欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)

ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2024年1月)

近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定または制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。

今回は、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)についてご紹介します。

1. 概要

EUにおける非財務情報開示指令(Non-Financial Reporting Directive、以下「NFRD」といいます。)に基づく既存の規制を、開示義務の強化及び適用企業の範囲拡大の点において強化するものとして、企業サステナビリティ報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive、以下「CSRD」といいます。)が2023年1月5日から発効しており、加盟国は、発効から18カ月以内に国内法化することを義務付けられています。CSRDは、サステナビリティ事項の報告に関する制度的な枠組みを定めるものであり、その具体的な報告項目や内容については、欧州サステナビリティ報告基準(European Sustainability Reporting Standards、以下「ESRS」といいます。)において定められるものとされています。欧州委員会は、2023年7月31日、委任法としてESRSの最終版を採択し、欧州議会及び欧州理事会による2カ月の精査期間を経て確定しました。ESRSは、2024年1月1日から適用が開始されます。本稿では、CSRDの概要を振り返るとともにESRSの概要を紹介します。

2. CSRDの適用対象

CSRDの適用対象となる企業*1について、2023年12月21日、欧州委員会は、現下のインフレーションへの対応として、CSRDの適用対象を定める閾値のうちEU域内企業に関する総資産残高及び総売上高を従来の数値から25%引き上げる委員会委任指令を官報公示しました。同指令は同月施行されており*2、EU加盟国は遅くとも2024年12月24日までに同指令を国内法化する措置をとることが求められます。委員会委任指令による改正を踏まえたCSRDの適用対象となる企業は、下記の【表1】のとおりです。

なお、①親会社の連結マネジメントレポートに含まれる子会社は、報告義務を免除される点、②EU域外企業がCSRDの適用を受ける場合、サステナビリティ情報(グループレベル)の報告主体は、EU域内の子会社又は支店となるもののEU域外企業である親会社が、EUのサステナビリティ報告基準又はこれと同等の基準に従って、グループレベルでサステナビリティ情報を報告している場合、EU域内の子会社は報告義務を免除される点(CSRD Article 1(4))は従前の通りです。

3. ESRSの概要

CSRDの具体的な報告項目や内容を定めるESRSは、一般的な要件及び開示項目を扱うESRS1及びESRS2並びに環境に関する基準であるESRS E1ないし5、社会に関する基準であるESRS S1ないし4及びガバナンスに関する基準であるESRS Gから構成されています*4。CSRDの適用を受ける企業は、ESRS1が定める一般的な基準に基づき、ESRS2が定める全般的な事項を開示することが義務付けられます。このESRS2の開示については、重要性の評価の結果に拘わらず行うこととなります。これに対して、環境・社会・ガバナンスの個別のトピックごとの各分野(ESRS E、ESRS S及びESRS G)については、①企業活動が社会及び環境に与えるインパクト及び②サステナビリティ関連事項が企業に与える影響の双方(いわゆるダブル・マテリアリティ)から重要性を判断し、自社に関連する情報についてのみ開示を行うことで足りることとされています。もっとも、このダブル・マテリアリティの分析に当たっては、外部の監査人又は監査法人による第三者保証が必要とされること及び気候変動に関する重要性の分析(ESRS E1)について開示が不要と判断する場合にはその背景の詳細な説明が求められることに留意が必要となります。

ESRSに基づく報告内容の項目は下記の【表2】のとおりです。ESRSの附属書1(Annex1)において、これらの項目について、開示の目的と内容が定められているほか、詳細なガイダンス及び記載例等が掲載されています。また、2023年7月31日付でESRSに関するQ&A*5も公表されています。

4. 実務上の留意点

(1)人権デュー・ディリジェンスとの関係

ESRS附属書1(Annex 1)*6によれば、CSRD及びESRSは、企業に対して人権デュー・ディリジェンス等の実施を行為規制として課すものではないとされます*7。しかしながら、ESRS1(一般的要件)において、国連ビジネスと人権に関する指導原則(以下「指導原則」といいます。)やOECD多国籍企業行動指針などの人権デュー・ディリジェンスに関する国際的な枠組みが定める人権デュー・ディリジェンスの結果をESRSにおける重要性の判断の基礎とすることが求められ、人権デュー・ディリジェンスの取り組みがESRSに基づく開示においてどのように反映されているかを説明することが求められています*8。また、附属書2(Annex 2)*9において定義されているESRSの重要性判断に用いられる基本的な概念は、指導原則などにおける概念が用いられているとともに、人権デュー・ディリジェンスの中核的な要素は、ESRS2及び分野別の項目において直接的に反映されているとされています*10。加えて、人権デュー・ディリジェンスにおいて重要な位置づけを占めるステークホルダーとのエンゲージメントについても、開示の重要性判断の中核的な要素として位置付けられるとともに、ステークホルダーの利害・見解が戦略・ビジネスモデルにどのように考慮されているかを開示することも求められています*11。また、人権デュー・ディリジェンスにおいては、腐敗防止の取り組みも求められるところ、ESRS Gの開示においても、開示者が腐敗の防止に関する国際連合条約に即した腐敗防止のポリシーを定めていない場合には、かかるポリシーの制定の実施の有無、時間軸等の開示が求められるほか、汚職の検知の方法、関連するトレーニング、発生した汚職事案に関する情報等の開示も求められます*12

