
昨今のデジタル技術の進歩・普及は目覚ましく、業態を問わず、さまざまな日本企業において、デジタル技術を利用したビジネスモデル等の抜本的な改革が志向されています。また、直近の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響によりデジタル技術の利用に拍車が掛かっていることは、周知のとおりです。そのため、外国企業が開発・保有するデジタル技術(例えば、いわゆるAIを利用した技術)を日本企業が導入する事例は増加しており、今後もその傾向は続くものと予想されます。
そのような状況下では、外国企業をライセンサー、日本企業をライセンシーとするライセンス取引が増加すると予想されますが、これらの取引においては、支払が長期かつ多額となる事例も多く、ゆえに、日本における課税の有無が当事者に大きな影響を与える事例も多くなります。したがって、予期せぬ課税関係が生じ、事後的に多額の損失(本税のみならず、源泉徴収漏れに伴い不納付加算税等も課されます)を被ることがないよう、ライセンス契約を締結する段階において、取引を実行した際に生じる課税関係を十分に理解することが重要です。
そこで、本稿においては、ライセンス契約に関する基礎的な課税関係及び契約書作成等において留意すべき事項について概説します。
なお、本稿においては、紙幅の関係上、課税関係が問題となることの多い、外国企業をライセンサー、日本企業をライセンシーとする当該外国企業が保有する著作権に関連するライセンス契約(例えば、ソフトウェアに関するライセンス契約)のみを対象とします。
まずは、外国企業をライセンサー、日本企業をライセンシーとする取引において、いかなる課税関係が問題となるかを概観します。
この点、図表1に示した例において、外国企業(ライセンサー)は日本国内における取引から利益を稼得しており、同企業が日本国内に支店等の事業拠点を有していない場合は、同企業による自主的な申告・納税を期待できない場合も多くなります。そこで、日本の税法は、安定した徴税の観点から、そのような事業拠点を有していない外国企業がライセンス取引を行った場合には、(外国企業に代わり)対価を支払う日本企業(ライセンシー)に対して、その対価に一定の割合を乗じて得られる金額を徴収(=源泉徴収)・納税する義務を課し、当該源泉徴収をもって日本における課税関係を終了させる建付けを採用しています。
そのため、外国企業(ライセンサー)が日本企業(ライセンシー)から対価の支払いを受ける際には、日本における源泉徴収の要否が、取引全体の税効率や当事者間の税負担に大きく影響するため、取引当事者にとって大きな関心事となります。
この点、対価からの源泉徴収税額の控除により、外国企業(ライセンサー)が日本の租税を負担する場合は、源泉徴収の要否はもっぱら外国企業側の問題であると整理可能な場合もあり得ます。しかしながら、源泉徴収が行われなかったとすれば外国企業が得られたであろう金額を日本企業(ライセンシー)が支払う(すなわち、手取額を合意された対価の額とする)グロスアップ条項がライセンス契約にて規定されていることにより、日本企業が日本の租税を負担する場合等、上記の源泉徴収の要否が日本企業側にも影響する事例は多数存在します。
次項以降では、かかる源泉徴収の要否を判断する基準について概説します。
日本の国内税法においては、次に掲げるものが源泉徴収の対象となる旨規定されています(所得税法161条1項11号ロ)[太字は引用者]。
十一 国内において業務を行う者から受ける次に掲げる使用料又は対価で当該業務に係るもの
(…)
ロ 著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずるものを含む。)の使用料又はその譲渡による対価
外国企業が日本企業からライセンス料(対価)を受領する取引の場合、特に問題となるのは、かかるライセンス料(対価)が上記の「著作権の使用料」に該当するか否かです。
この点について日本の税法では、「著作権の使用料」について何らの定義規定も設けられておらず、解釈に委ねられています。
一般に、租税法が他の法分野で用いられている概念を借用している場合、「別異に解すべきことが租税法規の明文またはその趣旨から明らかな場合は別として、それを私法上におけると同じ意義に解するのが、法的安定性の見地からは好ましい」と解されています※2。
前述の所得税法161条1項11号ロ所定の「著作権の使用料」についても例外ではなく、法的安定性の観点から、日本の著作権法上の「著作物の利用」(同法63条1項)と同義に解するべきであり、この点については、課税実務※3や裁判例※4等においても異論がありません。
そこで、著作権法63条1項所定の「著作物の利用」の意義が問題となりますが、この点については、次のように解されています※5。
「利用」とは、財産権である著作権(著21条~27条)の内容となっている行為、すなわち、複製(著2条1項15号同条9項)、上演・演奏(著2条1項16号、同条7項・9項)、上映(著2条1項17号、同条9項)、公衆送信・送信可能化(著2条1項7号の2・9号の5、同条9項)、口述(著2条1項18号、同条7項・9項)、頒布(著2条1項19号同条9項)、譲渡、貸与(著2条8項・9項)、翻訳・編曲・変形・脚色・映画化・翻案をいう。
