
真の成長に向けた「育て方」「勝ち方」の変革元バレーボール女子日本代表・益子直美氏×PwC・佐々木亮輔
社会やビジネス環境が急激に変化する中、持続的な成長が可能な組織へと変革を遂げるには、何が必要なのでしょうか。元バレーボール女子日本代表で、現在は一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」の代表理事としてスポーツ界の意識改革に取り組む益子直美氏と、PwC JapanグループでCPCOとして企業文化の醸成をリードする佐々木亮輔が変革実現へのカギを語り合いました。(外部サイト)
プリンシパル、デザインディレクター
松下 千恵 氏
PwC Japanグループグループマネージングパートナー
鹿島 章
IT評論家
尾原 和啓氏
アフターコロナに向けてリモートワークとオフィスワークを目的や必要に応じて使い分けるハイブリッド型のワークスタイルが主流になると、オフィスでの業務遂行を前提としてきたこれまでのマネジメントやリーダーシップのあり方では、企業は価値を生み出し続けることが難しくなります。優秀な人材を引きつけ、彼らが能力を最大限に発揮して活躍できるようにするために、企業は従業員に何を提供していくべきなのでしょうか。PwC Japanグループをはじめ世界各国の企業のワークプレイスデザインを手がけてきたゲンスラー・アンド・アソシエイツ・インターナショナル(以下、ゲンスラー)の日本代表・松下千恵氏、複数の企業での勤務経験と長年にわたるリモートワークの実践に基づきこれからの働き方を提言するIT評論家の尾原和啓氏と、PwC Japanグループ グループマネージングパートナーの鹿島章が意見を交わしました。
鹿島:
PwC Japanでは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響下で原則在宅勤務という方針を導入しましたが、感染が収束してからも、クライアント先・オフィス・自宅を柔軟に組み合わせ、業務に適した場所で執務を行うというハイブリッドワークを進めていく計画です。働き方がこうした形に進化すると、そこで求められるマネジメントやリーダーシップも当然ながら変わってくるので、それを探っていくのがこれからの課題だと考えています。
尾原氏:
リアルとバーチャルのそれぞれの良さをいかに引き出すかということになりますね。
鹿島:
そうですね。課題の1つは、コミュニケーションの頻度を増やすことです。これまでは100人以上が集まるような大規模なミーティングをやろうとすると、場所の確保や準備などが容易ではありませんでしたが、バーチャルでは簡単に大人数を招集することができます。ライブストリーミングで大勢にアイデアを共有して、オンラインフォームでフィードバックをもらうといったことも可能です。前編でお話ししたように、企業の価値観やマネジメントの考え方などが上から下へと自然に伝わるという想定はリモートでは通用しませんから、バーチャルならではのさまざまな方法を使いながら、チーム単位での直接的なコミュニケーションをより頻繁に行っていく必要があると思っています。
松下氏:
社内のコミュニケーションだけでなく、クライアントにプレゼンテーションをする際などにも、従来は人数の制約などで参加できなかった若手メンバーがオンラインであれば同席できるので、経験を積んでもらえるというメリットがあります。
鹿島:
PwCの場合は世界各国のメンバーファームに専門家がいるので、彼らとやりとりしやすくなったのは助かっていますね。一方で、物理的な制約なく気軽にミーティングを招集できてしまうので、参加人数が増えすぎる場合もあり、本当に参加することが必要なのか、これまで以上に意識しないと生産性の向上にはつながらないかもしれません。
尾原氏:
遠くにいる人にピンポイントでチームに入ってもらうといったことは、確かにバーチャルだからこそできることです。距離的な問題だけでなく、このプロジェクトではチームメンバーには足りないこういった視点がほしい、といったときに、異分野の人材に一時的にチームに参加してもらうこともできます。いろいろな分野の専門知識やスキルを持った人たちがプロジェクトごとにバーチャルチームを結成するといった仕事のし方は、これから増えていくでしょう。
