カナダのサプライチェーンにおける強制労働及び児童労働の防止に関する法律の概要と日本企業への影響

ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2024年10月)

近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定又は制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。

今回は「カナダのサプライチェーンにおける強制労働及び児童労働の防止に関する法律の概要と日本企業への影響」についてご紹介します。

1. 概要

2023年5月11日、カナダにおいて、「サプライチェーンにおける強制労働及び児童労働の防止に関する法律(Fighting Against Forced Labour and Child Labour in Supply Chains Act)*1(以下「本法律」といいます。)」が成立しました*2。本法律は、一定の要件を満たした事業体に対し、そのサプライチェーン上の事業活動における強制労働や児童労働のリスクに関するデューディリジェンスのプロセス、これらのリスクの評価や是正措置などの報告義務を課すことによって、近代的奴隷制を成す強制労働および児童労働を防止するものです。

世界各国でサプライチェーンにおける人権尊重の取り組みの重要性が高まる中で制定されたものであり、日本企業にも適用され得ることから、本法律の概要を紹介します。

2. 本法律制定の背景・経緯

カナダでは、サプライチェーン上の人権尊重に関する主な取り組みとして、2018年1月に「責任ある企業のためのカナダ・オンブズパーソン(Canadian Ombudsperson for Responsible Enterprise)」が設立されました*3。また、2020年7月1日、カナダ、アメリカ及びメキシコ間で、北米自由貿易協定(NAFTA)に代わる、カナダ・米国・メキシコ協定Canada-United States-Mexico Agreement(以下「CUSMA」といいます。)が発効しました。CUSMAは、締約国に対し、強制労働又は児童労働によって生産された製品の自国内への輸入を禁止することを義務付けており(CUSUMA第23章-6*4)、CUSMAの発効に伴って同年、カナダの関税率法が改正され、強制労働によって採掘、製造又は生産された物品のカナダへの輸入が禁止されました。

今般、本法律が制定されるとともに、関税率法が改正され、強制労働だけでなく児童労働によって採掘、製造又は生産された物品のカナダへの輸入が禁止されることとなり*5、サプライチェーン上の人権尊重の取り組みが強化されました。

3. 本法律の目的等

本法律の目的は、適用対象となる事業体又は政府機関に対して報告義務を課すことによって、強制労働及び児童労働を防止するというカナダの国際的なコミットメントを実行することにあリます(3条*6)。ここで、本法律における「強制労働」及び「児童労働」は以下のとおり定義されています。

(a) 強制労働
以下のいずれかの状況の下で提供される労働又はサービスを言います。

(ア) 労働又はサービスを提供しない場合に自身や知人の安全が脅かされると信じさせることが合理的に予測できる状況

(イ) 1930年の強制労働条約第2条で定義されている強制的な又は義務的な労働を構成する状況

(b) 児童労働
18歳未満の者によって提供される労働又はサービスであって、かつ、以下のいずれかを満たすもの

(ア) カナダで適用される法律に違反する状況で、カナダ国内で提供されるもの

(イ) 児童にとって、精神的、肉体的、社会的又は道徳的に危険な状況の下で提供されるもの

(ウ) 通学する機会を奪い、早退させ又は通学と過度に長い時間重労働を両立することを要求することによって児童の教育を妨害するもの

(エ) 1999年の最悪の形態の児童労働条約第3条で定義されている最悪の形態の児童労働を構成するもの

4. 本法律の適用対象及び適用開始時期

(1) 適用対象

本法律は以下の要件(a)のいずれかを充足する事業体(entity)に適用されます。そして、かかる要件を充足する事業体のうち、以下の要件(b)のいずれかを満たす事業体(以下「対象事業体」といいます。)には、後記5.の義務(年次報告義務等)が課せられます。

(a) 2条に定める要件

(ア) カナダの証券取引所に上場している事業体

(イ) (i) カナダに事業所を有し、カナダで事業を行い、又はカナダにおいて資産を有する事業体であり、かつ、(ii) 連結財務諸表に基づく直近2会計年度のうち少なくとも1会計年度において以下3基準のうち少なくとも2つを満たすこと

