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株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング代表取締役社長
津田 祐樹 氏
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
神馬 秀貴
未来を創るDX
~デジタルが加速させる社会のトランスフォーメーション
真のデジタルトランスフォーメーション(DX)は、個々の企業の効率化や価値創出を可能にするだけでなく、社会を大きく変える力を持っています。
本シリーズでは、DXを通じて社会におけるさまざまな課題に取り組み、新たな未来の創造を目指している企業・組織のキーパーソンに、変革実現までのチャレンジや課題克服のアプローチを伺いながら、単なるデジタル活用にとどまらない社会にとってのDXの意義を探ります。
水産資源の保全や労働者不足など、さまざまな課題に直面する水産業。その変革を目指す三陸の漁師たちが、新たなビジネスモデルの構築や担い手の育成に、いま懸命に取り組んでいます。変革を担う一人、株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング代表取締役社長の津田祐樹氏と、PwCコンサルティング合同会社のパートナーとしてさまざまなDX/全社改革プロジェクトに携わり、PwC JapanグループのCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)も務める神馬秀貴が、水産物の流通価値と水産業のあり方をデジタル活用でどう変えていくのかについて語り合いました。
神馬:
「未来を創るDX」シリーズの3回目は、水産業界の課題と向き合い、変革に挑まれている津田祐樹さんをお迎えしました。まずは、フィッシャーマン・ジャパン設立の経緯をお話しいただけますか。
津田:
日本の水産業は、東日本大震災の前から多くの課題に直面していました。いわゆる3K(キツい・危険・汚い)のイメージによる担い手不足、魚食の減少などを背景とした消費市場の縮小、水産資源の枯渇などです。2011年に被災した三陸の水産業従事者は、一定の復興が見えてきた段階で、これらの課題の根本的な解決を改めて意識するようになりました。
水産業の現場は海という公共財です。水産資源の保護や管理は非常に大きな課題であり、1人の生産者や1つの団体で行うことはできません。農業であれば昔から村落が一体となり用水の管理などに協力し合ってきたと思うのですが、漁師はどちらかというと一匹狼で、昔から「良い漁場は誰にも教えない」「早い者勝ち」というお互いがライバルの関係なのです。
水産業では、直面する大きな課題を個人では解決できないにもかかわらず、仲間と協力して解決に向けて取り組むことをしないという矛盾を抱えてきたのです。
そうした状況を打破するために、まったく新しい発想ができる外部の人材を受け入れる土台をつくることにしました。それが、2014年7月に石巻で設立した一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンです。
神馬:
フィッシャーマン・ジャパンの活動の狙いはどのようなものですか。
津田:
活動理念は、漁師のイメージを「カッコいい、稼げる、革新的」という新3Kに変え、水産業全体を盛り上げることです。「フィッシャーマン」という言葉を、デザイン、マーケティング、ITなどそれまで水産業と縁のなかった分野の人材も取り込んで定義し直し、設立から10年となる2024年までに活動に参加するフィッシャーマンをあと1,000人増やすことを目標として掲げています。
団体設立後、まず初めに取り組んだのは「情報発信」です。海や浜の現状、水産業の未来に対する私たちの思いを、インターネットやSNSなどを通じて伝えたところ、釣り好きの方々だけでなく、さまざまなバックグラウンドを持つ多くの方々から反応があり、「漁師になりたい」「水産業を盛り上げたい」と手をあげる人たちが全国から大勢集まってくれました。
ただ、人が集まっただけでは課題の一部しか解決できません。そこで、2016年に株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング(FJM)を設立し、生産者の顔が見える魚介類の販売、飲食店の経営、アジア諸国や米国への輸出などに取り組んでいます。
