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PwCコンサルティング合同会社 パートナー
神馬 秀貴
株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング代表取締役社長
津田 祐樹氏 氏
未来を創るDX
~デジタルが加速させる社会のトランスフォーメーション
真のデジタルトランスフォーメーション(DX)は、個々の企業の効率化や価値創出を可能にするだけでなく、社会を大きく変える力を持っています。
本シリーズでは、DXを通じて社会におけるさまざまな課題に取り組み、新たな未来の創造を目指している企業・組織のキーパーソンに、変革実現までのチャレンジや課題克服のアプローチを伺いながら、単なるデジタル活用にとどまらない社会にとってのDXの意義を探ります。
水産業の変革を目指し、新たなビジネスモデルの構築や担い手の育成に取り組むフィッシャーマン・ジャパン・マーケティング代表取締役社長の津田祐樹氏と、多くの企業のDXを支援してきたPwCコンサルティング合同会社パートナーの神馬秀貴による対談の後編。デジタル活用を通した水産資源の流通価値の再定義を中心に意見交換した前編に続き、後編では水産業の可能性と、水産資源のポテンシャルを生かす戦略について語り合いました。
津田:
水産業は、長い目で見ると日本に大きな富をもたらしてくれる産業だと考えています。
いま、世界的な人口増加や気候変動に伴う食料危機への警鐘が鳴らされ、同時に水不足が地球規模の課題として懸念されていますが、水産業は農業や畜産業とは異なり大量の真水を必要とせず、海の魚は適切な資源管理を行うことで自然の力で増やしていくことができます。気候風土や海流の影響で漁場に恵まれている日本は、水産資源が高いポテンシャルを秘めているはずなのです。
しかしこの豊かな水産資源は現在、乱獲や価格競争などによって脅かされています。水産業を持続可能な営みとするには、適切な資源管理が欠かせません。
科学的根拠に基づいた漁獲制限やトレーサビリティの確立、違法操業の防止など、デジタル技術を用いてできることは多いはずです。長期的な視野に立ち、国レベルで取り組むべき課題だと思います。
神馬:
それこそまさに水産業の真のDXですね。そこで問われているのは、水産資源の価値の再定義にほかなりません。
世界で脱炭素化が進めば、原油や天然ガスなどの化石燃料はいずれ価値を失って、「座礁資産」となる可能性があります。それに対し水産業や水産資源は、これからさらに価値を高め得る「未来資産」として捉え直すことができるでしょう。
加えて、水産資源のマテリアルとしての可能性にも注目できると思います。私たちが日常で目にする化学製品の多くは石油由来ですが、コストさえ見合えば、海産物などの水産資源でその相当部分を代替して回すサイクルも考えられるのではないでしょうか。
津田:
そうですね。藻類を使ったバイオジェット燃料の開発事例が複数出てきていて、航空各社も導入に積極的になっているようなので、大きな期待が持てそうな分野です。
神馬:
こうしたポテンシャルがある一方で、水産資源に関して消費者が日常で見聞きする情報は、「今季のサンマの水揚げは過去最低」といった話題程度です。水産業のサステナビリティには、水産資源に関する有用なデータを社会全体で共有することが欠かせませんが、整理されきっていない印象です。
津田:
それは否定できませんね。70年ぶりに改正された新漁業法が2020年12月に施行され、国が「水産資源の管理を強化する」との大方針が示されたことは大きな一歩です。ただ、水産資源の保護は一国だけの仕事ではなく、近隣の国・地域とも協力して漁獲量管理に当たる必要があります。
外国漁船による違法操業が日本でしばしばやり玉に挙がりますが、不正に水揚げされた水産物を受け入れている国は、他ならぬ日本だという問題も指摘されています。履歴不明の水産物が流入し、店頭にも並び、消費者は何も知らないまま購入できてしまうのです。
取引記録や証明書がないと輸出入や国内での流通ができないようにする「漁獲証明」制度の整備が、現在、国の主導で進められています。その中で、取引記録の作成や業者間のやりとりの負担を軽減するために、デジタル化は欠かせません。
神馬:
産業としての可能性、資源としてのポテンシャルがあるからこそ、1企業や1地域ではなく、国という大きな単位でデジタル化を推し進めるべきということですよね。
津田:
そうです。個々の商取引の最適化は民間でもある程度できますが、全体を俯瞰的に捉えてデザインする仕事は国に担ってもらう必要があります。バリューチェーンにおける情報のデジタル化には「データの共通化」が不可欠ですが、その場合にも「誰がやるのか」が問題となります。
本来は、資源管理のプラットフォームを行政が整備し、そのためのデジタル化を推し進めるべきでしょう。私たちも国に対し、水産流通におけるデータの共通化、プラットフォームの構築を提言していますが、魚を獲るところまでは水産庁が、流通は経済産業省が、そして輸出は農林水産省が担当するというような縦割りの管理もあり、話が前に進みにくいのが現状です。
そのため、結局は「タブレットやアプリで注文できるようになって便利」といった個別最適レベルのデジタル化にとどまってしまう。仮に資源管理でデジタル化が進んでも、流通部分でデータ形式がバラバラでは、不正に獲られた魚が私たちの食卓に上ることはなくならないでしょう。
神馬:
行政の関与の複雑さもあり、昔からのバリューチェーン全体を一気に改革することは難しい。だからこそ、「1つの工場」(ワンファクトリー)構想のお話[前編参照]のように、まずはできるところからデータを共通化し、小さな成功への道筋を何本も開通させ、それを増やして網の目状に結んでいく手法が有効なのかもしれません。
津田:
ええ。ただしいくつもの規格が混在するとカオスに陥るおそれがあるので、一本化されることが望ましいですね。
「デジタル化し、資源管理します」と言っても、川上の生産者にとってはそれが納品価格に反映されないかぎり、手間とコストが増えるだけの話です。プラットフォームの整備を国ができないのであれば、大手の小売企業が自前でつくることも考えられますが、企業グループごとにプラットフォームができても根本的な解決にはなりません。
私たちは現場の声として、水産流通のプラットフォームの統一を呼びかけています。
神馬:
私が津田さんたちの取り組みで特に興味深く感じるのは、周りに対する“巻き込み力”です。例えば、「漁師のカッコいいウェア」の製作では、アパレルブランドとコラボレーションされています。他にも飲食業を手掛けたり、電力事業と連携したり。「水産業×○○○」という形でどんどん広がっているように見えます。
津田:
はい。“巻き込み力”は私たちの一番の強みかもしれません。仲間を新たに巻き込むには、とにかく情報発信してみることです。
「こんなことで困っている。助けてくれる人はいませんか?」と。すると、「それなら手伝うよ」と誰かが反応してくれる。いわば「オープンイノベーション」です。
神馬:
私たちも、DXにはネットワーキングが重要だと考えています。津田さんたちの取り組みでは、SNSなどのデジタルツールが多様なプレーヤーをつなぐ役目を果たしていますね。
世の中には、自分と似たような経験をし、課題の解決で先行している例が必ずある。外部の知見をいかに巻き込んでスタートダッシュするかですね。
津田:
デジタルツールが多々ある今は、それが可能な環境にあります。活用しない手はありません。
“巻き込み力”という意味では、「楽しそうにやる」こともとても重要です。楽しそうに仕事をしていれば、自然と仲間の輪が広がっていきます。もちろん、私たちがやっていることの全てが楽しいかといえば、正直、大変なことのほうが多いのですが、だからこそ楽しそうにやることを心がけています。
神馬:
広場で1人だけで踊っていると“変な人”と思われる。もう1人が加わっても、変人が2人に増えるだけ。しかし3人目が踊り出すと「なんだか楽しそう」となり、踊りの輪が広場中に広がっていく。一定のポイントを超えると指数関数的に増えるのはデジタルの特徴です。
デジタルで人と人がつながりやすくなっていることもあり、「ノウハウを知りたい」「協業したい」といった誘いも多いのではないですか。
津田:
ありがたいことに多方面から声をかけていただいています。水産業以外の大手企業や自治体から、SDGsや地方創生といったテーマで協業や講演を頼まれる機会も増えました。
政府が推進する国際事業にも参画しています。その1つが東アフリカのタンザニアでの流通改善プロジェクトです。
タンザニアは約20万㎢に及ぶEEZ(排他的経済水域)を擁し、海洋漁業のポテンシャルがとても高い国ですが、バリューチェーンが不備なために海産物の国内外への流通がうまく機能していません。私たちの持つ水産物流通の知見や高付加価値化のノウハウを生かし、海産物バリューチェーンの構築に向けた調査・実証を行い、現地の水産業の発展を後押ししています。
神馬:
世界は海でつながっています。フィッシャーマン・ジャパン・マーケティングが活躍するフィールドも、ますます世界中に求められそうです。
「こんなことで困っている。助けてくれる人はいませんか?」と。すると、「それなら手伝うよ」と誰かが反応してくれる。いわば「オープンイノベーション」です。
水産資源の価値を再定義し、「未来資産」としてのポテンシャルを追求することは、日本の社会経済にとって重要な取り組みになると感じました。そのためには、情報のオープン化、統一したプラットフォームの構築など、デジタル活用によって実現できること、すべきことが多くあります。漁業の現場の方々がさまざまなステークホルダーを巻き込みながら変革を目指している姿は心強く、DXで「未来を創る」ことの意義を再認識しました。
宮城県・石巻にある創業40年の鮮魚店の2代目。東日本大震災後、三陸の水産業復興と発展を目指し、若手漁師が中心となり設立された一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンに参画。その後販売部門として分社化した株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティングの代表取締役社長として、販路の開拓や漁業に関する啓発活動・情報発信に取り組んでいる。
外資系コンピューターメーカーに勤務した後、戦略系コンサルティング会社での20年間に及ぶ経験を経て、PwCコンサルティング合同会社に入社。PwC Japanグループ全体のCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)として、デジタル戦略推進活動をリード。
企業戦略の策定から組織改革、IT戦略の策定・推進、新規事業設立の実行支援まで、クライアントサービスを幅広く手掛ける。近年はさまざまな業種のDX/全社改革プロジェクトも主導。『デジタルチャンピオン~変化適応と新価値創造のための思考とその戦略~』(東洋経済新報社)の監修・執筆も担当した。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。