・ 2000万カナダドル以上の資産を有すること

・ 4000万カナダドル以上の収益を上げていること

・ 平均して250人以上の従業員を雇用していること

(ウ) その他規則(regulations)により定められた事業

(b) 9条に定める要件((a)の要件を充足することが前提となります)

(ア) カナダの国内外において物品を生産又は販売している事業体

(イ) カナダ国外で生産された物品をカナダに輸入している事業体

(ウ) (ア)又は(イ)の活動に従事する事業体を支配する事業体

(2) 自社が対象事業体に該当するかを判断する際の留意点

① 対象事業体には、カナダ法人以外の法人(日本企業等)も含まれること

前記(1)のとおり、カナダ法人であることは対象事業体の要件ではないため、日本法人を含む第三国企業であっても対象事業体に該当する可能性があることに留意が必要です。

② 本法律のみならずガイダンスも参照して要件充足性を確認すること

自社が対象事業体に該当するか検討する際は、カナダ政府が発表しているガイダンス*7(以下「ガイダンス」といいます。)が参考になります。以下では、要件該当性を検討するにあたって有益と思われるガイダンスの説明を紹介します。

(a) 事業体の範囲(2条):
本法律では事業に該当しうる組織形態として、法人(corporation)、信託(trust)、パートナーシップ(partnership)又は非法人組織(unincorporated organization)が挙げられていますが、ガイダンスによれば、この分類は広く解釈されるべきであり類似する組織形態も含まれます。その例として、リミテッド・パートナーシップ(limited partnership)などが挙げられています。

(b) カナダに事業所を有すること(2条):
事業所とは、事業を行うために使用される土地建物、施設又は設備を意味し、それらが事業目的のためだけに使用されていない場合でも事業所に該当します。また、所有であるか賃貸であるかを問いません。

(c) カナダで事業を行っていること(2条):
カナダで事業を行っているか否かを判断するための考慮要素として以下のような要素が挙げられています。但し、以下は考慮要素の例示列挙であり、考慮要素は事業の性質によって異なります。

(ア) 商品が生産又は販売されている場所
(イ) 従業員が所在している場所
(ウ) 引渡し、支払い、購入もしくは契約が行われ又は財産が取得されている場所
(エ) 財産、在庫又は銀行口座が所在している場所

なおカナダに事業所がなくても、カナダで事業を行っていると評価される可能性がある点には留意すべきです。

(d) カナダにおいて資産を有すること(2条)
資産には金銭、土地、建物、投資、在庫、自動車、トラック、ボート又はその他の貴重品が含まれます。また、営業権等の無形固定資産も含まれます。そして、資産があるかどうかは、連結財務諸表に基づいて計算された総資産ベースで判断されます。

(e) 2000万カナダドル以上の資産を有すること、4000万カナダドル以上の収益を上げていること、平均して250人以上の従業員を雇用していること(2条):

・ 上記閾値を超えているかは、連結財務諸表を基準に判断します。
・ 資産はカナダに所在するものに限られず、また収益はカナダでの事業活動から生じたものに限定されません。また、資産は総資産ベースで閾値を超えているか判断します。
・ 従業員の数は会計年度中に雇用する平均人数を意味し、カナダ又はその他の国で雇用されている者をいう。独立した請負人(contractors)は従業員に含まれません。

(f) カナダの国内外において物品を生産又は販売していること、カナダ国外で生産された物品をカナダに輸入していること、これらの活動に従事する事業体を支配する事業体であること(9条):

・ マーケティング、管理サービス、金融サービス、ソフトウェアサービス等専ら生産や輸入をサポートするサービスは生産及び輸入に該当しません。
・ 他の事業体を支配しているか否かは、IFRS等の適用を受ける会計基準に従って決定されますが、これに限らず実質的に判断されます。

(3) 適用開始時期

本法律は2024年1月1日から施行され(28条)、同年5月31日が最初の年次報告書の提出期限となります。その後は毎年5月31日までに年次報告書を提出する必要があります(11条(1))。

