
真の成長に向けた「育て方」「勝ち方」の変革元バレーボール女子日本代表・益子直美氏×PwC・佐々木亮輔
社会やビジネス環境が急激に変化する中、持続的な成長が可能な組織へと変革を遂げるには、何が必要なのでしょうか。元バレーボール女子日本代表で、現在は一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」の代表理事としてスポーツ界の意識改革に取り組む益子直美氏と、PwC JapanグループでCPCOとして企業文化の醸成をリードする佐々木亮輔が変革実現へのカギを語り合いました。(外部サイト)
プリンシパル、デザインディレクター
松下 千恵 氏
IT評論家
尾原 和啓 氏
PwC Japanグループグループマネージングパートナー
鹿島 章
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大を契機として、日本でも多くの企業が在宅勤務の導入に取り組みました。その成否や継続可能性は、業種や職種、企業規模や以前からのICT利活用状況などにより異なりますが、リモートワークの利点を実感できた企業は今後も何らかの形で業務に組み込んでいくことを検討している一方、さまざまな課題が顕在化し、オフィス勤務へと再びシフトしていく動きも見られます。そんな中、PwC Japanグループは2021年2月に東京・大手町に新たなオフィスをオープンし、在宅勤務とオフィス勤務を併存させたハイブリッドワークを実現しようとしています。アフターコロナ時代にバーチャルとリアルを組み合わせた働き方からどう価値を生み出せるか、そのためにはどんなオフィス空間が求められるのか。PwCの新オフィスをデザインしたゲンスラー・アンド・アソシエイツ・インターナショナル(以下、ゲンスラー)日本代表の松下千恵氏、デジタル化が世界にもたらした変化の本質とビジネスの針路を説いた『アフターデジタル』の著者で早くからグローバルなリモートワークを実践してきたIT評論家の尾原和啓氏、PwC Japanグループ グループマネージングパートナーの鹿島章の3人が、働き方の変化に対応するオフィスのあるべき姿について語り合いました。
鹿島:
コロナ禍では多くの企業が、オフィスに出勤して仕事をするという働き方を見直すことを余儀なくされました。業種や規模、ツールの導入状況などにより、対応は各社さまざまですが、PwC Japanグループの場合は最初の緊急事態宣言発出以来、在宅勤務を原則とし、出社率を30%未満(2021年5月現在)に抑えています。グローバルで事業を展開しているPwCでは、COVID-19以前から、世界各地に分散しているプロフェッショナルたちとリモートでコラボレーションをするためのツールや環境を整えていたので、インフラの面ではリモートワークに移行しやすい状況にあったと言えます。また、プロフェッショナルサービスファームとしてジョブ型雇用・プロジェクト単位の業務が中心で、1人ひとりの役割が明確になっているため、それぞれが自宅で作業をすることになっても支障がなく、人によってはその方が効率が良いという場合もあります。
しかしそれでも、これだけ長期にわたり在宅勤務を標準としていると、さまざまな課題が見えてきました。1つはコミュニケーションの問題で、オンラインでやりとりできるとはいえ、ちょっとした質問や相談をできる相手がすぐそばにいない環境では、特に経験の浅い若手の人たちは不安を感じるようです。もう1つは物理的な執務環境の問題で、日本の住宅事情では自宅で集中して仕事ができるスペースをなかなか確保できません。また、短期集中による新規プロジェクトの立ち上げや、新たなアイデアを生み出すためのディスカッションなどは、やはりリアルの場で集まった方がスピーディーに好ましい成果を得られることも分かってきました。
ゲンスラーはオフィス設計を手がける立場から世界各国の企業の働き方のニーズや課題をとらえてこられたかと思いますが、COVID-19の影響はどのように出てきていますか。
松下氏:
ゲンスラーでは世界各国で働き方やオフィス環境についての調査を毎年実施していますが、2020年の調査ではコロナ禍におけるリモートワークのメリットとデメリットにフォーカスしました。メリットとしては、「自分の仕事にフォーカスできる」「平日も家族や子どものために時間を使えるなどワークライフバランスが向上する」「通勤の必要がない、リフレッシュの時間がとれるなどウェルビーイング(心身の健康や社会的な状態が良好であること)を考慮した働き方が可能」といった回答が得られました。一方、課題としてまず挙げられるのは、精神面への影響です。ロックダウンを行った欧米では、リモートワーク中に孤独感・疎外感を持つ人が50%を超えました。第2はラーニングに関する課題です。鹿島さんもご指摘になりましたが、若い世代では、仕事を横で見て学んだり、その場ですぐに質問したりといったことができないため、自分の成長を実感できないとの結果が示されています。第3の課題は、クリエイティブな作業を共同で行う際には、リモートでは限界があることでした。同時にオフィスに戻りたいと思う理由についても聞いているのですが、顔を合わせて話をしたい、新しいことを一緒にやりたい、という回答が多くありました。今後はアフターコロナに向けてこうした課題を踏まえ、リモートワークとオフィスワークのバランスをどうとっていくかを考える必要があるのではないでしょうか。
尾原氏:
お2人が指摘したリモートワークのメリット・デメリットについては、2020年に出版した『仮想空間シフト』の中で私も、石川善樹氏(公益財団法人Well-being for Planet Earth代表)によるフレームワークを用いて分析を試みました。このフレームワークでは、座標の縦軸に「みんなで仕事」か「1人で仕事」かを、横軸に「非目的型の仕事」(Be)か「目的型の仕事」(Do)かを置いて、4象限でリモートワークの要素を分類しています(図)。
図:仮想空間の働き方を可視化するフレームワーク (石川善樹氏『フルライフ』を基に尾原氏が作成)
尾原氏:
リモートワーク導入当初に仕事が効率的に進んだという現象は、第1象限(右上)の「決まった目的をみんなでやりきる」仕事が効率的に進んだことを意味します。高い業務スキルを蓄積していた人たちが、オンライン会議など利便性の高いツールを手にして、生産性を高めたのだと思います。しかし、仕事というのは実はこれだけではなく、目的のない雑談や日々のやりとりなど非目的型の「みんなでやる仕事」(第2象限、左上)の中で相互の信頼感や共通の価値観といった財産を蓄積していくという側面もあります。新しいアイデアを生んだり、チームに新たなメンバーを迎え入れたりする際には、そうやって醸成された信頼感や価値観が重要な役割を果たします。ところが、リモートワークが長期化するとそうしたものが徐々にすり減ってきてしまうんですね。これからリモートとオフィスのハイブリッドワークを進めていくには、非目的でみんなでやる仕事をバーチャルとリアルのかけ算でどう加速していくかが大事になってくると思います。
鹿島:
PwCのようなプロフェッショナルサービスファームでは即戦力のある経験者を中途採用することが多く、新たに入社してきた人たちとの信頼関係の構築や価値観の共有が非常に重要です。これをリモートワークでどう実現すべきかについては、私たちも切実な課題として意識しています。
尾原氏:
言語化できる類いの知識に加えて、専門的な知見やノウハウ、仕事に対する姿勢といったものまで伝える必要がありますよね。私が以前働いていた外資系IT企業では、新しいオフィスの立ち上げ時には、古参のメンバーが全体の3分の1を占めるように人員を配置していました。組織の価値観を体現する古参のメンバーがそばにいることで、新しいメンバーが彼らの姿勢から学んで自らの価値観を更新し、新オフィスにも企業文化が浸透するのです。そうした伝播や共有をバーチャルでもどう可能にするかは、確かに難しい問題ですね。
鹿島:
これからの働き方を考えるにあたって、そうした価値観の共有を担うものとしてオフィスの役割があらためて意義を持ってくるのではないでしょうか。「非目的の仕事をみんなでする」ためには、リアルな空間での体験が必要です。私たちはCOVID-19以前からその認識に立ち、「エクスペリエンスセンター」と呼んでいるコラボレーションやクリエーションの場を立ち上げ、社内でのディスカッションやクライアントとの協創に活用してきました。そこでのリアルな体験の重要性は、リモートワークが主流になった今、いよいよ高まっていると感じています。
松下氏:
リモートワークを経験したことで、多くの人たちが顔を合わせて共同で何かを作ることの大切さを再認識しましたね。オフィスの役割という点について言えば、その変化に応じてオフィス空間のデザインも時代とともに変わってきました。かつては企業内のヒエラルキーが重視されていたので、オフィスのレイアウトも社長室などの個室があり、窓を背にした部長席の前に部下のデスクを並べるといったように、社内のヒエラルキーを反映していましたが、その後は働き方の変化を受けて、フリーアドレスやデスクシェアリング、アクティビティ・ベースド・ワークプレイスなどが普及してきました。そして今、アフターコロナの時代にオフィスに求められるのは、「エンゲージメントハブ」の機能だと私たちは考えています。リモートとリアルのハイブリッドなワークスタイルにおいて、ここに来れば、人とつながり、いろいろな学びや体験ができるという空間。私たちはこれを「エンゲージメント・ベースド・ワークプレイス」と呼んでいます。
尾原氏:
社内のヒエラルキーがオフィスのデザインに反映されているというのは、確かにそうですね。物理的なデザインには人の行動を変える力があります。ある小売業のオフィスでは、全社員が上司ではなく来訪客と正対するよう、入り口に顔を向けて席を配置したところ、全員がお客さまが入ってくるたびに「いらっしゃいませ!」と挨拶するようになったといいます。上司よりもお客さまを第一に考える姿勢が、オフィスのレイアウトによって自然と浸透するんですね。先ほどリモートワークの課題として価値観の共有が挙がりましたが、オフィスには、会社として何を大切にしているのかが物理的なデザインを通じて日々の行動に織り込まれるという機能もあるわけです。
オフィスには、会社として何を大切にしているのかが物理的なデザインを通じて日々の行動に織り込まれるという機能もあります。
鹿島:
PwC Japanグループは2021年2月、東京・大手町のOtemachi One タワーに新たなオフィスをオープンしました。もともと丸の内・霞が関に分散していたオフィスを、1カ所に統合する形となります。その一番の目的は、コラボレーションの促進です。従来は、監査、コンサルティング、税務、法務などの各法人がそれぞれのサービスを提供することが多かったのですが、クライアントの事業環境が急速に変化し、複雑化する中で、パートナー1人ひとりの能力や、法人ごとのノウハウといった垣根を越えて協業し、より良いソリューションをスピーディーに提案する必要性が高まってきています。そうしたニーズに対応するために、組織間のコラボレーションやディスカッションが活性化するオフィスデザインを目指し、ゲンスラーにご協力いただきました。
