非財務情報開示の潮流と対応策

I はじめに

サステナビリティ・ESG(環境・社会・ガバナンス)(以下、サステナビリティ)への対応は企業戦略の立案から、情報開示までの一連のプロセスの中で行われる必要があります。サステナビリティ対応の是非や十分性に対する評価の枠組みが定形化されていない中、企業は投資家をはじめとするステークホルダーに対して、事業活動や経営状況、その基盤となる資本に関する情報を、財務情報と、サステナビリティ情報を含む非財務情報との合わせ技で正しく表現する必要があります。このとき、財務情報と非財務情報は個々に独立しているのではなく、互いに連携が取れた整合的な情報であることが求められ、また非財務情報についても、財務情報と同様の「量」「質」とそれらを支える情報の「信頼性」を備えていることが求められます。

本稿の「Ⅱ非財務情報に関する潮流」では、「1 開示規制・フレームワークの動向」と「2 企業価値への影響」という側面から非財務情報の潮流を捉え、「Ⅲ非財務情報に関する潮流への対応策」において、企業が直面する課題とその対応策の入口について、サステナビリティに係る難解な文言を避け、平易な表現で考察します。なお、文中における意見は全て筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。


Ⅱ 非財務情報に関する潮流

1 開示規制・フレームワークの動向

現在グローバルおよび日本国内において非財務情報の開示を取り巻く動向が大きく変容しており、非財務情報開示の法規制対応が複雑になりつつあります。直近では、主に、グローバル、国内、欧州、そして米国において開示規制・フレームワークに動きがあるため、その動向から簡単におさらいします。

(1)グローバル

グローバルの開示規制・フレームワークについては、特にIFRS財団の動きが注目されます。サステナビリティ報告基準開発を求める声の高まりを背景に、IFRS財団は2021年11月にISSB(国際サステナビリティ基準審議会)を設立しました。その後ISSBは、サステナビリティに関連した財務情報を資本市場に提供するための包括的なグローバルベースラインとなる基準の発行を目的に、「全般的要求事項」「気候変動に関する基準」の公開草案を2022年3月に公表しました。ISSBは、このベースラインが各法域の基準に含まれるよう、他の国際機関や各法域と緊密に協力して基準設定を進めています。

(2)日本国内

国内の動向としては、特に、SSBJ(日本サステナビリティ基準委員会)と金融庁の動きが注目されます。SSBJは「国際的なサステナビリティ開示基準の開発への貢献」と、「国内のサステナビリティ開示基準の開発」の2点を目的として、2022年7月1日に設立されました。国内のサステナビリティ開示基準の開発については、SSBJが開発するサステナビリティ開示基準の法令上の枠組み等が当局にて検討されています。

また、2023年1月31日に、金融庁は、有価証券報告書および有価証券届出書(以下、有価証券報告書等)の記載事項について、主に、「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」と「コーポレートガバナンスに関する開示」を改正する「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正を公表しました。有価証券報告書等において、「サステナビリティ情報」の記載欄の新設や、人的資本・多様性に関する開示やコーポレートガバナンスに関する開示の拡充が、2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用されることになります。

(3)欧州

欧州の動向としては、欧州企業サステナビリティ報告指令(CSRD)とその開示指針である欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)が注目されます。

CSRDは欧州で活動する全ての大企業および上場企業等(中小企業含む)を対象とし、各社のマネジメントレポートでサステナビリティ情報の開示を義務化する予定です。さらに、EU市場における純売上高が大きいEU域外の企業グループについては、親会社連結ベースでのサステナビリティ報告が義務化される予定です。環境保護、社会的責任、従業員の処遇などのESG情報を、ダブルマテリアリティ(企業がサステナビリティ事項に与える影響と、サステナビリティが企業に与える影響)に基づき開示することを要求しています。

CSRDは2022年11月に欧州議会によって採択され、欧州連合理事会で同月に承認されています。具体的な適用は、2024会計年度(2025年報告)以降、順次行われます。また、同月、欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)は、欧州委員会(EC)に対して、Draft ESRSを提出しています。ESRSは、分野横断的総論2本、E(環境)5本、S(社会)4本、G(ガバナンス)1本の合計12本で構成されており、別途、付属文書6本で構成されています。今回提出されたものは「Set1」と呼ばれており、今後、EFRAGは、業界固有基準等を開発していく予定です。

