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東北大学教授
世界防災フォーラム代表理事
小野 裕一氏
PwC Japan グループ代表
木村 浩一郎
SDGsの道しるべ
パートナーシップで切り拓くサステナブルな未来
SDGs達成に向けた取り組みは、人類全体が進むべき道を探りながら歩んでいく長い旅路です。持続可能な成長を実現するためには、多くの企業や組織、個人が連携しながら変革を起こしていく必要があります。対談シリーズ「SDGsの道しるべ」では、PwC Japanのプロフェッショナルと各界の有識者やパイオニアが、SDGsの17の目標それぞれの現状と課題を語り合い、ともに目指すサステナブルな未来への道のりを探っていきます。
世界がさまざまな不確実性に直面するなか、日本ではその地理的条件から、自然災害がとりわけ大きなリスク要因となっています。世界規模で起きている温暖化による自然災害の激甚化に加え、主要な経済圏周辺での地震や火山活動といった社会経済に甚大な影響を及ぼす自然災害も、日本の社会と企業にとっての差し迫った危機と言えます。では、私たちはこうした危機に対し、真に必要な備えができているでしょうか。
【あらためて考える真の「防災」】と題したサブシリーズの第1回では、SDGsの目標11「住み続けられるまちづくりを」にも含まれる国際的な防災枠組「仙台防災枠組2015-2030」の採択に尽力し、東北大学災害科学国際研究所教授として産・官・学・民の防災関係者が集まる日本発の市民参加型国際会議「世界防災フォーラム」を立ち上げた小野裕一氏と、PwC Japanグループ代表の木村浩一郎が、日本の社会と企業は災害リスクにどう向き合うべきか、災害に強い社会づくりには何が必要か、その中で企業にはどのような役割が期待されているのかを議論しました。
木村:
世界は今、多面的かつ重層的な社会変動と不確実性に直面しています。PwCではその影響を「Asymmetry(非対称性)」「Disruption(破壊的な変化)」「Age(人口動態)」「Polarization(分断)」「Trust(信頼)」の5つからなる「ADAPT」というフレームワークで整理しているのですが、新型コロナウイルス感染症の拡大による影響も含め、こうした変化は急激に加速しており、いずれもこれまで通りの対応が通用しない、いわば想定外のリスクになっていると言えます。
自然災害もそうした想定外のリスクの1つですが、災害や防災の研究に長年取り組まれてきた小野先生は、想定外の事象に対してどのように備えていくべきだとお考えになりますか。
小野:
想像力を働かせてできるだけ「想定内」にしていくしかないと思います。とはいえ、大自然の変動を相手にしたとき、発生する可能性がある事象を「想定」するのは容易なことではありません。対象となる時間軸があまりにも長大だからです。
地学的な変動は、数千年・数万年単位の歳月の幅で生じます。対して、研究者が自らの視野に捉えて考察できる時間のスパンはせいぜい数百年ですから、自然科学の知見だけから災害の全貌を想定するには限界があります。現に、地震学者をはじめとする科学者たちは2011年東日本大震災のマグニチュード9.0の地震を、その後の津波や原発事故、避難の規模などを含む「防災」の観点から想定できていませんでした。
さらに言えば、研究者はどうしても自らの専門領域という“タコ壺”にこもってしまいがちです。想像力を広げ、数千年スケールの事象を基にした防災対策を講じるには、各分野間や自然科学と社会科学との垣根を越え、行政や企業とも連携しながら、幅広い知見を結集して取り組むことがぜひとも必要だと感じています。
木村:
確かに、数千年・数万年という単位の課題に取り組むには、自然科学はもちろん、社会科学や、さらには企業や政府を含めた社会全体の知見が重要になりますね。
企業はそこまで長期的な視点で物事を考えることは難しいですが、有事を想定して従業員の安全を図り、必要なサポートやコミュニケーションの仕組みを構築するといったことには長けています。そう考えると、社会としての防災態勢を考える際に、企業に果たせる役割は思っている以上にありそうですね。
小野:
その通りです。研究者だけでは全体を俯瞰して総合的な対策を考えることはできないので、企業の強みを生かしていただくことは極めて有用だと思います。
木村:
ただ企業側としては、防災というのはかけざるを得ない「コスト」である、という意識が強いのが実情です。
小野:
そうですね、企業に限らず、やはり防災はお金がかかるもの、やるとプラスになるというより、やらないとマイナスになる、やらざるを得ないもの、というイメージができてしまっているので、それを覆すことは大きな課題です。
私が仙台での開催誘致に携わった「第3回国連防災世界会議」でもこの問題が俎上に載せられ、防災を「経費」ではなく「投資」に転換すべきだとの結論に至りました。同会議の成果文書である「仙台防災枠組2015-2030」はこれを受け、望まれる4つの優先行動(下図参照)の1つとして「強靭性(レジリエンス)のための災害リスク削減への投資」を盛り込んだのです。
投資によってリスクを削減するという考え方は、企業の皆さんにぜひご理解いただきたい重要なメッセージです。
「仙台防災枠組2015-2030」で合意された4つの優先行動 |
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木村:
SDGsやESGなどへの対応についても言えることですが、企業が取引先や投資家・消費者などからの「批判をかわす」という発想で行う取り組みには、本当の意味での主体性がありません。そうした取り組みをコストとして捉えている限り、結局のところ成長に結びつくことがなく、いずれ限界に突き当たってしまうのだと思います。
先進的な企業はサステナビリティをコストではなく戦略の中心に据えて、そこに投資をし、成長につなげようとしています。防災も同様に、投資を通じて成長を実現するという視点で、経営アジェンダの1つとして取り組む必要がありますね。
小野:
私も同じ考えです。日本では第二次世界大戦中は軍事費にほとんどの予算が使われて防災力が大きく落ちたのですが、戦後まもなく台風などで多くの風水害が起き、このままでは日本の将来はないという危機感が生まれたことから、防災にGDPの1%近くを投資し、災害対策基本法をはじめとした現在の防災の基礎となる施策を打っています。これは特に、防災に十分に資金を回せないという途上国の人たちに非常に説得力があるのですが、資金がない中でも防災に十分投資してきたからこそ日本はこれだけの経済成長を遂げることができたわけですね。
木村:
なるほど、限られた資金をどう使うかという点で、重要な戦略ですね。
小野:
防災への主体的な投資を実行している企業と、そうでない企業との差は、いずれ歴然と現れるはずです。
阪神淡路大震災では神戸港が壊滅的な被害を受けたため、港湾機能が周辺諸国に移され、港湾業は復興後も震災以前の規模には戻りませんでした。後ろ向きの言い方にはなりますが、震災前に港湾の防災にもっと投資しておけばそうはならなかったのではないかと思います。
木村:
防災への投資が1つの産業をも左右することになる。企業にとっては重みのある教訓です。
小野:
現在はどちらかというと気候変動リスクのほうが注目されていますが、日本には南海トラフ地震や首都直下地震という、より予測不能で甚大な被害をもたらし得るリスクがあります。首都圏の本社が機能しなくなるほどのダメージを受けた場合に備え、デジタル化を進めておくほか、物流や人材を確保し、代替機能を別の場所に用意しておくことまで視野に入れているか否かは、企業の存続に関わる重要なポイントだといってよいでしょう。
首都圏の本社が機能しなくなるほどのダメージを受けた場合に備え、デジタル化や物流・人材の確保、代替機能の用意まで視野に入れているか否かは、企業の存続を左右する重要なポイントです。
木村:
そうした投資を各企業単位でも実施していくにせよ、最初にお話しいただいたように、これだけ甚大なリスクに対応するためにはやはりセクターを横断する連携が不可欠になりますね。
官民の連携について考えてみると、日本では政府と企業との距離が比較的近く、方向性も一致しやすい傾向にあるように思います。というのも、PwCが毎年実施している「CEO意識調査」では企業経営において何を大きな脅威と捉えているかを質問しているのですが、欧米では「過剰な規制」が上位に挙げられることが多い一方、日本ではこの点はあまり重大視されていないのです。
小野:
環境問題における欧州での動向などを見ると、確かに日本では官民の対立や乖離といったものがそこまではないかもしれませんね。
他方で官と学の協力に関しては、欧州では政権内に科学アドバイザーなどの役職を置いて自由に発言させる伝統がありますし、米国でもコロナ対策においてCDC(疾病対策センター)が強い権限を持っているように、科学者の影響力が大きい。これに対し日本では、政治に働きかける科学アドバイザーの役割が欧米ほど重くありません。
防災に関しては、内閣総理大臣を会長とする中央防災会議に科学者が参加するなど、科学の知見を取り入れる体制はあるものの、政府や役人の力が強いことは確かです。
木村:
企業の観点からは、産学の距離をもっと近づける必要も感じています。象徴的な例が、機微技術(軍事に用いられる可能性の高い技術)の保護です。機微技術は企業もアカデミアも保有しており、ビジネスの成長や研究の発展だけでなく、日本の地政学的な重要性にも関わっています。こうした機微技術を保護するためにも、企業とアカデミアが連携を深めようという機運は、いま日本全体で高まりつつあります。
小野:
そうした機微技術を含む重要な知的財産を守るにあたっても、防災の観点が求められます。本当に最悪のケースを想定すると、経済が破綻するような被害が起きた後、日本が国としてどうやって生き残っていくかまで考えておかなくてはなりません。どんな災害が起きても知的財産は継承できるような仕組みがあることが望ましいでしょう。そのためにも、企業と大学のより密接な連携が必須になっていくと私も思います。
木村:
それは重要なポイントですね。知的財産を防災に結びつけられている企業はなかなかないと思います。
地理学博士。専門は気候学、国際防災政策。世界気象機関(WMO)、国連国際防災戦略事務局(現・国連防災機関〔UNDRR〕)、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)で国際防災政策の立案に従事。2012年に東北大学災害科学国際研究所の教授に就任し、災害統計グローバルセンター長を兼務。第1回世界防災フォーラムの事務局長を務め、2018年に一般財団法人「世界防災フォーラム」を設立して、代表理事に就任。
1963年生まれ。1986年青山監査法人に入所し、プライスウォーターハウス米国法人シカゴ事務所への出向を経て、2000年には中央青山監査法人の代表社員に就任。2016年7月よりPwC Japanグループ代表、2019年7月よりPwCアジアパシフィック バイスチェアマンも務める。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。