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企業が価値を提供する対象として意識すべきステークホルダーは、今や顧客や株主、従業員にとどまらない。そこにより大きな対象としての「社会」が加わり、企業は利益を追求するだけではなく、社会により良い影響を与える存在であることが求められている。では、ビジネスやテクノロジーはどのように社会に利益をもたらすことができるのだろうか。「社会的利益としてのイノベーション」と題した本セッションでは、PwCコンサルティング合同会社代表執行役 CEOの大竹伸明がモデレーターを務め、内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室参事官(イベント開催当時。現デジタル庁参事官)の奥田直彦氏、JA西三河きゅうり部会改革プロジェクトサブリーダーの下村堅二氏、慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章氏、Community Nurse Company 株式会社代表取締役の矢田明子氏、PwCあらた有限責任監査法人執行役副代表の久保田正崇をパネリストに、産官学それぞれの分野での取り組みを紹介してもらいながら、これからの社会に必要なイノベーションのあるべき形を模索した。
本セッションに登壇したパネリストたちは、どのような社会課題の解決を目指して、日々奮闘しているのか。初めに、モデレーターを務めるPwCコンサルティングの大竹伸明が、各界からの多彩なパネリストに、現在取り組んでいる活動について聞いた。
PwCコンサルティング合同会社 代表執行役 CEO 大竹伸明
2021年9月のデジタル庁発足に向けた準備に取り組んだ内閣官房の奥田直彦氏は、デジタル庁の役割について以下のように語った。「データ利活用の基盤を作り、利便性や幸福を実感できる社会を実現することで、誰一人取り残さない、人にやさしいデジタル化を目指しています」(奥田氏)
内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室 参事官 奥田直彦氏
「医療分野の知見がコミュニティ内で気軽に得られるようになれば、より健康で生き生きとした社会が実現できるはず」と考えて活動するのは、Community Nurse Companyの矢田明子氏である。矢田氏は、地域コミュニティの中で住民の健康を気づかう「おせっかい役」が、自身が持つ知識や技術を活用し、健やかで楽しい生活をサポートする「コミュニティナース」という新たなアプローチを提唱し、普及に努めている。「一般の人の身近な存在として、心身の健康について気付きを与え、力を引き出せるような仕組みづくりに挑戦しています」(矢田氏)。住民からの共感が社会に利益をもたらす仕組み作りの原動力となっており、「感謝の言葉を口にしてくれる人がいることで、取り組みを広げることができました」と矢田氏は語る。
Community Nurse Company株式会社 代表取締役 矢田明子氏
40軒の農家が手を組んでスマート農業に取り組むJA西三河きゅうり部会改革プロジェクトでサブリーダーを務める下村堅二氏は、きゅうり栽培にテクノロジーを導入している。「栽培状況に関するデータをリアルタイムで共有し、分析することで栽培技術を高め、収穫量アップに生かしています」(下村氏)
JA西三河きゅうり部会 改革プロジェクトサブリーダー 下村堅二氏
今、避けては通れないテーマである新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と向き合っている専門家にもご参加いただいた。データサイエンティストで慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章氏は、「不確実性の時代が到来したことを世界が認識しました。時系列で前提が変化し、シンプルな最善戦略がない中で、データやテクノロジーで現実を把握しながら最善を皆さんと考え続ける取り組みをしています」と説明した。
慶應義塾大学医学部 教授 宮田裕章氏
PwCあらた有限責任監査法人(以下、PwCあらた)の久保田正崇は、監査にAIを取り入れたAI監査研究所の設立者である。「実は監査の手法は一子相伝のようなものでしたが、すでにあるデータをいったん紙に落とすという監査工程の非効率性を解消する手法を自分たちで開発し、プロセスをデジタル化することができました。目下、AIを活用して膨大なデータからエラーを発見するチェック手法も導入しています。こうしたデジタル化にはデータの共有が不可欠であり、クライアントをはじめとした企業との連携が欠かせません」(久保田)
PwCあらた有限責任監査法人 執行役副代表 久保田正崇
社会に新たな利益をもたらすべく活動を続けるパネリストたちは、困難をどのように克服してきたのか。また、目の前にある困難をどのようにして克服しようとしているのか。
久保田が用いた「一子相伝」というキーワードに多くの登壇者が反応した。スマート農業に取り組む下村氏によると、農家は自分の技術を他人に教えないのが当たり前だったという。データの共有はその真逆に位置する行動である。農業の常識を覆し、連帯を実現したその態度変容に秘訣はあるのか。「保守的で、変化を嫌いがちな農家の方が多いのは確かです。だからこそ、変わればうまくいくという成功事例を見せ、データの共有が農業の不安定さの解消につながるのだと共感してもらうことが大切。ともに取り組む仲間を最後まで見捨てない姿勢も重要です」(下村氏)。また、省庁も情報を囲い込む傾向が強く、互いに競争関係になりがちだという。内閣官房の奥田氏は、「デジタル庁は各省と一緒に走りながら取り組みを進め、競って同じゴールを目指す、“競争”ではなく“競走”のスタンスが大事だと考えています」と縦割り打破に向けた意気込みを語った。
