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ANAホールディングス株式会社
執行役員 サステナビリティ推進部長
宮田 千夏子氏
PwC弁護士法人 代表
北村 導人
SDGsの道しるべ
パートナーシップで切り拓くサステナブルな未来
SDGs達成に向けた取り組みは、人類全体が進むべき道を探りながら歩んでいく長い旅路です。持続可能な成長を実現するためには、多くの企業や組織、個人が連携しながら変革を起こしていく必要があります。対談シリーズ「SDGsの道しるべ」では、PwC Japanのプロフェッショナルと各界の有識者やパイオニアが、SDGsの17の目標それぞれの現状と課題を語り合い、ともに目指すサステナブルな未来への道のりを探っていきます。
2023年1月からの施行が予定されているドイツの「サプライチェーン・デュー・ディリジェンス法」をはじめ、欧米諸国ではビジネスと人権に関連するハードローやソフトローの策定が相次いでおり、その影響は日本企業にも及びつつあります。日本初の人権報告書を発行したANAホールディングスの執行役員 サステナビリティ推進部長の宮田千夏子氏は、人権課題に優先順位を設定するためにも、企業は「人権デュー・ディリジェンス(DD)」※を早急に実施すべきだと指摘します。
日本企業にとっても今や他人事ではなくなった人権課題への取り組みを、積極的に企業価値を高める機会とするにはどのように対応すべきか。PwC弁護士法人代表の北村導人が宮田氏と議論を交わしました。
※企業の事業活動が与え得る人権への負の影響を把握し、それを防止・軽減するとともに、適切な手段を通じて是正し、その進捗や結果を評価・開示する継続的なプロセス
北村:
日本企業においても、人権尊重に取り組むことが重要な経営課題であることが徐々に認識されつつありますが、具体的にどのようなアクションを起こせばよいのかという点で悩んでいる企業は多いようです。前編で触れた経産省・外務省による「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査」からも、「どこから始めたらよいのか分からない」という企業の現状が浮き彫りになっています。
人権という広範な課題に着手するには、まずどのようなアプローチが有効だと思われますか。
宮田:
これから着手しようという企業には、まずは「人権DDを早くやったほうがいい」と伝えたいですね。
当社でも、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に従って人権方針は公表したものの、その後何から手をつけてよいか分からず、先に進まないという課題に直面しました。
しかし指導原則には、「DDを実施すべき」と明記されています。つまり、できることを全部やれと言っているわけではなく、「できることから優先順位をつけてやればよい」ということなんですね。優先順位がつけば、企業はそこにリソースや予算を集中して投入できます。
例えば当社の場合は、DDの結果、航空機の清掃などに当たる外国籍の従業員、特に技能実習生の処遇に関する人権リスクが高いと判断し、この課題にいち早く取り組むことができました。
全ての問題に対応できていなくても、「自社の課題を明確にする」ことに意味がある。今後の方針を定めるために、DDはできるだけ早く行うべきだと思います。
北村:
おっしゃる通り、人権DDの実施にあたっては、できることからスモールスタートして、対応のサイクルを一巡させることが重要ですね。自社の人権課題について深刻度や発生可能性などの観点から優先順位づけをし、優先度の高い課題から情報収集、影響分析・評価、対応措置の策定、そして開示・評価を行うといったPDCAをまずは一巡させることが重要です。その後、徐々に対象を拡大し、同様のサイクルを継続することで、十分な取り組みになっていくのでしょう。
宮田:
そうですね。その過程で特に重要と感じるのは、客観性の担保です。課題を絞る際に、企業として取り組みやすいものを選ぶということではいけません。
私どもは当初からNPOの方々と一緒に議論し、優先順位が本当にこれでよいのか、第三者の視点を入れて検証しながら、DDの正当性や透明性を確保するよう努めてきました。
北村:
確かに、人権課題は本来、自社が主体となって取り組むべき課題ですが、企業側の視点だけで人権リスクを捉えると、ステークホルダーにとっての負のインパクトという観点が薄れがちになりますし、課題の重要性よりもリソースのかけやすさに優先度が傾いてしまうこともあります。
企業が主体的に取り組む中で、同時に客観性や公正性を維持するために、社内外の専門家の知見や客観的意見などを踏まえてディスカッションを重ねていくことが重要ですね。
宮田:
当社ではもともとハラスメントや差別といった問題は人事部や法務部が所管していましたが、それとは異なるグローバルな観点での人権課題に取り組むにあたって、当初は専門的に対応する部署も人も社内に存在しませんでした。そのため、まず人権関連分野で活動するNPO・NGOと協働する体制を整えたという経緯があります。スタートから外部の視点を取り入れたことは、結果的によい選択だったと思っています。
そうした外部の専門家とのダイアログは毎年必ず実施しており、例えば空路を介した人身取引の問題など、それまで認識できていなかったようなテーマを指摘していただけることがあります。このような気づきも得られるので、ダイアログは継続して実施することが大事だと実感します。
指導原則はできることを全部やれと言っているわけではなく、「できることから優先順位をつけてやればよい」ということなんですね。
北村:
貴社が人権報告書で提示した4つのフォーカスエリア、「日本における外国人労働者の労働環境の把握」「機内食等に係るサプライチェーンマネジメントの強化」「航空機を利用した人身取引の防止」「贈収賄の防止」に加えて、今後さらに新しい課題として取り組もうと考えているテーマはありますか。
宮田:
今、欧州で注目されている「人権・環境デュー・ディリジェンス法」の動向を、私どもも関心をもって注視しています。地球環境問題と人権課題を紐づけて捉えることの重要性はよく理解しているのですが、人権DDに気候変動や環境をどう組み込むべきなのかはなかなか難しく、当社としての方向性はまだ見えていません。欧州の動きを注意深く見守ろうと思います。
北村:
オランダにおける気候変動と人権の関係を示した2019年の最高裁判決や、2021年5月にハーグ地裁が石油会社に対し「気候変動による深刻で不可逆的な結果は地域住民の人権侵害をもたらし得る」と認定した判決は、大きなマイルストーンでしたね。
もっとも、現状では環境対応と人権課題への取り組みをつなげることができている企業はまだ少ないと理解しています。
宮田:
欧州でも、例えばドイツの「サプライチェーン・デュー・ディリジェンス法」では土壌汚染や大気汚染は含まれているものの、気候変動は含まれておらず、一方でEU全体としてはやはり気候変動が重視されるだろうという見方もあり、いまだ模索中というところではないかと感じます。
非常に目まぐるしく動いている最中ですし、各国ごとに違いも出てくると思いますので、あまり法令の細部にとらわれてしまうと身動きが取れなくなってしまうおそれがあります。根底にあるのはやはり国連の指導原則ですから、それに沿った取り組みをしていくということが有効なのではないでしょうか。
北村:
確かにそうですね。国連の指導原則を基盤として人権尊重への取り組みを行っていれば、各国でさまざまなハードローが制定され、順守を求められることになったとしても、十分に対応が可能な状態になっているはずです。各国の動向に目配りしながら、国連の指導原則に基づく基本的な取り組みをしっかりと進め、不足する点を把握し、徐々にそれを埋めていくことが肝要なのでしょう。
北村:
人権リスク対応においてもう1つ重要なのが、グリーバンスメカニズム(人権侵害に対する苦情処理・問題解決・救済のための仕組みや制度)です。
グリーバンスメカニズムでは、人権DDで捕捉できない課題をもカバーするために、さまざまなステークホルダーの声を拾っていくことになります。声を拾う間口を広げることで、拾った声に対する対応に優先順位をつけざるを得ないという点で、難しい取り組みではないかと思います。
ANAグループではどのように運用されていますか。
宮田:
当社ではまず、普段なかなか届きにくいグループ会社やその先の委託会社で働く外国人労働者からの声を拾いたいと考えてヒアリングを実施したのですが、そこで得られた声の大半は、休憩室の環境が良くない、言語の壁があって必要な情報が得にくいといった、ちょっとした工夫で改善できる問題でした。
