所有と経営の分離が進んだ近代企業においては、それらが一致する企業と異なる事情があります。企業経営や事業展開、業務遂行に日々関係し強大な権限を有する経営者と、本来は会社の所有者(出資者)という立場ですが、直接関与することのできない株主が存在することを前提に、両者間の潜在的な利害対立を背景として執行に従事する経営者をいかにして監視するかとの問題提起から、コーポレートガバナンスが注目されるようになりました。
企業組織をどのように構築するかは、一次的にはわが国の会社法、金融商品取引法のような「ハードロー」(議会の議決により制定される法律)が扱うテーマであり、ルールベース(細則主義)で詳細に企業行動が規制されます。ハードローはエンフォースメントの観点からは有効と言えますが、同時に企業活動の柔軟性を確保するという要請を考慮する必要があります。硬直的な規制は、企業のイノベーションを妨げるためです。
すなわち、コーポレートガバナンスはハードローだけで完結するものではなく、より緩やかなプリンシプルベース(原則主義)によるソフトロー(コードやガイドラインなど、国家権力によりエンフォースメントされない規範)が有効な領域があります。このソフトローの有効性を確保するうえでは、専門家による判断を伴う監査が重要な役割を果たしています。1990年代以降、英国においてコーポレートガバナンスの「真空地帯」におけるソフトローの重要性が増し、会計士の役割が重要視されるようになったとされます。それが「監査の爆発」の現象を生み出したと言えるかもしれません。
21世紀初頭までにさまざまなコーポレートガバナンスに関する仕組みが各国でとられてきましたが、英国では近年、社会的な影響の大きな企業における会計不正事件が頻発し、それに対応する形で監査改革が進められています(飯沼・山口(2021))。本稿のテーマとの関係でその特徴を一言で示せば、監査とコーポレートガバナンスとを一体として改革する「ホリスティックアプローチ」が英国政府から提示されていることが挙げられます。
これは、企業をとりまくステークホルダー、すなわち取締役会(経営陣)、投資家(株主)、監査人、規制当局がそれぞれの役割を果たすことが、改革の目的達成に必要ということを意味しています。監査とコーポレートガバナンスとがまさに「切っても切れない関係」にあることを、英国政府の提案は物語っていると言えます。
コーポレートガバナンスにおけるソフトローとしてのコードの制定は1990年代に英国で始まり、OECD原則を経由して、わが国にもいわゆる「アベノミクス」における「第3の矢」、成長戦略の一環として近年導入されるに至っています。
コーポレートガバナンスは各法域の制度や文化を踏まえて具体化されますが、「ホリスティックアプローチ」の考え方は英国だけにあてはまるものでなく、より普遍的なアプローチである可能性があります。英国で米国流の内部統制報告制度の新たな制度化が議論されていることも、全体として普遍化に向かう方向性を示していると言えるかもしれません。今後の改革の進展をきめ細かく見守っていく必要があると思われます。
飯沼篤史・山口峰男「監査を巡る英国の状況と日本企業への影響②」経営財務3516号(税務研究会2021年)
鳥羽至英『内部統制の理論と制度執行・監督・監査の視点から』国元書房,2007年
鳥羽至英『監査を今、再び、考える。』国元書房,2018年
鳥羽至英・秋月信二・永見尊・福川裕徳『財務諸表監査』国元書房,2015年
Flint, D. Philosophy and Principles of Auditing:An Introduction , 1988. The Macmillan PressLtd.(井上善弘訳『監査の原理と原則』創成社,2018年)
Power, M. Organized Uncertainty: Designing aWorld of Risk Management , 2007. Oxford UniversityPress.( 堀口真司訳『リスクを管理する不確実性の組織化』 中央経済社,2011年)
英国における監査改革の動向については、参考文献のほかPwC's View第26号(2020年5月)に寄稿した以下の記事もあわせて参照いただければ幸いです。
山口峰男「英国における監査改革の動向から、企業情報開示のあり方に関する今後の議論の方向性を探る―ブライドン・レビュー」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/prmagazine/pwcs-view/202005/brydon-review.html
※1 Committee of Sponsoring Organization of the Treadway Commission
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所長 山口 峰男