
真の成長に向けた「育て方」「勝ち方」の変革元バレーボール女子日本代表・益子直美氏×PwC・佐々木亮輔
社会やビジネス環境が急激に変化する中、持続的な成長が可能な組織へと変革を遂げるには、何が必要なのでしょうか。元バレーボール女子日本代表で、現在は一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」の代表理事としてスポーツ界の意識改革に取り組む益子直美氏と、PwC JapanグループでCPCOとして企業文化の醸成をリードする佐々木亮輔が変革実現へのカギを語り合いました。(外部サイト)
I&CO共同創業者
クリエイティブディレクター
レイ・イナモト 氏
PwCコンサルティング合同会社
代表執行役CEO
大竹 伸明
「不確実性の時代」という世相表現は、今や定着した観があります。かほどに、人々・企業・社会が直面する諸課題が多様化し、複雑化した──そういえるのでしょう。そうした中で企業が持続的に成長していくためには、自社の存在意義(Purpose)を明確に定め、確かな価値としての信頼(Trust)を顧客や社会に提供し続けることが欠かせません。その実現を支援するため、PwCコンサルティングは「3つのDによる変革プラン」によって自らの変革を推進するほか、新たな顧客体験を創造する「エクスペリエンスコンサルティング」にも注力しています。
クライアントに伴走しながらいかに変革をデザインし、未来の体験を生み出すのか。そのヒントを探るべく、2022年7月にPwCコンサルティングの顧問に就任した、I&CO創業パートナーで世界的なクリエイティブディレクターのレイ・イナモト氏と、PwCコンサルティング合同会社代表執行役CEOの大竹伸明が意見を交換しました。
大竹:
イナモトさんのお仕事を日ごろから拝見しておりました。プロダクトそのものを企業と協業してつくり込んだり、デジタルを通じた新たな顧客体験を創造なさったり、クリエイティブエージェンシーの枠を超えたご活動ですね。PwCコンサルティングの「エクスペリエンスコンサルティング」が目指すのもまた、デザインから顧客体験の創出までを、クライアントと伴走しながら革新的なデジタル発想で実現することです。
イナモトさんとPwCコンサルティングは、同じゴールを目指しながら互いに高め合える。そして、変革に取り組むクライアントに対し、さらに高い価値を提供できる――こう確信し、このたびPwC コンサルティングの顧問に就任していただきました。日本を代表するクリエイターであるイナモトさんとの協働で、どのような化学反応が生まれるか、個人的にも楽しみです。
イナモト:
ありがとうございます。PwCコンサルティングのパートナーである馬渕邦美さんから、私のクリエイティブに対するアプローチとエクスペリエンスコンサルティングの目指すところに共通するものがあるということで、お声がけいただいたのがきっかけでした。
大竹:
PwCがグローバルで掲げる成長戦略「The New Equation」の中に、「Community of solvers」という重要なコンセプトがあります。複雑化が進む企業の課題を解決するために、多岐にわたる分野の多様なプロフェッショナルがそれぞれの専門性を生かし、連携して挑んでいくというものです。
従来、コンサルティングならばコンサルタントが、会計監査は会計士が、法務に関しては弁護士が、税務については税理士がそれぞれ担当し、多くの課題を各分野に専門性を持つプロフェッショナルが解決してきました。しかし、目まぐるしい変化と複雑で複合的な課題に立ち向かうクライアントを支援するには、こうしたプロフェッショナルが分野を横断して知見を持ち寄り、さまざまな側面から多面的に取り組むことが求められます。社内の専門家どうしの連携はもちろん、イナモトさんのように世界で活躍されているクリエイターの方にも顧問として力を貸していただくことで、それぞれが異なる価値を提供しながら1つのプロフェッショナル集団となれば、多様化・複雑化した課題を解決できる可能性は大きく広がるでしょう。
とりわけ、コンサルタントは論理性を追求する傾向が強いところがあるのですが、エクスペリエンスコンサルティングにおいてクライアントと伴走し、新しい体験を創出していくにあたっては、よりクリエイティブな視点が重要になります。その点でも、イナモトさんとタッグを組めることに大いに期待しています。
