オランダは、人口17百万人、国土面積は九州と同程度で、EU内では決して大国とはいえませんが、政治的・経済的に比較的安定し、順応性が高い国として国際社会からも認知されています。
ブレグジット、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行、ロシアによるウクライナ侵攻、気候変動に伴う政治経済の混迷をはじめとする不確実な状況下においても、オランダの金融、経済、そして社会は依然として安定しており、現政府もこの立場を踏襲していく方針です。
本稿では、主として「オランダを含む欧州経済環境の動向」を皮切りに、「オランダESGの歴史と最新動向」および「オランダにおける税務・移転価格税制の動向」について説明していきます。
オランダの経済成長は、COVID-19パンデミック前よりも高い伸びを示し、過去の趨勢の水準に戻っています。2022年9月末までの過去5四半期の経済成長率は、過去平均(2015年第1四半期から2019年第4四半期)の2.3%を超えて、6.8%となりました。パンデミックが落ち着いたのも束の間、ウクライナ侵攻によって、オランダ経済は他国と同様に、より困難な状況に置かれています。多くの問題が相互に関連し合い、複雑性が増しています。
今後どのように事態が進展するにせよ、ロシアなどに対する制裁は少なくともあと1年は続くと予想されています。欧州は、特にロシアからのエネルギー自立のための行動を取り続けると考えられており、戦闘が長引くほどロシアはヨーロッパから分断されることになります。ウクライナ侵攻は、西ヨーロッパ諸国に大きな危機感を抱かせ、ロシアやその同盟国への不信感、防衛費や軍事費の増加をもたらすと予想されています。
オランダ政府は、2023年に発電量が最低4.5ギガワットの洋上風力発電を導入する予定で、2030年には21ギガワットまで引き上げることを目標としています。目標としている21ギガワットは、現在のオランダの総電力使用量の約75%に相当します。2030年には、太陽光と風力による発電量を最低35テラワットにすることを目標としており、陸上で利用できるようにすることを目指しています。なお、2040年には洋上風力発電は50ギガワットになるとしています。その後、2050年には、オランダで使用される全てのエネルギーを再生可能エネルギーに移行する予定ですが、まだ多くの課題が山積しています。
エネルギー価格の高騰により、エネルギー転換の動きは加速されますが、サステナブルなエネルギーと排出の目標達成には努力と時間が必要となります。同様に、重要資源である銅、ニッケル、コバルト、リチウム、銀などの金属に対する需要は、結果として比較的高い水準で推移すると考えられています。これらの金属を使用しないソリューションや、コバルトやニッケルを使用しないリン酸鉄リチウム(LFP)電池のような代替品の開発が促進されると予想されます。オランダは、ロシアのエネルギーへの依存度を下げるプロジェクトに対して、EUから455百万ユーロの補助金を受け取る予定です※1。
パンデミック以前から、EUはサプライチェーンの一部が特定の国に依存していることを問題視してきました。パンデミック時に半導体不足による生産活動の中断が顕在化したことを受け、EUは域内の半導体生産シェアを2030年に20%に倍増させることを目的として2022年2月に「The European Chips Act」を導入しました。これまで、EU加盟国は、多くの原料・製品の調達を中国からの輸入に頼ってきましたが、今後は中国への強い依存から離れていくと見られています。
オランダの製造業は、原材料・部品などの供給を海外に大きく依存しており、オランダ国内からの供給の割合は半分にも満たない水準です。輸入への依存度は分野によって異なりますが、コークスや⽯油精製品、電子製品の製造業で最も高くなっています。原材料・部品などの不足が生産を制約していると報告する産業が増加しており、現在これらの課題に直面している部門は、サプライチェーンを改善することが強く求められています。今後オランダでは、可能な限りEU内での調達を拡大する動きが顕著になると考えられています。
