地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律の概要

ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2024年5月)

近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定または制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。

今回は、2024年4月19日に公布された「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律」(令和6年法律第18号)の概要を紹介します。

1. はじめに

近年、サステナビリティ分野において、気候変動の「カーボンニュートラル」に続く波として、生物多様性の保全・回復を意味する「ネイチャーポジティブ」が注目されつつあります。2022年12月の生物多様性条約第15回締約国会議(CBD COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」には、「自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させる緊急の行動をとる*1」と記載され、実質的にネイチャーポジティブの考え方が盛り込まれました。また、同枠組では、2030年までのターゲットの一つとして、陸域及び内陸水域、並びに海域及び沿岸域の少なくとも30%を人と自然の共生する地域として管理・保全するという「30by30目標」が定められる*2など、具体的な定量目標が多く採用されています。

2. 生物多様性保全に関する国内の現状

(1)生物多様性国家戦略の改定

日本国内においても、昆明・モントリオール生物多様性枠組を受けて、2023年3月31日、「生物多様性国家戦略2023-2030*3」(以下「本戦略」といいます。)が閣議決定され、ネイチャーポジティブの実現に向けたロードマップが策定されました。本戦略は、企業が生物多様性の保全に貢献するという点に大きな期待を寄せており、本戦略が定める「行動目標1-1陸域及び海域の30%以上を保護地域及びOECM*4により保全するとともに、それら地域の管理の有効性を強化する」においては、企業自らが所有する民有地をOECMとして申請することで生物多様性保全を図ることが想定されています。

(2)自然共生サイトの認定取組みを踏まえた新法制定

環境省は、民間団体等からの申請を受け、一定の基準を満たす「民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域」を「自然共生サイト」として個別に認定し、保護地域との重複を除き、OECMとして国際データベースに登録するという取組みを行っています。この取組みは2023年より開始され、2024年1月時点で122件が自然共生サイトに認定されています*5

そして今般、環境省の任意の制度であった自然共生サイトの手続面の課題を解消し、企業等が地域における生物の多様性の増進のための活動(OECMの設定・管理を含む。)を行うことをより一層促進すべく、「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律」(令和6年法律第18号)(以下「生物多様性増進活動促進法」あるいは「法」といいます。)が成立し、2024年4月19日に公布されました。

既に自然共生サイトの認定を受けている事例も含め、ネイチャーポジティブに向けた活動に関心を有する企業等が開示等を通じた外部評価の向上を目指す例は今後増加することが見込まれるところ、生物多様性増進活動促進法は、生物多様性の保全に貢献したいと考える企業等に大きな影響を与えるものと思われます。

本稿では、生物多様性増進活動促進法の背景にあるOECM関連の基本情報に触れた上で、同法の内容を概説します。

3. OECMとは

上記のように、保護地域及びOECMによる陸域及び海域の保全が、本戦略の行動目標の一つとされているところ、「保護地域」及び「OECM」の定義は、以下の通りです。

保護地域 保全のための特定の目的を達成するために指定され又は規制され及び管理されている地理的に特定された地域*6
OECM 保護地域以外の地理的に画定された地域で、付随する生態系の機能とサービス、適切な場合、文化的・精神的・社会経済的・その他地域関連の価値とともに、生物多様性の域内保全にとって肯定的な長期の成果を継続的に達成する方法で統治・管理されているもの*7
  • 保護地域には、国立公園等が含まれます。
  • OECMには、里地里山、社寺林、公共緑地はもちろんのこと、企業緑地等の身近な自然を通じて生物多様性の保全に貢献してきた場所が含まれます。

そして、OECMには、以下の役割が期待されています*8

4. 生物多様性増進活動促進法の概要

生物多様性増進活動促進法は、企業等による地域における生物多様性の増進のための活動を促進するため、主務大臣*9による基本方針の策定、当該活動に係る計画の認定制度の創設と、認定を受けた活動に係る手続のワンストップ化・規制の特例等の措置等を講ずることを内容としています。

