日本の企業会計基準委員会(ASBJ)は、現行のリースの会計基準(企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」等)の財務報告上の問題点の改善を図るため、2023年5月に、リースの新基準の開発へ向けた公開草案たる企業会計基準公開草案第73号「リースに関する会計基準(案)」等(以下、本公開草案)を公表しています※1。『PwC's View 第46号 特集「グローバル・ミニマム課税の導入とその対応」』からは、本公開草案の実務的な観点に焦点を当てた連載を開始しています。
本公開草案は、借手がリースについて使用権資産とリース負債をオンバランスする単一の会計処理モデルを採用することを前提としています(例外規定である「短期リース」または「少額リース」を除く)。現行のリースの会計基準の下では、借手にとって、不動産のリースは、実務上、オペレーティング・リースに分類されることが多く、その場合にはこれらのリースはオフバランス処理されます。本公開草案の提案によると、借手はリース期間にわたって当該不動産を使用する権利である使用権資産とリース料の支払義務であるリース負債を貸借対照表にオンバランスすることとなります。このことは、不動産を賃貸借契約により借りている多くの企業に影響を与え、特に店舗、支店等で多くの不動産を賃借している企業にとっては追加的にオンバランスされる資産および負債が貸借対照表へ大きなインパクトを与えることが予想されます。
本稿から2回に渡って、本公開草案から予想される不動産固有の論点と、その論点について実務上、考慮すべきポイントについて紹介します。なお、本文中の意見に関する部分は、著者の個人的見解であり、PwC Japan有限責任監査法人の見解ではないことを申し添えます。
現行のリースの会計基準の下では、借手のリースは、リース契約に基づくリース期間の中途で当該契約を解除することができないリース取引またはこれに準ずるリース取引で、借手が、リース物件からもたらされる経済的利益を実質的に享受することができ、かつ、当該リース物件の使用に伴って生じるコストを実質的に負担するかどうかにより、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースに分類されます(図表1の「現行のリースの会計基準」参照)。
不動産のリースの場合は、原則的に、土地と建物の要素に分けてそれぞれリースの分類を行います。土地は通常、無限の経済的耐用年数を有しており、リース期間の終了時までに借手に所有権が移転すると予定されない等の場合には、借手が通常、上述のような経済的利益を実質的に享受することはなく、また、上述のようなコストについても実質的に負担することはないため、土地のリースはオペレーティング・リースに該当すると推定されます。建物の場合、他の資産のリースと同様に分類判定を行いますが、建物はその耐用年数が一般的には長いこともあり、上述のような経済的利益の実質的な享受やコストの実質的な負担はないことが通常です。このことから、建物のリースの多くはオペレーティング・リースに分類されると考えられます。
本公開草案は、現行のリースの会計基準におけるファイナンス・リースとオペレーティング・リースのいずれにおいても、借手が資産を使用する権利を有する点では同じであることに着目しています。そのため、借手のリースにおいては、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースの分類がなくなります(図表1)。借手は、原則として全てのリース取引について、資産を使用する権利である使用権資産を資産計上し、リース料の支払義務であるリース負債を負債計上することになります。
本公開草案によると、リース負債は、原則として、リース開始日において未払である借手のリース料からこれに含まれている利息相当額の合理的な見積額を控除し、現在価値によって算定する方法で測定されます。図表2では、リース負債の測定に含められるリース料の構成要素を示しています。
現行のリースの会計基準では、リース料が将来の一定の指標(売上高等)によって変動するリース取引など、特殊なリース取引は取り扱われていませんでしたが、本公開草案では、指数またはレートに応じて決まる借手の変動リースについてもリース料の構成要素として含めるとしており、その他の点についても注意が必要です。