仕入価格・原材料価格の高騰は、最終的に物価上昇につながります。エネルギー価格はウクライナ侵攻以前から上昇しており、この影響は2021年後半から消費者物価に波及し始め、消費者物価指数の上昇のほとんどがエネルギー価格に起因しています。インフレに伴う金利引き上げは、国債の利回り上昇につながり、特に多額の債務を抱える欧州諸国の財政を圧迫しています。このため、政府による財政支出は今後より困難になると予想されています。欧州中央銀行(ECB)はすでに2022年7月に伝達保護措置(Transmission Protection Instrument:TPI)を導入し、「不当で無秩序な市場力学」が正当化される場合に債券市場に介入するとしています。2022年に金融市場は乱高下しましたが、過去の危機の時期と比較すると金融ストレス指数はそれほど高くありません。しかし、歴史が示すように、金融情勢は非常に急速に悪化する可能性があり、その結果、信頼感、投資、消費の低迷を通じて経済成長にマイナスの影響を与えると想定されています。
2007年までのオランダの労働生産性上昇率(年平均)は1.5%でしたが、2006年から2021年までは、生産性が低下した時期もあり、0.3%となっています。産業にかかわらず、労働力不足が生産性向上の制約になる状況が増えています。オランダの生産年齢人口は2021年から2050年にかけて7%減少する見込みですが、日本が同期間に35%減少するのに比べれば、まだ非常に低い水準です。生産性向上は1つの解決策にすぎません。労働参加率を高めるために、例えばパートタイム労働者の労働時間や高齢者の就労期間を伸ばす可能性があります。今後10年間で、多くの人(労働力)が引退します。18歳から30歳の層はまだかなり多いですが、それ以下の層はかなり少なくなっています。2022年8月の季節調整済み失業率は3.8%で、歴史的には低い水準です。
最後に、多くの機関が2023年の経済成長は減退すると見ており、特にオランダにおいては5%の高い経済成長率から0.5~3.5%程度になると予想されています。インフレ率に関して、翌年は年間比較で高い水準で推移すると考えられています。特にエネルギー価格が顕著で、ウクライナ侵攻が継続する限り、高止まりすると考えられます。他方で、今後数年間で見れば、徐々に率は減少していくと考えられています。
EU加盟国であるオランダは、欧州委員会が発表した欧州グリーンディールに沿って、2030年までにGHG(温室効果ガス)排出量を1990年比で55%削減、また、カーボンニュートラルを2050年までに達成する目標を掲げています。その実現のため、EU企業に対してはEUタクソノミー(EU Taxonomy Regulation)や企業サステナビリティ報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive)、金融機関を対象としたサステナブルファイナンス開示規則(Sustainable Finance Disclosure Regulation)等、さまざまな法規制が敷かれ、政府をはじめとしたステークホルダーによる企業行動の監視の波が大きくなっています。企業にとっては、過剰な環境規制対応に悩まされる懸念があります。そのようなEU加盟国全体の潮流の中でも、細かく見ると各国のESG対応には方向性の違いが見られます。今回はオランダ独自の法規制の中で、より独自性の高いE(環境)とS(社会)に焦点を当て、サーキュラーエコノミーや児童労働デューディリジェンス法等を例に取り、歴史と最新動向を紹介します。
オランダは「世界は神が創造したが、オランダはオランダ人が創造した」という言葉があるように、もともと干拓によって人工的に土地を広げてきた国です。現在も3分の1の土地が海面下にあり、気候変動による海面上昇のリスクにさらされています。そのため、環境保護に対する意識も高く、世界における環境保護活動の起爆剤となった2015年のパリ協定やSDGs制定、先に述べたEUの法整備に先立って環境保護を進めてきました。
例えば、1993年制定の環境管理法(Wet milieubeheer)を後押しする形で2013年に義務化された環境管理活動に関する法令(Activiteitenbesluit Milieubeheer)では、企業を3つの分類に分け、分類に応じてエネルギー使用量削減、レポート提出、許可証の取得等の義務を課しています。これにより、スーパーマーケットの冷蔵食品棚にガラス扉が設置される等、各企業にてエネルギー削減施策が実現されました。2015年には、オランダの非営利団体であるウルゲンダ財団(Urgenda foundation)が政府に対して気候変動防止を訴え、法的義務があることを立証し、政府に2020年までにGHG排出量を1990年比で25%削減することを約束させ、この判決を受けてアムステルダムの⽯炭火力発電所を早期に閉鎖する等の具体策が取られました。
