
【第9回】統合報告の使い方 ~「伝わる」情報開示とDXの利活用~
統合報告に限らず、企業が伝える情報の種類・量は拡大しています。「開示」のみならず「対話」を進化させるうえで、デジタルトランスフォーメーション(DX)は大いに役立ちます。
2022-11-11
※本稿は、「旬刊経理情報」2022年9月10日号(No.1654)に寄稿した記事を転載したものです。
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※一部の図表に関しては「旬刊経理情報」に掲載したものをPwCあらた有限責任監査法人にて編集しています。
本連載では、統合報告を実践するうえで参考となるガイダンス、国内・海外の好事例等を紹介しながら、統合報告を展開するうえでの具体的な作業の方法論等について説明してきた。最終回となる本稿では、開示された情報に対する保証を付与したり信頼性を高めたりするという観点から、その現状や論点について説明するとともに、統合報告のベースとなる「統合思考」についてあらためて説明する。
なお、本稿において意見に係る部分は私見であり、筆者の属する組織を代表するものではないことをあらかじめ申し添える。
統合報告は、企業がより広範な価値創造要因を社内で管理し、投資家やその他のステークホルダーに伝達するための手段であり、従来の財務情報中心の報告モデルよりも広い視野に立つだけではなく、財務、製造、知的、人的、社会・関係、自然等の資本がどのように相互に作用し価値を創造するかを説明するものである。具体的な開示媒体としての統合報告書においては、一般に、財務資本については、財務情報(財務諸表(注記を含む))により報告され、財務以外の資本については、非財務情報として報告されている。
それぞれの情報に対する信頼性の観点では、上場企業を対象とすると、財務情報については、関連の法令等(例:金融商品取引法、会社法など)に準拠した公認会計士による監査(財務諸表監査など)が制度化されているが、非財務情報に対する監査や保証の基準策定は、研究や検討が進められている段階である。
PwCが2021年に実施した「グローバル投資家意識調査(1)」では、ESG関連の指標について第三者保証を受けていることが重要であるという質問に、74%が「そう思う」と回答するなど、ESG情報について第三者の保証を求める意見が多く、さらに、その保証は財務諸表監査と同じ水準(合理的な保証)であるべきという意見も多く寄せられた(ESG関連の指標:73%、ESG関連の記述情報開示:70%)(図表参照)。すなわち、非財務情報の利用者である投資家は、非財務情報に対して、財務諸表監査と同じ水準の「合理的な保証」を求めているものの、現在の制度ではそのような保証を提供するには至っていないという状況といえる。
また、非財務情報の保証の動向については、IFAC(国際会計士連盟)が2021年に公表した調査報告書(2)も参考になる。調査から、世界の企業はサステナビリティの開示を進めているが、開示した情報に保証を受けている企業は半数程度にとどまっていることがわかる。また、サステナビリティの開示全体を保証しているのではなく、保証の対象となる情報も限られているという傾向がみられる。
前記のように、非財務情報に対する保証はこれからの実務が期待される段階である。保証基準については、たとえば国際監査・保証基準審議会(IAASB)が、2021年に「サステナビリティ及びその他の拡張された外部報告(EER)に対する保証業務への国際保証業務基準3000(ISAE3000)(改訂)の適用に関する規範性のないガイダンス」を公表した。
このEER(Extended External Reporting)に対するガイダンスは、気候変動に係る開示に対する利用者のニーズの高まりを受け、サステナビリティ情報等の保証における特有の論点に対応するため、ガイダンスのタイトルに明示されているように規範性のないものではあるが、ISAE3000の適用に関するガイダンスとしてまとめられたものである。さらにIAASBは、2022年から2023年の作業計画において、ISAE3000の改訂や新規のサステナビリティ情報に特化した保証基準の開発などを検討することも表明しており、さらなる保証基準の開発が待たれるところである。
連載第9回「統合報告の使い方~『伝わる』情報開示とDXの利活用~」において説明したように、企業やその経営者から直接的・間接的に発信される情報量は飛躍的に増加する流れにある。
また、財務報告をはじめとするレポーティングのデジタル化も、テクノロジーの活用可能領域が年々広がるにつれて進展している。非財務情報の開示にiXBRL(Inline eXtensible Business Reporting Language:人間が判読可能で、かつ機械も判読可能な構造)を採用する動きもあり、たとえば、欧州では、iXBRLベースのEuropean Single Electronic Format(ESEF:欧州単一電子フォーマット)で財務情報および非財務情報を開示し、これを閲覧するデータプラットフォームであるEuropean Single Access Point(ESAP)の創設に向けた議論が進められている。
情報の信頼性を担保するためには、情報の保証が重要な手段であるものの、前記のとおり保証基準の開発は十分ではない。このような環境において、非財務情報などの信頼性を高めるためには、企業内におけるこれらの情報を収集し発信・開示する一連のプロセス・体制にかかわるルール作り、情報に関する内部統制の整備・運用が真っ先に考えられるだろう。
情報の信頼性を高めるための内部統制の整備・運用にあたっては、上場企業を対象とするいわゆるJ-SOX(財務報告に関する内部統制報告制度)の考え方が役立つはずである。実際に、2013年5月に米国COSO(トレッドウェイ委員会支援組織委員会)が公表した「内部統制の統合的フレームワーク」(改訂版)においては、企業の外部向けの財務報告にとどまらず、外部向け・内部向け、財務報告・非財務報告に関する内部統制の重要性があらためて喚起され、フレームワークの対象範囲が拡大されている。