不動産リースの実務においては、消費者物価指数(CPI)の変動に応じてリース料が変動したり、市場の賃貸料率の変動を反映するようにリース料が変動したりするケースがあります。本公開草案では、それらの変動リース料は、指数またはレートに応じて決まる変動リース料とされ、リース料の構成要素としてリース負債に計上される可能性があります。
また、不動産リースの実務上、リース料には、共益費や管理費が含まれている場合があります。『企業会計基準公開草案第73号「リースに関する会計基準(案)」等の解説── 新リース会計基準の実務対応(1)リースとサービスの区分』で述べたとおり、共益費や管理費を原則のとおりサービス契約(非リース部分)に区分した場合には、リース負債の測定から除くことができます。この場合、共益費や管理費を控除した後のリース料をベースにリース負債を測定することとなるため、オンバランスする金額が、このような区分をしない場合と比較すると、相対的に少なくなります。実務的には、契約上のリース料が物件自体のリース料相当と共益費や管理費を含む一本の金額になっているケースも多く、その場合には、契約上の対価をリース料相当とサービス部分に配分する必要があります。配分の方法については、『企業会計基準公開草案第73号「リースに関する会計基準(案)」等の解説── 新リース会計基準の実務対応(1)リースとサービスの区分』をご参照ください。
実務上、小売店舗などのリースにおいて、売上の一定割合によってリース料が算定されるケースがあり、このようなリース契約は変動リース料の契約に該当します。
(補足)借手の変動リース料借手の変動リース料とは、借手が借手のリース期間中に原資産を使用する権利に関して行う貸手に対する支払いのうち、リース開始日後に発生する事象または状況の変化(時の経過を除く。)により変動する部分をいいます。借手の変動リース料は、指数またはレートに応じて決まる借手の変動リース料(下述の(a)のタイプ)とそれ以外の借手の変動リース料により構成されます。 このような変動リース料の例として、以下のような事例が挙げられます。 (a)指数またはレートの値の変動による価格変動。 指数またはレートに応じて決まる借手の変動リース料以外の事例 (b)原資産から得られた借手の業績。例えば、小口不動産のリースで、リース料は当該不動産から行われた売上の所定の割合を基礎とすると定めている場合があります。 (c)原資産の使用。例えば、自動車リースで、借手が所定の走行距離を超えた場合に追加のリース料の支払いを借手に要求している場合があります。 なお、本公開草案の公表に至る過程において、参考とされた国際財務報告基準(IFRS)第16号「リース」では、上述の(a)のタイプ、つまり、指数またはレートに応じて決まる変動リース料をリース負債の測定に含めるとされています。 IFRS第16号を開発した国際会計基準審議会(IASB)の考え方によると、このような種類の変動リース料の支払いは、借手が避けられないものであり、かつ、借手の将来の活動に左右されないことから、借手にとって負債の定義を満たすとされています。したがって、不確実性があるとしても、それは当該支払いから生じる負債の測定に関するものであり、当該負債の存在に関するものではないとの考え方がIFRS第16号の結論の根拠(BC165項)に示されています。 一方で、上述の(b)および(c)のタイプに関して、IFRS第16号の結論の根拠(BC168項、BC169項)によると、原資産の将来の業績または使用に連動した変動リース料が負債の定義を満たすかどうかについてはさまざまな見解があることや、将来の業績または使用に連動した変動リース料をリース負債の測定に含めることのコストは便益を上回るであろうという利害関係者から寄せられたフィードバックなどを考慮して、原資産の将来の業績または使用に連動した変動リース料をリース負債の測定に含めないこととした経緯が示されています。 |
本公開草案では、IFRS第16号「リース」との国際的な比較可能性の観点等を考慮して、指数やレートに連動する変動リース料のみがリース料の構成要素に含まれます。よって、売上に応じて変動するリース料は、指数やレートに連動する変動リース料とは異なり、リース負債の測定には含まれず、売上に応じて変動するリース料はオフバランス処理されます。
例えば、5年間の小売店舗リースの契約があり、
(1)年間支払額はリース対象の小売店舗からの借手の売上の1%
(2)(1)に関わらず、契約上、年間支払額は100百万円を下回ることはない
