気候変動の問題はますます深刻化しつつあり、世界共通の喫緊の課題となっています。2050年カーボンニュートラル達成を目標に掲げている国も多く、そのためには全世界で取り組みを加速していく必要があります。日本でも菅義偉総理が2020年の臨時国会で掲げた「カーボンニュートラル宣言」を契機とし、温室効果ガス(以下、GHG)の削減目標を2013年度比で2030年46%削減、2050年実質100%削減と設定しています。
電力需要家である企業においても、これらの世界や日本のGHG削減目標と整合した、あるいはそれ以上の水準で、脱炭素化を進めていくことが求められます。本稿では企業が脱炭素化を推進していく上で、再生可能エネルギー(再エネ)調達を実施する意義や、実際の再エネ調達環境などを俯瞰しながら、とるべきアクションや留意すべき事項について紹介します。
なお、文中の意見は筆者の私見であり、PwC Japan有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。
企業において脱炭素化を進める方法は、単純化すると2つの方法に大別されます。1つ目は、GHGを排出するエネルギーの使用量を減らす、いわゆる「省エネ」です。2つ目は、GHGを排出しないエネルギーに切り替える、いわゆる「再エネ化」です(図表1)。
省エネは企業にとって重要な対策であり、製造プロセスなどにおける日々の効率化の積み重ね、あるいはイノベーションによって、エネルギー使用量およびGHG排出量を減らすことができます。そうやって省エネを突きつめても、エネルギー使用量をゼロにすることはできないため、GHGを排出する化石燃料由来のエネルギーを利用している限りは、脱炭素化は実現できません。また、生産量が増えるなどして事業が拡大し、企業が成長した場合、必然的にエネルギー使用量は増加するため、事業成長と脱炭素化を両立させるのは困難です。
一方で、再エネ化は、エネルギー自体をGHGを排出しないものに切り替えることであり、それは、エネルギー使用量が増加すればGHG排出量も増加するという関係を断ち切ること(デカップリング)を意味します。このデカップリングは事業成長と脱炭素化の両立を可能にするため、再エネ化は企業の気候変動対策として最有力な手段のひとつとなります。
また、気候変動問題の観点以外にも、石炭・石油などの化石燃料の資源枯渇問題や、エネルギー自給率の向上の観点から、国産かつ非化石のエネルギーである再エネ活用を推進することは、日本国や日本企業のレジリエンスにとって有効に働きます。
実際に電力需要家である民間企業が再エネ化するための環境はどのような状況なのでしょうか。GHG排出量は、Scope1(直接排出)、Scope2(エネルギー由来の間接排出)、Scope3(事業に関連する間接排出)の3つに大別されますが、本稿では、ほとんどの企業に影響するScope2の電気に関する再エネ化、つまり再エネ電気の調達に焦点を当てて解説します。
太陽光発電や風力発電といった再エネ電源は、2012年の固定買取価格制度(FIT制度)の施行以降、急速に導入が拡大しており、再エネの電源構成比は、FIT制度導入前の2011年度の10.4%から、直近の2021年度では20.3%に増えています※1。政府が策定した「エネルギー基本計画」※2では、再エネの主力電源化を徹底し、最優先で取り組みかつ最大限の導入を促すと掲げられています。また、2030年度において36~38%まで引き上げることが目標とされています。導入拡大とともに、発電コストも徐々に低減されていて、オンサイトの太陽光発電などは、昨今高騰している電気料金に対して競争力を持ちつつあります。
電力業界全体に目を向けると、電力自由化が段階的に進み、2016年以降は、電気の小売業への参入が全面自由化されました。さまざまな事業者が市場に参入することで、電気の調達の選択肢が広がり、再エネ電気に特化した電力会社から電気を調達することも可能となりました。
電力需要家自らが再エネ電気を調達できる環境の整備も進みつつあります。2021年以降、従来は小売電気事業者しか購入できなかった非化石証書を、需要家である一般企業も購入可能となりました。また、再エネ電気の調達手法の一つである自己託送が認められる要件として、従来は発電事業者と需要家が同一会社グループである必要がありましたが、2021年にその要件が見直され、異なる事業者であっても、組合を設立すれば認められるようになり、柔軟な対応が可能となりました。さらに、2022年以降、需要家主導で長期的に電気を利用する契約を締結する場合等において、太陽光発電設備の新規設置を支援する補助金が導入されるなど、経済面での支援も進められています。