(4)米国

米国の動向としては、SEC(米国証券取引委員会)の動きが注目されます。2020年8月にSECの改正規則により人的資本開示として、人的資本についての説明と、会社が事業を運営する上で重視する人的資本の取り組みや目標の記載を要求しており、これらについては、2023年にも改訂が予定されています。また、2022年3月21日に、気候関連の企業情報の開示を、米国内外の全てのSEC登録企業に義務化する提案を公表しており、2023年4月に最終化予定です。提案された内容は、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言、GHG(温室効果ガス)プロトコルを参考とした内容となっています。

(5)保証を巡る動向

SECが公表した気候変動開示規則案、および欧州が公表したCSRDでは、第三者保証の要求が含まれています。当初は限定的保証の要求に留まりますが、段階的に合理的保証を要求する予定です。

IAASB(国際監査・保証基準審議会)は、保証業務に関する基準「国際保証業務基準第3000号(ISAE 3000)」を策定しており、近年の非財務情報に対する保証業務への関心の高まりから、ISAE 3000の適用に関するガイダンスも公表しています。また、IAASBは2022年9月のボード会議で、サステナビリティ情報の包括的保証基準であるISSA 5000の策定プロジェクトを承認した旨を公表しています。


2 企業価値への影響

非財務情報は財務情報を補完するものとして、企業の持続的な成長に不可欠なものです。このため、財務情報と同様に、非財務情報についても、ステークホルダーに対して質量兼備した透明性の高い情報開示を行い、そこから得られるステークホルダーからのインサイトやフィードバックを経営に活かすことが、持続的な企業価値の向上につながると考えます。企業価値を向上させるには、(1)レポーティングの向上(企業の実力を正しく評価してもらう)と、(2)パフォーマンスの向上(企業の実力を上げていく)という2つの動きが不可欠です。

(1)レポーティングの向上

非財務資本はいまや企業価値の大半を構成する競争優位構築の源泉となっています。この情報が投資家をはじめとするステークホルダーに正しく伝わらない限り、本来の企業価値のとおりに評価されません。

図表1は、非財務情報を含む開示における優良企業と同業他社とのPBR(株価純資産倍率)を比較したものです。この図表からも分かるように、開示の質とPBRには正の相関関係が存在すると推察されます。投資家をはじめとしたステークホルダーに対し、適切にサステナビリティ活動を開示・コミュニケーションすることは、投資家への適切な情報提供を通じて、本来の企業価値に対する正当な評価を取得する第一歩となります。

図表1:開示優良企業と 同業他社のPBR比較

(2)パフォーマンスの向上

「サステナビリティ」は、企業価値と環境・社会価値の両立を目指すことを指す概念と私たちは考えています。サステナビリティ経営を推進するためには、「環境・社会」と「経済」の関係と構造や、「環境・社会」の問題がどのように自社の市場や供給の能力に影響を与え、社会から企業に対する要請を変化させるのかについて、深く理解する必要があります。サステナビリティ活動がどのようなメカニズムで長期的な企業価値向上につながっていくかを整理し理解しなければ、どのようなサステナビリティ活動がより効果的かを特定し、それらに対する適切な資源配分に関する意思決定を行うことはできません。

企業は非財務情報の開示を通じて投資家やサプライチェーンといったステークホルダーからのインサイトやフィードバックを得ることができます。これらのインサイトやフィードバックには、これまで財務情報を中心とした企業情報の開示から得られていたものとは異なる性質のものが含まれる可能性があります。投資家やサプライチェーンといったステークホルダーからのインサイトやフィードバックを正しく整理し、自社の事業活動や経営方針に対してどのようにサステナビリティを浸透させていくのかを、継続的に検討・対応することが、企業の実力そのものを向上することにつながるものと考えます。

3 まとめ

近年の開示規制・フレームワークの動向から考えられるキーワードとして「非財務情報開示の強制化」「第三者保証の強制化」と、これらに対応するための「情報収集・開示プロセスの改善」の3つがあります。また、企業価値に関しては、企業の実力どおりの正しい評価を得るためのレポーティングの向上と、企業の実力自体を向上させるためのパフォーマンスの向上が求められるようになっています。これらの潮流を踏まえると企業の事業活動や経営状況を正しく表現するための非財務情報の選択やその開示が必要となり、さらにその非財務情報について、適時・適切な開示のためのプロセスの構築(内部統制の構築を含む)、非財務情報の経営判断・経営管理への取り組みが必要になってくると言えます(図表2)。

図表2:非財務情報に関する 企業の課題と今後の対応

Ⅲ 非財務情報に関する潮流への対応策

ここでは上述の非財務情報に関する潮流から必要となる、「1.非財務情報開示戦略の立案」「2.非財務情報の基盤整備」「3.非財務情報のマネジメント」の3点について、主な課題・検討事項と対応策を簡単に紹介します。