という場合、(1)については固定リース料に含まれませんが、(2)については実質的な固定支払いとみなされてリース負債の測定に含まれます。
使用権資産の取得原価は、リース開始日におけるリース負債の計上額に、リース開始日までに支払った借手のリース料および付随費用を加算した額となります。
さらに、本公開草案によると、資産除去債務を負債として計上する場合の関連する有形固定資産が使用権資産であるとき、当該負債の計上額と同額を当該使用権資産の帳簿価額に加えることが提案されています。不動産リースの実務において、借手は退去時に賃借した不動産を原状回復の上で貸手に返還することが義務付けられている場合があります。このような原状回復義務がある場合、借手は資産除去債務を計上することが必要となるため、同額を使用権資産に加算することになります。
図表3は、リース開始日における使用権資産とリース負債の関係を示したものです。
ここでいう「リース期間」は、本公開草案で用いられる会計上の用語を指します。不動産リースの実務上、リース期間は、リース契約書に記載された契約期間と一致することもあります。また、実務上、借手に延長オプションまたは解約オプションが存在する場合があります。借手が、延長オプションを行使することが合理的に確実である場合や解約オプションを行使しないことが合理的に確実である場合には、これらのオプションの行使または不行使を反映した期間が会計上のリース期間となります。なお、リース期間の評価の結果、リース期間が12カ月以内であると判定された場合には、リース契約を短期リースとしてオフバランス処理を選択することも可能です。
実務的に不動産リースのリース期間を決定する際には多くの困難が予想されます。現行のリースの会計基準の下では、不動産リースはオペレーティング・リースに分類されることが多く、リース期間について深く検討する必要がありませんでした。おそらく多くの借手にとって、不動産リースのリース期間を検討した実務や経験は少ないのではないかと考えられます。オンバランスされるリース負債の金額は、リース期間にわたるリース料に基づき算出されるため、リース期間の決定は、貸借対照表にオンバランスする金額の大小に直接的な影響を与えます。借手としては、リース期間をできる限り短く設定し、オンバランスする金額を少なくしたいというインセンティブが働く可能性もあります。特に不動産リースは金額的に重要であるケースが多く、貸借対照表へのインパクトも大きくなる可能性があります。本公開草案の提案によると、借手は、リース期間をどのように設定するかの具体的な方針を定め、監査人等の第三者に説明する必要が出てくる可能性があると考えられます。
不動産リースの契約には、解約不能期間、解約の事前通知期間、解約時のペナルティなど、リース期間の決定に影響を与えるさまざまな条件がケース・バイ・ケースで含まれることがあります。なかには、特定の契約期間が定められておらず、借手または貸手のいずれかが解約を通知するまで続くものもあります。また、借手が特定の種類の資産を通常使用してきた過去の慣行および経済的理由が、借手のオプションの行使可能性を評価する上で有用な情報を提供する可能性があります。ただし、一概に過去の慣行に重きを置いてオプションの行使可能性を判断することを要求するものではなく、将来の見積りに焦点を当てる必要があります。合理的に確実かどうかの判断は、諸要因を総合的に勘案する必要があります。本公開草案は、借手が延長オプションを行使すること、または、解約オプションを行使しないことが合理的に確実であるかどうかを判定するにあたっての経済的インセンティブを生じさせる要因を例示しています(図表4)。
不動産リースには、契約期間内であっても、一定の期間以前に事前通知を行えば解約できると定められている場合があります。この場合、解約オプションの行使可能性を評価した結果、解約の事前通知期間が、実質的なリース期間であると見なされる可能性があります。
例えば、6か月以上前に解約の通知を行えばペナルティなしに解約できるといった契約の場合、リース期間が実質的に12カ月以内であると判定されることにより、当該契約を短期リースとして取り扱うことができ、オフバランスとして処理できる可能性もあります。ただし、上述のとおり、リース期間の決定に際しては、経済的インセンティブを生じさせるさまざまな要因を考慮する必要がある点に留意してください。
PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
シニアマネージャー 田野 雄一