知的財産はイノベーションの源泉であるという認識の下、従来の日本企業は自社や系列企業のみで事業開発を行い、自社の技術資産を保護する方針をとる傾向にありました。しかし、顧客ニーズの複雑化やデータ活用の進展、先端技術やサービスを有する新興企業の台頭を背景に、従来のアプローチではグローバル市場における競争力維持が難しくなってきています。近年では、自社や系列外のプレイヤーを含むエコシステムの構築を前提としたビジネスモデルが主流となりつつあります。DX(デジタルトランスフォーメーション)の流れは加速化しつつあり、知的財産投資の重要性はさらに増してきています。
本稿では、知的財産と経営戦略の関係、高収益企業のビジネス戦略の実現のための知的財産を活かした事業開発・アライアンス戦略、いわゆるオープン&クローズ戦略の考え方を整理した上で、AIベースのIPランドスケープの分析ツールを活用した高速アライアンス戦略を紹介します。
なお、文中における意見は、すべて筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
オープン&クローズ戦略とは、従来からの知的財産の独占排他的な効力(クローズ戦略)に加えて、系列企業以外のグローバル企業へ知的財産をあえてオープン(ライセンス)にするという、経営視点での知財戦略です(図表1)。オープン&クローズ戦略では、系列外の企業との共創・協創(共感しながら顧客のイノベーションを創出し、成果を分け合うこと)の促進を図り、スタートアップ等とのアライアンスによって技術開発を効率化します。そして、製造コストを大幅に減らし、新たな販売チャネルを確保することによって事業開発の効率を向上させます。オープン&クローズ戦略は、系列内では実現できなかった顧客価値の提供と、系列外の企業とのエコシステムにおけるガバナンスを構築するのに役立ちます。
知的財産をオープンにすることの意義は、系列外の技術力のある企業と技術開発や事業開発を提携することにより、自社だけで開発をしていた場合よりも開発期間が短縮化され、開発コストの軽減を図ることができます。市場への製品投入も早まるため、商品/サービス(ソリューション)の品質を向上させつつ、顧客へ高付加価値な製品を提供できます。また、知的財産をオープンにすれば、開発時に得た技術情報を系列内の企業に対して共有できるというメリットがあります。しかし、系列外との提携を前提とするエコシステムの中ではガバナンスが働かないため、知的財産の取り扱いを定めるライセンス契約の中で何をどこまで許すのか詳細に記載する必要性があります。
オープン&クローズ戦略が重要となっている背景について見ておきましょう。1980年代頃まで、典型的な日本企業は、高品質、低コストを武器に、いわゆるカイゼン活動の進展、経営戦略的には既存事業の垂直方向への深化により、日本企業はグローバルで勝ち抜いてきました(図表1の「既存事業の深化」)。そのときの知財戦略というのは、クローズドな知財戦略、すなわち、特許とノウハウを取得して差別化を実現するというものでした。この場合の知財戦略の狙いは競合に打ち勝つことです。競合となるのは、同類のプロダクトを作ってきている企業、同類の事業セグメントを持った企業です。競合との差別化のために知的財産を使うことになりますが、特許紛争を避けるためにクロスライセンス契約を結んで、知的財産に係るリスクを解消するという使い方もあります。
その後、グローバルでの競争戦略の描き方が以前とは変わってきています。現在は、系列外の企業とのアライアンスを前提とするエコシステムでの戦いが主流になってきているのです(図表1の「新規事業への探索」)。DXの進展もあいまって、電機業界、自動車業界、化学業界と様々な業界でエコシステムでの戦いが加速しています。系列企業での既存事業の垂直方向へのカイゼンが中心であった自前主義に対して、エコシステムでの戦いは、アライアンスおよびオープンイノベーションによる革新的な技術の開発(シナジー効果)、開発スピードの短縮、販売チャネル共有による事業化可能性の向上、データおよび部品統合による製造コスト削減など、様々な利点を享受できます。
系列内の企業よりも系列外のグローバル企業のほうが製造コストを圧倒的に下げられるケイパビリティを保有していたり、販売チャネルを確保していたり、統合すると事業価値を圧倒的に高めることができるデータを保有している場合、このような系列企業へ知的財産をオープンにすることでその商品/サービスの開発を一気に加速させられます。つまり、知的財産をオープンにすることにより、商品/サービスのライフサイクルを一気に短縮化することができます。つまり、商品/サービスのコモディティ化が進むということになりますが、顧客の視点からすると、品質が維持されながらコストが一気に下がる商品/サービスが市場に現れることになります。当然ながら、市場シェアはオープン&クローズ戦略を取った企業に移ることになります。自前主義で技術/事業開発を続けている企業は、一気にシェアを奪われてしまい事業が立ち行かなくなるという状況に陥ってしまいます。
知的財産を系列外企業にオープンにすることによって、知的財産を求めてくる企業とアライアンスあるいはコンソーシアムという提携のしかたでエコシステムを構築できます。ここでの知的財産の使い方は従来からのクローズとしての使い方とはまったく異なり、競合との差別化や知的財産のリスクを低減するための技術/知的財産の開発への投資ではなく、パートナーの事業の支援となるような技術/知的財産の開発への投資が必要になるということです。自社のためだけではなく、パートナーの事業支援となるような利他主義的な投資が重要になるということです。今までの知財戦略は競争を止めること、競争を阻害するのが狙いでしたが、知的財産をオープンにすると、その技術領域に向けて系列外の企業が集まってくることになります。以前とは逆に、競争を促進する狙いで知的財産を活用する戦略を取る必要があるということです。したがって、競争を促進する技術領域と、競争を阻害する技術領域をどのようにデザインしていくか、というのが知財戦略(オープン&クローズ戦略)の肝となってきます。これが、近年、知的財産の機能が事業開発、経営戦略の中で重要視されていると言われている重要な理由の1つです。
