{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
東京理科大学特任副学長、宇宙飛行士、医師・医学博士
向井千秋 氏
PwCあらた有限責任監査法人 パートナー
梅木典子
SDGsの道しるべ
パートナーシップで切り拓くサステナブルな未来
SDGs達成に向けた取り組みは、人類全体が進むべき道を探りながら歩んでいく長い旅路です。持続可能な成長を実現するためには、多くの企業や組織、個人が連携しながら変革を起こしていく必要があります。対談シリーズ「SDGsの道しるべ」では、PwC Japanのプロフェッショナルと各界の有識者やパイオニアが、SDGs17の目標それぞれの現状と課題を語り合い、ともに目指すサステナブルな未来への道のりを探っていきます。
日本人初の女性宇宙飛行士で東京理科大学特任副学長の向井千秋氏と、PwC Japanグループのダイバーシティ推進リーダーを務める梅木典子が、SDGsの目標5「ジェンダー平等を実現しよう」と目標10「人や国の不平等をなくそう」を体現する組織づくりについて考える本対談。後編では、組織におけるリーダーの在り方やダイバーシティ&インクルージョン(D&I)が企業にもたらす価値、さらには宇宙とSDGsの関係まで、縦横無尽なディスカッションを展開しました。
梅木:
向井さんは宇宙飛行士として長年ご活躍されましたよね。これは私が常々思っていたことなのですが、宇宙ステーションこそ多様性の塊ではないでしょうか。性別はおろか、多様な国籍やバックグラウンドからなるクルーがひとつ屋根の下で協働し、同じ目標に向かって邁進する姿は、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を地で行っているような気がします。専門分野も考え方も異なる人たちとの共同生活から学ばれたことを教えてください。
向井氏:
一言で言うなら、リーダーシップの重要性ですね。宇宙空間でのミッションは、限られた人材と物資をフル活用して遂行しなければなりません。パイロット、機関士、ロボットアームを操作する人、実験研究をする人……。それら全員がワンチームとなり、協調して初めて仕事が回り、大きな成果を出せます。異なる専門領域や思考プロセスを持った人間同士が力を合わせることで、宇宙開発や宇宙空間の謎の解明は加速しているのです
さまざまな出自のクルーをまとめるために欠かせないのが、リーダーの存在です。そして、何もかもが異なる人間たちをまとめるうえでは、リーダーシップの発揮の仕方が何より重要です。リーダーシップと言うと、「俺に付いてこい」「自分がまとめてみせる」といった、いわゆる「マッチョ」なリーダー像が連想されがちかもしれませんが、私がかつて働いていた米航空宇宙局(NASA)のミッションコントロールセンターでスタッフを率いていたフライトディレクターは、そうしたリーダー像とは全く異なりました。
梅木:
どんなリーダーだったのでしょうか。
向井氏:
形容するなら、まるでオーケストラの指揮者のようでした。「それぞれの奏者から一番よい音色を引き出すにはどうするべきか」「自らが『率いる』のではなく、各パートを『調和させる』ことで素晴らしい演奏に仕上げよう」という考え方です。限られたリソースでミッションの成果を出すという意味で宇宙空間と企業の組織はよく似ていますから、D&Iに取り組む組織のリーダーの在り方として、ヒントになるかもしれません。
梅木:
私はPwC Japanグループのダイバーシティ推進リーダーを拝命していますので、リーダーの重要性について非常に共感します。組織のカルチャーは、すなわちリーダーのカルチャーでもあります。リーダーの考え方や発言が、組織の方向性を決定付けると言っても過言ではありません。
PwC Japanグループは、ジェンダー、LGBT+、国籍、人種、宗教、障がいなど多岐にわたるテーマからなるダイバーシティに対して真のインクルージョンを実現したいと考えています。そのためには、経営陣が多様性の価値をどう捉え、組織としてどうなりたいのかを発信することが大切であるとも考えています。
向井氏:
組織にカルチャーを浸透させるうえでは、リーダーが考えを明確にすることは欠かせませんよね。
梅木:
はい。そのために、例えばLGBT+を支援するためのグループ内イベントにPwC Japanグループの各メンバーファームのトップが参加し、その場でメッセージを発信したり、従業員と意見を交わしたりしています。トップの意見に全員が同意するとは限りませんが、それでもD&Iが経営課題であり、私たちは本気で体現したいと思っているとのメッセージを、強いトーンで粘り強く、あらゆるシーンで発信することで、D&Iを身近な問題として受け止めてくれる従業員は少しずつですが増えている気がします。本気で組織の変革に取り組むのであれば、経営を司る人間には、こうした地道な取り組みが必要になると思います。
