企業の温室効果ガス排出量算定における内部統制構築

  • 2024-02-26

はじめに

社会環境の変化に伴い、企業に対してサステナビリティに関する情報の開示が求められるようになっています。その中で、特に注目度の高いものが温室効果ガス(以下、GHG)排出量です。GHG排出量は、気候変動への対応を把握するための具体的な情報と見なされ、多くの利害関係者が注目しています。信頼性の高い情報提供のためには、内部統制構築やシステム化は不可避であると考えられます。

本稿では、GHG排出量の算定とその算定体制における内部統制について紹介します。なお、文中の意見は筆者の私見であり、PwC Japan有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。

1 企業を取り巻く情報開示の環境変化

2021年6月、東京証券取引所はコーポレートガバナンス・コードの改訂を公表しました(図表1)。

図表1:コーポレートガバナンス・コードの改訂

原則 補充原則

【原則2−3.社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題】

上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題について、適切な対応を行うべきである。

2-3①

取締役会は、気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然災害等への危機管理など、サステナビリティを巡る課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識し、中長期的な企業価値の向上の観点から、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきである。

【原則2−4.女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保】

上場会社は、社内に異なる経験・技能・属性を反映した多様な視点や価値観が存在することは、会社の持続的な成長を確保する上での強みとなり得る、との認識に立ち、社内における女性の活躍促進を含む多様性の確保を推進すべきである。

2-4①

上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示すべきである。
また、中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要性に鑑み、多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針をその実施状況と併せて開示すべきである。

【原則3−1.情報開示の充実】

上場会社は、法令に基づく開示を適切に行うことに加え、会社の意思決定の透明性・公正性を確保し、実効的なコーポレートガバナンスを実現するとの観点から、(本コードの各原則において開示を求めている事項のほか、)以下の事項について開示し、主体的な情報発信を行うべきである。

3-1③

上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。

出所:東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード ~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」(2021年6月11日)
https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/nlsgeu000005lnul.pdf

この改訂により、プライム市場上場企業は、気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:TCFD)またはそれと同等の国際的枠組みに基づく気候変動開示の質と量の充実、および、サステナビリティに関する基本的な方針の策定と取り組みの開示が求められています。さらに2023年1月31日、内閣府令等の改正により、有価証券報告書等に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の欄が新設されました。この他、女性管理職比率、男性育児休業等取得率、男女間賃金格差などのサステナビリティ情報の開示が求められています(図表2)。

図表2 サステナビリティ情報の「記載欄」における記載事項

また、企業の気候変動の取り組み等を評価するCDP(Carbon Disclosure Project)など、国際的なNGOからの質問書、金融機関を含む投資家、顧客といった幅広いステークホルダーから、幅広いサステナビリティ情報の開示が求められています。今後もさらに広い範囲でのサステナビリティ情報の開示が求められる可能性があります。

2 温室効果ガス排出量の算定

自社のGHG排出量削減目標を定めるにあたり、そもそもどれだけの量を排出しているのか、排出削減対策を講じた結果として排出量がどのように変わったのか、効果を検証する上でもGHG排出量の算定は重要です。

さらに「地球温暖化対策の推進に関する法律」では、一定規模以上のGHG排出がある事業者に、自ら温室効果ガスの排出量を算定および国への報告を義務付けています。東京都などの一部自治体では、排出量の報告や削減を義務付ける条例を定めています。

2022年2月には経済産業省が「GXリーグ基本構想」を公表し、全国レベルの自主的な排出量取引制度であるGX-ETSが2023年4月から開始しています。現時点では、第1フェーズ(2023~2025年度)として試行的に実施されており、2026年度からの本格実施が計画されています。参画企業は、2030年度および2025年度の排出削減目標と、2023年度~2025年度の排出削減量総計の目標を自ら定め、毎年のGHG排出量実績を算定・報告を行います。目標を超過して削減した場合は、「超過削減枠」として売却が可能とされています。

排出量取引制度自体は、世界各地に存在しています。EUにおいてはEU域内排出量取引制度(European Union Emissions Trading System:EU-ETS)、米国においてはカリフォルニア州の排出量取引制度等があります。

このように、GHGの算出は一般化しつつあると考えられます。ここで、GHG算定方法を振り返ります。

(1)算定方法

GHG排出量は、直接、大気を測定するのではなく、統計データなどに基づき算定します。活動の規模に関する量(活動量)に排出係数を乗じて排出量を算出するのが一般的です。例えば、1年間の電気使用に伴う二酸化炭素(CO2)の排出量は、1年間の電気使用量(活動量)に、電気の単位使用量(1kWh当たりの使用量)に伴って排出されるCO2の量(排出係数)を乗じて得られます。