また、鹿島さんがご指摘のとおり、オンラインでなんとなく参加できてしまうミーティングをいかに効率化するかという点に関して言えば、物理的な制約があるからこそクリエイティビティが発揮されることもあるので、それをどう組み込んでいくかが重要だと思います。あえてオンラインで同じ時間にみんなが集まるようにはせず、バーチャル空間にそれぞれが好きなタイミングでアイデアを出しておける場所を用意するなど、「unsynched(同期しない)」「unscheduled(前もって計画しない)」といったやり方も注目され始めています。
鹿島:
ハイブリッドワークが主流となる時代に、マネジメントとしてどう魅力的な職場を提供し、人材を引きつけるかという観点からすると、成長の機会というのも重要だと思います。最近のPwCの調査で衝撃的な結果が出ているのですが、COVID-19の影響で加速するデジタル化が仕事環境に与える変化をどうとらえているかという調査で、日本の回答者は全般的にテクノロジーに対してネガティブで、新しいデジタルスキルの活用に対する自信や意欲が低いほか、スキル習得の機会もないと考えているという傾向が示されました(図1~図4)。
図1:質問「職場に導入される新たなテクノロジーの活用に順応できる自信がどの程度ありますか?」に対して「とても自信がある」と回答した割合
図2:質問「私はテクノロジーの変化についていけるよう絶えず新しいスキルを学んでいる」という記述に対して「強く同意」と回答した割合
図3:質問「過去12カ月間に、どの方法で新しいスキルを学習しましたか?」に対する回答
図4:質問「現在の雇用主は通常の職務以外の場であなたのデジタルスキルを向上させる機会を与えてくれますか?」に対する回答
尾原氏:
これは確かにショックですね。変化を楽しまず、「教育は国や会社が提供してくれるもの」という受け身の姿勢になってしまっていることには危機感を覚えます。一方で、ここから企業が何をしていくべきかも見えてきますね。
鹿島:
そうなんです。本来なら、新たなテクノロジーを使って生産性を上げたり、人間ならではの仕事に時間を使ったりできるというプラスの発想を持つべきですよね。PwCではここ数年、そうした考え方のもと、デジタルに対するポジティブなマインドセットを持ってツールを活用できるようにするためのデジタルアップスキリングに注力してきました。まずは社内でそうした取り組みを進め、日本企業の方々にその効果と必要性を理解していただこうとしています。働く側からすると成長できる機会を得られることが企業の魅力になりますから、企業は従業員にそれをきちんと提供できなければなりません。また、これまでは経験値を重ねることでスキルが上がるという前提がありましたが、今は新しいスキル、特にテクノロジーのスキルを持っていることに大きな価値があるので、それを正当に評価するような仕組みも必要でしょう。
松下氏:
企業としての魅力という点では、ダイバーシティも大事だと思います。ゲンスラーの場合は建築分野のプロフェッショナルをジョブ型で採用しますので、国籍や性別を問わずスキルが評価され、それを入社後にも向上させるチャンスが得られるというところに働きがいを感じている社員が多いようです。
尾原氏:
成長の機会も含め、働く人たちのモチベーションというのは、とりわけハイブリッド環境においては重要な要素ですね。前編で松下さんがヒエラルキーを反映したオフィスデザインのお話をされましたが、上司が部下を見張るような配置で座っているので、見られているから学ぶ、がんばる、という構造がかつてのオフィスにはありました。いわば外からの動機づけです。ところが、リモート環境では自分を監視する人は自分しかいなくなるわけです。そうなると、内的な動機づけをどう高めていくかがきわめて大切になってきます。これには世代間の違いもあって、高度成長期に昇進や昇給を目標に働いてきた世代とは異なり、今社会の中心を担っているミレニアル世代、その次のZ世代と呼ばれる若い世代の人たちは、そうした外的な要因よりも、自分の中の内燃機関で動いていくという傾向にあります。
鹿島:
PwCでも、若手スタッフを見ているとそれは感じられますね。プロジェクトにアサインされる際にも、「このプロジェクトはクライアントにこういう価値をもたらす」「このプロジェクトは多方面の関係者と協業することでさらなる社会課題の解決につながる」といった点に関心を持つ人が増えてきています。
尾原氏:
内的なモチベーションを高めるにはどうすればよいかを考える上では、米国の心理学者マーティン・セリグマン氏が定義するウェルビーイングの要素がヒントになります。彼は心身や社会的な状態が良好であるためには「快楽」「没頭」「人間関係」「意味合い」「達成」の5つからなると整理していますが、衣食住が足りて「快楽」や「達成」が満たされるようになった今、仕事において求められるのは「没頭」「人間関係」「意味合い」だと言えます。何時間でも没頭できるような好きな仕事ができる、自分があこがれる人のようになりたいからがんばる、社会における仕事の意味と自分がチャレンジする意味が一致している、といったことです。企業としては仕事のそうした側面をうまくデザインしていく必要があるのではないでしょうか。