このような背景を踏まえて、現在オランダではサーキュラーエコノミーの実現とエネルギー改革に力を入れています。オランダ政府は2016年以降、2050年までにサーキュラーエコノミーを実現、その中間目標として2030年までに一次原材料を50%削減させる目標を掲げています※2。目標達成に向けて政府は、バイオマスと食糧、プラスチック、製造業、消費財、建設業の重点テーマを定め、法規制や補助金の整備、イノベーション促進等を実施しています。また、民間レベルでもさまざまなプラットフォームが形成され、知見共有や意見交換が活発に行われています。
エネルギーに関しては、2019年に制定されたオランダ政府の環境政策の一環であるNational Climate Agreementの中心軸の1つに地域エネルギー戦略(Regionale Energiestrategie)を据えて、2030年までに最低35テラワットのサステナブル電力を創出する等の国家レベルの目標をベースに、各州が具体的目標を定めています。
サステナブル電力に関しては、オランダでは風が強い気候を活かした洋上風力発電に特に力を入れています。エネルギー使用量の削減に関しては、政府は2023年1月以降、オランダ国内の全てのオフィスビルに対して、A~Gの7段階でレベルC以上のエネルギーラベルを取得するよう義務化しました。準拠しない場合はオフィスとしての使用や賃貸ができなくなります。ある調査によると、2021年12月時点で約10%のオフィスビルがレベルD以下、約33%がラベル未取得であり、多くの企業が期日までの対応を迫られていることがうかがえます※3。
ESGの社会的側面に関しては、従業員やサプライチェーンに携わる人々の人権や社会保障等、多岐にわたるトピックがありますが、オランダにおいて法規制の観点で特筆に値するのは児童労働防止への注力です。2019年に児童労働デューディリジェンス法(Dutch Child Labor Due Diligence Act)が採択され、2022年に義務化されました。この法令はオランダの個人法人含む全消費者に商品サービスを販売する全企業に対して適用され、政府は企業に対してサプライチェーン上で児童労働の合理的な疑い(reasonable suspicion)の要否をデューディリジェンスに基づくことを求め、疑いがある場合は防止策の作成を義務づけています。
この法令は2014年に当時の労働党議員が発案し、一般市民や企業へ請願を呼びかけたことに端を発しました。それを受けて、強制労働を伴わないスレイブフリーのチョコレート製造販売の先駆け企業をはじめとするオランダ企業大手40社が賛成の意思表示をしたことが後押しとなり、実現に至りました※4。前述のとおり、企業の所在地に限らずオランダ消費者へ商品サービスを販売する全企業が対象となるため、該当の日本企業もこれに準拠する必要があります。
以上のような法規制の流れを受けて、現在オランダの企業はESG対応に追われています。特に、これはEU加盟国全体に通じる課題ですが、EUタクソノミーや企業サステナビリティ報告指令(CSRD)等、今後2、3年間で対応すべき法規制が多くあり、非財務情報の開示をはじめとするESG対応はいまや投資家の意思決定のための「Nice to have」ではなく、企業における「Must have」な必須対応事項となっています。日本ではオランダに比べてこうした法規制のプレッシャーはまだ限定的であるものの、オランダでビジネスを展開する企業をはじめ、多くの企業においてESGに関する必須対応事項が増えていくことが予想されます。しかしながら、目先の対応のみに追われるのではなく、これを契機に自社のサステナビリティ戦略を見直し、企業活動を通して持続可能な社会に貢献していくという本質を突き詰めていくことが重要です。
昨今、欧米社会では物価上昇や金利高騰などを背景に、企業の税負担に関する意識が高まりつつあります。そんな中、G20財務相・中央銀行総裁会議が2021年10月に法人税の最低税率とデジタル課税の国際課税の新枠組について合意し、世界各国で企業に対し公平な税負担を求める動きが加速しています。
