セッション3:人権リスクマネジメント体制整備のポイント

2022-12-20

スピーカー

PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
若井 潔

PwCコンサルティング/リスクコンサルティングチーム
シニアマネージャー
小菅 侑子

ビジネスと人権に注目が集まるなか、リスクマネジメントという観点から、企業は人権リスクにどのように対処すべきでしょうか。また人権リスクの全社管理体制を整備するためのポイントはどこにあるのでしょうか。PwCコンサルティングの若井潔は、「人権リスクは、企業に損失を及ぼす蓋然性と影響度で定義される伝統的なリスクとは異なる概念であり、両者を明確に区別する必要があります」と前提を説明しました。

「国連の『ビジネスと人権に関する指導原則』(以下、指導原則)において人権リスクとは、企業に及ぼす損失のリスクではなく、Human Rights Holders(従業員など)の人権に負の影響を与えうるリスクとして定義されています。人権リスクの顕在化が結果的に企業経営にどのような影響を及ぼすか、という発想が、人権リスクマネジメントの前提となります」

若井は「人権リスクが顕在化した場合、企業にとってステークホルダーからさまざまなネガティブな反応が生まれます」と指摘します。例えば、販売先など取引先からの訴訟提起、メディア報道・NGOのネガティブキャンペーンによるレピュテーションの低下、当局からの行政処分、消費者による不買運動、株価下落などが挙げられます。そして「結果として、これらが企業の財務にマイナスの影響を及ぼします」と話し、人権リスクと企業が損失を被るリスクの関係に言及しました。

若井 潔

では全社的な人権リスク管理体制を構築するためには、どのような視点を持つべきでしょうか。

若井は人件リスク管理のための国連指導原則や、日本政府が公表した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下、ガイドライン)の趣旨を実現するためのターゲットティングオペレーティングモデルを提示し、その主要要素を、経営会議・各種会議体(例:CSR委員会、グループ人権委員会)・事務局、人権の専門家、人権リスク管理の所轄部署(例:自社社員の人権リスクは人事部、調達先の人権リスクは調達部)などの「組織体制」、人権方針・調達方針・サプライヤー行動規範などで構成される「文書体系」、「人権デューデリジェンス(DD)のプロセス」、人権リスクに関するリスクカルチャーを醸成する「トレーニング」の4つに分類して説明しました。

人権リスク管理体制を整備する上で、まず着手すべきは規程の体系づくりとなります。その中で人権方針は、最上位に位置付けられます。

若井は「人権方針の作り方は各社各様です。『絶対にこうあるべき』というひな型はありません」とした上で「指導原則やガイドラインに基づき、まずはトップマネジメントが人権方針を遵守するというコミットメントを表明することが大前提となります」と話しました。

また「人権方針の対象範囲の明示も重要です」とし、ガイドラインなどが要請しているように「自社・グループ会社のみならずサプライチェーン全体におけるHuman Rights Holdersの人権を対象とすべき」ことや、「リスク管理体制など、人権方針を実践するための具体的なマネジメントシステムの整備状況について、ステークホルダー(例:取引先・従業員・投資家・当局等)に開示することが求められています」と解説しました。

「業種・地域などによっては、児童労働・強制労働など特定の人権課題にかかる人権リスクが特に高い場合があります。さまざまな人権課題の中で、自社にとって優先的に取り組むべき人権課題を切り出し、かかる課題への対応状況や今後の対応計画などをステークホルダーに開示することも、業種によっては検討すべきです」

人権DDのプロセス整備については、指導原則に則り「リスクおよび影響の特定・評価」「是正への取り組み」「予防軽減プロセス」「モニタリング」「情報開示」のPDCAサイクルを定着化・継続更新することが基本となります。

セッション 3-1

PwCコンサルティングの小菅侑子は「何よりリスクを特定しなければプロセス整備はできません」とし、「ESG格付け機関やNGO、人権リスクを調査分析している組織や専門家と連携して情報を収集することが人権DDのプロセスを構築する上で有効です」と助言。また「上流に行けば行くほど人権リスクにさらされやすいため、自社のみならずサプライチェーン全体のリスクを深掘りして確認していく必要があります」と指摘しました。

そして「人権リスク管理の考え方としておさえるべきは、ほかならぬ人に対するリスクです」とし、「顕在化する可能性が低いとしても、例えば命に関わるようなリスクであれば発現した瞬間に被害者は亡くなってしまいます。言い換えれば、深刻性が高いリスクは、顕在化する可能性が低くても対応優先度が高くなるというのが、人権リスク管理の特徴です」とし、通常の経営リスク管理との違いを指摘しました。