有価証券報告書における気候変動開示の分析

はじめに

有価証券報告書において、サステナビリティに関する企業の取り組みの開示の記載を行うことが、2023年1月31日に金融庁が公表した「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正で提言されています。

改正後の「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の規定は、2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用となっているため、開示に備えて準備しておくことが必要となります。

サステナビリティ全般に関する開示については、主に以下の内容を開示するよう提言されています。

  • 有価証券報告書等、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の「記載欄」を新設
  • 「ガバナンス」と「リスク管理」を必須記載事項とする
  • 「戦略」と「指標及び目標」について、重要性に応じて記載を求める
  • サステナビリティ情報を有価証券報告書等の他の箇所に含めて記載した場合、サステナビリティ情報の「記載欄」において当該他の箇所の記載を参照できる

また、有価証券報告書におけるサステナビリティ開示について検討している金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」が2022年10月4日から再開され、具体的な開示の内容などの議論が始まりました。

本稿では、このような動向を踏まえ、すでに気候変動情報を任意開示している企業の開示状況、開示内容の業種別傾向について紹介します。

なお、文中における意見は全て筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

1 コーポレートガバナンス・コード改訂

2022年4月から東京証券取引所は、「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」という3つの新しい市場区分に再編され、始動しています。

市場区分の再編に先駆け、2021年6月にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、プライム市場に上場する企業にはより高いガバナンス水準が求められ、気候変動などの地球環境問題へ配慮するよう、サステナビリティを巡る課題への取り組みおよび開示が求められています。プライム市場上場企業は、気候変動に係るリスクおよび収益機会が企業の事業活動や収益等に与える影響について、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」またはそれと同等の枠組みに基づく開示の充実が求められることとなりました。

TCFDは2017年6月に、年次の財務報告において財務に影響のある気候関連情報の開示を推奨する報告書を公表しました。TCFDは、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」という4つの枠組みでの開示を推奨しています。このうち「ガバナンス」および「リスク管理」は全ての企業に対して開示を推奨しており、「戦略」および「指標及び目標」については、企業にとって重要性が高い場合に開示することが推奨されています。各枠組みの定義については、本特集の記事「人的資本開示を取り巻く動向」をご参照ください。

4つの枠組みでの開示および全ての企業に対して推奨開示される項目(「ガバナンス」および「リスク管理」)は、「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正と同じ枠組みとなります。

このようなTCFD提言に基づく開示を行っている企業を分析することは、「企業内容等の開示に関する内閣府令」等で提言されている開示の検討に有用であると考えられます。そこで私たちは、有価証券報告書でTCFD提言に基づく開示を行っている企業数の前期比較、業種別の開示状況を分析しました。

ました。

2 有価証券報告書におけるTCFD提言に基づく開示の増加(2022年3月期)

2022年3月期※1において、TCFD提言に基づく開示を行った企業は420社となり、前期(2021年3月期)の130社と比較して大幅に増加しました(図表1)。これは1で述べたように、2021年6月におけるコーポレートガバナンス・コードの改訂が関係していると考えられます。


図表1:TCFD提言に基づく開示を行っている 企業の割合(年度別)

非金融業

非金融業に関して、業種別に開示企業数を前期と比較すると図表2のようになりました。いずれの業種においても、前期よりも開示企業が増加しており、「金属製品」「海運業」「水産・農林業」等に属する企業は、2021年3月期には1社もTCFD提言の開示を行っていませんでしたが、2022年3月期からTCFD提言に基づく開示を行っています。

図表2:業種別の 開示企業数の推移(非金融業)

TCFD提言に基づく開示を行っている業種として、最も多かったのは「電気機器」(43社)であり、「電気機器」に属する企業には、IFRSを適用している企業が多いことが特徴として挙げられます。これは、気候関連リスクなどのリスクに関連する事項が、現行のIFRSにおいて対応できる部分が多いことが影響していると推察されます。その次に企業数の多かった業種は「化学」(39社)であり、「化学」は産業別のCO2排出量上位業種に該当することもあり、TCFD賛同企業数も多いことが特徴的です。

金融業

金融業に関しても、業種別に開示企業数を前期と比較すると図表3のような状況となります。4業種のうち3業種において、前期よりも開示企業が増加しています。

図表3:業種別の 開示企業数の推移(金融業)

次に、有価証券報告書におけるTCFD提言の開示内容について紹介します。

3 TCFD提言に基づく有価証券報告書における開示内容の分析

有価証券報告書において、実際にどのようにTCFD提言に基づく開示を行っているか、図表4に挙げている5分類で行いました。

分類①「TCFD提言への賛同などの言及のみ」から分類④「TCFD提言に基づく推奨開示」に近づくにつれ、開示内容が拡充されています。分類①から分類⑤の開示状況は以下のとおりです。


