不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース(TISFD)の発足

ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2025年3月)

近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定又は制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。

今回は、不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース(TISFD)の発足についてご紹介します。

1. はじめに

不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Inequality and Social-related Financial Disclosures - 以下「TISFD」といいます。)は、世界的に高まっている不平等・社会関連の財務的リスクに関する懸念に対処するための先駆的なイニシアチブであり、企業、金融機関、労働組合、市民社会団体、国際機関など様々な組織によって支援され、2024年9月23日に発足しました。TISFDは、企業や金融機関が不平等・社会関連の情報を開示するためのグローバルなフレームワークの開発・提供を主要な目的としています。TISFDは、ESGの領域のうち、環境(E)の領域における情報開示のフレームワークを定める気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)及び自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)といった既存のフレームワークを補完し、開示フレームワークを社会(S)の領域にも拡大しようとするものです。本稿は、TIFSDが発足に際して公表した”People in Scope”*1(以下「発足文書」といいます。)に基づいて、TISFDの概要について説明いたします。

2. TISFDの概要

(1) 背景

  • 現代社会において、ビジネスの発展、技術の進歩、急速なグローバリゼーション等によってもたらされた恩恵は平等に分配されていません。例えば、上位10%の富裕層が世界の富の76%を所有する一方、約724百万人が1日2.15米ドル未満で生活しているなど、世界中で数億人もの人々が生活に必要なベーシックニーズすら満たせていない状況にあり、経済的な不平等は世界的な課題として重要性を増しています(発足文書7頁参照)。
  • このような状況は、市場の関係者にとって以下のような、社会や経済のシステムのレベルにおける重大なリスク(risks)を引き起こしています(発足文書8頁参照)。
    • 社会の一貫性・安定性の侵食
    • 政府への信頼の毀損
    • 生産性・イノベーションの阻害
    • 経済のダイナミズムの減少
    • 財務上な不安定性の増大
  • 他方で、不平等に対処し、人々に関する成果を改善することは、経済や市場の関係者にとって重要な以下のような機会(opportunities)をもたらします(発足文書9頁参照)。
    • 社会資本・安定性の再構築
    • 民主的なプロセスの回復
    • イノベーションと生産性の向上
    • 消費者の需要と新たな市場の開拓
    • 財務上の安定性の保護
  • 企業・金融機関は、これまで気候変動や自然の関連の分野でも対処してきたように、上記のリスクを軽減し、人々に関する成果を改善し、不平等の累積を低減させることで上記の機会を享受する上で重要な役割を担います。しかし、今日においては、企業・金融機関の行動が人々に及ぼす影響や不平等、それらによって企業・金融機関に生じるリスク、そしてかかるリスクへの対処によってどのように新しい機会を開拓できるかについて未だ明確にされていません。そこで、諸課題に関する効果的な管理と報告を促進するために、企業・金融機関にとって、以下の事項が必要です(発足文書9頁参照)。
    • 不平等・社会関連の影響、依存関係、リスク及び機会に対処する上での実践に関する意思決定に役立つデータ・情報
    • 不平等・社会関連の問題に関する、一貫性・整合性を持ち、合理化された報告基準のセット
    • 影響、依存関係、リスク及び機会に関する意義のある指標

(2) 影響・依存関係・リスク・機会

  • 企業・金融機関は、人々(従業員やバリューチェーンにおける労働者、コミュニティ、消費者等)に対して、正か負か、意図的か否か、直接か間接かをそれぞれ問わず、不平等・社会関連を含む影響(impacts)を及ぼします。加えて、企業・金融機関は、経済(競争的・非競争的な行動)や公的機関とのかかわりを通じて、間接的にも人々及び社会に影響を及ぼします。特に金融機関は、資本の配分・構造化や、投資先との関わりを通じても影響を及ぼします(発足文書11頁参照)。
  • 逆に、企業・金融機関は、持続的な成長のために、人々の能力、健全性、信頼に依存する(depend)関係にもあります(発足文書11頁参照)。
  • 影響と依存関係は、企業・金融機関に対してリスクと機会の両方をもたらします。これらの影響、依存関係、リスク及び機会については、以下の2つのレベルにおいて生じます(発足文書11頁参照)。
  1. 人々と個々の法人(企業・金融機関)の間のレベル(entity-level)
  2. 社会や経済のシステムと企業・金融機関全体の間のレベル(system-level)

* 発足文書11頁の図を参考に各概念の関係性を執筆者が整理したもの。

(3) TISFDのビジョン

TISFDは、公平で強力な社会・経済の実現に向けて、企業・金融機関が、人に関連する影響、依存関係、リスク及び機会に効果的に対処する経済及び金融システムを構想しており、以下の3段階に分けて目標を掲げています(発足文書6頁)。

1 短期的な目標

  • 開示フレームワークの公表(2026年末を予定)から1-2年以内
  • 企業・金融機関が以下の状況に達する。
    • 不平等・社会関連の問題を、法人・システム両レベルのリスクの源泉かつ人々の成果の改善に関わる機会と捉える。
    • 不平等・社会関連に係る影響、依存関係、リスク及び機会の特定、評価及び報告を強化する。
    • 人権を尊重し、人々の成果を改善し、不平等を減少させる行動を促進し、それらの行動を通じて財務上のリスクを軽減し、機会を実現する。