5. 対象事業体の義務

(1) 年次報告書の提出義務

① 提出義務の内容

対象事業体は、毎年5月31日までに、公共安全及び緊急事態担当大臣(Minister of Public Safety and Emergency Preparedness)に対して、対象事業体によるカナダ国内外での物品の生産過程、又は、対象事業体によってカナダに輸入される物品の生産過程のいずれかで強制労働又は児童労働が利用されるリスクを防止及び低減するために前会計年度に講じた措置等を記載した年次報告書を提出しなければなりません(11条(1))。また、年次報告書には後記の補足情報の全てを記載しなければなりません(11条(3))。年次報告書は、対象事業体の取締役会等の統治機関(governing body)の承認を受けなければならず(11条(4))、また、ガイダンスが提供するフォーマットを用いて認証されなければなりません(11条(5))。

② 年次報告書の言語要件

ガイダンスによれば、対象事業体は英語又はフランス語のいずれかで年次報告書を作成・提出することが必須とされ、可能であれば両方の言語で作成・提出することが推奨されています。

③ 年次報告書の提出主体

年次報告書は対象事業体単位で提出するか、複数の対象事業体がある場合には共同で提出することができます(11条(2))。例えば親会社である対象事業体が自社と子会社を代表して共同報告書を提出する場合等が想定されます。但し、ガイダンスでは、親会社と子会社とで適用している強制労働及び児童労働に対する方針や施策等が著しく異なる場合には、共同報告書ではなく、個別の報告書を提出すべきとされている点には留意が必要です。

④ 年次報告書に記載すべき補足情報

年次報告書には、以下の補足情報を記載する必要があります(11条(3))。具体的な記載内容については、ガイダンスを参照しながら、準備をしておく必要があります。なお、本法律では、強制労働及び児童労働のリスクを防止及び是正するためのデューディリジェンスの内容については規定していませんが、ガイダンスにおいて、デューディリジェンスの内容やその実施方法は、国連のビジネスと人権に関する指導原則や責任ある企業行動のためのOECDデューディリジェンス・ガイダンスなどを参照することとされています。

 

報告事項

(a)

対象事業体の組織構造、事業活動及びサプライチェーン

(b)

対象事業体の強制労働及び児童労働に関する方針とデューディリジェンスのプロセス

(c)

強制労働又は児童労働が利用されるリスクのある事業及びサプライチェーンの階層並びにそのリスクを評価し管理するために対象事業体が講じた措置

(d)

強制労働又は児童労働を是正するためにとられた措置

(e)

事業活動及びサプライチェーンにおける強制労働又は児童労働の使用を排除するために講じられた措置の結果として生じる最も脆弱な立場にある家族に対する所得の損失(loss of income to the most vulnerable families)を是正するために取られた措置

(f)

強制労働及び児童労働に関して従業員に提供された研修

(g)

対象事業体が事業活動やサプライチェーンにおいて強制労働及び児童労働が利用されていないことを確実にするための実効性評価方法

(2) 報告書の公表義務・提供義務

対象事業体は前記(1)の義務に従い年次報告書を提出した後、年次報告書をウェブサイトの目立つ場所に掲載する等の方法で一般に公開しなければなりません(13条(1))また対象事業体がカナダ企業法又はその他のカナダの議会法に基づいて設立された事業体である場合、年次報告書を各株主に提供しなければならないものとされています(13条(2))。

6. 是正措置

対象事業体が前記5.の義務を遵守しているかどうかを確認するために、公共安全及び緊急事態担当大臣から指定された者は、立ち入り検査等を行う権限を有しています(15条、16条)。当該検査に基づいて入手した情報に基づき、対象事業体が前記5.の義務を遵守していないと判断された場合、公共安全及び緊急事態担当大臣は、対象事業体に対し義務を遵守するために必要と考えられる措置を講じるように命令できるとされています(18条)。対象事業体に該当する企業においては、かかる検査に適切に対応するためにも、強制労働及び児童労働を防止又は是正するために講じた措置に関して記録し保存しておくことが望ましいと考えられます。