図表4:有価証券報告書 におけるTCFD開示内容の分類

非金融業

2021年3月期と2022年3月期を比較すると、TCFD対応について開示している企業は102社から360社に増加しています(前掲図表1)。そのうち、TCFD提言に基づく推奨開示項目に沿って開示している企業(分類④)は、2021年3月期の8社から2022年3月期には98社に大幅に増えており、TCFDに基づいて開示する気候変動に係る情報の質と量を充実させようという動きが見られます。

一方、分類⑤「その他」の「有価証券報告書以外のTCFDに基づく情報開示箇所へのリファレンスを明記」する企業は11社ありました。図表5の分類⑤21社の中の約半数(11社)がこのような開示を行っています。

図表5:開示内容分析 (非金融業)

また、「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正では、サステナビリティ情報を有価証券報告書等の他の箇所に含めて記載した場合には、サステナビリティ情報の「記載欄」において当該他の箇所の記載を参照できることとされています。今後はTCFD開示を、有価証券報告書を含む他の文書へのリファレンスの明記によって行う方法も増加するかもしれません。

TCFD提言に基づく推奨開示(分類④)を行っている企業(2022年3月期98社、2021年3月期8社)の業種別内訳は図表6のとおりです。この98社が適用している会計基準に関しては、日本基準が75社、IFRSが21社、米国基準が2社でした。TCFD提言に基づく推奨開示(分類④)を行っている企業に占めるIFRS適用企業の割合は、調査の対象とした東証一部企業に占める割合と比較して高いことから、IFRS適用企業は積極的なTCFDの開示を行う傾向が高いと考えられます。これは、前述のとおり、気候関連リスクなどのリスクに関連する事項が、現行のIFRSにおいて対応できる部分が多いことが影響していると推察されます。

図表6:TCFD提言4テーマに基づく情報開示(分類④)を行っている 業種の内訳(非金融業)

金融業

2022年3月期に有価証券報告書において、TCFD提言に基づく開示を行った企業を分類①~⑤に分けると、図表7のようになりました。

金融業では、60社のうち半分の30社がTCFD提言への賛同などの言及のみ(分類①)を行っており、推奨開示(分類④)を行っている企業は13社でした。非金融業と比較すると、有価証券報告書においてTCFD開示の推奨開示を行っている金融業はまだ限定的です。

図表7: 開示内容分析(金融業)

TCFD提言に基づく推奨開示(分類④)を行っている企業13社の業種別の内訳は図表8のとおりです。非金融業と比較すると、分類④を行っている企業の割合はまだ少なく(22%、非金融業は27%)、気候変動に係る情報の質と量を今後充実させていく必要があると考えられます。

図表8:TCFD提言4テーマに 基づく情報開示を行っている業種の内訳(金融業)

4 おわりに

2022年3月期においては、有価証券報告書におけるTCFD提言に関する情報開示の拡充への取り組みが進んでいることが分かりました。この傾向は、今後さらに進んでいくと考えられます。

主に連結財務諸表等の財務情報が開示されている有価証券報告書の「経理の状況」において、調査した企業のうち1社ではありましたが、TCFDに基づく開示を行っていました。注記の「金融商品に係るリスク管理体制」セクションにおいて、気候変動リスクが事業、財政状態および経営成績に悪影響を及ぼす可能性について言及していました。

さらに、2022年3月期の有価証券報告書に含まれる監査報告書の「監査上の主要な検討事項」に関しては、調査対象企業のうち、気候変動に関連した事項を5社が言及していました。固定資産の減損評価、繰延税金資産の回収可能性の評価を行う際に、気候変動の影響を検討することなどが記載されています。

このように、連結財務諸表の注記においても、気候変動が及ぼす影響について開示を行う企業が現れ、監査上の主要な検討事項として気候変動の影響が取り上げられる例が出てきており、今後ますます有価証券報告書での気候変動関連の開示が増えていく傾向が前期と比較して高まっていくと考えられます。

そして、2023年3月期の有価証券報告書から、サステナビリティ情報を記載する記載欄が新設され、少なくとも「ガバナンス」と「リスク管理」は全ての企業が開示する必要があるため、まだ準備が進んでいない企業におかれては早急に準備をすることが必要です。

情報の信頼性についても担保されていなければなりません。

※1 東証一部上場企業のうち大手監査法人が監査している企業は、1,677社(金融業119社、非金融業1,558社)であり、そのうち3月決算企業は、1,145社(金融業117社、非金融業1,028社)です(2022年3月末時点/出所:PwC作成)。


執筆者

PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
シニアマネージャー 吉岡 小巻