インドの経済環境と重要な税制・規制のアップデート

  • 2024-02-26

はじめに

過去10年間、インド経済は驚異的な成長を遂げ、世界銀行のデータによると2022年にはGDPが3.3兆米ドルの大台に乗り、世界第5位の経済大国へと躍進しました※1。インド経済は世界的に高い評価を得ており、国際通貨基金(IMF)はインドの経済のしなやかな成長を称賛し、世界銀行はインドが「最も急速に成長する主要経済国」であり続けると述べています。

国際協力銀行(JBIC)の2022年度海外直接投資(Foreign Direct Investment:FDI)アンケート調査では、インドは2019年度の同調査以来3年ぶりに有望国のトップに返り咲きました。世界の製造業は事業戦略の立案において地政学的リスクを重要視していますが、インドは地理的な利点があること、世界的にも稀に見る民主的な新興経済大国であること、そして規模と成長の両面で力強い経済指標を示していることから注目を集めています。

特に、インドの製造業セクターは、製造業に対する優遇策、インフラの整備、国内生産と技術革新を促進する「Make in India」のようなインド政府の革新的なイニシアティブによって大幅な成長を遂げています。このように、インド政府にとって、ビジネス環境の改善と投資促進を最重要課題と位置づけ、目覚ましい躍進を遂げています。実際にインドは、世界銀行のビジネスのしやすさ(Ease of Doing Business)ランキングで2014 年の142位から2019年には63位へと大幅に順位を上げています※2

本稿では、インド経済環境や最近の重要な税制・規制について考察します。なお、文中の意見に係る記載は筆者の私見であり、PwC Japan有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。

1 強い絆を築く日印経済パートナーシップ

インドの対日貿易総額は2022年度には206.3億米ドルに増加し、輸出額は60.3億米ドル、輸入額は146.0億米ドルとなっています※3。日本はインドにとって第5位の投資国であり、2014年から2022年までの日本からの対インドFDI額は合計276億米ドルとなりました※4図表1)。成長率はコロナ禍では低下したものの、その後は上昇に転じ、2022年には前年比30%増となりました。また、2022年3月の日印首脳共同声明では、インドに今後5年間で約5兆円の投融資を、インフラ整備や脱炭素、ヘルスケアなどの分野で経済協力を進めていく方針を表明しました※5

図表1:日本からの対インド直接投資額(単位:百万米ドル)

2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022
投資額 2,044 2,666 4,080 2,581 2,683 3,780 1,549 3,570 4,640

出典:日本国外務省資料をもとにPwC作成

なお、インドは過去数十年間、日本の政府開発援助(ODA)の最大の受入国でありました。デリー地下鉄は、日本からのODAの最も成功した例の1つです。また近年、インドは日本の新幹線システムを導入し、インドに高速鉄道を建設することを決定しましたが、これは日印関係を代表するフラッグシッププロジェクトといえます。2023年3月に日本の岸田文雄首相がインドを訪問した際には、両国はムンバイ~アーメダバード高速鉄道建設のための円借款供与に関する覚書を交わしています。

さらに日本は、半導体エコシステムの共同開発とグローバルサプライチェーンの強靭性維持に関する協定を締結し、インドにとって2番目のクアッドパートナーとなりました。

日本は、「アクト・イースト」政策と「質の高いインフラパートナーシップ」の相乗効果を通じて、南アジアと東南アジアを結ぶ戦略的コネクティビティの支援を推進しています。

大量旅客輸送システムの実現を通じて、このプロジェクトは、より効率的な交通ネットワークと、広範な地域の経済発展を促進することが期待されています。

現在、1,400社を超える日本企業が、インフラ、自動車、医療機器、消費財、繊維、化学、エレクトロニクスなど、さまざまな産業でインドに進出しています※6。また、再生可能エネルギー、電気自動車、新興企業、ハイテク企業などの新興セクターでも事業を展開しています。現在、インドでは全ての主要セクター(鉄道、原子力、防衛などを除く)において、100%の自動承認直接投資※7が認められています。

実際、インドはアジア太平洋地域の国々の中で、既存の日本企業が最も多く事業拡大を計画している国として首位に立っています。日本貿易振興機構(JETRO)が2022年度に実施した「海外進出日系企業実態調査(全世界編)」※8によると、回答した日本企業の72.5%が今後1〜2年の間にインドでの事業拡大や投資拡大を計画しています。

またインド政府は、外国投資を誘致し、国内生産と技術革新を促進する「Make in India」キャンペーンを推進し、両国に資する貿易関係を築いてきました。このキャンペーンを成功させるために、FDI基準の自由化、規制手続きの合理化、ビジネスのしやすさの促進など、複数の政策改革が実施されてきました。

特にインド政府は、新規製造業向け税制優遇や、インド国内の生産による売上高増加に応じて補助金を出す生産連動型優遇策(PLI)※9を導入しています。これらの施策は、日本を含む海外からの直接投資を促進することを目的としています。