企業は、いつまでに、どの程度、どのような再エネを調達しなければならないのでしょうか。国際的なイニシアチブであるRE100(企業が使用電力の100%を再エネ電気でまかなうことを目指すイニシアチブ)においては、遅くとも2050年までに100%を達成する目標とすることが必要であり、中間目標の最低ラインは「2030年60%、2040年90%」となります(ただし、日本に関しては、国内の再エネ環境を鑑み、中間目標設定は必須から推奨に緩和されています)。
日本においては、前述のとおり、供給面では2030年度36~38%が目標となっていますが、政府の各省庁などの関係機関においては、2030年度までに消費電力の再エネ比率を60%以上とする目標が立てられています。企業としても、これらの国内外の水準を参考にしつつ、脱炭素対策の中でも現時点で最も取り組みやすい再エネ電気の調達を、最優先かつ最大限推進していくような目標を設定することが望ましいと言えます。
また、新しい再エネ発電設備を追加することによって、既設の火力発電所などを代替し、GHG排出量を削減するという「追加性」の考え方を重視する動きが世界で広がっています。これは、既設の発電所から再エネ電気を調達して、その企業のGHG排出量が削減されたとしても、国全体や世界全体のGHG排出量が削減されるわけではないことから、GHG排出量削減への貢献の観点で、再エネ発電設備が新たに追加されることが重要であるという概念です。RE100においても、再エネ比率に算入できる再エネ調達の方法が定められており、追加性が重要視されています。
再エネ電源の普及が拡大し、電力需要家自ら再エネを調達する環境が整い、調達の選択肢も増えつつある中で、これまでのように一般電気事業者等から電気を調達しさえすればよい時代は終わろうとしています。これからは、電力需要家自らが、再エネ調達目標に向けて、追加性のある再エネ電気をどのように調達していくのかを戦略的に考えることが求められます。
再エネ調達の具体的な手法としては、自家発電、コーポレートPPA(Power Purchase Agreement)、再エネメニュー、再エネ証書などが挙げられます(図表2)。
図表2:再エネ電気の調達手法の概要
再エネ電気調達方法 | 概要 |
自家発電 |
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コーポレートPPA |
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再エネメニュー |
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再エネ証書 |
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出所:PwC作成
自家発電は、自社所有で発電することから、発電事業者や小売電気事業者のマージンがなく、トータルで見た場合に低コストで再エネ電気の調達が可能となります。一方で、初期費用が必要となり、運転責任や事故リスクを負うことになります。また、自社施設や敷地に設置するので、設置可能量が限られており、多くの場合、自社の電力需要をまかなうには十分ではありません。
コーポレートPPAは、発電所を第三者の発電事業者が所有するので、初期費用が不要であり、所有に伴う責任やリスクもなく、長期で安定的に調達することができます。また、新設発電所であれば、一般的には追加性があるものとみなされます。一方で、発電事業者、小売電気事業者のマージン、託送料などがかかるため、自家発電等に比べると相対的にコストが高くなります(オンサイトPPAの場合、託送料等は不要となります)。また、長期契約に伴うリスクや、PPAの形態によっては立地に制約が生じることがあります。
再エネメニューは、初期費用不要で、契約メニューの変更手続き等を通じて短期間で再エネ電気を調達できます。一方で、発電設備が特定できない場合や、大水力などの既設発電設備由来の電気である場合など、追加性がないと見なされるメニューがある点には注意が必要です。
再エネ証書は、電気と切り離して必要な量を調達でき、初期費用も長期契約も必要がないことから、比較的簡単に足元での再エネ比率を向上することができます。一方で、電気料金とは別に追加的にコストが生じることから、電気料金の高騰リスクを回避できません。
上記のとおり、それぞれの調達方法にはメリット・デメリットがあり、ある一つの方法が優れていて、全てその方法で調達すればよいというものではありません。追加性、調達可能量、予算/経済合理性、リスク、短期的手法/中長期的手法などを総合的に鑑み、場合によっては、複数の方法を組み合わせて戦略的に調達していく必要があります。