すなわち、著作物(思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの。著作権法2条1項1号)の利用一般が対象となるのではなく、著作権に含まれる権利の種類として著作権法21条以下にて限定列挙されている権利の対象となる利用形態(複製等)のみが、上記の「著作物の利用」に含まれます。
例えば、書籍を閲覧することは、一般的な用語に従えば、著作物である書籍の利用に該当しますが、そのような利用形態一般を著作権の対象とした場合(すなわち、著作者による差止請求等の対象にした場合)、社会経済活動が著しく制限される等の問題が生じるため、一定の利用形態のみが著作権の対象とされています。
なお、著作権法21条以下にて限定列挙されている利用形態に形式的に該当する場合であっても、著作者保護の必要性が低い等の理由から、一定の要件を満たす場合(例えば、私的使用のための複製。同法30条)には著作権は及ばないとされており、このように著作権が制限される場合の著作物の利用は、上記の「著作物の利用」には該当しない点にも留意が必要です。
前記(1)及び(2)の内容を踏まえると、前掲図表1に示した外国企業から日本企業へのライセンス取引に伴い源泉徴収が必要となる場合は、当該日本企業において、著作権法21条以下にて限定列挙されている利用形態(複製等)による「著作物の利用」が存在し、その対価である「著作権の使用料」(所得税法161条1項11号ロ)が支払われる場合である、ということになります。
したがって、ライセンス契約をドラフト・締結する段階においては、ライセンシーである日本企業において著作権法21条以下にて限定列挙されている利用形態(複製等)による「著作物の利用」が存在するか否かを、初めに確認することが重要です。なお、(2)で述べたとおり、当該利用形態に形式的に該当する場合であっても、著作権法30条以下にて規定される著作権が制限される場合に該当するか否かの検証が必要な点にも留意が必要です。
続けて、上記の検証の結果、ライセンシーである日本企業における「著作物の利用」が存しないと判断される場合には、この点をライセンス契約において明確にすることが重要となります。すなわち、そのような場合、外国企業から日本企業に対して著作権法上の「著作物の利用」には該当しない態様での著作物の利用が許諾(ライセンス)されていることが通常ですが、かかる利用の許諾のみを契約書に記載した場合、特に事後的に課税当局による調査の対象となった際に、「著作物の利用」が存するか否かが契約書上判然とせず、不要な争いを生じさせる事態となりかねません。したがって、課税当局に不要な疑念を抱かれることを防ぐためには、そもそも契約のタイトルについてライセンス契約ではなく、(法的整理や実態に合った)サービス契約等とすることや、当該契約において、日本の著作権法21条以下にて限定列挙されている利用形態(複製等)による利用は許諾されていない旨を(日本の著作権法を引用した上で)明記することが有効な対策となります。
昨今のデジタル技術の進歩・普及に伴い、ライセンス契約の対象となるものも著しく多様化しており、外国企業が日本企業に対していわゆるAIを利用したサービスを提供する(当該AIを利用して得られた情報等の利用を許諾する)事例も存在します。
この点、(1)から(3)の内容を踏まえると、そもそも、著作権法上の「著作物」(思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの。著作権法2条1項1号)に該当しないものの利用は「著作物の利用」に該当せず、ゆえに、所得税法161条1項11号ロ所定の「著作権の使用料」に該当することを理由とする源泉徴収は不要となります。
然るところ、典型的な「著作物」(例えば、ソフトウェア。著作権法10条1項9号参照)以外のものを対象とするライセンス契約をドラフト・締結する段階においては、かかる対象物が「著作物」に該当しないこともあり得ます。この点についても著作権法の観点から検証した上で、「著作物」に該当しない場合には、その旨を(日本の著作権法を引用した上で)契約書上明記することが、将来の課税当局との不要な紛争防止の観点から重要です。
例えば、AIを利用して出力された情報の「著作物」性については、以下のとおり、人間のみならずAIが情報生成に寄与しているとの特殊性を踏まえ、「〔注:人間の〕思想又は感情を創作的に表現したもの」である「著作物」に該当するか否かは、ケースバイケースであるとされています※6。
(i)AI生成物を生み出す過程において、学習済みモデルの利用者に創作意図があり、同時に、具体的な出力であるAI生成物を得るための創作的寄与があれば、利用者が思想感情を創作的に表現するための「道具」としてAIを使用して当該AI生成物を生み出したものと考えられることから、当該AI生成物には著作物性が認められる。
