれを自己創設無形資産と呼びます。
自己創設の項目を無形資産として認識するには厳格なルールが定められています。まず、研究開発活動を研究局面と開発局面に分け、研究局面における支出は全額発生時に費用として認識します。次に、開発局面における支出をいわゆる「6要件」のふるいにかけます。企業は以下の6要件を満たしたと立証できる場合のみ、6要件を最初に満たした日以降に発生した支出の合計を無形資産として認識します。
6要件
(a)使用または売却に利用できるように無形資産を完成させることの技術上の実行可能性
(b)無形資産を完成させて、使用するかまたは売却するという意図
(c)無形資産を使用または売却できる能力
(d)無形資産が可能性の高い将来の経済的便益をどのように創出するのか。とりわけ、企業が、当該無形資産の産出物または無形資産それ自体についての市場の存在や、無形資産を内部で使用する予定である場合には、当該無形資産の有用性を立証できること
(e)開発を完成させて、無形資産を使用するかまたは売却するために必要となる、適切な技術上、財務上及びその他の資源の利用可能性
(f)開発期間中の無形資産に起因する支出を信頼性をもって測定できる能力
このように自社開発(自己創設)の知的財産については資産計上が限定されるため、経済価値に比べて帳簿価額が非常に少額であるケースが多く見られます。例えば、製薬会社の場合、規制当局による販売承認を得るまでは6要件を満たさないと判断するのが一般的であるため、多額の資金を投じて開発した将来有望な新薬が認可されたとしても、開発コストのほとんどは6要件を満たす前に発生するため費用処理され、6要件を満たした後に発生するわずかなコストが特許権などの形で資産計上されるケースが多いようです。
(5) 償却および減損
当初認識した後は償却および減損を通じて取得原価を費用化していきます。
IFRSの償却モデルには原価モデルと再評価モデルがありますが、再評価モデルはその資産を売買する活発な市場があることが条件となっています。知的財産を売買する活発な市場は一般に存在しないため、原価モデルのみが実質的に選択可能となっています。原価モデルでは通常、定額法を用いて償却します。
減損は帳簿価額が回収可能価額を上回るときに帳簿価額を引き下げる会計手続です。減損は通常、資金生成単位(Cash Generating Unit:CGU)と呼ばれる資産グループ単位で検討を行います。例えば、A製品に関する特許権であれば、A製品を製造する工場の土地、建物、機械設備などをまとめて1つのCGUとし、CGU単位で減損テストを行います。CGUについて認識された減損損失は、通常、そのCGUを構成する各資産の帳簿価額に基づいて比例配分されます。減損後の各資産の帳簿価額は、各資産をそれぞれ個別資産として回収可能価額を見積もった結果とは異なる可能性があります。
(6) 経済価値と帳簿価額が乖離する理由
知的財産の経済価値と帳簿価額が乖離する理由は大きく2つ考えられます。
1つ目の理由は、自社開発(自己創設)の知的財産は資産計上できる範囲が非常に限定的であることです。先述の(4)の新薬の特許権の例のように、経済的には多額の価値があることがわかっていても、会計上の帳簿価額は非常に少額であるという状況がしばしば生じます。
2つ目の理由は、会計上の帳簿価額は減少する方向にのみ動いていくことです。会計上は償却や減損を通じて帳簿価額を引き下げるのみで、帳簿価額を取得原価以上に引き上げる事後測定は通常行いません。多くの場合、経済価値は時の経過とともに減少していくと考えられますが、必ずしもそうでない場合もあります。また、減損により帳簿価額を引き下げる場合は通常、関連する資産に減損損失を機械的に比例配分しますが、必ずしもCGUを構成する各資産の経済価値が会計と同様に比例配分的に減少しているとは限りません。
財務諸表は、財務諸表利用者にとって目的適合性があり、忠実な表現である情報を提供することを目的としており、必ずしも企業価値を示すようには設計されていません。また、財務諸表はコストの制約を考慮して作成されます。こういった概念フレームワーク上の側面が上記の2つのポイントに影響していると考えられます。
次節では、このような背景を理解したうえで、会計手法を通じて知的財産の経済価値を図る視点について考察します。