(1)国内法制度における位置付け

生物多様性に関する国内法令としては、理念法である生物多様性基本法の下に、自然公園法・自然環境保全法等の個別法令が位置付けられています。今般成立した生物多様性増進活動促進法は、生物多様性基本法に基づく新たな国家戦略としての「生物多様性国家戦略2023-2030」を具体化し、各個別法令の趣旨目的の実現を助け、民間企業等の責任ある取組みを増進する法施策としての性質を有しています。

(2)目的及び基本理念

生物多様性増進活動促進法の目的及び基本理念は、以下の通りです。

目的(法1条) 生物の多様性の損失が地球全体の環境に深刻な影響を及ぼしている中で、我が国においても生物の多様性の損失が続いている状況に鑑み、この状況を改善する地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等の措置を講じ、もって豊かな生物の多様性を確保し、現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与すること
基本理念(法3条) 生物の多様性その他の自然環境の保全と経済及び社会の持続的発展との両立が図られ、現在及び将来の国民が豊かな生物の多様性の恵沢を享受することができる、自然と共生する社会の実現

(3)基本方針

主務大臣は、地域生物多様性増進活動*11の促進に関する基本的な方針を策定します(法8条)。

(4)増進活動実施計画及び連携増進活動実施計画の認定等

増進活動実施計画

地域生物多様性増進活動を行おうとする者は、地域生物多様性増進活動の実施に関する計画(以下「増進活動実施計画」といいます。)を作成し、主務大臣の認定を受けることができます(法9条1項)。主務大臣は、実施区域における生物の多様性の維持又は回復若しくは創出に資するものであること等の一定の要件に適合すると認めるときには、その認定をするものとされています(法9条3項)。

増進活動実施計画に係る認定を受けた者(以下「認定増進活動実施者」といいます。)は、認定に係る増進活動実施計画を変更しようとするときは、軽微な変更を除き、改めて主務大臣の認定を受けなければならないとされています(法10条1項)。

認定に係る増進活動実施計画の中止等があった場合には、認定は取り消されることとされ(同条3項、4項)、また、認定増進活動実施者が認定増進活動実施計画に従って地域生物多様性増進活動を行っていないと認めるときは、主務大臣はその認定を取り消すことができるとされています(同条5項)。

連携増進活動実施計画

連携地域生物多様性増進活動*12を行おうとする市町村は、他の主体等の取りまとめ役として、増進活動の内容及び実施時期や活動区域、目標、実施体制等を記載した連携増進活動実施計画を作成し、主務大臣の認定を受けることができます(法11条)。認定に係る連携増進活動実施計画の変更等については、上記(1)の増進活動実施計画と同様です(法12条1項、3項)。

上記(1)の増進活動実施計画に係る認定の申請主体は特に限定されていないのに対し、連携増進活動実施計画については、認定を申請できる主体が市町村に限定されている点に注意が必要です(法11条1項)。

3 認定の法的効果

増進活動実施計画又は連携増進活動実施計画の認定を受けた企業又は市町村は、その活動内容に応じて、自然公園法・自然環境保全法・種の保存法・鳥獣保護管理法・外来生物法・森林法・都市緑地法における手続のワンストップ化・簡素化といった特例を受けることができます(法15条乃至21条)。

主務大臣は、認定増進活動実施者又は認定連携増進活動実施者に対し、認定増進活動実施計画又は認定連携増進活動実施計画の実施状況について報告を求めることができ(法34条1項)、かかる報告徴求に応じなかった者又は虚偽の報告をした者は、30万円以下の罰金に処せられます(法37条1項)。

(5)生物多様性維持協定

連携増進活動実施計画の認定を受けた市町村(以下「認定連携市町村」といいます。)は、土地所有者等と区域内における連携地域生物多様性増進活動に関する事項などを定めた「生物多様性維持協定」を締結することができます(法22条)。これにより、活動主体と土地所有者等が異なって、土地所有者等が多数に及ぶ場合であっても、認定連携市町村が長期的・安定的に連携地域生物多様性増進活動を行うことが可能となります。