2 インドの税制環境

インドは、コンプライアンス手続きの簡素化を推し進め、投資と経済成長を促進するためのさまざまな税制上の優遇措置を提供しています。法人税率は段階的に引き下げられ、新規に設立される製造業に対しては、15%という低税率が設定されています。この結果、インドは新たな事業を立ち上げる企業にとって魅力的な進出先となっています。

さらにインドは、従来の税務調査制度から非対面調査制度への移行を通じて、税務調査の担当官によって見解が異なるケースや、賄賂などの汚職による担当官の恣意性を排除し、税務調査における透明性の向上に注力しています。また、税務調査におけるデジタル化やリスクベースの調査対象選定、テクノロジーベースの統合とデータ共有も推進しています。全体として、インドの優遇税制は国内外からの投資を促進し、経済発展と起業環境の整備に寄与しています。以下では、最近のインドの主要な税制上のトピックを紹介します。

(1)代替的紛争解決メカニズム

インド税務当局は、税務訴訟の件数を減らし、税制の効率的な運営を促進するため、移転価格の事前確認(Advance Pricing Agreement:APA)や相互協議(Mutual Agreement Procedure:MAP)のような紛争解決手段を推奨しています。これらの手段は、移転価格に関する税務上の不確実性を減らし、二重課税や意図しない租税条約の条項違反のリスクを軽減することができます。

実際2022年度において、インドはAPAプログラム開始以来、過去最高件数となるAPAを締結しました。このうち、2023年3月24日には21件のAPAが締結され、1日のAPA締結件数としては過去最高を記録しました※10

APAの締結をさらに加速させるため、インド当局はAPAチームの体制を強化しています。MAPにおいては、新たに申請された案件よりも多くの案件を処理するという方針のもと、滞留案件の20%近くを1年で終結させ、24カ月以内に解決を達成するよう努めてきました。

このように、インド税務当局はビジネスのしやすさを促進し、納税者に友好的な税務環境を整えるために尽力しています。

(2)送金自由化スキーム(LRS)に基づく送金および海外ツアーパッケージに対するTCS

これまでインド居住者の個人は、送金自由化スキーム(Liberalised Remittance Scheme:LRS)に基づき、1課税年度あたり25万米ドル(約2,050万インドルピー)までを海外送金することが認められています。しかし、2020年税制改正に伴い、2020年10月1日より、年間70万インドルピーを超える海外送金に対して5%の税率でTCS(Tax Collectedat Source)課税が行われることとなりました※11図表2)。さらに、インド居住者による海外ツアーパッケージのための送金についても、課税対象となる閾値の設定がなくなり、5%の税率でTCSの対象となりました。

図表2:インドの新税率の概要

支払の性質 2023年10月1日から適用の税率
教育ローン

70万インドルピーまでは0%

70万インドルピー以降は0.5%

教育、医療を目的とした海外送金

70万インドルピーまでは0%

70万インドルピー以降は5%

その他の目的でのLRSに基づく海外送金

70万インドルピーまでは0%

70万インドルピー以降は20%

海外旅行ツアーパッケージ代金

70万インドルピーまでは5%

70万インドルピー以降は20%

出典:インド政府資料をもとにPwC作成

その後、インド政府は、2023年税制改正において、2023年7月1日からTCSの税率を5%から20%に引き上げる※12と発表しましたが、最近、この措置は延期され、2023年10月1日から適用開始となっています。新税率の概要は以下のとおりです。

(3)インドへの従業員の出向

2022年5月、インド最高裁判所は、インド企業が外国企業に対して行った、出向者人件費に関する立替精算の課税可能性について判決を下しました。この判決では、サービス税の観点から、外国企業は出向を通じてインド企業に対する「人材供給サービス」の提供に関与しており、このような契約に基づく人件費の立替精算はサービス税の課税対象となるとされました。

この判決はサービス税を対象としたものではあるものの、このような立替精算がインドの法人所得税上、技術的役務提供に対する対価(Fee for Technical Service:FTS)としてインドで課税の対象となるか否かという、従来からの争点に対して影響を与えることになります。

以後、多くの判決※13が下されていますが、現状これらの判決の多くは、それぞれの事実関係に基づき、インド企業が外国企業に対して行った出向者人件費の立替精算は、FTSとしては課税されないと判断されています。

これらの判決は、出向契約に規定されている出向者に関する外国企業と出向先企業(インド企業)の合意内容に大きく影響を受けています。これらの判決では、出向者はインド企業の従業員であり、インド企業が外国企業に支払った金額はサービスの対価ではなく、立替精算であると認定しています。判決で言及された条件は、特に以下のとおりです。

  • 出向とは、外国企業による従業員の解放(release)を意味する。
  • 出向者は、インド企業の管理、指揮、監督の下でのみ業務に従事する
  • 出向者は、インド企業のためにのみ勤務する。
  • 外国企業は、インド企業に対して、出向者の業務遂行に関する義務を負わない。
  • 出向期間中、外国企業の出向者に対する先取特権は消滅する。

上記に関連し、当局による出向契約に関するさまざまな調査の実施、通達の発行が増加しており、主に課税の対象とされるべき金額(海外給与部分のみか、インド給与も含むか)、納税に応じた場合の支払った金額の仕入税額控除の可能性、利息の適用可能性などが指摘されています。課税可否の判断にあたっては、個別の事情を勘案して判断することが重要といえます。また、同様の事案が最高裁で現在係争中であり、その動向も把握しておくことが重要です。