神馬:
なるほど、既存の価値観の枠では課題を解決しがたい。そこで、新たな発想でより幅広く人を求め、独自の販売部門を立ち上げたわけですね。FJM設立の最大のポイントはどこにあるのでしょうか。
津田:
既存のバリューチェーンで問われるのは、「価格が高いか、安いか」だけになってしまいます。私たちはもっと多様な価値観を生かせる流通の仕組みも必要ではないかと感じていました。
今はモノがそれ自体の価値だけで売れる時代ではなく、「どこで誰が作ったか」「安全性はどう担保されているか」「環境に配慮されているか」といった+αの意味付けや価値付けを消費者は求めています。むろん魚も同様です。
とはいえ、全てがそのように流通するとは思っていません。例えば、全漁獲高のうち70%は既存の流通で販売し、残りの30%について、生産者が+αの意味と価値を添えて、ストーリーとともに販売できる。その結果、それらがこれまでよりも高値で売れる。このような売り方の選択肢の拡大を通じ、新3Kの「稼げる」を実現していけるのではないかと考えています。
昔から魚は日本人の貴重なたんぱく源でした。これまでは安価かつ大量に供給することが社会のニーズであり、既存のバリューチェーンはそのニーズを満たすべく最適化されてきたと言えます。しかし消費者ニーズが多様化した今、流通側も変化する必要があります。多様化に対応し、仕組みをアップデートしていくことで、水産業全体の底上げを図れると思います。
神馬:
水産物に限らず、消費者には、商品の価値に関わる周辺情報をもっと知りたいというニーズがあります。つまり、「価値の再定義」が求められているわけです。
DXには「守り」と「攻め」があり、DXを通じて価値を再定義することは典型的な「攻め」の一手です。社会を変革する真のDXにはこれが欠かせません。
「情報を補完し、商品価値を高める」という意味で、近年は商品そのものだけでなく、「人とのつながり」に価値を見出す傾向も強まっています。東日本大震災後や今回のコロナ禍では「応援消費」が見られますね。
津田:
デジタル環境が整い、応援消費の輪が広がりやすい環境になったことは確かです。ただ、応援消費は「1回きり」で終わることが多く、継続的に購入してもらう仕組みをどう構築するかが課題です。
神馬:
その商品を積極的に購入し、継続的な収益を生産者にもたらす、いわゆる「ロイヤルカスタマー」になってもらうということですね。それには、デジタルを活用した価値の共有、価値の再定義の巧拙が問われそうです。「ブランド戦略」もその重要な方策の1つです。津田さんたちはデジタルツールを巧みに使ってブランド構築に取り組まれていますね。
津田:
ブランド構築のためには、「この魚、おいしそう」という印象に加え、科学的なエビデンスが必要だと考えています。
実は、魚の売り買いに用いられる定量データは「重さ」しかありません。商品としての魚の良し悪しについて、私たちのような魚のプロは鮮度や脂のり(脂質)を「目利き」で判断します。
マグロであれば、尾を切り落とした断面を見て全体の品質を見極める。あとは、型がいい、シュッとしているといった「見た目」。マスクメロンの網の目と一緒で、味とは直接的な関係がないと言われている要素が商品の価格を左右することもあります。
しかし目利きや見た目などの属人的なスキルや感覚に頼る価値決定には、おのずと限界があります。「重さ」以外の価値指標がないので、魚のECもなかなか普及しません。
鮮度や脂質を測る技術自体はすでにあるので、「重さ○kg、鮮度〇%、脂質〇%」のような評価指標が普及すれば、価値付けも、ブランド化も、データの力でもっと容易になるはずです。実証実験として、真サバの脂質を測定し、その評価に見合った適正価格で流通させることで、商品品質への信頼性を高め単価の向上につなげるという試みを始めたところです。
DXには「守り」と「攻め」があり、DXを通じて価値を再定義することは典型的な「攻め」の一手です。社会を変革する真のDXにはこれが欠かせません。
神馬:
おいしさを科学的に評価する基準があれば、「刺身に好適」「加工品に最適」など、用途ごとに価値を最適化することができ、バリューチェーン全体での価値の最大化を図ることもできそうですね。
最近はデータなどの情報をオープンにして価値を生み出そうという流れもあります。水産業の流通においてはいかがでしょうか。
