第8回 コーポレートガバナンスと監査──英国における改革の最新動向(2022年6月以降 その1)

はじめに

本連載の第2回第5回で、英国におけるコーポレートガバナンスと監査に関わる改革の動きについて紹介しました。今回(第8回)と次回(第9回)では、2022年6月以降12月までの動向について、2回に分けて紹介していきます。

本稿の目的は、英国政府による意見募集への対応に関する情報を提供し、重要な提案の意味を具体的に理解することにあります。

ただし、本稿の記述は決定されたものではなく、後述する2022年7月に公表された改革に関する財務報告評議会(Financial Reporting Council:FRC)によるポジションペーパー(Position Paper)などの、政府による提案と回答文書に関する解釈に基づいています。

また、最終的な改革がどのようなものになるかについては、依然として不確実性が高く、多くの提案については、さらなる意見募集の対象となる可能性があります。

本稿では、改革について概説(1)した後、規制当局FRCから公表されたポジションペーパーを概観します(2)。また、改革を実施するための実務的なメカニズムに触れ(3)、具体的なスケジュールについても説明します(4)。そのうえで次回(第9回)は、2で概観したポジションペーパーの扱っている主要テーマを詳説します。なお、本稿の意見にわたる部分は筆者個人のものであり、必ずしも所属する組織のものでないことを申し添えます。

1 英国における改革の流れ

英国におけるコーポレートガバナンス、企業報告および監査体制の強化に関する意見募集への対応は、監査プロダクト(ブライドン※1)、法定監査サービス市場(CMA〔Competition and Market Authority:競争・市場庁〕※2)、およびその市場のガバナンス(キングマン※3)に関する3つの独立したレビューに対応する政府の政策的立場を規定しています。政府による対応は、ガバナンス、内部統制および企業報告に関する取締役のそれぞれの責任、財務情報および非財務情報の作成者(通常は職業会計士)、監査人および保証業務の提供者、保険計理人について、法律を制定し、取り上げることを提案しています。

2022年5月31日、英国政府、ビジネス・エネルギー・産業戦略省(Department for Business,Energy and Industrial Strategy:BEIS)は、「監査およびコーポレートガバナンスにおける信頼回復」のための改革に関する意見募集を経て回答文書※4(文書)を公表しました。これは、キングマン、CMA、ブライドンの順に公表された各レビューにおける155件の勧告ほぼ全てを対象とする98件の質問についての意見募集の結果でした。政府は、金融システムのあらゆる分野のステークホルダーから600件以上の回答を得ました。

政府は、さまざまな施策を通じて政策を実施する意向を示しています。一部には「英国議会を含む英国の立法機関によって可決された主要な法律を表すために使用される一般的な用語」である一次法令(primary legislation)が必要な項目もあり、政府は国王演説(King’s speech)に向けたブリーフィングにおいて、議会における時間の確保を条件に、法案の草案作成に向けて作業が始まると指摘しています。

その他の措置については、「議会法(一次法令)によって与えられた権限の下で大臣(または他の機関)によって作成されたもの」を意味する二次法令(secondary legislation)、既存の規制措置(コーポレートガバナンス・コード〔以下、コード〕、基準およびガイダンスを含む)の変更、および市場主導の措置を通じて対処するとします。

回答文書では、受け取った回答から得られたテーマを要約し、政府が2022年5月10日の女王演説(Queen’s speech)、二次法令(2006年会社法に基づき国務大臣が有する既存の権限を潜在的に利用)、または新たな規定や強化された規定など、他の方法に記載されているように、一次法令を通じて施策を進める旨が記載されています。

なお、提案の大部分は一定規模以上の公益事業体(PIE)に焦点を当てていますが、これら以外に一部はプレミアム市場上場企業のために、またはFTSE 350だけを対象とした改革も含まれています。

だけを対象とした改革も含まれています。ました。

2 FRCによるポジションペーパーの公表

2022年7月12日、FRCは「監査およびコーポレートガバナンスに対する信頼回復のためのポジションペーパー※5」(ポジションペーパー)を公表しました。ここでは、監査・報告・ガバナンス庁(Audit Reporting and Governance Authority:ARGA)へと移行するのに伴い、政府の所管する改革を支援するための計画の概要が述べられています。一部の改革を実施するために、現行のコード、基準、ガイダンスの体系のどこを改訂し、追加する必要があるかを概説しています。

具体的には5つの広い分野に焦点を当てています。

  • 改革を実施するため、現行のコード、基準、ガイダンスの改訂・追加
  • 立法化に先立って任意適用されることを可能にする、シャドーでの新基準の開発、例えば、監査委員会のための最低限の基準
  • 法的な権限に先駆けて行動変容を促すために、英国最大規模の監査事務所における監査実務の分離に関する成功したアプローチに従い、規制市場に対する期待の設定
  • ARGAは必要以上にガイダンスを発行するのを控え専門性のある分野に焦点を当てるべき、とのキングマン・レビューによって設定された基準を満たすことを条件に、政府の回答文書にて設定された論点に対処するためのガイダンスの開発
  • 提案された改訂から、既存のコード、基準、ガイダンス、および新たなそれらの文書の作成へと至る、将来の監督および監視活動に関する高いレベルの期待の設定