(4)生産連動型優遇策(PLI)

PLI(Production Linked Incentive)スキームは、インド国内で製造された製品の売上高の増加分を補助金として企業へ支払うという政策です。この政策は、外国企業がインドに新たな拠点を設立し、既存の拠点を拡大することを奨励し、それによって雇用機会を創出し、インドの海外輸入への依存度を低減することを目指しています。

当初、この政策は携帯電話や電子機器・電子部品の分野で導入されましたが、その後、国内外で需要拡大が見込まれる化学電池や太陽光発電モジュールといった分野、インド経済への貢献度が高い自動車や医薬品、繊維製品などの分野、農家の収入増加につながる食品といった分野に拡大し、現在14分野が対象となっています。

(5)インドと日本、認定事業者(AEO)のための共同行動計画に署名

2023年6月24日にベルギーのブリュッセルで開催された第141回および第142回世界税関機構関税協力理事会において、インドと日本の当局は、両国の認定事業者(Authorized Economic Operator:AEO)の相互承認協定(Mutual Recognition Agreement:MRA)締結に向けたロードマップを示す共同行動計画に署名しました。

AEOの相互承認により、両国の税関当局は、相手国のプログラムの下で事業者に与えられたAEOの地位を承認することになります。この相互承認によるメリットの例としては、システムに基づく円滑化、不要な取締りの軽減、外国港におけるインドの輸出業者の荷物のリスクスコアの低下などが挙げられます。

インドの中央間接税・関税委員会は、日本とのMRAが日印貿易を大幅に促進する可能性があると期待しています。日印MRAが締結されれば、インドのAEO制度で認定された事業者が受けることのできる特権が、日本でも利用できるようになります。同じように、AEOに認定された日本の事業者も、インドでこれらの特典を利用できるようになります。

(6)ビジネスのしやすさ:日印包括的経済連携協定に基づく電子原産地証明(e-CoO)の受け入れ

インド政府は、日本の発行機関が発行する原産地証明書(e-Certificates of Origin:e-CoO)は、全ての要件(書式要件や原産地規則など)を満たしていれば、インドでも有効であることを明確にしました。優遇措置を申請するには、輸入者はe-CoOをe-Sanchitポータルにアップロードする必要があります。

3 おわりに

インドは大規模な市場、豊かな労働力、自動化とデジタル化の進展と相まってイノベーションを促進する環境を有しており、近年、その市場の魅力が際立っています。インド政府は、海外からの直接投資を呼び込むために、ビジネスのしやすさの促進に注力し、新規製造業向け税制優遇やPLIの導入を進めています。

日本企業にとっては、この制度を利用し、まずは巨大なインド市場の需要に応えるための拠点を設立し、その後インド拠点を拡大し、アジア、中東、アフリカ、欧州全域の市場に供給するといった戦略も、今後の道筋になるといえます。


※1 世界銀行データベース「GDP (current US$) - India」
https://data.worldbank.org/indicator/NY.GDP.MKTP.CD?locations=IN&most_recent_value_desc=true

※2 世界銀行「Ease of Doing Business rankings」
https://archive.doingbusiness.org/en/rankings

※3 日本国外務省「Japan-India Relations (Basic Data)」(USD 1 = JPY 138.18)
https://www.mofa.go.jp/region/asia-paci/india/data.html

※4 前掲注3

※5 Invest India
https://www.investindia.gov.in/country/japan-plus

※6 前掲注3

※7 インドの外国投資認可制度には政府からの事前承認を必要とせず、自動的に投資が認可される自動承認直接投資と、事前に政府からの個別認可を取得する必要がある政府認可直接投資の2種類がある。

※8 日本貿易振興機構(JETRO)「2022年度 海外進出日系企業実態調査(全世界編)(2022年11月)」
https://www.jetro.go.jp/world/reports/2022/01/ffa821e80c77b8c3.html

※9 生産連動型優遇策(Production-linked incentive:PLI)は、国内工場で生産された製品の利益または売上高の増分に対して奨励金を支給することを目的としている。

※10 インド直接税中央委員会(Central Board of Direct Tax)の調査による。

※11 この税率は、特定の金融機関から教育目的で融資を受けた場合は0.5%であり、現在まで変更されていない。また、送金者がインド納税者番号(PAN)を有さない場合、税率は10%になる。

※12 教育や医療を目的としたインド国外への送金については、税率や限度額ともに変更はない。

※13 Serco India (Delhi bench of the Tribunal – 27 June 2023)、Juniper Networks Inc.(Bengaluru bench of the Tribunal – 8 May 2023)、Google LLC (Bengaluru bench of the Tribunal – 20 February 2023)、Boeing India (Delhi High Court – 11 October 2022)、Flipkart (Karnataka High Court – 24 June 2022)


執筆者

Price Waterhouse & Co LLP
パートナー Rahul Gupta

PricewaterhouseCoopers Private Limited
アソシエイトマネージャー 水流 健成