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東京理科大学特任副学長、宇宙飛行士、医師・医学博士
向井千秋氏
PwCあらた有限責任監査法人 パートナー
梅木典子
SDGsの道しるべ
パートナーシップで切り拓くサステナブルな未来
SDGs達成に向けた取り組みは、人類全体が進むべき道を探りながら歩んでいく長い旅路です。持続可能な成長を実現するためには、多くの企業や組織、個人が連携しながら変革を起こしていく必要があります。対談シリーズ「SDGsの道しるべ」では、PwC Japanのプロフェッショナルと各界の有識者やパイオニアが、SDGs17の目標それぞれの現状と課題を語り合い、ともに目指すサステナブルな未来への道のりを探っていきます。
「SDGsの道しるべ」第4回では、目標5「ジェンダー平等を実現しよう」と目標10「人や国の不平等をなくそう」を題材に、日本人初の女性宇宙飛行士で東京理科大学特任副学長の向井千秋氏とPwC Japanグループのダイバーシティ推進リーダーを務める梅木典子が対談。政治、経済、公共分野における意思決定に女性が参画しリーダーシップを執るための平等な機会の確保、また年齢や性別、障がいや人種などに関わりなく全ての人々が社会的・経済的・政治的に包含される状態(インクルージョン)の実現を推し進めるために、企業に求められることは何か。日本における女性活躍推進やジェンダーギャップの現状とその背景を交えながら、ダイバーシティ&インクルージョンを体現する組織づくりのために必要なアクションを議論しました。
梅木:
昨今、女性社員比率の向上や女性管理職の登用などに積極的に取り組む企業や組織が多く見られます。2021年6月にはコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)が改訂されて、上場企業に対し「中核人材の登用等における多様性の確保」の開示を求める内容が加わりました。具体的には「女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標、およびその状況」、「多様性の確保に向けた人材育成方針・社内環境整備方針とその実施状況」の開示といった大きく2点が求められています。このように、社会全体が男女平等ひいてはダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)の体現に向けた動きを見せているわけですが、企業の現場からは「D&Iを標榜しているものの、管理職になる比率は男性のほうが圧倒的に高い」といった声が聞かれ、社会的な変化を実感していない方も少なくないように思います。
向井さんは1980年代から「日本人初の女性宇宙飛行士」として注目され、まさに日本における女性活躍の最前線を走られていますが、日本社会における「見えないバイアス」には変化を感じていますか。
向井氏:
私が宇宙飛行士に選ばれた当時に比べれば、現在はかなり解消されたように感じられます。私が男女の格差や、自分が「女性」であることを初めて強く意識させられたのは、1985年に日本人宇宙飛行士の第1期生として、男性2人と私の計3人が選ばれた時のことです。3名中1名が女性ですから、女性の占める割合が極端に低かったわけではありません。それでも記者会見では、「女性宇宙飛行士としてどんな貢献ができますか」「女性宇宙飛行士として何をやりたいですか」と、「女性」を前提とする質問ばかりが投げ掛けられたのですね。男女雇用機会均等法が施行されたのが翌1986年のこと。そのような法整備が求められる社会状況であり、「女性という存在はまだまだ社会に出にくい環境にあるんだ」と、その時に痛感したものです。
あの時よりは、男女の雇用機会は均等に近付き、管理職に就く女性も増えていると思います。しかし、日本の管理職の女性比率は主要先進国に比べると今なお低く、あらゆる分野・階層で女性が男性と同様にリーダーシップを発揮するには、まだ程遠い状況というべきでしょう。
梅木:
コミュニケーションの中で「女性」を意識せざるを得なかったという経験は私にもあります。公認会計士の世界は女性活躍が比較的進んでいますが、それでも組織上層の職階になるほど、女性の数は少なくなります。そうすると、監査法人のパートナーというポジションを務める中で、ステークホルダーから「女性が少ないのによく頑張っていますね」「●●について、女性としてどう思われますか」といった言葉をよく掛けられるのですね。周りから指摘されて初めて、自分が「女性」であること、男女格差があることを意識させられるケースは、存外に多いのかもしれません。
向井氏:
そうですね。私自身、宇宙飛行士になる前は男女の違いや格差を意識することはあまりありませんでした。外科医として勤務していましたが、女性の看護師と昼夜問わずともに働いていましたし、患者の命を預かる職業ゆえか「女性だからこれをやってはいけない」といった制約が物理的にも心理的にもなかったことから、いわゆる「ガラスの天井」を感じたこともありませんでした。梅木さんがおっしゃるとおり、周囲からの指摘によって、意識していなかった性別を意識するようになることは往々にしてありますが、それが自身の活躍を妨げるバイアスになってしまっては、すごくもったいない。まずは性別に関わらず一人ひとりが、自分自身がそうしたコミュニケーションを相手にしてしまっていないか、顧みる必要があると思います。