日本国内の一般的なGHG排出量の算定方法は、「温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度」(通称、SHK制度)のマニュアルで整備されています。諸外国にも類似する制度があり、算定の考え方は各国で大きな差はないものの、算定の範囲や排出係数などでは各国で異なる部分もあります。

(2)活動量

活動量とは、GHGを発生させる活動レベルの定量的な測定値です。例えば、燃料消費量(L、kg、m3など)や電気使用量(kWh)などがあります。燃料の場合の活動量は、その種類ごとの請求書や購入伝票によって把握し、電気の場合は供給する事業者からの請求書等によって把握します。財務会計の世界でいえば、原価計算のための情報収集に類似しているとも考えられます。

(3)排出係数

排出係数は、GHG排出係数、CO2排出係数、炭素排出係数などの総称で、何の排出係数を示すかはその単位に注目する必要があります。GHG排出係数とは、活動量をGHG排出量に換算するための係数で、単位使用量当たりのGHG排出量です。燃料の使用に係るGHG排出係数は、燃料種類ごとの単位発熱量、炭素排出係数、炭素量をCO2量に換算する44/12を乗じた値となっています。例えば、燃料消費量1L当たりのCO2排出量やガス1Nm3当たりのCO2排出量があります。エネルギー起源CO2以外にも、家畜の飼養1頭当たりのCH4排出量、農業廃棄物の焼却1トン当たりのN2O排出量などがあります。

炭素排出係数とは、燃料の単位発熱量当たりの炭素排出量です。単位熱量当たりの炭素排出量が少ない、つまり燃料の炭素排出係数が小さい燃料ほど、地球温暖化をもたらす程度が小さくなり、より低炭素な燃料(低炭素エネルギー)であると言えます。

(4)計算例

具体的には、以下のステップで計算します。

  1. 算定期間における燃料の種類ごとの使用量(単位:kg、L、Nm3など)に、燃料の種類ごとの単位発熱量(当該燃料の一単位当たりの発熱量)を乗じて、燃料の種類ごとの発熱量(単位:メガジュール、MJ)を算定します。
  2. 燃料の種類ごとの発熱量に炭素排出係数を乗じて炭素の排出量を算定します。
  3. 炭素の排出量に44/12を乗じてCO2排出量に変換し、燃料の種類ごとの使用に伴うCO2排出量を算定します。「44/12」という数値は、CO2の分子量44と炭素の原子量12に対する重量の比です。燃料中の炭素原子1個につきCO2分子1個が発生するという比例関係を踏まえ、炭素の量を基にCO2の量を割り戻すために、44/12を乗じます。

なお、単位発熱量と炭素排出係数、44/12をあらかじめ乗じたCO2排出係数が把握できている場合は、活動量にこの係数を乗じてCO2排出量の算定が可能です。図表3では、各種燃料の単位発熱量と炭素排出係数、CO2排出係数(「※参考」部分)の関係を示しています。

図表3によれば、例えばガソリンを1リットル使用すると、およそ2.32 kgCO2(=1L×34.6MJ/L×0.0183kgC/MJ×44/12)のCO2の発生が算出されます。

図表3:各種燃料の単位発熱量と炭素排出係数の例

燃料の種類 燃料使用量の単位 単位発熱量
(MJ/kg、MJ/L)
炭素排出係数
(kgC/MJ)
※参考 単位発熱量×炭素排出係数×44/12
(kgCO2/kg、kgCO2/L)
(a) (b) (c)=(a)×(b)×44/12
一般炭 kg 25.7 0.0247 2.33
ガソリン L 34.6 0.0183 2.32
ジェット燃料油 L 36.7 0.0183 2.46
灯油 L 36.7 0.0185 2.49
軽油 L 37.7 0.0187 2.58

出所:環境省「温室効果ガス排出量算定・報告マニュアル Ver. 4.9」(令和5年4月)
https://ghg-santeikohyo.env.go.jp/manual

GHG排出量の算定は、排出量取引でも必要とされます。排出量取引では、GHG排出量を算定した結果として創出される余剰排出枠の売却を可能にするなど、算出される数値の信頼性が求められます。このため、算出された数値に合理的保証を求める動きも出てきています。

3 内部統制構築の必要性

このような開示要請に対して、企業の担当者はどのような方法でデータを集めているでしょうか。多くの場合、集計担当者からエクセルのようなスプレッドシートや質問をメールで部門、事業所、工場の担当者へ送付し、データ提供を依頼、回収したデータをスプレッドシートで算定、整理して、報告を行うケースが多いのではないでしょうか。このような場合、何らかの不備のあるデータで誤った集計をしていたとしても、それらを検出できず、開示にまで至ってしまう可能性があります。

