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株式会社松井オフィス 代表取締役社長
松井 忠三 氏
PwCあらた有限責任監査法人 パートナー
高木 和人
経済のグローバル化に伴うマネジメント手法の改革と、その中核を担う経営者の育成。どちらも日本企業にとっては古くて新しい課題です。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大によって、海外を含めたグループ経営の難度がさらに高いものとなっています。新たな経営リスク要因が顕在化したことで、改めてマネジメント強化の方向性を確認すべき時期が到来しているとも言えそうです。企業文化を重視してグローバルな事業展開を成功させてきた松井忠三氏と、人材・組織を含めた経営基盤強化の観点からガバナンス高度化を支援するPwCあらた有限責任監査法人パートナーの高木和人との対談後編では、松井氏が自身の経験から辿り着いたグローバル経営の極意と経営者育成の方法論を明かします。
高木:
ここまで議論してきたように、攻めと守り両方のガバナンスを全社最適の視点で仕組み化し、それがしっかり機能するかどうかで、企業のパフォーマンスが異なってきます。いわばガバナンスは企業経営の土壌であり、よい土壌であればそこに実る果実もよいものになりますし、土壌自体が悪ければ果実もそれなりになってしまいます。
松井氏:
そうですね。仕組みの作り方は企業によって異なりますが、根底にあるのは社風や価値観、行動力です。仕組みづくりの方針を決めても、言いっぱなしで実行に移せない組織や、各部署が全体最適に動けない組織では、仕組みが機能しないからです。
そういう組織は社風を変えるしかないですが、社風というのは社長が変えろと言って変わるものではありません。それを支援するのが社外取締役や顧問の役割です。そのためには、社長の横で「これをいつまでに実行するように」と指示を出し続けます。実践を積み重ねていく日々の努力を通じて、ようやく社風が変わり、仕組みが機能するようになるのです。
それはPwCのように社外からコンサルティングやアドバイスを提供する場合にも同じことが言えるのではないでしょうか。社外の人材が、実行力のあるトップと一緒に社風を変える覚悟でその企業に関与して、初めて改革を実行できるのだと思います。
高木:
おっしゃるとおりです。ポリシーやルールを表面的に整備しても、それが人に理解され、行動を変えることにつながり、企業文化として浸透しなければ意味がありません。そのために必要なのは、経営基盤自体の高度化です。経営基盤を構成する主たる要素は人材と企業文化ですが、その醸成には時間がかかりますから、プロジェクトを動かしながら人材の質と量の両面で支援し、プロセスが実質的に運用され企業文化として定着するまで伴走する必要があります。
高木:
経営のグローバル化に伴い、親会社の立場からどのように子会社にガバナンスを利かせるかというグループガバナンスも重要な課題となっています。グループガバナンスを検討する際には、海外拠点の経営基盤を評価し、成熟度が高ければ現地に任せて報告を受ける方法を選択する、成熟度が低ければしっかり指示を出してモニタリングを行い現地任せにしないといった判断が必要です。社員であれば、知識と経験が豊富なベテラン社員には仕事を任せて報告をさせるけれど、経験の浅い新入社員には任せきりにせずしっかり指示とモニタリングをするでしょう。同様に、重要なのは海外拠点の成熟度に応じた権限の付与だと考えます。
松井氏:
おっしゃるとおり、海外の法人をコントロールするにはさまざまな工夫が必要ですね。その1つとして、現地の幹部に日本に来てもらい、日本でどのように意思決定がなされ、どのような考え方で仕組みが作られているのかを学ばせることは大切だと思います。逆に日本からも海外へ足を運び、日本で考えていることを根づかせるために働きかけて、相互交流を行うのです。
高木:
なるほど。一方で、COVID-19の影響で移動が規制される中では、仕組み自体を各拠点で作ることの重要性も増していると感じます。最近、面白いと思ったのは、フェーズを区切って段階的に仕組みを作り上げていくグループガバナンスの手法です。例えば、成熟度が低く本社の考え方を理解できていない子会社はフェーズ1と位置付け、本社から現地に質・量ともに十分なエース人材を派遣し、仕組みを作り上げます。それが定着したらフェーズ2へ進み、CFO(最高財務責任者)は本社に残しつつ社長は現地人材に任せます。フェーズ3~4になると、さらに現地に任せる領域を拡大し、日本には報告をさせるだけにしていきます。このように段階ごとにやるべきことを明確にした仕組みを用いれば、時間は多少かかるものの、グループガバナンスを機能させやすいのではないでしょうか。
松井氏:
エース人材を送り込むというのは確かに重要ですね。やはりエースでないと、その会社の社風を作り上げることはできません。まずはその前提として、日本の本社で仕組みをきちんと作り上げていくことが大事です。
段階ごとにやるべきことを明確にした仕組みを用いれば、時間は多少かかるものの、グループガバナンスを機能させやすいのではないでしょうか。