(6)その他

  • 地域における生物の多様性の増進に関するその他の措置として、以下が定められています。
法27条 第1項 国は、生物の多様性の増進上重要な土地の取得が促進されるよう、国民又は民間の団体に対し、情報の提供、助言その他の必要な援助を行う。
第2項 環境大臣は、一定の要件を満たす区域内の土地を国民、民間の団体又は事業者から寄附により取得したときは、当該土地における生物の多様性の増進について、当該寄附をした者の意見を聴く。
法28条 第1項 地方公共団体は、地域生物多様性増進活動支援センター*13としての機能を担う体制を、単独で又は共同して、確保するよう努める。
第2項 国、地方公共団体及び地域生物多様性増進活動支援センターとしての機能を担う者は、必要な情報交換を行うなどして相互に連携を図りながら協力するよう努める。
  • その他、科学的知見の充実のための措置(法30条)、国際協力の推進(法31条)、事業者及び国民の理解の増進等(法32条)といった措置も定められています。
  • また、生物多様性増進活動促進法の事務を着実に実施すべく、独立行政法人環境再生保全機構の業務が追加されます(法附則7条)。
  • 生物多様性地域連携促進法については、生物多様性増進活動促進法にその制度を移行することとなるため、廃止されます(法附則2条)。
    先行事例としての自然共生サイトの認定取組みについては、令和7年度以降、自然共生サイトの新規募集を実施せず、申請・認定を含めた認定制度は、生物多様性増進活動促進法に一本化されることになります*14

5.生物多様性増進活動促進法の施行期日

生物多様性増進活動促進法は、2024年4月19日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行します(法附則1条)。

6.今後の見通し

増進活動計画及び連携増進活動実施計画の認定に関する制度の全体像は、今後公表される政省令において定められることになるため、今後の法制の状況を注視しておく必要があります。

1 「昆明・モントリオール生物多様性枠組」環境省仮訳(2023.3)(https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/files/kmgbf_ja.pdf)6頁をご参照ください。

2 脚注1・7-8頁をご参照ください。

https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/initiatives6/files/1_2023-2030text.pdf

4 Other Effective area-based Conservation Measuresの略称です。OECMの詳細については、本稿の「III. OECMとは」をご参照ください。

5 環境省ウェブサイト(https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/)をご参照ください。

6 生物多様性条約2条で定められた定義です。

7 2018年11月の生物多様性条約第14回締約国会議(CBD COP14)で採択された定義です。

8 令和2年度第2回「民間取組等と連携した自然環境保全(OECM)の在り方に関する検討会」資料2「我が国においてOECMが果たしうる役割について」(https://www.env.go.jp/content/900492859.pdf)をご参照ください。

9 環境大臣、農林水産大臣及び国土交通大臣を指します(法35条1項)。

10 「地域における多様な主体の連携による生物の多様性の保全のための活動の促進等に関する法律」(平成22年法律第72号)。後述の通り、生物多様性増進活動促進法にその制度を移行することとなるため廃止されます(法附則2条)。

11 里地、里山その他の人の活動により形成された生態系の維持又は回復、生態系の重要な構成要素である在来生物の生息地又は生育地の保護又は整備、生態系に被害を及ぼす外来生物の防除及び鳥獣の管理その他の地域における生物の多様性の増進のための活動を指します(法2条3項)。

12 地域生物多様性増進活動のうち、地域の自然的社会的条件に応じ、市町村と地域における多様な主体が有機的に連携して行うものを指します(法2条4項)。

13 地域生物多様性増進活動の関係者間における連携及び協力のあっせん並びに生物の多様性の増進に関する知識を有する者の紹介その他の必要な情報の収集、整理、分析及び提供並びに助言を行う拠点を指します。

14 https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/documents/30by30site-law-for-biodiversity-form11f.pdf

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執筆者

北村 導人

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パートナー, PwC弁護士法人

山田 裕貴

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