PwCあらたの久保田が腐心したのは、デジタルに対する法人内のマインドセットを変えることだったといい、「変革をリードする担当者を法人内に立て、役員を含む全員に同じデジタル研修を実施しました。皆で一斉に同じ課題をやると、競うようになります。こうした施策を経て、デジタル化が当たり前だという意識が法人内に根付いていきました」と振り返った。
最善の戦略が刻々と変わる不確実な時代において、COVID-19対策に向き合う宮田氏からは、データサイエンティストがデジタルを活用するコツについての示唆があった。「AIを活用するというだけでは失敗する可能性が高いです。社会における気付きやカスタマーインサイトを把握した上で、データを使いながら現状を分析し、アルゴリズムに落としていくという、マネージメントデザインが不可欠です」(宮田氏)
次にPwCコンサルティングの大竹は、10年後の2031年に向け、将来設計やビジョンと、その実現にテクノロジーがどのような形で関わっていくのかを尋ねた。
JA西三河きゅうり部会の下村氏は、「10年後にも農家が生き残るためには、地域でまとまり、同じ自然環境で農業を営むメンバーが集まって、現状の生産を維持しながら規模を大きくする必要があります」と改めて共創の重要性を指摘する。テクノロジーとの関わりについては、イノベーションによって食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立を実現する「みどりの食料システム戦略」を農林水産省が掲げていることに触れ、その実現にこそテクノロジーやデジタルが必要だとの見解を示した。
Community Nurse Companyの矢田氏は、「身近なところにコミュニティナーシングがあり、暮らしで当たり前になっている姿を、仲間を増やしながら作っていきたいです」と語り、「その仕組みにテクノロジーをどのように組み込んでいけるかを考えています」と続けた。
デジタルを社会に生かすための基盤整備は、デジタル庁に期待される大きな役割の一つである。COVID-19対応で、自治体ごとに特別定額給付金の給付スピードに差が生じたことで分かるように、その対応は急務といえる。内閣官房の奥田氏は「5Gのような最先端技術の基盤を整備するだけでなく、クラウドなどのサービスを活用した省庁や自治体の成功事例を縦横に共有し、民間にも活用していただくようにしたいと思います」と意気込みを述べる。
PwCあらたの久保田は、監査へのテクノロジー導入をさらに高度化させていった結果として、監査そのものが必要ない仕組みを構築することが理想だと語った。「概念としては、情報が自然に認証されているブロックチェーンが近いと思います。検証をしなくても、個人や政府、企業から間違ったデータが世に出ることのない『うそをついていない社会』を実現する仕組みを各方面と協力して作っていきたいと思います」(久保田)
慶應義塾大学の宮田氏は、2031年の世界をイメージするにあたっては、誰かが排他的に独占することが当たり前だった消費財からデータへと、社会を駆動するものが変化しつつある状況を踏まえるべきだと指摘した。「資源を持ち寄り、共創することで、サステナビリティやダイバーシティ・アンド・インクルージョンが実現できる社会を目指すべきでしょう。新型コロナワクチンは、従来型のクローズドな研究なら開発から実用化までに3、4年かかるところ、データを共有することで、世界保健機関が2020年3月にCOVID-19のパンデミックを宣言した9カ月後には実用化に至りました。この成果が物語るように、1人のデータが1万人のために活用されることで、全体最適につながるのです」(宮田氏)
ここからはさらに視野を広げ、あるべき未来の姿について議論が展開された。2031年の社会とテクノロジーの適切な関係とはどのようなものだろうか。
大竹の問いかけに、まずは宮田氏が、自身が考える社会のあるべき姿を披露した。「危機に至る手前で、人々がよりよく生きることを可能にするのがデジタルです。今後、各分野で新しくつくられているサービスや産業が融合し、新たな価値を持つサービスが誕生していきます。その際、持続可能性に加え、一人ひとりがよりよく生きるという『ウェルビーイング』がキーワードになるでしょう」(宮田氏)
奥田氏は、「目指すところは、デジタルが生活に溶け込んだ、『デジタルをデジタルと感じない』世界です」と語る。「ただし、全てをデジタルに置換するのではなく、人と人のつながりを大事にしながらテクノロジーを活用する視点が求められます」(奥田氏)
下村氏は生産者と消費者とをつなげるデジタルの役割に期待を寄せた。「農業の価値を決めるのは消費者です。生産者と消費者をつなげ、その価値をデータとして示してマネタイズできるような体制を構築しつつ、物流も改革できれば、日本の農業はもっと良くなります」(下村氏)