政府が立法化を進めるのに合わせ、FRCのARGAへの移行を支援し、特に責任者と準備者に対する改正された法令上の要件に対処するために、さらに着手する必要がある行動が生じることが予想されます。

ポジションペーパーの目的は、FRCがARGA移行の範囲に入っている政府対応の問題点にどのように対処するのか明確にすることにあります。「政府対応」の「何」を積み重ね、「どのように」そして「どの期間にわたって」を説明することで、その作業がどのように届くのかについてステークホルダーの理解を得られるようにしています。ステークホルダーのエンゲージメントは、改革が予期せぬ結果をもたらさないこと(例えば、コーポレートガバナンスの変更は監査にも波及する可能性があります)を確かめ、最終的には改革が不測の結果をもたらさないことを保証することを可能とします。

正当な人々の期待に応えながら、不相応なコストや負担を負わずに規制する手段により改革の成果を提供できるものといえます。

多くの利害関係者は、企業のエコシステム全体の懸念への対処を目的とした、2021年3月に公表された政府独自の意見募集のためのホワイトペーパー※6の重要性を認識しました。ホワイトペーパーでは、コーポレートガバナンス、企業報告および監査に影響を与える改革案を取り上げています。また、全体的な改革に対処するために、それぞれのコード、基準または指針を一度だけ開放すればよいようにするため、国際基準設定の進展に改革をどのように組み込んでいくかを規定しています。そのためには、コード、基準、ガイダンスの改訂が「単一パス」(single pass)で確実に対処できるよう、いくつかの複雑な順位づけが必要になります。

FRCはすでに、コード、基準、ガイダンスの策定を対象とする厳格なデュープロセスを経ています。文書に記載されている全ての提案は、公開意見募集やステークホルダーへのアウトリーチ、ステークホルダーの反応にわれわれがどのように対処したか、提案された行動が公共の利益をどのように支えているかを示すフィードバック文書の出版など、その適切なプロセスに従っています。

文書の中心は、主にFRCの所管する規制に関わる基準の改訂に当てられています。しかし、FRCの3カ年計画にて示されているとおり、ARGA移行のため、特に改革から生じる責任者と準備担当者への影響を支援するために、監督、執行、コーポレートサービスにおける能力開発は継続されます。

FRCは、比例的かつ原則に基づく規制当局として行動することにコミットし、要求事項が事業に与える影響を最小限に抑える必要性のバランスをとる一方で、投資家および利害関係者からの広範な信頼を維持するために、質の高いコーポレートガバナンス、報告、監査および保証業務の遂行を支援することに取り組んでいます。

次項では、どのようなメカニズムで提案が実施される可能性が高いと考えられているかについてまとめます。

3 実施メカニズム

図表1では、2で取り上げたポジションペーパーで議論された主要な提案と、政府と規制当局によりそれらが実施されることを示すメカニズムを示しています。これは政府による文書とFRCによる現在の解釈を示しており、時の経過とともにより明確になっていくことが予想されます。

ません。情報の信頼性についても担保されていなければなりません。

4 考えられるスケジュール

一次法令および二次法令については、議会のタイムテーブルに依存します。2023年5月に予定されている国王演説を経て、一次法制等によりすでに実施されている改革を含む監査改革関連法案が導入されると仮定すると、2024年のいずれかの時点で、これらの改革が適正な立法過程を経て発効する可能性があります(例えば、ARGA設立の目標となる日は2024年4月と考えられます)。

二次法令を通じて導入される改革(例えば「監査・保証ポリシー」)については、技術的には、国務大臣が2006年会社法に基づいて有する既存の権限によりカバーされるとしたとき、より迅速に導入することができる規制当局の適用指針が必要となり、意見募集の対象となると予想されます。したがって、二次法令による改革の発効日も早ければ2024年となる可能性が高いと思われます。

コードの変更、例えば内部統制要件の強化は、2023年第1四半期の協議を経て、2024年1月1日以降に開始する対象期間から適用される見込みです。

倫理基準の変更についても、2023年第1四半期に意見募集を実施し、2024年12月15日以降に開始する対象期間から適用される予定です。次回に続きます。

次号:目次

5.コーポレートガバナンス
6.企業報告
7.監査
8.資金調達と立法
9.まとめ

参考文献

本文中で参照した資料の他、以下を参考にしました。
PwC(2022)“Restoring trust in audit and corporate governance The BEIS reforms — FAQs”
https://www.pwc.co.uk/audit/assets/pdf/understanding-the-beis-reforms-faqs.pdf
(2023年1月31日閲覧)

対象期間から適用される予定です。次回に続きます。ません。情報の信頼性についても担保されていなければなりません。


執筆者

PwCあらた有限責任監査法人
PwCあらた基礎研究所 所長
山口 峰男