イナモト:
クリエイティブエージェンシーとコンサルティングファームはビジネスで競合する面もありますが、両者の関係は「懐石料理店と鮨店」のようなものかもしれません。調理や給仕の方法は異なりますが、それぞれプロフェッショナルとして技術を尽くし、「和の美味」を追求して、お客様を満足させるというゴールは同じです。
大竹:
言い得て妙ですね。それにしても、そんなマジックワードがスッと出てくる。コンサルタントとは異なるクリエイターの発想力の一端を目の当たりにした思いです。
大竹:
今、経営の羅針盤となる存在意義(Purpose)をあらためて明確にして、目指すべき姿(Vision)や使命(Mission)を設定する企業が増えています。PwCのPurposeは「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」こと。キーワードは「信頼」です。成長戦略「The New Equation」の中でも「Trust」の構築を掲げています。イナモトさんは「ブランドづくりは、ストーリーテリングの時代から、トラストビルディングの時代へと変化した」と発信されており、「Trust」に着目されている点で、ここでもPwCの考え方との共鳴を感じます。「ストーリーテリング」と「トラストビルディング」にどんな真意を込めていますか。
イナモト:
ブランドを構築する手法はこれまで、つむぎ上げた物語(ストーリー)をメディアを通して伝え、共感を得て絆をつくるというやり方が常道でした。典型例が伝統的な宗教です。「聖典」を筆頭に、絵画や音楽、口承といったさまざまな“メディア”を駆使して自らの教義を物語として伝え、共感の輪を世界中に広げることでその地歩を固めてきたわけです。この「ストーリーテリング」手法は、“メディア”の形をアップデートしながら今も使われ続けています。
ただ、この方法論がブランド構築の主流であり得たのは、デジタル技術がまだ浸透せず情報の透明性も低かった「ビフォアデジタル」期までのことです。インターネットやソーシャルメディアが普及し、情報の透明性が飛躍的に高まった「アフターデジタル」時代にあっては、企業が虚偽の発信をしたり、提供する商品やサービスの質が悪かったりすれば、それがあっという間に世界中へと伝わってしまいます。
現在のブランド構築において何よりも大切なのは、ストーリーを語って信じ込ませることではなく、「確かな価値を提供して信頼を築く」という「トラストビルディング」です。その意味で、「カスタマーエクスペリエンス」(顧客体験)が重視されるようになったのは必然の流れでしょう。ビフォアデジタル期には広告やマーケティングを通じた購買前のコミュニケーションに多くの力が注がれましたが、アフターデジタルの今は購買時や購買後の体験と価値が重視されます。体験が信頼を生み、それが次の購買へとつながっていくからです。
大竹:
現在進行中の経営環境の変化として、「株主資本主義」から「ステークホルダー資本主義」への急速な移行が指摘できます。企業価値・株主利益の最大化を目指す株主資本主義に対し、ステークホルダー資本主義ではサステナビリティ(持続可能性)の観点から、株主・顧客・従業員の利益の実現、さらには地域社会や地球環境への貢献を含む幅広い要請に応えることが求められます。
そんなステークホルダー資本主義の下での企業経営には、Trustが欠かせません。例えばメーカーがサプライヤーからのTrustを失えば製品を造れなくなり、リテーラーが卸からのTrustを失えば商品の仕入れができなくなります。
イナモトさんがおっしゃるように、エンドユーザーである消費者からのTrustを得るには、バリューチェーンやサプライチェーンに連なる取引先にもTrustを行きわたらせることが必要です。とはいえ、サプライチェーンの隅々にまで理解を浸透させ、サステナブルな対応に実際に取り組んでもらうのは並大抵のことではありません。イナモトさんが考える、Trustを構築するうえでの課題は何でしょうか。
イナモト:
トラストビルディングのポイントは「本質を見極める」ことだと思います。急速な変化に対応し、競争力を維持すると同時に、信頼を構築するというのは、確かに非常に難しいことです。コロナ禍での感染対策などにも見られることですが、徹底的な対策で信頼を担保しようとするはずの取り組みが、ともすれば形式的なものになってしまい、本当の意味での信頼につながらない場合があります。信頼の構築には何が必要なのか、その本質を見極めて実践することが重要ではないでしょうか。
大竹:
形だけの対応ではTrustは構築できない、ということですよね。サステナビリティに対する取り組みにおいても、もはや掛け声だけでやり過ごせる状況ではなくなっています。明確なビジョンの下、数値目標を掲げてそこに至る現実的な道を示し、実効性ある施策に取り組むことは不可避ですし、そうした取り組みをしっかりと進めている企業が日本国内でも増えてきていると感じます。
大竹:
私たちPwCコンサルティングは今、「3つのDによる変革」を掲げています。3つのDとは、「Design」(新しい姿を描き、作る)、「Disruption」(従来の概念を覆す)、「Dimension」(多面的に考える)を指します。その具体的な取り組みの1つが、「伴走型コンサルティング」の強化です。
私がコンサルティング業界に入った1990年代には、「ベストプラクティス」(最も優れた実践事例)という言葉をよく耳にしました。過去の事例の中に課題解決の答えがあるという考え方で、私たちコンサルタントはそれをクライアントの課題に応用して解決することができました。しかし企業がいま直面しているのは、これまで誰も想像しなかった変革の大波です。
例えば自動車産業は「100年に一度の大変革」の時代に入ったと言われますが、そのような今までに経験したことのない課題に対する答えは、過去の事例の中にはありません。現在のコンサルタントに求められているのは、クライアントとともに未来を描き、それに向けた戦略を立案・実行し、新たな価値を生み出すことです。「エクスペリエンスコンサルティング」は、この伴走型コンサルティングの重要な試みといえます。
イナモト:
よく分かります。変革が求められる時代に必要なこととして、私は「4つのPivot」を提唱しているのですが、「3つのD」はそれと通底しています。簡単にご紹介します。
①「組織のスケール」から「使い分けるスピード」へ
②「独自の売り」から「独自の視点」へ
③「ケーススタディ」から「ビジネスケース」へ
④「理想的な未来」から「実践的な未来」へ
まず、規模の大きさは企業にとって強みとされてきました。しかし、変革を進めるうえで大事なのはスピードです。規模が大きいから意思決定に時間がかかるというのは思い込みで、部分的にスピーディな変革を進められる大企業もたくさんあります。特にコロナ禍では、そうした企業が生き残ってきました。
2つ目は、USP(Unique Selling Proposition)からPOV(Point Of View)へのシフトです。自社のプロダクトやサービスの機能を他社と差異化することはもちろん大切ですが、コピー&ペーストでさまざまなことを容易に模倣できる「アフターデジタル」では、機能の差異だけで自社の優位性は保てません。これからは「何を」よりも「なぜ」やっているのかを起点にするべきです。
3つ目は、まさに大竹さんが今おっしゃったことにつながります。これまで広告業界ではクライアントに対し、過去に手がけたキャンペーンなどの活動事例をより良く見せることにばかり注力していました。しかし本当に大切なのは「ビジネスとしてどのように成立させるか」という発想であり、これはどの業界にも共通していえることでしょう。
最後に、ビジネスを実際に展開するには、遠い未来の架空の構想ではなく、きちんとつくり上げることのできる将来展望が重要です。見据えるべきは、ほぼ絵空事の「理想的な未来」ではなく、かといって簡単に予想がつく「ほとんど確実な未来」でもありません。その中間にあって“手が届くか、届かないか”という「実践できる未来」なのです。
大竹:
なるほど、「3つのD」と「4つのPivot」には共通点が多いですね。特に④は、私たちコンサルタントの考え方ととてもよくマッチします。少し手の届かない将来、40~50年先くらいからバックキャストして中間地点を導き出し、ロードマップを描く。それにより、商品開発や事業開発で足りないテクノロジーや不足する要素が明確になり、目標達成に向けてより具体的に取り組むことを可能にするわけです。