オランダでは2022年7月に4年ぶりに移転価格税制が改正され、国際課税の動向に合わせ納税者に対して全ての関連者取引の適切なプライシングを行うことが一層重要視されることになりました。ここでは、今回改正が公表されたオランダの移転価格政令の内容について紹介します。
法人税関連では、直近の税制改正では欧州租税回避防止指令(Anti-Tax Avoidance Directive:ATAD)等に基づく重要な改正内容が含まれていましたが、今年は過去と比べ法人税関連の重要な改正事項が少なくなっています。他方、欧州委員会は昨年末から複数の重要な指令案を公表しており、今後EU加盟国の全会一致による採択を経て、オランダ法人税の税制改正によって導入されます。以下では、2023年税制改正案および直近で公表されたEU指令案の主なポイントを見ていきます。
オランダの移転価格政令(Transfer pricing decree)は2022年7月1日付で施行され、これにより2018年に公表された以前の政令は更新されています。その結果、2014年の質疑応答政令における金融サービス企業(Dienstverleningslichaam:DVL)に関する以前のガイダンスも撤回されています。
今回の改正は移転価格政令に2020年2月に公表された経済協力開発機構(OECD)による「OECD移転価格ガイドライン」の第10章(金融取引の移転価格)の内容を反映させることを主目的としています。
移転価格政令を通じてオランダ財務省はOECD移転価格ガイドラインに対しその独自の見解を示しています。今回の改正により、DVLの移転価格税制上の取り扱いに関するガイダンスが根本的に変更されている他、移転価格文書の作成の実務にも影響する可能性がある改正点が複数含まれています。以下では、改正点を全社共通のものと金融取引特有のものに分けて説明していきます。
以前の政令では、関連者間取引のうち国内取引や金額的重要性が低い取引については移転価格分析の際にベンチマーク分析が不要であることを明記した例外規定がありましたが、今回の改正ではこの例外規定が削除されています。その結果、国内取引や金額が小さいものでも基本的に全ての関連者間取引がベンチマーク分析の対象となり、これから移転価格文書の作成にかかる労力や手間が増える可能性があります。
関連者間役務提供取引については、今回の改正において株主活動のリストからESG活動が削除されており、ESGに関する役務提供についても対価の支払いが求められることになります。
一方で、日系企業に関しては、実際にオランダ子会社に対し請求するかを決めるにあたり、子会社にどの程度の経済的便益があるかの検討が必要となり、税務当局に着目されるリスクがあるため、請求が可能になったとはいえ注意が必要と考えられます。
昨年の税制改正では、独立企業原則に基づく移転価格調整から生じるミスマッチの防止のためのルールが導入されており、2022年1月以降開始する事業年度についてはみなし費用の計上について取引相手国でのみなし収益の計上が必要とされています。これを踏まえ、今回の改正では検証対象取引を包括検証する場合、オランダで計上する利益を各取引相手に帰属させることが必要とされており、検証対象損益を取引相手ごとに切り出す作業が必要となります。損益を切り出すにあたり、間接費の配賦基準など検討が必要な要素が複数あり、手間と労力がかかると予想されます。このため、移転価格文書の作成にかかる事務的負担が増加する可能性があると考えられます。
関連者間ローン取引に関する改正内容は基本的にOECD移転価格ガイドラインの第10章を踏まえた内容になっています。具体的には、検証対象価格(利率)が独立企業原則に沿っているかを検証するにあたり、取引の正確な描写が非常に重要とされており、金利を含む全ての取引条件は精査すべきものとして、取引条件を調整しても独立企業間価格にならない場合は当該ローン取引が否認される(出資としてみなされる)ことになりかねないとされています。ただし、新政令ではオランダの判例上、上記のようにローン取引を(一部的にでも)否認したり、出資としてみなしたりすることについて特定の要件が定まっていることにも言及されており、実務的影響について今後の動きを注視する必要があると考えられます。
