{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
PwCあらた有限責任監査法人 パートナー
高木 和人
株式会社松井オフィス 代表取締役社長
松井 忠三氏
近年、頻発している会計不正や品質偽装、贈収賄などのインシデントが企業の存続を脅かしています。これらはグループ企業のガバナンス機能の低下に起因する問題です。経営者として企業改革を進めてきた経験を生かし、現在も複数企業の社外取締役を務める松井忠三氏は、コーポレートガバナンスの強化には、仕組みの整備だけでなく、組織全体における経営哲学の浸透が重要だと語ります。PwCあらた有限責任監査法人パートナーとして企業のガバナンス高度化支援に取り組む高木和人との対談前編では、ガバナンスの番人だけでなく、経営者がアクセルを踏む際のサポート役にもなり得る社外取締役の役割について議論します。
高木:
企業の事業運営の失敗やコンプライアンス上の問題によって、海外拠点を中心に多額の損失・賠償金支払いが発生する事例が後を絶ちません。金融庁と東京証券取引所が公表したコーポレートガバナンス・コードの策定以降、機関設計の選択肢や社外取締役の人数が増えるなど、形式的な面ではガバナンスの整備は進んでいます。一方で、取締役会の多様性といった点やグローバルな視点から見た実質的な面でのガバナンスの整備は、引き続き多くの企業で課題となっているようです。社外取締役を数多く経験され、コーポレートガバナンスの強化に取り組まれてきた松井さんは、ガバナンスの実情をどのように見ていますか。
松井氏:
コーポレートガバナンスの強化には仕組みの整備が欠かせませんし、今おっしゃったように、形式的な仕組みの整備については確かに進んでいます。しかし仕組みだけを整えても、そこに血が通っていなければ実質的なガバナンスが機能している状態とは言えません。血が通うために必要なのは、経営哲学です。自社の経営哲学を理解し守っていく社員の意識、経営哲学が現場の空気のように浸透している社風、そしてそれを実践していく実行力を伴って初めて、実質的なガバナンスを備えた組織であると言えるでしょう。
高木:
経営哲学というと収益を上げることが主眼になりがちで、ガバナンスを高めるためのものとして位置付けている企業は少ないのではないでしょうか。ガバナンスの仕組みに血を通わせるための哲学とは、どのように培っていけばいいのでしょうか。
松井氏:
非常に難しい質問ですね。何を大切にして事業を運営するのかというポリシーを経営陣が常に念頭に置いて、日常の行動や経営に取り組み続ける以外に方法はないのではないでしょうか。例えば小売業であれば、安全や品質に関わる重大なインシデントが発生した際、商品開発や仕入れ、販売に携わる部署は売上への影響を恐れて商品撤去の判断を躊躇してしまいがちですが、そこで経営陣が即座に安全や品質を優先した指示を出し、公表もする。こうした対応を繰り返していると、お客様に危険が及ぶ状況が生まれたり、不良品が出たりした瞬間に、全ての社員が「たとえ赤字になっても販売はしない」と考えるようになります。つまり、透明性を高める取り組みを継続して実践することが、社風や哲学の醸成につながるのです。
高木:
おっしゃるとおり、透明性を高めることは、企業の不正リスクを防止する重要なポイントですね。また、品質を第一に考える哲学を浸透させることで、従業員の行動が正しい方向へ向かい、その集積が不正を許さない企業文化を醸成するのだと思います。さらに言えば、哲学に反した不正の兆候を発見した場合、それを許さず処罰する人事制度を整えることで、企業文化はより強固になりますね。
高木:
日本の会社法が改正されて、監査等委員会設置会社などガバナンスの選択肢は増えましたが、取締役会の多様性が十分伴わず、実質的なガバナンスの強化に至っていないという話を聞くことがあります。そのあたりは日本企業の取締役会を見て、どのように感じていらっしゃいますか。
松井氏:
その会社一筋、特定の業界一筋で働いてきた“純粋培養”の人材は、残念ながら組織を改革できないことが多いと言わざるを得ません。もちろん高い専門性を持つ人たちも必要ですが、企業経営にはそれだけでは通用しない領域もたくさんあります。そのため、取締役会には多様な経験と視点を持つ人間が絶対に必要です。社外取締役は外から企業を見る目として機能し、取締役会にダイバーシティとインクルージョンをもたらす存在にならなければなりません。
高木:
不正や品質問題などを起こさないようにする「守りのガバナンス」に対し、ビジネスを拡大するための「攻めのガバナンス」も求められていますが、社外取締役はこの点でも寄与できることがあるのではないかと考えています。例えば、事業の収益性や成長性について社外の視点から監督し、資本コストを重視した経営を進めるために不採算部門の撤退を助言するといった役割も重要ではないでしょうか。
松井氏:
まさに、そう考えます。私が初めて社長に就任したときに実感したのは、「会社は自分の器以上に大きくならない」ということです。そこで必要なのが、今おっしゃったような経営のアクセルを踏むサポートの役割をするメンターの存在です。メンターは顧問でも相談役でもよいのですが、私の場合はより影響力の大きい社外取締役として迎えることにしました。2002年のことですから、ちょうど社外取締役が商法改正で導入されたばかりの頃です。社外取締役とは取締役会の後に必ず30分ほど雑談の時間を持ち、そこで自社にはないさまざまな視点を得ました。そうした視点を取り入れた施策が、結果的に企業変革や業績の向上につながったと考えています。社外取締役の助言や何気なく話された言葉が、経営のアクセルになったのです。この経験から、事業を成長に導くアクセルのヒントは異業種にあるのだと学びました。
私が初めて社長に就任したときに実感したのは、「会社は自分の器以上に大きくならない」ということです。
高木:
社外取締役は経営のアクセルを支援し、よきアドバイザーとして信頼関係を構築しなければならない一方、時には「ガバナンスの番人」として緊張感を持ってトップと対峙しなければならないという二面性があります。そのバランス感覚を保つのはなかなか大変かと思いますが、いかがでしょうか。
松井氏:
私は複数の社外取締役に就任していますが、バランスを取るのが大変だと感じたことはほとんどありません。どちらの役割も企業を発展させるために重要なものであり、矛盾はしないというのが、私の考えです。
私が社外取締役を務める企業の中には社外取締役に社長の任命権限を持たせているところがあるのですが、その場合、社外取締役が現社長続投の妥当性を判断し得ると同時に、社外取締役を決めるのは現社長ですから、社外取締役は自分を選んでくれた社長を辞任させられることになります。これは緊張関係を維持する上でとてもいい仕組みだと思います。一方、アクセルを踏ませる役割としては、経営課題を議論する会議に出席し、事業会社経営の経験に基づいて、出店計画や人材育成などについて積極的に意見を述べます。社外取締役はそれぞれの分野の知見を持っていますし、経営課題は多くの企業で共通する点が多いので、進言できることはたくさんあるのです。
高木:
なるほど。実際には、企業が安定しているときはアクセルの役割が重要ですが、不祥事が起きた際にはガバナンスの番人としての有事対応が求められるといったように、企業のステージや状況に応じてアクセルとブレーキの調整が必要なのでしょうね。
松井氏:
そうですね。会社は生き物ですから、ガバナンスのレベルも、営業の規模も、経営者の考え方も異なります。各社の状況を踏まえながら、それぞれに個性を持った経営者から信頼を得て、時には対峙し、会社の発展に向けてバランスを取ることが社外取締役の使命だと思います。ブレーキが利かない企業は、トップの権限が際限なく強まって腐敗した組織になりますから、社外取締役にはそれを防ぐ役割があると考えています。
東京教育大学(現筑波大学)卒業後、西友ストアー(現西友)に入社。1991年に良品計画へ出向、翌年同社に入社。総務人事部長、無印良品事業部長を経て、2001年代表取締役社長に就任。赤字状態だった組織を風土から変革し、業績のV字回復を遂げる。2008年に同社代表取締役会長に就任。2010年にT&T(現松井オフィス)設立後、2015年に良品計画会長を退任。
国内大手監査法人にて財務諸表監査を経験した後、香港オフィスに赴任し、現地日系企業の支援を担当。帰国後、大手外資系日本法人で税務業務を担当し、二国間事前確認制度および税務プランニング業務に従事。その後、大手日系事業会社において海外グループ会社のリスク・コンプライアンス監査、中期経営計画の編成、KPIの設定・評価業務に携わる。現在は、ガバナンス・リスク・コンプライアンス体制やグローバル内部監査の高度化を支援。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。