津田:
「取引情報を明かさない、囲い込む」という商習慣がまだ根強いのですが、これはなくしていくべきでしょう。限られた人間関係の中での売買だけでは、商機を失うことにもつながりかねません。
特に既存の流通経路だけでなく海外を含めた世界的な販路を考えると、情報をオープンにすれば、取引実績のなかった会社から「倍の値段で購入します」というオファーがくることだってあるかもしれないのです。
神馬:
コンサルタントのビジネスでも、よりオープンに向かう流れがあります。最近はコンサルティング事案が高度化し、テーマも細分化しています。
全てを1人のコンサルタントがカバーする「個人商店」のようなスタイルは難しくなりつつあり、「プロフェッショナルファーム」としてさまざまな専門性を持つ人材を束ねて事案に取り組む手法が主流になってきています。
津田:
情報をオープンにし、専門性を持ち寄るというのは、まさに私たちが目指している1つの形です。私は地域の水産加工団地全体で「1つの工場」(ワンファクトリー)になりたいと考えています。いわば、「インダストリー4.0」(第四次産業革命)の水産業版です。
水産加工は、一次・二次などと何段階にも分断され、各社で得意・不得意が異なります。地域の加工団地が1つの工場として機能すれば、「うちの会社はここまでしかできないが、そこから先はあの会社に頼めばできる。その先はあそこの会社に」となり、全体としてできることの幅が質と量の両面で格段に広がるはずです。
加工団地の中には対米HACCP*といった高い衛生基準をクリアする施設を持つ企業もあり、海外市場の本格的な開拓も視野に入ってきます。
こうした連携のためには、「データの共通化」が不可欠ですが、現在の主な通信手段はいまだにFAXです。送った側が「FAX届いてますか?」と電話で確認し、受けた側はそれを表計算ソフトに手入力するという慣行が残っています。
これら全てを一気にデジタル化するのは無理な話なので、まずは数社でデータを共通化し、効果があることを認識してもらい、その輪を少しずつ広げていければと考えています。
神馬:
私どもが企業のデジタル化を支援するケースでも、津田さんがおっしゃるようなデータの分断が目立ちます。例えば、店舗と店舗が分断されているだけでなく、1つの店の内部で、予約・顧客管理・販売管理・在庫管理が分断されている。社会のあらゆるレイヤーで生じている分断をいかにつなぎ、スケールを出していけるかは、まさにDXの課題です。
* HACCPとは、食品等事業者自らが食中毒菌汚染や異物混入等の危害要因(ハザード)を把握した上で、原材料の入荷から製品の出荷に至る全工程の中で、それらの危害要因を除去又は低減させるために特に重要な工程を管理し、製品の安全性を確保しようとする衛生管理の手法(厚生労働省HP https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/haccp/index.html)
宮城県・石巻にある創業40年の鮮魚店の2代目。東日本大震災後、三陸の水産業復興と発展を目指し、若手漁師が中心となり設立された一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンに参画。その後販売部門として分社化した株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティングの代表取締役社長として、販路の開拓や漁業に関する啓発活動・情報発信に取り組んでいる。
外資系コンピューターメーカーに勤務した後、戦略系コンサルティング会社での20年間に及ぶ経験を経て、PwCコンサルティング合同会社に入社。PwC Japanグループ全体のCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)として、デジタル戦略推進活動をリード。
企業戦略の策定から組織改革、IT戦略の策定・推進、新規事業設立の実行支援まで、クライアントサービスを幅広く手掛ける。近年はさまざまな業種のDX/全社改革プロジェクトも主導。『デジタルチャンピオン~変化適応と新価値創造のための思考とその戦略~』(東洋経済新報社)の監修・執筆も担当した。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。