このように、CSRD及びESRSに基づく開示は、指導原則をはじめとする国際的な規範に準拠した人権デュー・ディリジェンスと密接に関連していると考えられ、企業がCSRD及びESRSに基づく開示を行う場合には、自社が行う人権デュー・ディリジェンスとの関係を考慮し、統合的な対応を行うことが肝要となります。

(2)日本企業に求められる対応

日本企業のEU子会社が当該法人自体として、あるいは、日本企業がEU域外企業としてCSRDの適用対象となる場合、ESRSにより具体化されるサステナビリティ事項の開示を行わなければなりません。なお、EU域外企業がCSRDの適用を受ける場合、サステナビリティ情報(グループレベル)の報告主体は、EU域内の子会社又は支店となります。但し、EU域外企業である親会社が、ESRS又はこれと同等の基準に従って、グループレベルでサステナビリティ情報を報告しており、第三者保証を受けている場合、EU域内の子会社又は支店は報告義務を免除されます(CSRD Article 1(4))。

このため、日本企業としては、まず自社グループの欧州の子会社が適用対象となるか否か及び適用開始時期を確認することが必要となります。適用開始時期は、NFRD適用会社の場合には最も早く2024年1月1日以降に開始する会計年度から、EU域外企業の場合には最も遅く2028年1月1日以降に開始する会計年度からとされています。その上で適用対象となる場合には日本本社が主導して対応するか、あるいは欧州の子会社にて対応するかを検討し、報告態勢を整えることが必要となります。また、報告態勢の構築に際しては、上記(1)のとおり自社が行う人権デュー・ディリジェンスを念頭に置き、重要性判断等のESRS上の義務への対応方針を検討することを要するとともに、2024年6月までに策定されるEU域外企業向けの開示基準の内容にも留意しなければなりません。

*1 CSRDの概要、適用開始時期、報告対象となる内容等については、ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2023年2月)EU企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の概要と日本企業への影響をご参照ください。

*2 Commission Delegated Directive (EU) 2023/2775 of 17 October 2023

*3 1つ以上のEU規制市場に上場している企業をいいます(以下同じ)。

*4 附属書1(Annex1)参照。また、これらに加えて、今後、セクター別の基準、中小企業向けの開示基準及びEU域外企業向けの開示基準も策定されるものとされており、最終的には2024年6月までに報告基準が確定する予定です(CSRD Article 1(8)及び(14))。

*5 https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/qanda_23_4043

*6 https://eur-lex.europa.eu/resource.html?uri=cellar:a17f44bd-2f9c-11ee-9e98-01aa75ed71a1.0008.02/DOC_2&format=PDF

*7 附属書1 (Annex 1) 「ESRS1 General Requirements, 4. Due diligence」

*8 附属書1 (Annex 1)「ESRS1 General Requirements, 3.4 Impact materiality」「ESRS2 General Disclosures, 2. Governance, Disclosure Requirement GOV-4 Statement on due diligence」等

*9 https://eur-lex.europa.eu/resource.html?uri=cellar:a17f44bd-2f9c-11ee-9e98-01aa75ed71a1.0008.02/DOC_3&format=PDF

*10 附属書1 (Annex 1) 「ESRS1 General Requirements, 4. Due diligence」。また、附属書1 (Annex 1)の分野別の項目であるESRS Sの開示においては、開示者のポリシーが指導原則等に即していることを開示する際には、指導原則等が各種の国際的な人権規範、ILO条約等に言及していることを考慮しなければならないとの指摘がなされるほか(Disclosure Requirement S3-1 – Policies related to affected communities等)、負の影響の修復に関する開示において、指導原則等におけるグリーバンスメカニズム等の内容に即することが求められる(Disclosure Requirement S3-3 – Processes to remediate negative impacts and channels for affected communities to raise concerns等)など、指導原則等が求める人権デュー・ディリジェンスとの関連性がより明確に表れています。

*11 附属書1 (Annex 1)「ESRS1 General Requirements, 3.1 Stakeholders and their relevance to the materiality assessment process」「ESRS2 General Disclosures, 3. Strategy, Disclosure Requirement SBM-2 Interests and views of stakeholders」等

*12 附属書1 (Annex 1)「ESRS G1 Business Conduct, Disclosure Requirement G1-1– Business conduct policies and corporate culture」「ESRS G1 Business Conduct, Disclosure Requirement G1-3 – Prevention and detection of corruption and bribery」「ESRS G1 Business Conduct, Disclosure Requirement G1-4 – Incidents of corruption or bribery」等

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北村 導人

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山田 裕貴

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日比 慎

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