7. 違反の効果

報告義務(11条)、公表義務・提供義務(13条)、大臣から指定を受けた者の検査に対する協力や書類等の提供の義務(15条(4))又は是正措置命令(18条)等に違反した場合は、刑事罰を科せられ、250,000カナダドル以下の罰金を科せられる可能性があります(19条(1))。

また、この場合、指示、許可、同意、黙認等した取締役、役員、代理人等はその者自身が起訴又は有罪判決を受けたか否かを問わず、刑事罰が科せられる可能性があります(20条)。

8. おわりに

以上のとおり、本法律はデューディリジェンスの実施を直接義務づける法律ではないものの、サプライチェーンの透明性を確保し、サプライチェーン上の強制労働及び児童労働を防止するための措置を促進するという点で重要な法律です。また、カナダでは、現在、本法律の制定に加えて、サプライチェーンにおける人権への負の影響に対処するために、積極的なデューディリジェンスを義務付ける法案*8、新疆で生産された物品の輸入を禁止するために関税率法を改正する法案*9等複数の法案が審議されています。

日本企業としては、かかるカナダの法規制の内容及び今後の動向に注視しながら、自社やグループ会社の対象事業体該当性の検討や年次報告に当たっての対応について、必要に応じて、弁護士を含む専門家のアドバイスを受けながら適切な対応をとることが考えられます。

また、カナダに限らず、欧州を中心として人権・環境を巡るデューディリジェンスの法制化(例えば、2024年7月のコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令の発効など)が進められる中、日本企業としても、グローバルマーケットにおいてサステナブルな経営を維持するためには、国連のビジネスと人権に関する指導原則やOECDのデューディリジェンス・ガイダンス等に準拠した適切な人権デューディリジェンスを含む人権尊重の取り組みを実施していくことは必要不可欠となっており、自社を含むバリューチェーン上の取り組みについて適切な体制を整備し、段階的に取り組みの高度化を図っていく必要があると考えられます。

*1 法律の原文については、カナダ政府のウェブサイト(https://laws.justice.gc.ca/PDF/F-10.6.pdf)参照。

*2 審議の過程はカナダ議会のウェブサイト(https://www.parl.ca/LegisInfo/en/bill/44-1/S-211?view=progress)参照。

*3 プレスリリースについてはカナダ政府のウェブサイト(https://www.canada.ca/en/global-affairs/news/2018/01/the_government_ofcanadabringsleadershiptoresponsiblebusinesscond.html )参照。

*4 CUSMAの全文についてはカナダ政府のウェブサイト(https://www.international.gc.ca/trade-commerce/trade-agreements-accords-commerciaux/agr-acc/cusma-aceum/text-texte/toc-tdm.aspx?lang=eng)参照。

*5 現在の関税法(2024年9月1日施行)はカナダ政府のウェブサイト(https://www.cbsa-asfc.gc.ca/trade-commerce/tariff-tarif/2024/01-99/01-99-2024-eng.pdf)参照。

*6 以下、条文を引用する場合、特に断りがない限りいずれも本法律の条文を指します。

*7 ガイダンスについてはカナダ政府のウェブサイト(https://www.publicsafety.gc.ca/cnt/cntrng-crm/frcd-lbr-cndn-spply-chns/prpr-rprt-en.aspx)参照。

*8 法案C-262「An Act respecting the corporate responsibility to prevent, address and remedy adverse impacts on human rights occurring in relation to business activities conducted abroad」の審議の状況はカナダ議会のウェブサイト(https://www.parl.ca/LegisInfo/en/bill/44-1/c-262?view=progress)参照。

*9 法案S204「An Act to amend the Customs Tariff (goods from Xinjiang)」の審議の状況はカナダ議会のウェブサイト(https://www.parl.ca/legisinfo/en/bill/44-1/s-204)参照。

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執筆者

北村 導人

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