宇宙飛行士時代の向井千秋氏(中央右側)(c)JAXA_NASA
向井氏:
多国籍のクルーで運用するスペースシャトルや宇宙ステーションでの経験から私が言えるもう1つのことは、人はお互いの「違い」からしか学べないということです。
梅木:
そのとおりですね。考え方や発想が同じ人間が10人いても、新しいことは生まれにくい。「違う」ことを前提に互いの知見を組み合わせることで、新たなソリューションやイノベーションが生まれるのですよね。それこそが多様性の真価だということを、私たちも日々の業務で実感しているところです。
向井氏:
これは人材育成においても同じです。上司が部下に仕事を割り振る際、過去の経験をもとに業務の進め方まで事細かに指示してしまったり、部下からの思いもかけないアウトプットを「前例がないから」という理由で却下してしまったりというのはよく聞く話です。せっかく「違う」のに、既存の枠に当てはめようとしてしまっては、イノベーションやブレイクスルーは生まれにくい。さらに言えば、部下のモチベーションまで下げてしまいます。思い切って若い世代に任せてみて、「違い」をどんどん吸収する。仮に失敗しても許容する。逆に、ほんの小さな成功でも褒める。「よいチャレンジだった」と言われるだけで、その後の成長は全然違ってきますからね。
梅木:
おっしゃるとおりですね。違いを生かすことで組織は活性化します。そのためにもまずは、前編でもお話ししたとおり、相手の立場を理解することが必要ですよね。ひとつ、最近の潮流で私が好感を持っているのは、男性の育児休業取得が推奨されていることです。PwC Japanグループでも積極的に取り組んでおり、2021年6月末時点で、取得率は59%に達しています。実際に制度を利用した男性従業員からは「育児や家事の大変さを、身をもって知った」との声が寄せられています。男性が、女性に負担が偏りがちな家事や子育ての実情、つまり自分との「違い」を知れば、チーム内のワーキングマザーに対する視点が、それまでとは変わるはずです。家庭における彼女たちの負担を想像し、チームの態勢を整えたり、働く時間について配慮できたりするようになる。その結果、個人が持つ能力を最大限引き出せるようになり、組織が成長することにもつながります。自分のマインドセットを変えられるのは自分だけです。いかに従業員に気付きを与えられるかが、企業には問われています。
考え方や発想が同じ人間が10人いても、新しいことは生まれにくい。「違う」ことを前提に互いの知見を組み合わせることで、新たなソリューションやイノベーションが生まれるのですよね。それこそが多様性の真価です。
梅木:
本対談はシリーズ「SDGsの道しるべ」の一環ですので、SDGsに関する見解もお聞かせください。向井さんは東京理科大学「スペースシステム創造研究センター」のスペースコロニーユニットのユニット長を兼任され、日本の宇宙開発を牽引なさっています。「持続可能な繁栄のための生命圏の拡大」という意味で、宇宙開発はSDGsと響き合う部分が多いように感じます。
向井氏:
宇宙開発とSDGsは完全につながっています。そもそも、地球環境は宇宙の一部です。講演会や取材などで「宇宙ってどんなところですか」とよく聞かれるのですが、「皆さんが暮らすこの地球、ここが宇宙です」と私はいつも答えています。「今、ご自分のいるところが『宇宙の1丁目1番地』なんですよ」と。持続可能な未来づくりに向けては、地球に限らず宇宙空間を保全することも重要なミッションなのです。
そのために、宇宙開発でもSDGsに通じる考え方が提唱されています。2019年6月に開かれた国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)本委員会で、「宇宙活動に関する長期持続可能性(LTS)ガイドライン」が採択されました。今、宇宙空間で運用される人工衛星などが耐用年数を過ぎて使われなくなり、宇宙ゴミ(スペースデブリ)が増えています。スペースデブリが増え過ぎると、ロケットの打ち上げなどの宇宙活動に支障をきたします。そこで宇宙活動の安全性を確保し、持続可能な宇宙環境を維持するために策定されたのが、同ガイドラインです。SDGs同様に法的拘束力はありませんが、日本を含む92の参加国が全会一致で合意した画期的なものです。
梅木:
地球だけでなく宇宙全体の持続可能性を探っていく必要があり、そのための仕組みも整備されつつあるのですね。宇宙での活動が、地球におけるSDGs達成に貢献できることもあるのでしょうか。
向井氏:
はい。宇宙空間に長く滞在するには、水や空気を効率的にリサイクルするシステムの開発が欠かせません。地球よりもはるかに厳しい環境下で利用できるリサイクルシステムが実現すれば、その技術は地球上のリサイクルにも必ず役立つはずです。
時々思うのです。もし人類が、エネルギーや資源を浪費することなく分かち合い、かつもっと建設的に競争を続けていたなら、私たちは今ごろ火星に有人到達していたかもしれないな、と。人類にとっての危機は、いつ、どんな形で襲ってくるか分かりません。かつて繁栄した恐竜が宇宙から飛来した隕石の衝突によって絶滅したと言われるように、宇宙的な視点で見れば、人類の存亡に関わる危機はたくさんあり得ます。そんな中、私たちは地球という小さなコップの中でいがみ合ったり、限られたパイを奪い合ったりしていてよいのでしょうか。SDGsという人類共通の普遍的な目標が策定されたことで、ようやくとはいえ、持続できる世界をつくるというポジティブな方向に世界が真剣に舵を切り始めました。私たちは、本当に意義深い、歴史的な出来事を目の当たりにしているのだと思います。
私は監査業務やアドバイザリー業務に従事する中で、企業が持続的成長やD&Iを志向しながらも、そこに到達する前に目先の効率などに囚われたり、固定観念に縛られたりして、つまずいてしまうケースをいくつも見てきました。しかし今回の対談を通じて、SDGsに対応しないと企業が生き残れないどころか、人類の存続自体が危ういのではないかとの意を強くしました。
企業が時代の変化を乗り越えて生き残るには、新しいものの見方や異なる考え方・スキル・バックグラウンドを持つ多様な人材を組織内部に取り入れるダイバーシティが重要なのは言うまでもありません。ただ、いくら多様な人材を集めても、それぞれが別のベクトルを向いたままでは、「1+1」が「2」になるどころか逆にマイナスとなり、組織が弱体化してしまう恐れもあります。したがって、多様な人材が組織の中で自然と混ざり合いながら「1+1」を「3」にも「4」にもするインクルージョンこそが、これからの経営で真に目指すべき目標と言えます。PwC Japanグループはこうした考えのもと、2021年7月より、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)をインクルージョン&ダイバーシティ(I&D)と呼ぶことにし、グループ内の活動や関連するチーム名もそのように改めています。
持続可能性の取り組みやI&Dを推し進めていくのには忍耐力が必要ですが、粘り強く取り組んだ先に、持続的な成長という地平が広がっている……。そう信じて、私たちも歩みを進めます。(梅木)
慶應義塾大学医学部卒業後、同大学医学部外科学教室医局員として病院での診療に従事。1985年にNASDA(現JAXA)より搭乗科学技術者として宇宙飛行士に選定される。アジア初の女性宇宙飛行士として1994年、1998年と2度の宇宙飛行を行い、微小重力下でのライフサイエンスおよび宇宙医学分野の実験を遂行。2005~2007年には国際宇宙大学の教授として、国際宇宙ステーションでの宇宙医学研究ならびに健康管理への貢献を目指した教育を行う。2007~2015年にJAXA宇宙医学研究室長、宇宙医学センター長として宇宙医学研究を推進。2015年4月に東京理科大学副学長に就任。2016年4月より特任副学長に。富士通株式会社と花王株式会社の社外取締役も務める。
一橋大学4年在学中に日本公認会計士試験に合格し、中央監査法人に勤務。卒業後に同法人に入所。2006年7月あらた有限責任監査法人(現PwCあらた有限責任監査法人)に入所。2009年7月パートナー就任。2012年よりPwC Japanグループのダイバーシティ推進責任者を務め、PwCグローバルネットワークのダイバーシティ推進方針を日本にマッチさせながら、意識改革や女性リーダー育成・パイプライン強化のためのスポンサーシップ制度の導入、リーダーシップ研修などを実施。そのほか、企業文化推進(2013~2016年)、CSR推進(2014~2018年)の責任者を担当。日本公認会計士協会の業種別委員会証券部会の委員(2007~2009年)、広報委員会の委員長(2015~2016年)などを経て、2019年に理事に就任、ダイバーシティ、女性活躍促進担当。このほか、政府関連の委員を複数務める。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。