グリーバンスメカニズムを設置することで「労働争議のような一大事になってしまうのでは」と恐れる向きもありますが、やはりグリーバンスメカニズムの目的はそのような課題を小さいうちに把握して対処することにもあるのではないかと認識したところです。
当社のグリーバンスメカニズムも、いわゆる内部通報型だけではなく、現場で声を聴くという形も含めて考えたほうがよいだろうと思っています。
北村:
受動的に声を拾うだけでなく、能動的に情報を集約するシステムにするのですね。小さな問題を放置していると、積み重なって大きな問題に発展することもありますので、早い段階で拾い上げて適切な対応をすることで問題の芽を摘んでいくのは重要ですね。
宮田:
はい。ただ、窓口に寄せられた声には、批判的なコメントよりもむしろ肯定的で前向きな意見が多かったのです。これは意外でした。
北村:
「グリーバンス」という言葉からは、苦情処理というイメージが浮かびがちですが、従業員のポジティブな声を吸い上げることにもつながっているのですね。
宮田:
そうですね。レピュテーション(評判)リスクが大きいとされる人権課題ですが、その半面、より良い経営を実現するためのチャンスにもなるのではないでしょうか。
当社で言えば、外国人労働者の声にしっかり耳を傾け、彼らが「この会社で働きたい」と感じてくれるようになれば、当社はオペレーションを支えてくれる大切な人材という戦力を強化できます。また、サプライチェーンの企業とともに人権尊重に取り組めば、サプライチェーン全体がより強いものになります。人身取引のような課題に業界全体で対処していけば、航空業界のレジリエンスや価値を高めることにつながります。
北村:
なるほど。人権課題に取り組まなければならないと理解はしているものの、実際にどう企業価値につながるのかが具体的に見えないという経営者が多いのが実情でしょう。こうした取り組みの根底には、信頼や心理的安全性といったものがあるのではないかと思います。人権尊重に取り組むことで、ステークホルダーに信頼や心理的安全性が生まれ、それによって関係が深まり、さらにはブランド価値向上にもつながり、良い人材、良いビジネスをも引きつける、というポジティブなスパイラルになっていくのですね。先行する貴社の取り組みはまさにそれを体現しており、これからこの課題に取り組もうとする企業にとっても、人権尊重から企業価値を生み出すための重要なヒントになると感じます。本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
人権尊重の取り組みにおいて先行している企業が、経営トップのコミットメントのもと、実際にどのような意識でこれに臨み、どのような課題や効果を見いだしているのかというお話は、非常に示唆に富むものでした。その中でも、例えば人権報告書の発行やグリーバンスメカニズムの策定が、新たなリスクや問題を生じさせるのではなく、むしろステークホルダーのエンゲージメントの促進や、肯定的な意見の吸い上げにもつながり、ポジティブな効果があったというのは新鮮な観点でした。改めて、負のインパクトを減らすだけでなく、ステークホルダーとの信頼関係を構築し、価値を生み出すための取り組みとして人権課題に対峙していくことが重要だという認識を強めました。
1986年1月全日本空輸株式会社入社。2011年6月スカイネットアジア航空株式会社に出向。2015年7月からANAホールディングス株式会社に出向、2016年にコーポレートブランド・CSR推進部副部長となる。2020年からANAホールディングス執行役員、グループ法務・グループ総務・サステナビリティ推進副担当、サステナビリティ推進部長。
弁護士、公認会計士。大手監査法人や大手法律事務所などを経て、2016年にPwC弁護士法人入所。2020年より代表。ESG/サステナビリティ関連法務(人権関連法務等)、税法・会計が交錯する企業法務、税務、ウェルスマネジメントなどを主に専門とする。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。
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