サステナビリティ情報の重要性が高まる中、企業の行動や決定の判断に使用されるデータの信頼性をどのように確保していくのかが、重要なテーマとなってきます。

2023年3月にCOSO(Committee of Sponsoring Organizations of the Treadway Commission:トレッドウェイ委員会組織委員会)によって、サステナビリティ報告の内部統制に関するガイドラインが公表されました。COSOのフレームワークをGHG排出量算定に適用した場合のイメージを、図表4のとおり整理します。GHG排出量算定に特有の課題の例として、2つのポイントを挙げます。

図表4 COSOのフレームワークをGHG排出量報告に適用した場合のイメージ
  • 規準設定:GHG排出量の算定では、対象範囲・算定式・排出係数などの前提について、さまざまな算定規格の要求事項に整合した規準を設定する必要があります。算定規格としては「GHG Protocol」※1が有名ですが、それ以外にも開示媒体規格(CDP・SBT等)、業種別規格(WBCSD Chemical等)、企業間規格(PACT等)、地域規格(SHK・GXETS・ESRS・EUETS・SEC等)などが存在します。こうした算定規格が日々変化する中、企業からは「算定規格に取りこぼしはないか、最新版を追えているのか」といった懸念をよく耳にします。算定規格の動向を逐次把握し、規準に反映させる体制を整える必要があります。
  • リスク評価:GHG排出量のデータ集計プロセスでは、複数の工程が存在し、多くの関係者が関わるため、ミスのない算定結果の入手は非常に難しくなっています。実際に、算定プロセスの中では下記に挙げているようにさまざまなリスクが存在します。こうしたリスクを識別・評価し、許容可能な水準に下げるような対策が、規準への適合を確保する際に重要になります。
    • バウンダリ設定:① 新設拠点の情報が抜け落ちる(組織変化)、② 細かい排出源が把握できていない(基礎情報の不足)
    • 活動量収集:① 入力値を間違える(人的ミス)、② 活動量の名前や分類にばらつき(文化の違い)
    • 排出係数収集:① 排出係数の根拠が不明(外部データが未成熟)、② 再エネ証書の償却が行われていない(伝達不足)
    • 排出量算定:単位の変換を忘れる(人的ミス)

GHG排出量算定に関する内部統制を構築するためには、GHG排出量算定と内部統制構築、それぞれにおける専門家が必要となります。両者がしっかりと連携し、GHG排出量算定に特有の課題へのアプローチが重要です。

4 システム化の必要性

内部統制構築において、サステナビリティ情報を効率的、網羅的および正確に収集する方法として「システム化」を挙げることができます。特に幅広い地域に事業所を展開している企業にとっては有用です。サステナビリティ情報の中でも特にGHG排出量は、システム化が進んでいる領域かと思われます。次に、システム化を検討するときに配慮すべきポイントを3点挙げます。

(1)透明性

算定ロジックや使用した係数がブラックボックスとなるケースがあります。算定の妥当性を検証するにあたっては、算定ロジックや使用した係数が確認できるような配慮が望まれます。

(2)重複のない入力システム

システム導入にあたっては、当然、現場担当者の負担が増えないような配慮が必要です。また、同じようなデータをあちこちで入力する場合、せっかく導入したシステムが使われないという事態が生じる可能性があります。例えば、GHG排出量の算定のためだけにデータを入力させるのではなく、燃料の購入に関する情報(経理システムまたはその他の取引記録および証憑)や精度管理された計測データ(マネジメントシステム等)から必要なデータを取り込めるようにデザインするなどのシステム設計が必要です。

(3)汎用性

各事業所、工場によって入力する項目や内容が異なることがよくあります。このような事態に対処するため、使用する現場に応じて、入出力をカスタマイズできるように汎用性を持たせる必要があります。また、現時点においてはGHGに関する情報が中心となると思われますが、女性管理職比率、男性育児休業等取得率、男女間賃金格差の他、今後の動向を見据えたうえで、さまざまなサステナビリティ情報に接続できるような配慮が望まれます。

5 おわりに

GHG排出量は、気候変動への対応を把握するための具体的な情報として取り扱われています。このため、情報の信頼性が重要になります。この点を踏まえた適切な対応が企業に求められます。



執筆者

PwC Japan有限責任監査法人
サステナビリティ・アドバイザリー部
パートナー 石川 剛士

PwC Japan有限責任監査法人
監査事業本部
パートナー 川端 稔

PwC Japan有限責任監査法人
サステナビリティ・アドバイザリー部
マネージャー 海宝 慎太郎