
真の成長に向けた「育て方」「勝ち方」の変革元バレーボール女子日本代表・益子直美氏×PwC・佐々木亮輔
社会やビジネス環境が急激に変化する中、持続的な成長が可能な組織へと変革を遂げるには、何が必要なのでしょうか。元バレーボール女子日本代表で、現在は一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」の代表理事としてスポーツ界の意識改革に取り組む益子直美氏と、PwC JapanグループでCPCOとして企業文化の醸成をリードする佐々木亮輔が変革実現へのカギを語り合いました。(外部サイト)
一般社団法人日本テレワーク協会 専務理事
田宮 一夫 氏
PwC Japanグループ マネージングパートナー
鹿島 章
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を受けてテレワークが普及し、働き方の概念が大きく揺さぶられています。従業員が同じ場所に集まり、定時に仕事をする伝統的な働き方からテレワークを前提とするニューノーマルな働き方へのシフトチェンジが、日本を変えようとしています。変革の過渡期にある今、多くの企業が人事制度や環境の未整備、コミュニケーションの希薄化、セキュリティなど、さまざまな課題に直面しています。では、日本経済の競争力を高めるニューノーマルな働き方をどのように推進すればよいのでしょうか。テレワークの普及・啓発活動により企業と地域の活性化に貢献する一般社団法人日本テレワーク協会専務理事の田宮一夫氏と、PwC Japanグループ マネージングパートナーの鹿島章が、リモートで対談します。
鹿島:
COVID-19の拡大を受けて、多くの企業がテレワークを導入しなければならなくなりました。PwC Japanグループでは数年前から柔軟な働き方を推進する取り組みとして在宅勤務を導入していたこともあり、3月には在宅勤務を原則とする体制に移行し、4~5月には出社率を1桁に抑えたのですが、一方でこれを機に初めてテレワークを実施せざるを得なくなったという企業も少なくなかったようです。特に感染者数が増加した4月前後は、企業も社会も混乱していました。その頃は、貴協会への問い合わせも多かったのではないですか。
田宮氏:
COVID-19以前は、1日10件程度の問い合わせがあれば多いほうでしたが、緊急事態宣言後は1日平均5,000件、多い日は9,000件を超えました。この事態に対応すべく、急遽3カ所のコールセンターを立ち上げました。問い合わせで特に多かったのは就業規則の見直しやセキュリティ関連、助成金に関する内容でした。
鹿島:
そこまで急増したとは驚きですね。実際、導入率はどの程度まで上がったのでしょうか。
田宮氏:
東京都が公表したデータによると、都内のテレワーク導入企業は2020年3月時点では24%でしたが、4月には62.7%まで跳ね上がりました。企業規模別で見ると大手・中堅企業(従業員300人以上)が79.4%、中小企業(従業員100~299人)が71.3%、小規模企業(従業員30~99人)が54.3%と、大企業ほど導入が進んでいるようですが、これまでテレワーク導入が進まなかった小規模企業においても半数以上の比率で導入が進みました。
また、これまでは「制度は設けているがごく一部の社員しか使っていない」という企業が大半を占めていたのですが、今回は多くの企業で出社が必須の業務以外は在宅勤務とする動きが見られました。
出典:東京都防災ホームページ (『テレワーク「導入率」緊急調査結果』)
鹿島:
COVID-19でテレワークがこれほど急速に普及する以前から、日本テレワーク協会はその普及に取り組んでいらっしゃったのですよね。
田宮氏:
1991年に設立された日本サテライトオフィス協会を前身に、2000年から日本テレワーク協会として活動しています。テレワークは在宅勤務の他にもサテライトオフィスやモバイルワークなどを含む、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方を指します。
テレワークの普及は、地方在住者、高齢者、障がい者などの人材を活用することで労働力人口減少への対応や東京一極集中の緩和といった社会課題の解決につながるだけでなく、育児・介護による離職の防止、優秀な人材採用の拡大、有事の事業継続性の確保など、企業にとっても多くのメリットをもたらします。同時に、労働者もワーク・ライフ・バランスの向上、時間の有効活用、通勤に伴う精神的・肉体的な疲労の軽減などの利点があります。つまり、社会・企業・労働者の三者にとってWin-Win-Winな働き方なわけです。
人材活用に関して言えば、在宅型のテレワークは障がい者雇用の促進につながる点も重要です。障がい者の方たちの雇用には働きやすいオフィス環境(バリアフリー等)や通勤手段への配慮も不可欠ですが、テレワークであれば各自の状態に合った環境で仕事をしてもらえます。もちろん障がいの種類や程度によってはテレワークが困難な場合もありますが、例えば対人ストレスの影響を受けやすい方は、自宅で家族のケアを受けながらだと働きやすいという声もよく聞きます。
鹿島:
おっしゃるとおり、企業の立場からすると人材活用におけるメリットは大きいですね。先述のようにPwCでは以前から在宅勤務を推進しているのですが、その理由の1つが、優秀な人材でありながら家庭の事情などで通勤が難しいという方たちを採用できる、人材の選択肢が広がるということです。