また、今回の改正では貸手はリスクコントロールができない場合はリスクフリーリターンのみを獲得すべきとされています。なお、貸手が仮にリスクコントロールができない場合でも、借手は独立企業間価格相当分の支払利息を損金算入することが可能とされています。この場合、リスクプレミアムはリスクを実際にコントロールしている法人に配分されるべきとされており、税務当局が取引の正確な描写を踏まえた価格設定を重要視していることが読み取れます。
以上、関連者間ローン取引については今までの考え方を覆すような改正内容ではありませんが、取引当事者の実態に合わせた価格設定が必要という当局からの強いメッセージが読み取れ、これまで以上に金融取引が着目されることが今後予想されるため、今のうち金融取引にかかる移転価格ポリシーの見直しが重要と考えられます。
金融サービス会社(DVL)について以前の政令では、獲得すべきスプレッドをフォーミュラ(基本的にリスクプレミアム+ハンドリングフィ)に沿って算定することになっていましたが、新政令では、DVLのリスクコントロール能力と経済的能力をFull control、Shared control、No controlの3つの分類に分けることになっており、機能とリスクに応じて対価の設定方法が異なるとされています。
具体的には、Full controlの場合、取引するにあたっての意思決定能力とリスク管理ができているとされるため、各ローン取引の金利を個別にベンチマーク分析で検証し設定する必要があるとされています。Shared controlに分類される場合は実務上限定的とされています。一方で、No controlの場合はリスクコントロールができていない、もしくは経済的能力が不十分とされ、営業費用に係るマークアップのみを獲得すべき役務提供者として取り扱われるべきとされています。
上述のとおり、DVLに関するガイダンスが以前の政令と比較し大きく異なっていることから、オランダ税務当局はこれからより厳しい姿勢を取ることが予想されます。指摘を受けるリスクを対処するには、下記の3つの方法が考えられます。
なお、これまでの政令ではスプレッドアップリーチによる検証が認められていたこと、そして独立企業原則を定めるもとの法律は改正されていないことを踏まえ、スプレッドアプローチを用いて検証しながら借入や貸付のローン取引の個別の金利をベンチマーク分析により検証することも検討すべきと考えられます。
保証取引についてはOECD移転価格ガイドラインに沿ったものが導入されています。具体例を挙げると、保証により借入側の借入上限額が引き上げられている場合、当該第三者借入(またはその一部)を保証者からの出資とみなされる恐れがあるとされています。ローン取引と同じように判例との整合性の問題があるため、今後実務上どう執行されるかは注視すべき点になりますが、当局が今後より厳しい姿勢を取ると予想されるため、第三者からの借入で親会社の保証がある場合は保証料の支払いの要否の確認、そして保証料の料率の設定については非保証者側の借入能力分析の実施が今後より一層重要になってくると考えられます。
保証取引と同様、キャッシュプーリングについてはOECD移転価格ガイドラインの第10章と整合したガイダンスが導入されています。基本的に、今回の改正で挙げられているキャッシュプーリングに関する論点(相互保証の無対価性、参加者の預金残高の変動の有無、プールリーダーの報酬等)はOECD移転価格ガイドラインにも記載があり、現状のキャッシュプーリングの実態に合わせてポリシーの見直しを行うことが重要と考えられます。
オランダ政府は2022年9月22日に2023年税制改正案を公表しました。この税制改正案では、オランダ政府は現在の大幅なインフレ等を背景として低所得者・中間層の個人所得税の税負担を軽減することに焦点を当て、その一方で富裕層や個人事業主の税負担を増加させる予定です。
また日系企業にも関係する重要な指令案として、欧州租税回避防止指令3(ATAD3)、負債と資本のバイアス削減に係る控除に関する指令案(DEBRA)と超過借入費用の損金算入制限、EU Pillar2指令案、国別報告書の開示に関するEU指令(Public CbCR)が挙げられます。
以下では、2023年税制改正案および直近で公表されたEU指令案の主なポイントを紹介します。