松下氏:
ゲンスラーは2009年以降、PwC Japanグループが成長しビジネスモデルが変革されるたびに、それに合わせたワークプレイスをデザインしてきました。Otemachi One タワーへの移転プロジェクトは、COVID-19の感染拡大前に検討がスタートしたのですが、PwCの皆さんとディスカッションを重ね、結果的にアフターコロナを見据えたフューチャーワークプレイスを体現するオフィスになったと考えています。目指したのは、1つのプラットフォームに社員が集結し、多様な考え方を生かし、イノベーションを生み出せる環境です。学びのための刺激となるようフロアごとにキャンパスをテーマに「スポーツ」「アート」「アカデミック」などのコンセプトを導入したり、各フロアを内階段でつなぎ、スタッフの何気ない出会いや偶発的なコミュニケーションを促す空間設計を採用したりしています。中でも最大のチャレンジは、PwCのITチームとゲンスラーのデジタルエクスペリエンスチームが共同開発したモバイルアプリです。このアプリを利用すれば、オフィスの中で会いたい人が今どこにいるかをスマートフォンからリアルタイムで確認できます。どこの部屋が空いているのか、逆にどの場所が密になっているのかをヒートマップで把握することにも使えます。
各フロアを内階段でつなぐことで、偶発的な出会いを促す
ハイブリッドワークを見据え、在宅勤務の会議参加者との一体感が生まれるよう、ミーティングスペースのデザインはアットホームな雰囲気で「家のリビングルームにいるような空間」(松下氏)になるよう意識した
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尾原氏:
今日はこうしてバーチャルで参加させていただいていますが、お話をうかがうと、ぜひ一度実際に見に行ってみたいと感じます。リアルな空間で偶発的な出会いやコミュニケーションを促進しつつ、デジタルを活用してそれをサポートするというのは、とても良い取り組みですね。リアルには物理的に人を誘導するという強みがあり、デジタルには遠く離れたものを簡単に結びつけるという力があります。今やオンラインとオフラインは並列して存在しているのではなく、デジタルがリアルを包み込み、リアルの体験を拡張してくれる「OMO」(Offline merges Online)と呼ばれる関係にありますが、アプリを使って働く場と人間を統合するこのオフィスは、OMOを体現していると言えます。
シリコンバレーやベイエリアの企業も、社内に無料のカフェを設けて「カジュアル・コリジョン」(日常の中のちょっとした衝突)を誘発しようとしています。スタッフが社外や自分のデスクでランチを食べるのではなく無料のカフェに集まることで、普段の業務では接することのないメンバーとのカジュアルなコミュニケーションが生まれ、そこから新しいアイデアやビジネスの刺激につながることを目指しているのです。コーヒーマシンをわざと複雑なものにして、口下手だけど細かい作業は得意という人でもコーヒーを淹れるのを手伝いながら会話しやすくなるような場を作り、分野やタイプが違う人たちの交流を促している会社もあります。いつも一緒に仕事をしているメンバーどうしだと、効率よく解を導くことはできても、変化の時代に求められる全く新しい発想は生まれにくい。社会学のネットワーク理論では「弱いつながり」とも称されますが、普段は遠くにいるけれど価値観やエンゲージメントという点でゆるやかにつながっている人どうしの方が、今までとは異なる視点が得られたり、越境的な問題提起ができたりするのです。デジタルなアプリとリアルな空間の双方でこうした「弱いつながり」を組み込んでいるPwC Japanグループの新オフィスは、先進的な試みだと思います。
ワークプレイスを中心に、幅広いプロジェクトを数多く手がける。社員の働き方分析から設計監理までの全てのフェーズにおいてデザインチームをリードし、機能的かつ効果的な環境デザインを提案する。プロフェッショナルサービス企業のワークプレイス分野では、ゲンスラー・アジア地区の代表としてトレンドの調査分析をリードする。
1970年生まれ、京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。コンサルティング、IT、デジタルコンテンツ、eコマースなどさまざまな分野の企業勤務を経験し、2015年にIT評論家として独立。現在はシンガポールやインドネシア・バリ島をベースに活動。本鼎談にはシンガポールからリモートで参加。
1985年、大手監査法人に入所。監査業務を経験した後、1995年にアーサーアンダーセンビジネスコンサルティング部門へ転籍し、2001年にパートナー就任。ベリングポイント株式会社マネージングディレクターなどを経て、2012年にプライスウォーターハウスクーパース株式会社のコンサルティング部門代表、2015年に同社代表取締役に就任。2016年より現職。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。