また、テレワークは生産性の向上にもつながると感じます。PwCでは数年前からグローバルでオンラインツールを整備し、ミーティングや資料共有をリモートでできる環境を整えていたのですが、実は日本のオフィスで働く社員たちにはその利便性があまりピンと来ていなかったのです。クライアントを含め、ほとんどの人が東京にいるので、会ったほうが早いという感覚が強かったんですね。一方で、PwC米国の社員たちは同じ国内でも離れた地域にいる同僚やクライアントと仕事をすることが多いので、こうしたツールで大幅に生産性が上がったと喜んでいました。今回COVID-19で日本でも大半の従業員がテレワークを経験した結果、オンラインツールのおかげで仕事がはかどり、顔を合わせなくても特に不便はないと実感するようになりました。
この認識は世界のCFOを対象にした調査結果にも表れています。2020年4月の調査ではCFOの45%がテレワークによる生産性の低下を予想していましたが、ロックダウン解除後に実施した調査では、同じ設問に対する回答が26%になりました。つまり、働き方を変えても生産性はさほど低下しないと認めたわけです。日本でも大多数のCFOが、テレワークを恒久的な働き方として導入することを検討し始めています。
実体験を通じてこうした懸念が緩和されたことで、テレワークが一過性のものではなく、新しい働き方として定着していく可能性は高いと予想しています。
出典:PwC Japanグループ『新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 対応に関するCFOパルスサーベイ 日本分析版‐2020年6月15日』
鹿島:
とはいえ、今回のテレワークの拡大で課題もいろいろと見えてきました。とりわけ日本企業の皆さんが痛感されたのはデジタル化の必要性だと思うのですが、いかがでしょうか。
田宮氏:
そうですね。「捺印で承認をもらうために出社しなければならない」「書類が会社にあるから出社しなければならない」という在宅勤務における課題は、かなり多く寄せられました。現在、電子承認を導入している日本企業は約25%で、半数以上は捺印による承認プロセスを採用しています。その理由を調べてみると「行政機関に提出する書類なので捺印が不可欠」というケースが3割強、あとは社内の承認プロセスで捺印を義務付けていました。行政プロセスは一企業で変えられるものではありませんが、企業内部の承認プロセスであれば、権限委譲やメールによる一時承認で解決できることも多いはずです。
鹿島:
これを契機に、これまで紙で管理していた情報がデータ化されるということにも意義がありますね。AIやデータアナリティクスの活用が叫ばれていますが、日本企業にとってはまず「データがない」ことが一番の弱みでした。文書の電子化が進めば、そのデータを分析することで何らかの価値を生み出せるようになります。
また、従来の日本型組織では、社内で情報を流通させる場合、データを集約して資料を作る人、その資料をレビューしてQA集を作る人、さらにそれを上司に説明する人がいて、というように、トップに辿り着くまでに何段階も経なければならないことが多々ありました。しかしデジタル化が進めば、トップ自らがデータにアクセスする環境に変わる可能性があります。
かつて世界中の企業がこぞってERPを導入した理由は、そこにあったのです。欧米企業ではERP導入後、トップ自らがドリルダウンして情報を分析するようになり、現場に直接連絡することが増えました。残念ながら当時の日本企業では、ERPでデータにリアルタイムにアクセスできるようになっても、トップが直接それを見ることはなく、メリットを感じてもらえませんでした。しかしCOVID-19を契機としてあらゆる業務のデジタル化が進み、トップ自らがデータにアクセスすることが当たり前になってくれば、組織がフラット化し、全体的な生産性の向上につながるのではないでしょうか。
田宮氏:
確かに、多くの日本企業では業務やプロセスが人に依存しており、システム化が十分に進んでいません。デジタルへ移行する過程で現場の無理、無駄、ムラを排除できれば生産性は上がりますし、一般社員もマネージャーもトップも、誰もが必要な時に必要な情報を入手できるようになりますね。こうした環境の整備と業務プロセスの見える化、共有化、標準化ができるかどうかが、新たな働き方が常態となる中で企業の明暗を分けることになると思います。
鹿島:
そうですね。COVID-19への対応によってデジタル化のハードルが下がったと言えますから、遅れているとされてきた日本企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)がこれを機に加速することを期待したいです。
環境の整備と業務プロセスの見える化、共有化、標準化ができるかどうかが、新たな働き方が常態となる中で企業の明暗を分けることになる。
1986年、富士ゼロックス株式会社に入社。国内販売部門の事業計画・マーケティングを担当し、特にチャネルビジネス戦略や地域統括会社の設立に従事。また外部企業M&Aによる新会社設立に携わり、新会社執行役員管理本部長として、総務・人事・経理・情報システム、事業計画・業務プロセス改革をリードした。2019年6月からテレワークを広く社会に普及・啓発することで企業や地域の活性化に貢献する一般社団法人日本テレワーク協会専務理事に就任。
1985年、大手監査法人に入所。監査業務を経験した後、1995年にアーサーアンダーセンビジネスコンサルティング部門へ転籍し、2001年にパートナー就任。べリングポイント株式会社マネージングディレクターなどを経て、2012年にプライスウォーターハウスクーパース株式会社のコンサルティング部門代表、2015年に同社代表取締役に就任。2016年より現職。
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