1 非財務情報開示戦略の立案に関する主な課題・検討事項と対応策

非財務情報の開示規制・フレームワークの整備が進んでいますが、単に自社の開示と比較するだけに留まらず、これを機会に中長期的な開示戦略を検討することが望ましいと考えられます。自社のメッセージをステークホルダーに明確に伝えることが、「対話」を始めるトリガー(きっかけ)となり、対話からのフィードバックを経営に反映させることで、企業価値の向上に資することになります。このとき想定される主な課題・確認事項とその対応策は、例えば以下のようなものです。

  • 開示規制・フレームワークの動向モニタリング体制の整備:
    開示規制・フレームワークへの対応は、単なる開示対応だけでなく、その基盤整備についての対応が必要となり、適用までに多数かつ複雑なタスクが発生する可能性があります。このため、開示規制・フレームワークの動向を適時に網羅的に把握し、その内容を正確に理解し、自社に適用されるかどうかをモニタリング・分析する機能が必要となります。
  • 開示規制・フレームワーク対比の開示情報の充足性分析:
    法規制や開示フレームワークに基づく開示項目に対して、自社がどこまで開示できているかを分析します。この分析の軸には、自社が適用を受ける開示規制を含めることが必須であり、任意開示項目については自社のサステナビリティ方針等に基づいて選択します。また、格付機関が重視する開示項目に注目して、自社の開示状況を棚卸しする方法も考えられます。

    さらに、その分析結果を受けて、開示できている項目に関する開示集計プロセスの効率性等の検証や、開示できていない項目に関する自社のサステナビリティ活動の有無の確認や、開示集計上の障害(データ収集の限界、部門間連携の不足、担当部門のリソース等)を整理し、課題の洗い出しとその対応策を検討することが有効です。
  • 各開示媒体の位置づけ/制度開示資料の開示内容の整理:
    企業は自社のあるがままの姿を正確に、効果的に開示することが重要ですが、そのコミュニケーションが企業からの一方通行となるべきではありません。開示規制・フレームワークの要求事項の充足に留まらず、ステークホルダーとのコミュニケーションを通じて、ステークホルダーの要求する項目を開示することが、企業価値の向上という観点でも重要です。

    また、企業は自社のウェブサイトの他、法定開示資料、統合報告書・サステナビリティ報告書・TCFDレポートといった報告書類を作成していますが、これらが、投資家をはじめとするステークホルダーにとって効率的な情報開示になっているかどうかも重要なポイントです。
  • 中期開示計画の策定:
    非財務情報の開示は、財務情報のような作成スケジュールがルール化されているわけではなく、開示するタイミングや頻度も企業によって異なります。また「サステナビリティ発表会」といった定期的な投資家とのコミュニケーションが存在しない企業も見受けられます。KPIとして定めた非財務情報・指標について、目標と実績との比較による達成度合いの評価や、定めた開示内容について、年間を通した計画的な開示スケジュールの策定や開示内容の整理等、場当たり的ではないコミュニケーションを計画することが重要です。

2 非財務情報の基盤整理に関する主な課題・検討事項と対応策

非財務情報の開示拡充や経営意思決定への利用拡大の推進には、非財務情報の信頼性を確保しなければなりません。それには財務情報と同様に、管理基盤となる情報収集・処理プロセスを整備することにより、非財務情報の信頼性を向上できると見込まれます。このときに想定される主な課題・確認事項と対応策として、以下のものが考えられます。

  • 非財務情報の基盤整備(開示プロセスの高度化・効率化):
    これまでの非財務情報開示の大宗は任意開示であり、第三者保証の対象外であったため、その作成プロセスには多くのマニュアル作業が存在し、属人化された非効率かつ数値を誤るリスクの高いプロセスが存在するケースがありました。非財務情報の質を向上させるために、財務報告と同様に、非財務情報に係るグループ方針に基づき、グループ会社、あるいは必要であればバリューチェーンを含む各拠点からの情報収集をパッケージ化し、機械的かつ適時に情報を収集・作成する仕組みを整える必要があります。この仕組みは一時に完成するものではなく、また開示規制・フレームワークも今後改訂が加わることを踏まえ、PDCAを構築した上で、継続して改善活動を行うことも視野に含めるべきだと考えられます。
  • 内部統制の構築・運用の強化:
    財務報告に係る内部統制制度(J-SOX)が導入されて10年以上が経過し、内部統制の整備・運用が定着化しています。しかし、非財務情報に関する内部統制の導入は進んでいません。非財務情報に関する内部統制の構築については、当該情報の開示等に係る国内外における議論を踏まえて検討されるべきとの問題提起もなされており、将来的に、内部統制報告制度に含められる可能性もゼロではありません。財務報告に係る内部統制と同様に、非財務情報開示に係る内部統制においても、その開示プロセスを正確に棚卸しし、可視化した上で、適切な内部統制の構築および文書化(業務記述書、フローチャート、RCM:リスク・コントロール・マトリクス)を実施する必要があります。
  • 内部監査の実施:
    内部監査部門では組織全体のリスクにフォーカスした内部監査の実施等、内部監査の実効性を確保することが求められています。最近では、データアナリティクス等の最新のテクノロジーやメソドロジーの利用が求められるようになっています。今後はサステナビリティ活動や非財務情報開示に関しても、業務執行部門・管理部門である1線・2線だけの対応に留まらず、3線である内部監査部門における内部監査の対象としていくことが、会社としての非財務情報の信頼性に寄与するものと考えます。

