
真の成長に向けた「育て方」「勝ち方」の変革元バレーボール女子日本代表・益子直美氏×PwC・佐々木亮輔
社会やビジネス環境が急激に変化する中、持続的な成長が可能な組織へと変革を遂げるには、何が必要なのでしょうか。元バレーボール女子日本代表で、現在は一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」の代表理事としてスポーツ界の意識改革に取り組む益子直美氏と、PwC JapanグループでCPCOとして企業文化の醸成をリードする佐々木亮輔が変革実現へのカギを語り合いました。(外部サイト)
公立はこだて未来大学教授
松原 仁氏
PwCあらた有限責任監査法人
執行役専務 パートナー
久保田 正崇
近年、目覚ましい勢いで発展を遂げる人工知能(AI)。ブームと呼ばれる時期は過ぎて社会実装のフェーズに入りつつあり、「多くの仕事がAIに取って代わられる」との予測も存在します。中でも「なくなる仕事」の代表格との声も上がるのが、会計士の仕事です。AI本格到来の時代に、監査のあり方は変わるのか。また私たちはAIとどのように向き合い、社会や生活の向上に役立てるべきなのか。星新一賞の1次審査を通過したAI小説創作ソフトの開発を進める公立はこだて未来大学副理事長・教授の松原仁氏とPwCあらた有限責任監査法人 執行役専務・パートナーの久保田正崇が語り合いました。(肩書は掲載時点のものです)
久保田:
私は公認会計士として監査業務に長年携わっていますが、2010年代の半ばから、会計士の仕事のあり方に関する議論が急激に活発化し始めたのを覚えています。マイケル・オズボーン氏(オックスフォード大学准教授)の論文「雇用の未来」の中で、会計士などの職種がAIの進歩で業務が自動化されることによって「なくなる仕事」の上位にランクされたのがきっかけですね。そこで監査業務におけるAI活用を検討するため、PwC あらたは2016年にAI監査研究所を設立しました。「なくなると言われるなら、いっそのこと自分たちでAIを研究しよう」と考え、研究所を立ち上げたのです。
松原氏:
職業のスキルごとに雇用の未来を提起したオズボーン氏の論文は話題になりましたね。同時期にAIが将棋や囲碁の名人を破るようになったので、余計にその議論に拍車がかかったように思います。
久保田:
今のところ監査業務でAIができることは限られていますが、近年に新卒で採用した社員は、21世紀半ばに到来するかもしれない「シンギュラリティ」を越えて働く可能性があります。その時代に監査という仕事があるのか、あるいはどのように変化しているのか、数年前から考え続けています。
松原氏:
オズボーン氏の議論は、センセーショナルに伝えられた面があると思います。「なくなる仕事」の上位にあれば、「将来、この仕事がまったくなくなる」と多くの人々に受け取られました。しかし、100%その仕事がなくなるという話ではないと思います。将棋や囲碁はルールが決まっている世界ですが、世の中の多くのことは目標やルールが不明確だったり、途中で変わったりします。そういう状況の変化に対応するのはコンピューターは苦手です。会計監査の中で、AIが得意な領域はAIに置き換わるでしょうし、そうでない領域は残り続ける。AIは人間の部下としてルーティンワークを担うことになると思います。
久保田:
理想をいえば、AIにはルーティンワークをやってもらって、人間は判断などの高度な分野に集中したい。しかし、今のところ単純作業をAIに任せるのもなかなか難しいのが実情です。私が副所長を務めるPwCあらたのAI監査研究所および担当執行役を務めている監査業務変革部は、現在200人ほどの体制で運営しています。データを整備し、そのデータをAIに読み込ませて結果を評価し、問題点を洗い出す。そんな試行錯誤を繰り返していますが、例えば請求書や領収書のようなフォーマットや書き方がバラバラなものをAIに見せると、少しパターンが異なるだけで読み込めないことがあります。また、元になるデータが異なるシステム内にあったり、紙で保管されていたりすることも多い。AIに学習させる前にデータクレンジングを行い、データの品質を揃えるというのが最初の大きな課題です。
松原氏:
世の中の多くのデータは人間が入力したもので、人間は一定の確率でミスをします。従来はそれを読み取るのも人間だったので、何となく「これはミスだ」と分かります。しかし、そうした判断をAIがするのは難しい。データをいかにきれいにするかは、AIを活用する際の重要なポイントですね。私はいくつかのAIベンチャーにも関わっていますが、好調な企業はデータの品質を高める仕組みを持っています。AIが判断するためには、人間と違って非常に多くのデータを必要としますし、高品質のデータを大量に集めるのは簡単なことではありません。
久保田:
データの標準化や品質確保ができれば、そのすべてをAIに読み取らせて監査が完了する時代が来るかもしれません。また、古今東西の不正パターンを学習し、目の前の不正を見抜けるかもしれない。ただ、AIに難しいと思うのは、プロとしての判断やこだわりです。監査の実務はグレーな世界です。同じ条件でもA社では〇、B社では×ということや、同じA社でも昨年は〇だったが今年は×ということもある。今は人間が判断していますが、これをAIに判断させるのは難しく、高い壁があると感じています。こうした人間の役割は、AIが高度化しても残すべきではないかとも思っています。
松原氏:
一部の会計数値だけを取り出して適否を判断することはできないということですね。バックグラウンドにあるさまざまな状況を勘案しながら判断しなければならない。では、バックグラウンドをどの範囲まで踏まえればよいのか──。「この問題に対しては、この範囲の情報を参照する必要がある」という判断が、AIにはまだできません。そうした判断は、これからも人間の仕事だと思います。そしてプロとしてのこだわりというのは、感覚に近いかもしれません。よく「感性や感覚で行動してはいけません」と言われますが、感覚で動いたときによい結果が出ることもある。これは人間の大きな特性でしょう。論理的に考え尽くしても答えが簡単に出ない問題は、世の中にたくさんあります。そんな問題に直面したとき、「えいやっ」と答えを出す。人工知能学者の1人としては、それこそが感性や感覚の役割であり、人間の優れた能力だと思っています。