再エネ電気の調達戦略を考える場合、再エネ電気の供給側の概況、課題や今後の動向を見極めて、より実効性の高い戦略となるようにします。前述のとおり、これまではFIT制度などの政策の効果もあり、導入拡大が進んできている状況です。今後も主力電源化に向けてさらなる導入拡大が期待されていますが、一方で課題も山積しており、これらの課題の解決状況によっては、導入量が変化したり、導入される電源の種類や形式に変化が生じる可能性もあるため、需要家としてもその動向を注視していく必要があります。
課題の一つとして、適地不足が挙げられます。日本は、国土面積当たりの太陽光発電の導入容量が主要国で最大級※3となっており、導入可能な平地が少なくなってきています。この課題に対応するために、営農しながら太陽光発電を導入する営農型太陽光発電の拡大、荒廃農地への設置、中小規模の発電所集約、建物屋上のさらなる活用などが期待されています。
また、再エネの導入が拡大してきた結果、電力系統の空き容量が減少しており、再エネ発電所の開発を計画しても、電力系統に接続することができないなどの問題が生じています。この課題に対応するためには、系統が増強されることに加えて、蓄電池などの蓄エネルギー設備の導入拡大が重要となります。需要家においても、変動電源である太陽光発電等の安定供給化や、災害時のエネルギー利用の観点からも、需要サイドで蓄電池を導入することは有用です。
さらに、一部の発電所においては、近隣地域とのトラブル、景観問題、燃料調達上の持続性の問題も生じており、事業規律の厳格化が進んでいます。コーポレートPPA等によって、再エネを直接調達する需要家の立場においても、レピュテーション、社会的責任や運転停止リスクの観点から、自社が電気を調達している発電所が社会や環境に与えている影響を確認しておくことが重要です。これらの諸問題については、一義的には、発電所を保有・運営している企業の責任となると考えられますが、その電源から電気を調達している企業に対しても、これらの問題を助長しているものとして厳しい目が向けられる可能性があります。企業によっては、問題が生じている、あるいは生じるリスクが高い再エネ発電所からの電気の調達を避けるなどの具体的な条件を再エネ調達方針に組み込んでいる企業もあります。
企業は、カーボンニュートラルに整合するように目標を設定し、目標達成までのロードマップを策定し、着実に実行することが求められています。再エネ調達戦略の実効性を高めていくためには、日本の再エネ電源の導入状況や、再エネ調達方法に関するルールや要件の変化などのさまざまな外部環境の動向を捉えつつ、自社の経営計画や予算などの内部環境ともすり合わせて、短期的・中長期的な手法を組み合わせながら行動に移していくことが肝要です。
また、本稿ではScope2(エネルギー由来の間接排出)のうち電気に関する再エネ化について議論をしてきましたが、脱炭素化の実現には、Scope1(直接排出)やScope3(事業関連する間接排出)についても再エネ化を推進していく必要があります。Scope1に関してはグリーン水素、アンモニアやCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)/CCUS(Carbondioxide Capture, Utilization and Storage)などの活用が見込まれますが、一般に普及するまでには時間がかかるため、当面はLNG等の相対的に低炭素なエネルギーを利用するなど、段階的な対応が必要になります。Scope3については自社だけではなく、サプライチェーンへの働きかけや業界横断的な取り組みも必要となってくるため、さらに幅広い視点で再エネ調達戦略を検討することが求められます。
※1 資源エネルギー庁「各年度のエネルギー需給実績」
https://www.enecho.meti.go.jp/statistics/total_energy/results.html#headline7
※2 資源エネルギー庁「第6次エネルギー基本計画」2021年10月
https://www.enecho.meti.go.jp/category/others/basic_plan/
※3 再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会 第52回資料
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/052_01_00.pdf
PwC Japan有限責任監査法人
サステナビリティ・アドバイザリー部
シニアマネージャー 堀尾 晋