高木:
仕組みを組織に落とし込むために必要な教育や人材育成に関して工夫されていることはありますか。
松井氏:
私が考える人材育成の最大のポイントは、優秀な人に難しい仕事をさせることです。会社員は優秀であればあるほど、上司には正面しか見せませんから、その人の全体像を知るためには、後ろ姿を見ている部下の評価も有用です。部下からの評価も含めて総合的に評価した上で、最適な人材を最も困難な状況にある部署に配置すると、部分最適の問題点が解きほぐされて全体最適の人事配置になっていきます。
高木:
評価を含む育成の仕組みとしては、この年次にこれを経験させるという体系化された人材育成計画を策定するのがよいのでしょうか。
松井氏:
いえ、これまでキャリアプログラムと呼ばれるものを随分と作りましたが、いずれも絵に描いた餅に終わってしまいました。会社の状況が刻々と変わるように、個人も経験を積むことによってスキルなどが刻々と変わりますので、プログラムを詳細に組み上げても役に立たないことが多いのです。経営陣で定期的に議論し、その時点の状況を踏まえてどういった配置が最適かを探っていくべきだと思います。特にトップに就く人材は慎重に選ばなければなりませんので、経営陣の間で合意形成しながら選び抜く仕組みが大事ですね。
高木:
経営陣全体がトップ人材の育成にコミットするわけですね。松井さんご自身は、トップ人材にはどのような経験が重要だと考えますか。
松井氏:
子会社で社長ポストを経験してもらうのは、人の力量を測り、人を育てる機会として非常に有効です。私は社外取締役を選ぶときも社長を経験したかどうかを基準にしていました。社長というのは必ず最終決断をしなければなりません。その点で、副社長と社長との間には越えられない壁があります。ずっと本社の中だけでエリートコースを歩んだ人よりも、海外から本社を見てきた人や、自ら大きな決断を下してきた人、挫折や苦労を経験した人がトップに就くほうが、企業はうまくいくことが多いのではないでしょうか。
高木:
COVID-19で各国経済は多大なダメージを受けましたが、こうした予測できない社会変化は今後も間違いなく襲ってきます。そのような社会変化が起きても、企業がガバナンスを保ち、成長し続けるために必要なものは何だと思いますか。
松井氏:
業務のプロセスやマニュアルは現場の知恵を反映させなければ使いものにならず、しかもそれを徹底して空気のように社内に浸透させなければ機能しません。空気のような仕組みになったとき、それが組織の風土になります。その風土が根づけば、非連続な社会変化に見舞われても、組織は常に最適解を見つけ、成長を続けられると私は考えています。
高木:
現場の知恵を反映したカスタマイズが価値を生むということは、グローバルに子会社を展開する企業は、本社で決めた統一のガバナンスを機能させるのは難しいのでしょうか。
松井氏:
どれだけ優れた仕組みでも、各国のグループ企業に根づかせるには、その国や地域に合わせたローカライズが必要です。そうしなければ結局は空回りに終わってしまいます。ローカライズした仕組みが機能すれば、グループの文化も伝わっていきますし、それを見た本社の社員や経営層の意識も変わり、歩み寄りながら独自の風土が育っていくのです。
高木:
ベストプラクティスをプロセスとして横展開し、現地のニーズに基づいて修正していくわけですね。それを社員一人ひとりまで浸透させて文化として根づかせるには、プロセスがグループ全体の方針と合致しているかのモニタリングや、本社と地域拠点の連携も求められると思います。その点では、海外拠点を含めたグループ全体のリスクをデータによって可視化し、クラウド上で双方向のコミュニケーションを取るといったテクノロジーの活用も重要になりますね。
松井氏:
そうですね。ガバナンスの仕組みは、標準パッケージがあっても会社や地域ごとに特有の風土や特徴に合わせてカスタマイズしないと回らないのが難しいところです。どのような状態であればガバナンスが利き、経営がしっかりと回るのか、自社の状況に応じて工夫していく姿勢が大事なのではないでしょうか。
東京教育大学(現筑波大学)卒業後、西友ストアー(現西友)に入社。1991年に良品計画へ出向、翌年同社に入社。総務人事部長、無印良品事業部長を経て、2001年代表取締役社長に就任。赤字状態だった組織を風土から変革し、業績のV字回復を遂げる。2008年に同社代表取締役会長に就任。2010年にT&T(現松井オフィス)設立後、2015年に良品計画会長を退任。
国内大手監査法人にて財務諸表監査を経験した後、香港オフィスに赴任し、現地日系企業の支援を担当。帰国後、大手外資系日本法人で税務業務を担当し、二国間事前確認制度および税務プランニング業務に従事。その後、大手日系事業会社において海外グループ会社のリスク・コンプライアンス監査、中期経営計画の編成、KPIの設定・評価業務に携わる。現在は、ガバナンス・リスク・コンプライアンス体制やグローバル内部監査の高度化を支援。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。