久保田:
人間が行う感覚的な判断をAIが代替する日は来るのでしょうか。
松原氏:
すぐには難しいでしょう。2010年代半ばに、AIは囲碁・将棋のトップ棋士に勝ちました。ゲームは理性の世界であり、数値化も可能です。言ってみればAIの得意分野。その領域ではある程度、成果が見えてきました。そこで私は、まだAIにできていないこと、感性の領域でAIは何ができるのかを研究したいと思い、2012年にAIに短編小説を書かせる「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」を開始しました。スタート当初は1次審査を通過する作品もあり、大きなニュースになりましたが、賞を取る作品はなかなか生まれません。最近は、シナリオや俳句をつくる研究にも取り組んでいます。
久保田:
小説よりも俳句のほうが、コンピューターは得意そうですね。
松原氏:
日本語の仮名で表される音韻は、五十音と濁点・半濁点などを含めても100字程度でしょう。俳句は原則として17文字です。大まかな言い方をすると、100の17乗という有限の世界に、松尾芭蕉や小林一茶の俳句は存在しています。100の17乗をすべて網羅するのは今のコンピューターでも難しいのですが、よい作品だなと思うものがちらほら出てくることはあります。
久保田:
なるほど、組み合わせの確率というわけですね。
松原氏:
そうです。ただし、よい俳句はたまにしかできないので、現状は最終的に人間が選んでいます。会計監査も同じだと思いますが、評価や意味付けのような判断は人間の領域です。「よい俳句」という感覚をコンピューターが共有し、担えるようになるまでには、いくつもの壁を突破する必要があります。
久保田:
人間の感覚を理解することこそ、AIが不得意な分野ということですね。
松原氏:
例えば、好き嫌いといった感覚を考えてみてください。人は他人に対してあからさまに「嫌いだ」とは言いません。でも、勘のよい人は「この人は、彼が嫌いなんだ」と察することができる。これは人間に備わった高度な能力で、AIに理解させるのは難しい。要は、「気が利かない」んですね。とはいえ、AIができることの領域が広がってきたのも確かです。究極的には、人間の生理的な部分以外の知的な能力は、いつかはAIも習得できると考えています。
究極的には、人間の生理的な部分以外の知的な能力は、いつかはAIも習得できると考えています。
久保田:
私は将来的に、AIが企業の財務情報のグレーな度合いを点数化できるようになるのではないかと考えています。「この取引は不正度65%」といった具合に。バックグラウンドの情報はSNS上の評判などを使って、ある程度取り込めるかもしれません。ただ先ほどご指摘されたように、情報を収集する上で参照する範囲をAIが判断するのは難しいですね。
松原氏:
囲碁や将棋は決められたルールの中で勝ち負けを競う世界です。だからAIが勝ち負けの評価ができる。しかし俳句や小説のような芸術作品は人間を楽しませるものですから、それを評価できるのは人間以外にありえません。会計監査という仕事はおそらく、囲碁や将棋と芸術作品の中間に位置しているのでしょう。
久保田:
AIによる評価が妥当性を持つ領域と、それが困難な領域があるということでしょうか。人間とAIが協業する上で、適切な役割分担を考える必要がありそうですね。
松原氏:
そうですね。私が面白いと思うのは、プロ棋士が思いつかなかった手をAIが見つけていることです。AIによって将棋や囲碁が進歩し、その世界が広がっているのでしょう。かつて「AIがプロに勝てば、誰も囲碁や将棋に興味を持たなくなる」と言われたものですが、実際にはそんなことは起きていません。むしろ、勢いのある若手棋士の登場で将棋界は盛り上がっています。AIと人間がうまく共存しているんですね。もしかしたら監査でも同じことができるかもしれません。AIが監査に新たな視点を与え、会計士がそれを取り入れることで、よりよい監査の手法が生まれる可能性もあるのではないでしょうか。
久保田:
AIならではの視点には期待したいですね。今後の研究がますます楽しみになってきました。
1959年東京生まれ。1981年東京大学理学部情報科学科卒業後、1986年同大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程修了。同年電子技術総合研究所(現産業技術総合研究所)入所。2000年公立はこだて未来大学システム情報科学部教授。2014~2016年には人工知能学会会長を務める。著書に『AIに心は宿るのか』(集英社インターナショナル)、『コンピュータ将棋の進歩』(共立出版)、『鉄腕アトムは実現できるか?』(河出書房新社)などがある。
1997年青山監査法人入所。2002~2004年までPwC米国シカゴ事務所に駐在し、現地に進出している日系企業に対する監査、ならびに会計・内部統制・コンプライアンスに関わるアドバイザリー業務を経験。帰国後、2006年にあらた監査法人(現PwCあらた有限責任監査法人)に入所。国内外の企業に対し、特に海外子会社との連携に関わる会計、内部統制、組織再編、開示体制の整備、コンプライアンスなどに関する監査および多岐にわたるアドバイザリーサービスを得意とする。2019年9月に執行役専務(アシュアランスリーダー/監査変革担当)に就任。監査業務変革部長、会計監査にAIを取り入れ監査品質の向上や業務効率化を目指すAI監査研究所副所長を兼任。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。