知的財産をオープンにする意義がもう1つあります。エコシステムの構築は、系列外の企業との提携が前提となります。資本関係にあると、例えば何を工場で作っているかといった情報を全部把握することでき、ガバナンスを効かせることができます。しかし、系列外であれば資本関係はないため、簡単にはガバナンスを効かせられません。知的財産をオープンにするには、ライセンス契約を結ばないといけなくなるので、その契約の中で資本関係にあった企業と同じようなガバナンスを構築することができます。つまり、知的財産のライセンス戦略として、契約書の条項にガバナンスに関する規定を盛り込むことになります。
オープン&クローズ戦略は、「両利きの経営」と親和性の高い理論です。両利きの経営では「既存事業の深掘り(知の深化)」と「新規事業の探索(知の探索)」を「同じ屋根の下」で行います(前掲図表1)。両利きの経営とオープン&クローズ戦略の関係は図表2のようになります。つまり、既存事業内での「知の深化」のための技術/知的財産の開発の投資と、既存事業領域外で系列外の企業との提携を目的とした「知の探索」、新規事業開発のための技術/知的財産の開発の投資が必要になるということになります。
両利きの経営ではカルチャーの異なる投資の逆向きの方向性を企業内で実現しないといけないことから、イノベーションのジレンマが生じると言われていますが、オープン&クローズ戦略でも、異なる方向性の知的財産の投資が必要になるため、まったく同じ状況が生じます。オープン&クローズ戦略を実現するにはカルチャーの違いを吸収する仕組みが必要だということになります。さらに、その戦略の実行、投資等の判断に対してのセンスメイキング、すなわち「腹落ち=納得」が必要になります。社内の従業員に対してはインナーブランディング※1が必要になり、社外のパートナーやステークホルダーにはアウターブランディングが必要になるということです。社会課題のためにこの事業開発を進めているという持続的社会の成長に向けての企業の意志「ビジョン」や「パーパス」を持って社内外へのコミュニケーションが重要になります。社員が納得して、知的財産の投資の方向が変わることに対して理解を示さないと、オープン&クローズ戦略を実現するための投資等が承認されないということです。社外に対しては、パートナーが賛同してエコシステムを構築することができないということです。
PwCでは、AIベースのIPランドスケープの分析ツールIntelligent Business Analytics®※ 2を開発しました。経営でオープン&クローズ戦略を実現するには、素材・デバイスからシステム・サービスを含む顧客価値連鎖(バリューチェーン)の分析が必要になります。Intelligent BusinessAnalytics®が他の一般的なIPランドスケープツールと違うのはバリューチェーン分析を行える世界初のツールという点です。
昨今、企業でオープンイノベーションの取り組みが加速していますが、技術開発の効率化を図る観点から、スタートアップとのアライアンスが主で、製造コスト低減や販売チャネルを確保するなどの事業効率化の観点から見ると、事業企業とのアライアンスによる事業拡大がうまくできていないという課題を抱えているとの声が多く聞かれます。
DXおよびESG投資の視点からの経営を実現するにあたって、技術開発の視点からのアライアンス、次の段階で事業開発の観点からのアライアンスを進める必要があります。
Intelligent Business Analytics®によるIPランドスケープでは、競合優位性の観点からの技術と、市場ニーズの観点からの技術の両方を評価できます(図表3)※3。この技術評価結果から、市場性は高いが相対的技術評価が低い領域は、スタートアップ等との提携を行うことが奨励され、市場性は低いが相対的技術力が高い領域は、生産や販売、データ利用の効率化を図る提携が奨励されると判断できます。企業が保有する技術の評価結果に基づいて、技術開発の視点からのアライアンスおよび事業開発の観点からのアライアンスのどちらが適切なのか判断が可能となります。
また、Intelligent Business Analytics®では、SDGsに貢献する企業の技術テーマを対象としたエコシステム構築のための分析・評価も可能であり、企業のR&D戦略および事業戦略の構築にも活用できます。さらに、競合優位性の観点からの技術評価と潜在的顧客の洗い出しによる市場ニーズの観点からの技術評価も短期間に行えるため、M&Aの際に必要な技術デューディリジェンスも可能となります。
本稿では、知的財産と経営戦略の関係、高収益企業のビジネス戦略の実現のための知的財産を活かした事業開発・アライアンス戦略、いわゆる、オープン&クローズ戦略の考え方を整理し、AI based IP Landscape Toolを活用した高速アライアンス戦略の提供について解説しました。
PwCは、DXとESG投資の視点からの経営を実現するにあたって、Intelligent Business Analytics®によるIPランドスケープの活用と知的財産のオープン化による技術・事業開発の効率化を図るアライアンス戦略のご提案が可能であり、企業が社会課題を踏まえた持続的な収益モデルの構築化をサポートしています(図表4)。
※1 インナーブランディングとは、(社外の顧客ではなく)社員に向けて、企業のビジョンや経営理念を浸透させるために行う活動のこと。アウターブランディングは社外向けのもの。
※2 PwC「Intelligent Business Analytics®のご紹介」
https://www.pwc.com/jp/ja/services/consulting/technology-consulting/technology-laboratory/intelligent-business-analytics.html
※3 PwC「IPランドスケープと知財ガバナンスをいかに企業は体現していくか」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/technology-driven/interview13.html