大竹:
変革の強力な武器が、デジタルテクノロジーです。イナモトさんはデジタルを駆使した新たな顧客体験をクリエイトされていますね。デジタルの強みとは何だとお考えですか。
イナモト:
大きく3つあります。
1つ目は「距離をなくす」こと。オンラインミーティングが代表例です。物理的に遠くに離れた人どうしのコミュニケーションを、デジタルはより簡便かつ迅速に変えました。
2つ目は「アクセスを与える」こと。デジタルは、富裕層などの限られた人にしかアクセスできなかったことを、幅広い層が利用できるように変えられます。配車アプリなどもその例です。欧米では日本と異なり、タクシーは誰もが気軽かつ安価に利用できるものとは必ずしもいえなかったのですが、その状況を配車アプリが一変させたのはご存じの通りです。
3つ目は「摩擦をなくす」ことです。摩擦とは、消費者の利用を妨げるような軋轢を指します。配車アプリの例でいうと、従来、タクシー料金はその場でクレジットカードや現金で支払っていました。「その場での支払い」という制約は、タクシーの利用拡大を妨げる摩擦です。決済機能を備えた配車アプリであれば、余計な摩擦なしでタクシーを利用できます。
大竹:
デジタルテクノロジーが人々の体験を変え、体験の価値をも高めること。これは「エクスペリエンスコンサルティング」の核となるコンセプト「BXT」(Business eXperience Technology)にも通じます。BXTは、私たちが蓄積してきた「ビジネスについてのナレッジと経験」「テクノロジーの知見」「エクスペリエンス創出のアイデア」を融合させた、ビジネス変革のためのPwC独自のアプローチです。クライアントに供する顧客体験を軸にビジネスを再編し、デジタルテクノロジーによってイノベーションの実現を支援します。
イナモト:
グローバルファームとしてのPwCには、私たちとは違う知見があります。逆にクリエイティブ思考を武器に戦う私たちのような会社には、他にはない強みがあり、お互いが学ぶべきものがたくさんあるように思います。
これは私の持論としてよく言うのですが、「ロジックよりもマジック」。何かを計画するときや課題を解決するときに、もちろんロジックは大切だけれども、その一方、感情で物事を決めるのが人間の本質だということも忘れてはなりません。直感的に刺さるような“マジック”がないと物事は大きく進まず、変革も難しくなります。ただし同時に、マジックをどう生み出すかを考えるには、精緻なロジックが不可欠でもあります。
ロジックとマジック。1+1が3、4、5となり、さらには10となる。そんな掛け合わせを一緒に実現して、新たな価値を生み出していきたいですね。
クリエイターとコンサルタント。職種は違っていても、根底の考え方やアプローチには非常に共通するものがあると気づかされた対談でした。これこそまさに、Community of solversが目指すところです。異なる専門性を持ち寄って共通の課題に取り組めば、単独では見つからなかったソリューションが立ち現れてくるのです。
PwCコンサルティングとレイ・イナモトさんがタッグを組むことで、数式を超えるマジックがたくさん起きるだろうと、今から期待しています。
米ミシガン大学で美術とコンピューターサイエンスを専攻。世界的なクリエイティブエージェンシー「R/GA」のエグゼクティブクリエイティブディレクターや、デジタルエージェンシー「AKQA」のチーフクリエイティブオフィサーを経て、現職。米Forbes誌や米Creativity誌で「広告業界で最もクリエイティブな25人」「世界で最も影響力のある50人」に選ばれるなど、多くの受賞歴を誇る。
外資コンサルティング会社および外資IT系コンサルティング会社を経て、現職。
自動車メーカーおよび自動車部品メーカーを中心とする製造業や総合商社を得意分野とし、戦略策定支援から業務変革(バックオフィス、フロントオフィス系業務)、IT実装(ERP導入経験を多数、クラウド導入)、PMO案件まで、さまざまなプロジェクトに従事。会計管理領域、販売管理領域、設計開発領域に強みを持ち、海外案件、クロスボーダー案件など、国際色の強いプロジェクトの経験を多く有する。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。