現行制度上、法人税通常税率は25.8%ですが、395千ユーロまでの課税所得に対しては15%の軽減税率が適用されています。2023年税制改正案では、2023年以降適用される軽減税率を19%まで引き上げ、適用対象所得を200千ユーロに引き下げることが含まれています。オランダ政府はこれを通じて事業主の法人税の負担を増加させ、雇用者との間の税負担の格差を是正することを目論んでいます。
日本人駐在員が現在適用している個人所得税の30%ルーリングについての見直しが2つ予定されています。
1つ目は、域外費用の実費控除または30%ルーリングの選択適用の厳格化です。具体的には、30%ルーリングを適用する場合、国外の住宅、ホームリーブ費用等の域外費用を所得の30%とみなして控除が認められていますが、実費が所得の30%を上回る場合、証明書類の提出を条件として域外費用の実費控除を事後的に選択することが認められています。この選択は2023年1月1日以降は暦年単位のみで認められ、途中での選択の変更は不可となります。
2つ目は、2024年1月1日以降、オランダ報酬基準法で定められている給与の上限金額(2022年は216千ユーロ)をキャップとして30%ルーリングの適用が認められます。ただし、現在すでに30%ルーリングを適用している場合は経過措置の適用により新たな上限は2026年1月1日以降に適用されます。当該変更に伴い、オランダ政府は、2026年以降に8,500万ユーロの財源確保を見込んでいます。なお、30%ルーリング適用者のBox2とBox3のみなし非居住者課税の廃止についても議論されていましたが、今回の改正では見送られました。
欧州委員会は2021年12月に「経済実体が乏しい法人(シェルカンパニー)を利用した租税回避の防止を目的としたEU指令案」を公表しました。ATAD3は、2021年5月18日に欧州委員会が公表した「21世紀における法人課税」の行動計画2の内容を具体化したものになります。行動計画2では、欧州委員会は合理的な理由に基づきペーパーカンパニーが利用されている事例の存在を認めつつも、租税回避目的での利用に対処する必要性を提言していました。ATAD3の具体的な内容は以下のとおりとなります。
当初の予定では、2023年6月30日までに各EU加盟国で国内法への導入を行い、2024年1月1日より適用されることが提案されていましたが、直近で適用時期を2025年1月1日に延期する等の修正案も出ており、現在EU内で協議中のステータスとなっています。
欧州委員会は2022年5月11日に負債と資本のバイアス削減に係る控除(DEBRA)および超過借入費用の損金算入制限に関するEU指令案を公表しました。DEBRAは欧州委員会が2021年に公表した「21世紀における法人課税」の行動計画4を具体化したものですが、借入費用超過額の損金算入制限については行動計画4には含まれておらず、協議期間中に追加されました。今後欧州理事会で当該指令案が採択され、EU加盟国は2023年12月31日までに国内法に導入し、2024年1月1日から適用される見込みです。
DEBRAが提案された背景として、自己資本に比べて他人資本による資金調達が利息の損金算入メリットを享受するために利用されやすいことを欧州委員会が問題視しており、特にCOVID-19パンデミックで企業の負債比率が大幅に増加したため、自己資本による資金調達を促進することを目的としています。DEBRAは端的に言うと、納税者が自己資本を増加する場合、10事業年度継続して課税所得計算上自己資本に対するみなし利息の控除を認めるものです。控除額は、基準額に想定金利を乗じて計算されます。基準額は対象となる事業年度の純資産と前事業年度の純資産の差額で計算されます。想定金利は、リスクフリーレートにリスクプレミアム1%(中小企業の場合は1.5%)を加算して計算されます。みなし利息の損金算入額は納税者のEBITDAの30%を上限とします。控除額が納税者の課税所得を上回る場合、その超過額は将来の期間に無期限に繰越が可能です。損金算入額の未使用額は最大5年間の繰越が認められます。
また、税務の観点から負債と資本の同等性をさらに補強するために、資本に係る引当金控除に加えて超過借入費用の損金算入制限が新たに導入されます。超過借入費用とは、支払利息から受取利息を控除した純額を指し、純支払利息の損金算入額が85%に制限されることが見込まれています。