梅木:
先ほど紹介したとおり、先般のコーポレートガバナンス・コード改訂により、上場企業には人材のD&Iのさらなる確保が求められるようになりました。この背景には機関投資家がESGなどの非財務情報を重視する傾向を強めている昨今の潮流があり、女性活躍の推進を含むD&Iの実践は、今や上場企業の重要な経営課題となっています。向井さんは、企業がなぜこれらに取り組む必要があるとお考えになりますか。
向井氏:
まず言えるのは、そもそも「カスタマーの半分は女性だから」ではないでしょうか。女性の視点を適切に反映した商品やサービスでなければ、消費者や顧客には受け入れてもらえません。加えて「グローバル展開に不可欠」という理由も挙げられるでしょう。広く海外の顧客に向けてソリューションを提供するのであれば、多種多様な価値観を理解する人材を組織内部に抱えておくことは不可欠だからです。そのための変化が、今求められているのだと思います。
梅木:
いつの時代にあっても、「変化への対応」は企業が生き残るためのキーワードですね。ここ10年のITの目覚ましい進歩に合わせ、社会や経済は急速に変化し、企業が直面する課題もより高度で複雑になってきています。さまざまな変化が今以上のスピードで起こることが確実視される中、自らの価値観もアップデートしていかないと、企業は新たな課題に対応できないということだと捉えています。D&Iに取り組む必然性は、社会からの要請や倫理的な側面から語られがちですが、企業が取り組むべき理由はこうしたところにも存在するのだと思います。
上場企業のトップマネジメント層の多くが女性活躍推進の必要性を認識する昨今ですが、一方で、少なからぬ男性の管理職が、本音のところでは事の重要性に得心がいっていないようにも感じられます。私は監査業務やアドバイザリー業務で企業の方々と話をする機会が多いですが、D&Iの重要性は理解しつつも、具体的な行動に落とし込めていないケースもしばしば見受けられます。
向井氏:
実際に行動してみない限りは、D&Iの必要性を実感することは難しいですからね。さらに言えば、「アンコンシャス・バイアス」(無意識の思い込み、偏見)が、心からの納得を邪魔しているというのもあるのではないでしょうか。この業務は女性には難しいのではないか、この職務はこれまでは男性が行ってきたから後任も男性である、といった具合に。自分ではバイアスだと認識できていないことが厄介な点です。
梅木:
おっしゃるとおりかもしれません。実は私自身、自分の中に潜むバイアスを実感したことがあります。息子が大学に進学する際、「医学部には興味がないの?」と、娘に対しては尋ねなかったひとことを口にしてしまったことがありました。そのときに「男の子は理系、女の子は文系」という自分の無意識のバイアスに気付き、ハッとしました。
向井氏:
誰の心にも潜むさまざまなバイアスを乗り越えるためにも、複合的な視点を持つことが重要なのではないでしょうか。
梅木:
複合的な視点、ですか。
向井氏:
はい。女性活躍の推進や男女格差の問題を考えるうえでは、男性の立場からの観点も大切だと思うのです。私たちはついつい、女性の立場を女性の視点から見がちです。女性の管理職登用を進めるのは必要なことでしょうが、男性になぜ、女性に対するバイアスがかかっているのかを考えて理解しない限りは、根本的な解決にはならないでしょう。さらに言えば、「男の責任」といった意識で懸命に働いて家族を支えたり、「長男だから」と不本意ながらも家業を継いだりと、「男だから」という理由で人知れず苦しんでいる男性だっているはずです。誰もが平等に機会を与えられ、誰もが活躍できる社会をつくるためには、相手の性別に囚われず、その人にとっての幸せは何なのかを考えることが重要だと思います。
梅木:
大事な視点ですね。ある同僚の男性から「女性従業員向けのリーダーシップ研修があるのだが、本当は自分も受けたい。男性にはそのような機会が与えられていない」と言われたことがあります。ジェンダーを議論する際は、どうしても女性の視点が主になりがちですが、一人ひとりが相手の立場を知ることこそ、D&Iの第一歩だと思います。
女性活躍の推進や男女格差の問題を考えるうえでは、男性の立場からの観点も大切だと思うのです。男性になぜ、女性に対するバイアスがかかっているのかを考えて理解しない限りは、根本的な解決にはならないでしょう。
向井氏:
梅木さんがおっしゃられた「相手の立場を知る」ことに関して言えば、男性が「女性は特別扱いされている」という感覚を持ち、相手に十分に歩み寄れないのは少なからず理解できます。女性活躍を推進するために「クオータ制」(割り当て登用)を導入すべきとの議論がありますが、実力は同等なのに女性が指導層に抜擢され、男性には機会が与えられなかったとしたら、性別による格差を感じてしまうのも無理はないからです。単純に女性の実力が高かったから抜擢されたのだとしても、性別による結果、との思い込みは互いにとって不幸です。周囲から「あの人は女性だから選ばれた」と誤解されるようでは、抜擢された女性にとっても仕事のしづらさにつながる可能性すらあります。