また、企業においてデータ分析にDXツールを活用できる可能性も大きく拡大している。たとえば、PwCのアジア・オセアニア各国で共同開発したデータ分析プラットフォーム「Financial Processes Analyser」(FPA)(3)では、ビジネスの現場から内部監査までの3つのディフェンスラインが共通で網羅的かつ継続的にデータ分析やモニタリングを行うことが可能となっている。FPAは一例だが、DXツールを活用し、非財務情報の発信・開示にかかわる内部統制を強化することで、非財務情報の信頼性を高めることができるだろう。
本連載では、統合報告を実践するうえで参考となるガイダンス、国内・海外の好事例等を紹介しながら、統合報告を展開するうえでの具体的な作業の方法論等について説明してきた。最後にあらためて、統合報告の根底にある統合思考についておさらいしたい。
連載第1回で述べたように、「統合報告」とは、年次統合報告書の作成を軸としつつも、これに限定されず、環境変化や意思決定の変化に応じて展開される適時・適切な情報開示を含み、開示情報をベースにステークホルダーと対話を行い、常に、企業報告を改善させる行為全体である。統合報告の基本的な考え方や目的は次のポイントにまとめられる(4)(5)。
① 統合思考に基づいた、企業の価値創造にかかわる報告のプロセス。 ② 企業の短期・中期・長期にわたる価値創造プロセスについて、関連するさまざまな要素を反映する方法で明確かつ簡潔にまとめる。 ③ 企業の価値創造にかかわるさまざまな資本(財務、製造、知的、人的、社会・関係および自然資本)について、その間の相互関係を含めた情報を統合的に提供して、理解を促進する。 ④ 企業の価値創造能力に関心のあるステークホルダーすべてに役立つものであり、その対象は財務資本の提供者にとどまらず、企業内の取締役会や経営陣による意思決定の改善にもつながる。 ⑤ 財務資本の提供者が、企業活動の実態を理解するための情報の質を向上させ、より効率的で生産的な資本配分をもたらす。 |
前記①にあるように統合思考は、統合報告のベースになるものである。統合思考についてIIRCの国際統合報告フレームワーク(2021年1月版)を参考にすると、次のポイントにまとめられるだろう。
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つまり、統合思考においては、企業の活動は環境や社会と独立しているのではなく、環境や社会などのより大きなシステムの一部であると捉えている。これを前提とすれば、企業の活動により生み出されたアウトプットが環境や社会にマイナスの影響を与えると、企業が利用するさまざまな資本にもマイナスの影響として跳ね返ってきて、将来の価値創造がおぼつかなくなる危険性が高まるということになる。逆にこの関係性を意識したビジネスモデルを構築し、戦略を立案し、支えるしくみを作り、実行することを繰り返せば、価値創造プロセスを強化でき、サステナブルな経営が実現できるということだ。
このような統合思考に基づいた経営を行うためには、短期・中期・長期にわたる時間軸の影響を踏まえ、将来を予測した取組みが必要であるが、その際に、外部環境の動向、ビジネスモデル、ガバナンス、戦略、実行による影響を含めて、ビジネスの全体が一貫していることが重要である。さらに、統合思考が企業の活動に浸透することで、この一貫性に基づいて、経営陣が入手できる情報、分析、意思決定も一貫したものになることが期待でき、一貫したメッセージに基づいて、統合報告書を作成したり、ステークホルダーへの報告やコミュニケーションを行うことができるだろう。ステークホルダーへの報告やコミュニケーションがより適切に行われれば、実効性の高いエンゲージメントにつながり、企業の実態を踏まえた、より的確な意見や要望を得ることができ、企業の価値創造のしくみのさらなる改善につながるかもしれない。
このように、統合思考は、報告書作成作業の一部ではなく、企業の経営戦略そのものといってもよいものである。
連載第7回「統合報告の作り方③~手順とスケジュール~」で説明したとおり、統合思考が浸透している企業では、統合報告書を作成する前に、ストーリーや伝えるべきキーメッセージを十分に検討し整理している。どのようなステークホルダーに、どのようなストーリーやメッセージを伝え、どのようなフィードバックを得るか、という視点は、制度開示に慣れた企業や担当者には新たなチャレンジであり、すぐに明確なゴールに結びつくものでもないが、持続的な価値創造を進めるためにも積極的に取り組んでもらいたいと思う。
今回は、連載の最終回として、非財務情報の保証の現状と論点について説明するとともに、増加する開示情報に対応してその信頼性を高めるための内部統制の強化について考察した。最後には、統合報告のベースとなる統合思考について述べた。
統合報告を活用し、ステークホルダーとの対話を通じて、変化の芽を捉え、変化に柔軟に対応し、持続的な価値創造を実現することに本連載がお役に立てれば幸いである。
(1)PwC「グローバル投資家意識調査2021―ESGへの取り組みに対する投資家の評価」(https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/investor-survey.html)
(2)IFAC(2021)。The State of Play in Sustainability Assurance
(3)PwC Japanグループ「DXの加速に向けた3つのディフェンスラインの連携強化―PwCのデータ分析プラットフォームFPAの活用」(https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/prmagazine/pwcs-view/201911/fpa.html)
(4)国際統合報告フレームワーク(2021年1月版)(https://www.integratedreporting.org/resource/international-ir-framework/)
(5)PwC Japanグループ「『統合思考』を理解すれば、サステナビリティ経営が見えてくる」(https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/sustainability-management-through-integrated-thinking2022.html)
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