鹿島:
そうですね。そのためには、自社がどんな価値を生み出し、何のために存在しているのかという「パーパス」への共感を得ることが大切です。それをリーダーが説明するだけではなく、組織として体現することが、優秀な人材を引きつけ、長く働き続けてもらうカギになるのではないかと思います。
尾原氏:
「人間関係」や「意味合い」を設計するという点では、前編で紹介してくださったPwC Japanグループの新オフィスは、アプリを使って会いたい人に会えるようにしたり、チームや部署の垣根を越えた出会いや会話によって自然とパーパスの共有を促したりと、これからの世代が求めている働き方に必要な環境をバーチャルとリアルを組み合わせて実現していると感じました。
鹿島:
ありがとうございます。PwCの社員・職員にはそうしたさまざまな仕組みを通じて働き方のフレキシビリティを実感してほしいですし、バーチャルでもリアルでもいろいろな人たちとつながって、新たな価値を生み出したり、自身の可能性を広げたりしてもらいたいと思っています。
松下氏:
私たちも、従業員のエンゲージメントを高め、会社に対する絆を深めて、新しいイノベーションを生み出せるようなオフィス空間のあり方をお客さまとともに模索しています。社内では、お金を払ってでも行きたくなるアミューズメントパークのようなオフィスが理想ではないかというアイデアもあるのですが、そこに行くと何かおもしろいことが体験できる、会社のカルチャーを体感できるという要素がこれからのオフィスには重要になると考えています。PwCのオフィスもそのような場になっていくことを期待しています。
尾原氏:
お2人のお話をうかがい、新しい働き方におけるオフィスの役割について多くのヒントを得ることができました。変化の時代においては、越境するコラボレーションによってこれまでにない価値を創出したり、新たな課題を発掘したりすることが求められます。オフィスは出会いや価値観の共有によってそうしたコラボレーションを促進する場であり、バーチャルと組み合わせればそれをさらに活性化することもできる。オフィスにはまだまだ再定義できる可能性があるのだと感じました
そこに行くと何かおもしろいことが体験できる、会社のカルチャーを体感できるという要素がこれからのオフィスには重要になると考えています。
ポストコロナの時代に、バーチャルとリアルのハイブリッドなワークスタイルが主流になることは間違いありません。それは働く場所のオプションが増えることにとどまらず、ワークスタイルそのもののフレキシビリティが高まることを意味します。どこで働くのか、仕事に何を求めるのか、どのようなキャリアを目指すのか──多様な選択肢の中から、1人ひとりが自分に最適なワークスタイルを主体的に選べる。そんな時代の到来に向けて、働き方やマネジメントのあり方をどう変革していくべきか、今回の鼎談を通じてあらためて考えさせられました。(鹿島)
ワークプレイスを中心に、幅広いプロジェクトを数多く手がける。社員の働き方分析から設計監理までの全てのフェーズにおいてデザインチームをリードし、機能的かつ効果的な環境デザインを提案する。プロフェッショナルサービス企業のワークプレイス分野では、ゲンスラー・アジア地区の代表としてトレンドの調査分析をリードする。
1970年生まれ、京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。コンサルティング、IT、デジタルコンテンツ、eコマースなどさまざまな分野の企業勤務を経験し、2015年にIT評論家として独立。現在はシンガポールやインドネシア・バリ島をベースに活動。本鼎談にはシンガポールからリモートで参加。
1985年、大手監査法人に入所。監査業務を経験した後、1995年にアーサーアンダーセンビジネスコンサルティング部門へ転籍し、2001年にパートナー就任。ベリングポイント株式会社マネージングディレクターなどを経て、2012年にプライスウォーターハウスクーパース株式会社のコンサルティング部門代表、2015年に同社代表取締役に就任。2016年より現職。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。