    そのためには、内部監査部門が会社としてのサステナビリティの方針と活動を理解した上で、開示規制・フレームワークから求められている開示項目において、どのような検討を経て、自社がどの開示項目を選択して開示しているのかを把握する必要があります。さらにその開示情報がどのようなプロセスで作成されているかを正しく理解した上で、非財務情報とプロセスに潜むリスクを棚卸しし、リスクベースの監査計画を策定するべきです。また、内部監査部門からの1線・2線に対する指摘・改善提案を通じて、会社全体のサステナビリティ活動の振り返りや、非財務情報開示に関する信頼性の重要性についての再認識を促すことも、今後内部監査部門に期待される役割になると考えられます。

3 非財務情報マネジメントに関する主な課題・検討事項と対応策

非財務情報の開示基盤を整えると同時に、その情報をいかに経営に組み込むのかも論点となります。非財務情報マネジメントを考えた場合に想定される主な課題・確認事項と対応策として、以下のようなものがあります。

  • 経営戦略との連動の検討:
    企業は開示すべき情報の整理に着手することが求められます。開示規制・フレームワークの開示要求に対して充足した情報を開示することは企業開示の第一歩となりますが、もともと企業には、サステナビリティに関する重要課題の整理やその重要課題に紐づく企業内のサステナビリティ活動の特定、その活動に対する自社固有のKPIの設定が求められています。こうしたKPIの情報を開示することが、企業の実力を正確に評価してもらい、ひいては企業の実力そのものを向上させるためにも重要になります。

    さらに、設定したKPIに関する情報・実績値を正しく、定期的に収集・分析し、マネジメント層がそれらを正確に理解し、企業の事業活動や経営方針にフィードバックしていくことが求められます。また、これまで開示してこなかった情報を開示することで、投資家やサプライチェーンからのインサイトやフィードバックは、これまで以上に多種多様な、深みのあるものになる可能性があり、これらのインサイトやフィードバックを活かすことも重要です。

    理念体系を頂点として、重要課題、目標・KPIを一貫した形で定義することは、サステナビリティ経営に必要な資源配分の最適化につながります。冒頭に述べたとおり、非財務情報は財務情報と互いに連携し、整合的であるべきです。このため、これらのKPIは企業の事業活動や経営方針と同じベクトルを向いて設定されるべきであり、中期経営計画への非財務情報の取り組みも求められると考えます。サステナビリティに関する活動と非財務情報を紐づけ、社会的なアウトカムと財務情報へのインパクトパスの整理も有効です(図表3)。
図表3:非財務情報の 社会的アウトカムと財務情報への紐づけ例

Ⅳ おわりに

財務情報と非財務情報は互いに連携し、整合性のある情報であり、両者が一体となって企業のあるがままの姿を映し出すことが期待されています。そのため、非財務情報も財務情報と同様に、投資家をはじめとするステークホルダーにとっての「質」「量」を確保する必要があり、それらを支える情報の信頼性についても担保されていなければなりません。

特にグローバルに事業展開する企業は複数の開示規制・フレームワークを同時に検討・対応を進める必要がありますが、ここでは、それぞれの開示規制・フレームワークに対して個別に、都度、検討・対応をするのではなく、自社の事業活動や経営状況に照らして、「企業のあるべき開示の全体像とは何か?」を再度見直すことも必要となるでしょう。

サステナビリティへの対応は企業戦略の立案から、情報開示までの一連のプロセスの中で行われる必要があります。まずは自社の開示情報の分析や開示プロセスの棚卸しと可視化といった点から着手されるのも、今後のサステナビリティ対応の第一歩としては有効ではないかと考えます。

情報の信頼性についても担保されていなければなりません。

執筆者

PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
ディレクター 片山 喬博