(ii)一方で、利用者の寄与が、創作的寄与が認められないような簡単な指示に留まる場合(AIのプログラムや学習済みモデルの作成者が著作者となる例外的な場合を除く)、当該AI生成物は、AIが自律的に生成した「AI創作物」であると整理され、現行の著作権法上は著作物と認められない。
なお、所得税法161条1項11号ロ所定の「著作権の使用料」に該当することを理由とする源泉徴収が不要な場合であっても、いわゆるノウハウの使用料(同号イ所定の「工業所有権その他の技術に関する権利、特別の技術による生産方式若しくはこれらに準ずるものの使用料」及び所得税基本通達161−34)に該当することを理由として源泉徴収が必要な場合がある点には留意が必要です。この点、ノウハウの意義については、税法及び私法のいずれにおいても定義規定が存在せず、純粋な税法解釈の問題となりますが、その内容については不明確な部分が多いため、取引金額の重要性や取引内容に応じて、外部専門家に確認することが重要です。
2・3においては、ライセンス契約への国内税法及び同法が参照する著作権法の解釈・適用について概説しましたが、前掲図表1に示した外国企業から日本企業へのライセンス取引のような国境をまたぐ取引については、租税に特有の問題として、租税条約が適用される場合も多く、(適用される場合には)租税条約の規定が国内税法の規定に優先することになります(憲法98条2項、所得税法162条参照)。
この点、紙幅の関係上、租税条約の内容の詳細は省略しますが、租税条約の適用により生じる代表的な効果として、以下の2点があります。
① 一定の要件を満たす場合には、「使用料」に対する日本の課税権が制限され、国内税法の解釈・適用結果に拘らず、日本企業による源泉徴収は不要となる(代表的なものとして、日米租税条約12条1項)。
② 租税条約上、「使用料」に対する日本における源泉徴収の余地が残されている場合であっても、国内税法上の「使用料」に比して、租税条約上の「使用料」の意義が狭義である結果、日本企業による源泉徴収は不要となる。
すなわち、①に記載した効果により免税となる場合には、そもそも、2・3に記載した国内税法及び著作権法の解釈・適用の検証すら不要となるため、作業の効率化の観点から、まず初めに、問題となっているライセンス取引が租税条約の適用により免税となる取引であるか否かを、税務担当者ないし外部の専門家に確認するプロセスを確立しておくことも効率的であると考えられます。
また、②に記載した効果が存するため、仮に①の免税の効果は得られず、また、前記2・3に記載した国内税法及び著作権法の解釈・適用の観点からは源泉徴収が必要な場合であっても、租税条約上の「使用料」に該当しない等の理由によりかかる源泉徴収が不要となる余地がないかを、税務担当者ないし外部の専門家に確認した上で、その確認結果をライセンス契約に反映することも重要です。例えば、日本企業による著作物の複製等が行われる場合であっても、租税条約との関係においては、純粋な自己使用目的での著作物の取得取引である限り、「使用料」には該当しないと判断される可能性が十分にあり(OECDモデル租税条約12条に係るコメンタリー参照※7)、かかる判断に依拠する場合には、ライセンス契約において純粋な自己使用目的での著作物の取得である旨を明記することが重要となります。
本稿では、ライセンス契約に関する税務上の取扱いと税務及び法務の観点からの留意点について概説しました。外国企業から日本企業へのライセンス取引に際しての源泉徴収の要否の論点は、支払が長期かつ多額となる事例も多く、また、(課税当局の担当官にとっても理解が容易ではない)法務と税務が交錯するため、税務調査において問題とされることが多い論点となります。したがって、予期せぬ重大な課税関係が生じることを防止するためには、本稿で紹介した内容等を踏まえ、ライセンス契約のドラフト・締結等の段階から入念に準備を進め、取引金額の重要性や取引内容に応じて、外部専門家を関与させることが重要となります。
※1 紙幅の関係上、消費税については割愛します。
※2 金子宏『租税法〔第23版〕』(弘文堂、2019)127ページ。
※3 所得税基本通達161−35において、所得税法161条1項11号ロの著作権の使用料は、「著作物(著作権法第2条第1項第1号《定義》に規定する著作物をいう。以下この項において同じ。)の複製、上演、演奏、放送、展示、上映、翻訳、編曲、脚色、映画化その他著作物の利用又は出版権の設定につき支払いを受ける対価の一切をいう」と規定されています。
※4 例えば、最判平成15年2月27日税務訴訟資料253号順号9294参照。
※5 半田正夫=松田政行編『著作権法コンメンタール2〔第2版〕』(勁草書房、2015)774ページ。
※6 内閣府知的財産戦略推進事務局に設置された新たな情報財検討委員会における報告書「-データ・人工知能(AI)の利活用促進による産業競争力強化の基盤となる知財システムの構築に向けて-(平成29年3月)」34ページ以下参照。
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