2022-12-20
スピーカー
PwC弁護士法人
ディレクター/弁護士
日比 慎
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
三尾 仁志
金融機関は非常に多くの取引先と関係を結ぶため、ステークホルダーやその人権課題も多岐にわたります。そこでPwC弁護士法人の日比慎とPwCコンサルティングの三尾仁志が、金融機関における人権課題対応について解説しました。
2人がまず議論したのは、日本政府が策定した「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」(以下、ガイドライン)において、金融機関が意識すべき意義とポイントです。
日比は「今回のガイドラインは国連の『ビジネスと人権に関する指導原則』や『OECD多国籍企業行動指針』といった、国際的な規範類を踏まえつつ、金融機関を含む企業が意識しておくべきポイントを列挙した内容」と評価し、「法的拘束力はありませんが、日本で事業を行う全ての企業がその対象とされ、パブリックコメントの過程で金融機関もガイドラインの対象に含まれることが明らかにされました」と概要を説明しました。
ではガイドラインを踏まえた上で、金融機関が人権方針を策定していくためのポイントはどこにあるのでしょうか。
三尾は「まず経営陣がコミットし、かつそのことを内外に表明すること。そして方針策定の際に負の影響を受けるステークホルダーや、自社事業との関係を整理した上で、全体の取り組みをデザインすることがポイントになります」と助言しました。
金融機関における人権デュー・ディリジェンス(DD)の特殊性および課題対応のポイントについて、日比は「人権課題の範囲は国際的な議論の発展によって変わる可能性があります」とした上で「日本国内の議論では伝統的に差別の問題が中心課題となってきましたが、海外では児童労働や強制労働の問題が重視されています。日本の外国人技能実習制度は、強制労働の問題として海外から課題を指摘されており、ガイドラインでも適切な対応事例を紹介する箇所が複数見られます」と述べ、金融機関も人権に関する視野を広げるべきだと指摘しました。
なお金融機関の人権DDは、融資先、保険の引受先など、そのバリューチェーン上の業態・業種が非常に広範にわたるという特殊性があります。ステークホルダーも広範となるため、そこで生じる全ての人権課題や事象を把握するのは現実的ではありません。
日比は「従来の国際的な規範類と同じように、ガイドラインも人権DDに対してリスクベースアプローチの採用を認める考え方を踏襲しています」と説明。優先順位付けについては、「自社が引き起こし、または助長している負の影響について優先的に対応し、その後に自社の事業等々を直接関連するだけの負の影響に対応を広げるという考え方が示されています」と語りました。
ただそうなると、金融機関においては必然的に「負の影響の関連性」にとどまり、顧客に対する人権DD実施の優先順位が下がることが想定されます。融資先などへの負の影響への対応は重要な課題として残りますが、どのように対応すべきでしょうか。
「負の影響を特定する方法や優先順位付けについては、第1段階として顧客のセクターや地域、あるいは顧客固有のリスク要因に基づいて概括的な特定を実施し、第2段階として重大なリスクを伴った事業を行っている顧客については、さらに厳格な特定を行うといった流れが考え方としてあります。OECDの企業行動指針の金融セクターを扱っている文書の中においてもそうした考え方が提示されており、ガイドラインもその優先順位付けを否定するものではありません」(日比)
では、金融機関が人権への負の影響を軽減し、回復させる際の留意点はどこにあるのでしょうか。
三尾は「ガイドラインは、人権の負の影響を引き起こしている、または増長させている企業に対し、影響力を行使するよう努めること、同時にこうした顧客エンゲージメントにおいて『競争法に抵触』することがないよう留意することが求められています」と述べました。しかしガイドラインは、どのような影響力を行使することが競争法に抵触するとみなされるのかまでは具体的に記述しておらず、金融機関にとっては悩ましい点となっています。
そこで三尾は、「個別の金融機関にできることとしては、人権課題を巡る取引先の期待を明記した行動規範類をあらかじめ公表しておくこと、またはそうした行動規範について取引先からコミットメントをあらかじめ得るなどして、透明性を確保しておくことが有益となります」と語り、加えて「特定セクターの取引先に対する対応や方針・ルールの作成・運用についても、NGOや関係者などと協力して実効性を高めるとともに、透明性を確保していくことが、取引全般の正当性に関する対外的な説明力を確保していく観点から有効ではないでしょうか」との考えを述べました。
最終的に、取引先などの人権に対する負の影響が軽減・回復しない場合の手段としては、取引停止も選択肢として浮上します。では、その際にはどのような点に留意すべきでしょう。
「取引停止は優越的地位の濫用につながりやすいという点に注意が必要です。ガイドラインでは、取引停止により人権への負の影響が直接解消されるものではないことから、最終的に適切と考えられる場合に限って実施されるべきとの考え方が提示されています」(三尾)
本セッションでは最後に、金融機関の人権対応への取り組みの意義および、意識すべき点について改めて整理しました。
三尾は「ESG経営を推進する観点から、金融機関は気候変動などの環境面と、人権侵害などの社会面のリスク管理に包括的に取り組む体制を構築する必要があります」とし、具体的には「組織としてのガバナンス体制をしっかりと構築していくこと」「専門家の意見を適切に取り込むこと」「データ面をはじめとする情報インフラを高度化すること」「研修・啓発活動などを通じてリスクカルチャーの造成を図ること」などが基盤整備として重要になってくると指摘し、セッションを締めくくりました。
SDGs達成/環境・社会課題解決を通じた持続的成長を包括的に支援します。
PwC弁護士法人は、ESGおよびサステナビリティ経営実現のため、人権デューデリジェンス(人権DD)など企業や社会が抱えるESGに関する重要な課題を解決し、その持続的な成長・発展を支えるサステナビリティ経営の実現をサポートする法律事務所です。
PwCは人権問題への対処をはじめ、ESG経営戦略の策定や、伝統的なリスク管理体制の構築などを支援してきました。本ページでは(1)人権デュー・ディリジェンス態勢の構築支援、(2)人権方針の策定支援、(3)人権デュー・ディリジェンスの最初のステップである人権リスクの洗い出しおよび評価の支援、についてご紹介します。
近年、ビジネスと人権に関する社会的な関心の高まりを背景に、人権に関する取り組みが企業活動に負の影響を与え、機会の喪失やリスクにつながるケースが散見されます。PwCはクライアントの人権に関連する取り組みを支援することで企業価値向上に寄与します。