矢田氏は、SDGsが「誰一人取り残さない」という原則を掲げていることに触れ、今は誰かを取り残してしまっているという事実を認識することから始めるべきだと語った。「2031年には、周囲の気遣いを本人がおせっかいだと感じられるほどに、皆が一人ひとりを気遣う社会を目指したいです。その上で、個々が大切にしている生活の中に、テクノロジーが堂々と混ざってなじんでいくとよいのではないかと感じます」(矢田氏)
最後に、モデレーターの大竹は視聴者から寄せられた「テクノロジーを活用し、社会的な利益を創出するために、私たちはどうあるべきか」との質問を取り上げ、パネリストたちの考えをうかがった。
奥田氏が行政の立場から「極端な手法ではなく、現状を把握しながら、やるべきことと、対応すべき方法を見極めながら進めていくことが重要です」と語ると、大竹は「テクノロジーを活用して社会に利益をもたらすためには、政府だけでなく、企業の果たすべき役割も大きいのではないでしょうか」と反応。
これに対して、下村氏が「データ化が困難な自然を相手にする農業は、テクノロジーや社会から取り残されている気がします」と実感を述べ、「企業には、すぐに結果を求めるのではなく、もっと長い目で農業という産業を捉えていただきたいです」と要望した。矢田氏も「企業は売上高や利益といった金銭的な価値を尺度としがちですが、1,000万円の利益を生む事業に、3億円の社会的な価値があるかもしれません」と問題提起。企業に対し、長期的な視点を持ち、本質的な価値を捉えたうえでイノベーションの創出に取り組むことを期待した。
宮田氏は矢田氏の発言を受け、企業のあるべき姿について、「シェアードバリュー(共有価値)をしっかりと定義し、それに対する貢献を積み上げることで、短期的な利益の追求を超えたもっと大きな未来が生まれます。もはや企業はソーシャルグッドへの貢献がなければビジネス上の信頼を獲得できないのです。こうした貢献は自社だけではつくれません。ステークホルダーが集まったときにどのような社会的利益を創出できるかというテーマに向き合うことが、大事になってきます」と語り、同時に日本には今後、新しい未来像をデザインしてメガトレンドを創出し、その領域で世界をリードする姿勢が必要だと指摘した。
最後にモデレーターの大竹が、「経営でもボトムアップとトップダウン、フォーキャストとバックキャストとそれぞれ双方をぶつけることでいい結果が生まれます。社会に利益をもたらすイノベーションの実現に向けて新しい未来からバックキャストし、テクノロジーが入り込むべき領域を考えることも大切でしょう」と総括し、活発な議論は幕を閉じた。
徳島県出身。東京大学教養学部卒業後、1994年に総務庁入庁。統計局総務課調査官、統計情報システム課長、行政管理局管理官などを経て、2016年より内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室 参事官。2021年9月よりデジタル庁参事官。
東京理科大学大学院修了後、製造設備の生産技術エンジニアを経て、出身地の愛知県西尾市に戻り農業を始める。エンジニアとしての経験を生かし、JA西三河きゅうり部会で選果機の企画設計をリードしたことをきっかけに改革プロジェクトのメンバーとなり、スマート農業の推進を牽引している。
東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士(論文)。データサイエンス、科学方法論を専門とし、科学を駆使し社会変革を目指す研究を行う。厚生労働省「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」委員を務めたほか、NCD(National Clinical Database)の構築なども手掛ける。
島根県雲南市が主催する地域課題解決人材育成事業(幸雲南塾1期:2011年〜)で地域に飛び出す医療人材によるコミュニティづくりを提案(2016年総務大臣賞、プラチナ大賞受賞)。その後、医療人材を含むまちづくり人材を体系的に育成するプログラムが2013年より東京大学医学部のサマープログラムに認定される。2016年よりコミュニティナース育成プロジェクトを立ち上げ、2017年に法人化。看護師。保健師。
1997年青山監査法人入所。2002~2004年までPwC米国シカゴ事務所に駐在し、現地に進出している日系企業に対する監査、ならびに会計・内部統制・コンプライアンスに関わるアドバイザリー業務を経験。帰国後、2006年にあらた監査法人(現PwCあらた有限責任監査法人)に入所。国内外の企業に対し、特に海外子会社との連携に関わる会計、内部統制、組織再編、開示体制の整備、コンプライアンスなどに関する監査および多岐にわたるアドバイザリーサービスを得意とする。2019年9月に執行役専務(アシュアランスリーダー/監査変革担当)に就任。監査業務変革部長、会計監査にAIを取り入れ監査品質の向上や業務効率化を目指すAI監査研究所副所長を兼任。
外資コンサルティング会社および外資IT系コンサルティング会社を経て、現職。
自動車メーカーおよび自動車部品メーカーを中心とした製造業や、総合商社を得意産業とし、戦略策定支援から業務変革(バックオフィス、フロントオフィス系業務)、IT実装(ERP導入経験を多数、クラウド導入)、PMO案件まで、さまざまなプロジェクトに従事。会計管理領域、販売管理領域、設計開発領域に強みを持ち、海外案件、クロスボーダー案件など、国際色の強いプロジェクトの経験を多く有する。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。