EU Pillar2指令案はEU加盟国の全会一致による採択が必要でしたが、これまでハンガリーが支持を撤回するなど、指令案の採択に時間を要していました。2022年7月からチェコがEUの新議長国に就任した後も、10月のEU経済・財務相理事会(Economic and Financial Affairs Council:ECOFIN)での全会一致による合意を目指す中で、9月9日にドイツ、フランス、イタリア、スペイン、並びにオランダによりPillar2導入の決意を示す共同声明が公表されるなど、EU加盟国間での合意形成に不透明さが増す状況となっていました。
その後12月に入り大きな進展があり、12日にEU理事会よりEU加盟国間でPillar2の導入について合意に至ったとのプレスリリースがなされ、15日に書面による手続きに基づき正式な採択に至っております。なおEU指令案によると、2023年12月31日にPillar2の適用が開始され、具体的には所得合算ルール(IIR)は2023年12月31日以降開始事業年度より、軽課税支払ルール(UTPR)は2024年12月31日以降開始事業年度より適用が開始される予定です。今後はEU加盟国において国内法への導入が進む見込みですが、近年における税制改正の中でも実務に対する影響が極めて大きいものと想定されることから、各企業において早めの対応着手が望まれます。
すでに2015年に公表されたOECDによる税源浸食と利益移転(BEPS)行動計画13(多国籍企業の企業情報の文書化)に基づき、連結売上高が750百万ユーロ以上の多国籍企業グループを対象に、国毎の所得、経済活動、納税額の配分等に関する情報を記載した国別報告書(CbCR)の税務当局への提出が要求されています。
また2021年9月28日には、EU理事会によるCbCRの公開に係るEU指令の採択が行われ、12月21日に発効しています。このEU指令では、多国籍企業グループの連結売上高が750百万ユーロを超える場合、EU域内に本社があるかどうかに関わらず、EUブラックリスト(各EU加盟国、および税務上の非協力的国・地域)に掲載されている国・地域、またはEUグレーリスト(税の透明性・公正な課税の観点から、情報交換の積極的な実施や有害税制を有しない等の国際的税務基準について、未だ満たしていないが改正にコミットしている国・地域)に2年以上連続で掲載されている国・地域を対象に、OECD版の国別報告書に記載される項目と類似の情報をWebサイト上で開示することが要求されています。
なお、EU指令では2024年6月22日以降開始事業年度をPublic CbCRの開示対象としていますが、EU加盟国の判断で早期適用が可能であり、ルーマニア(2023年1月1日以降)、オランダ(2024年1月1日以降)など各EU加盟国の国内法導入の動向に留意が必要です。
※1 Europa Nu "Nederland krijgt 455 miljoen voor afbouwplan Russische energie" 5 oktober 2022,
https://www.europa-nu.nl/id/vlwwfyy35rz5/nieuws/nederland_krijgt_455_miljoen_voor
※2 Circular Dutch economy by 2050, Government of the Netherlands
https://www.government.nl/topics/circular-economy/circular-dutch-economy-by-2050
※3 Possible close-down of non-sustainable offices is getting closer, Colliers
https://www.colliers.com/en-nl/research/verduurzaming-van-kantoren
※4 日本貿易振興機構(JETRO)「児童労働規制が先行、より広範な人権デューディリジェンス法案の審議へ(オランダ)」2021年6月11日
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2021/4da35ef96cb39f14.html
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PwC Nederland, Assurance ESG team,
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