梅木:
向井さんは大学の副学長や企業の社外取締役も務められていますが、こうした問題に対してどのようなアプローチが有効と考えられますか。
向井氏:
「多様性」という言葉の照準をより幅広い範囲に合わせ、さらに包括的な見地から問題を議論するための土壌を整備することが重要です。クオータ制の話からはそれるのですが、例えば私が副学長を勤める大学では、2019年に「ダイバーシティ推進会議」を立ち上げました。前身は、学内の女性人材の活用・登用・育成のために2013年に設置された「女性活躍推進会議」なのですが、女性だけに着目するのではなく、個人の属性や状況に関わりなく多様な人材がそれぞれの能力を十分に発揮できる職場環境を整備する方向へと軸足を移したのです。身近な例で言うと、世の中ではシングルマザーに対する社会的なケアの必要性が叫ばれていますよね。でも、実際にはシングルファーザーもたくさんいるわけです。同会議では、性別に関わらず誰もがステップアップできるための支援や、周囲の意識改革のための施策を継続していきます。
梅木:
性別の分け隔てない施策の推進は、支援する側とされる側両方の意識を変えていける可能性がありますね。今おっしゃった人それぞれの状況やワークライフバランスに配慮した労働環境の整備は、企業の人材獲得という面にも有効に作用するはずです。特に、少子高齢化で人口が減少している日本においては、人材の採用は企業にとって死活問題ですから。そうした環境を整備したうえで、女性でも外国人でも、まずは機会を提供することが大切ですよね。実際に業務をやってもらったら意外な適性を発見できた、とか、要職に就くことでより責任をもって業務に当たるようになった、ということは多々あると思います。
向井氏:
ええ。ですから3年間なり5年間なり、一定期間だけクオータ制を導入するという方法も考えられますね。いわばトライアルの期間です。その期間中に成果を出せれば、そのポジションに留まればよいわけですし、もし元のポジションに戻ったとしても、その時に見える景色は、それまでとは全く違うはずです。女性のリーダーを育む土壌作りにもつながるのではないでしょうか。
梅木:
素敵なアイデアですね。それを実現するうえでは、大事なことがもう1つあると思います。そこで働く人材の覚悟と意識の高さです。クオータ制で女性を上位のポジションに登用しようとしても、手を挙げる女性がいなければ始まりません。組織に環境整備を求めることは重要ですが、「性別」ではなく「個」として勝負するために自らを高め続けられる人材であることも、D&Iを最大化できるカギの一つと言えるのではないでしょうか。
向井氏:
そのとおりですね。そうした人材を増やしていくために、私も教育機関のリーダーの一人として、今以上に貢献していきたいと思います。一つは、理科系の学問分野に女性が進出することを後押しする取り組みの推進です。ただ、これはいわば「入口」の施策。女子学生が理科系の学問を学ぼうと志しても、その先に就職できる企業が無いのではと親が心配して止めてしまうという実態があります。女性が理科系分野で活躍するためには、教育現場が「入口」を広げるだけでなく、「出口」である企業側でも理系の女性が働きやすい環境を整え、それを受け入れる文化を醸成することが必要です。川の流れのように、入口から出口までスムーズな流路を整備することができれば、理系女子が活躍する場はもっと広がるはずです。
慶應義塾大学医学部卒業後、同大学医学部外科学教室医局員として病院での診療に従事。1985年にNASDA(現JAXA)より搭乗科学技術者として宇宙飛行士に選定される。アジア初の女性宇宙飛行士として1994年、1998年と2度の宇宙飛行を行い、微小重力下でのライフサイエンスおよび宇宙医学分野の実験を遂行。2005~2007年には国際宇宙大学の教授として、国際宇宙ステーションでの宇宙医学研究ならびに健康管理への貢献を目指した教育を行う。2007~2015年にJAXA宇宙医学研究室長、宇宙医学センター長として宇宙医学研究を推進。2015年4月に東京理科大学副学長に就任。2016年4月より特任副学長に。富士通株式会社と花王株式会社の社外取締役も務める。
一橋大学4年在学中に日本公認会計士試験に合格し、中央監査法人に勤務。卒業後に同法人に入所。2006年7月あらた有限責任監査法人(現PwCあらた有限責任監査法人)に入所。2009年7月パートナー就任。2012年よりPwC Japanグループのダイバーシティ推進責任者を務め、PwCグローバルネットワークのダイバーシティ推進方針を日本にマッチさせながら、意識改革や女性リーダー育成・パイプライン強化のためのスポンサーシップ制度の導入、リーダーシップ研修などを実施。そのほか、企業文化推進(2013~2016年) 、CSR推進(2014~2018年)の責任者を担当。日本公認会計士協会の業種別委員会証券部会の委員(2007~2009年)、広報委員会の委員長(2015~2016年)などを経て、2019年に理事に就任、ダイバーシティ、女性活躍促進担当。このほか、政府関連の委員を複数務める。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。