2 中期的な目標

  • 開示フレームワークの公表から2-3年以内
  • TISFDが、政策立案者・基準設定者との協働を通じて、推奨事項を自主的・義務的な基準及び法令に組み込み、不平等・社会関連課題に関する報告のグローバルな調和を促進する。
3 長期的な目標
  • 開示フレームワークの公表から5-10年以内
  • 企業・金融機関がTISFDの推奨事項を広範に採用し、その結果、下記が実現される。
    • 市民社会組織に対して、不平等・社会関連課題について民間企業と協働するための情報アクセスを提供する。
    • ベンチマーク実施者、格付け機関及びデータ提供者による不平等・社会関連のベンチマーク、格付け及びデータリポジトリの精度と関連性が向上する。
    • 政府、金融監督機関及びマクロプルーデンシャル当局において、開示された情報を踏まえた、より効果的な政策を立案できる。
    • 企業・金融機関において、不平等・社会関連課題に関連するシステムレベルのリスクを軽減し、公平で強力な経済・社会の構築によって生じる重要な機会を捉えるために集団的に行動できる。

(4) TISFDが予定するアウトプット及びそのデザイン原則

TISFDは、以下のアウトプットの提供を予定しています(発足文書12頁)。

1 グローバルな開示フレームワーク 企業や金融機関が不平等・社会関連の影響、依存関係、リスク及び機会について開示するための推奨事項。TCFD及びTNFDの開示フレームワークと整合しつつ、IFRSのサステナビリティ開示基準に使用される。
2 ガイダンスと推奨事項 企業・金融機関が開示フレームワークを実施し、不平等・社会関連の影響、依存関係、リスク及び機会を効果的に識別、評価、報告するための支援を提供する。
3 教育と能力開発のリソース 企業や金融機関のみならず、政策立案者、労働組合や労働者組織、市民社会組織、コミュニティ等のステークホルダーが開示フレームワークと推奨事項を理解・使用し、貢献できるようにするための支援を提供する。
4 概念的基盤 ビジネスや金融における活動が人々に与える正負の影響を明確にするための概念的基盤を明確にする。開示における重要性の概念など、重要な用語の定義を提供する。
5 エビデンス 企業・金融機関に対する社会関連の財務リスクと不平等のシステムレベルのリスクに関する調査に係る資料を提供する。

また、かかるアウトプットは、以下のデザイン原則に基づいてなされることが想定されます(発足文書15頁)。

1 市場における実用性 情報の作成者や利用者、特に企業や金融機関、政策立案者、市民社会、労働組織、その他の関係者にとって直接的に有用で価値のある推奨事項を開発する。
2 ビジネス行動基準との整合性 国連、ILO、OECD等の各種の国際的なビジネス行動基準との平仄を確保する。
3 報告基準との統合 既存の報告基準やフレームワークを活用し、適切な場合にはギャップや弱点に対処し、報告の調和に貢献する。
4 支援・情報提供 IFRS、GRI、EFRAG等の基準設定機関や、サステナビリティ関連の開示を義務付けることに関心を有する国に対するパートナーとして、TISFDの推奨事項の将来の基準や法規制への統合を促進する。
5 人々と地球の架橋 不平等・社会関連課題と気候変動や自然の喪失に対処する努力との深い相互関係を反映し、企業・金融機関が公正な移行を達成し、TNFDやTCFDの推奨に基づき、完全に統合され、相互運用可能な、人々と地球のフレームワークを構築する努力を支援する。
6 世界的な関連性 推奨事項が、世界中で関連性を有し、公正で価値があり、アクセス可能で、実行可能であることを確保する。

(5) ワーク・プラン

TISFDは、発足文書において今後のワーク・プランを示しています。今後、ステークホルダーの有意義な関与等を促すための知識の提供や、開示フレームワークの概念的基盤の開発と財務・システム面のリスクに関するエビデンスの収集といった段階を経て、2025年の後半に開示フレームワークのベータ版の開発を開始し、2026年末に開示フレームワーク(導入に際してのガイダンスや推奨を含みます。)の初版を公表する予定です。また、開示フレームワークの公表後には、推奨事項の導入をサポートするため、政府、企業、金融機関等と連携するものとされています(発足文書19~21頁)。

3. おわりに

TISFDの発足は、世界が抱える不平等という人権領域の重要課題に対処するための大変有意義な一歩です。TISFDによる詳細な開示フレームワークの公表は2026年末に予定されていますが、発足文書は、企業や金融機関がこの問題にどのように対処していくかを考えるための重要な契機となります。企業にとっては、TISFDの今後の動向に注視し、適切に対処できる体制を整えていくことが重要です。

*1 ”People in Scope” (https://www.tisfd.org/resources/scope)

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執筆者

北村 導人

北村 導人

パートナー, PwC弁護士法人

山田 裕貴

山田 裕貴

パートナー, PwC弁護士法人

小林 裕輔

パートナー, PwC弁護士法人

日比 慎

日比 慎

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蓮輪 真紀子

蓮輪 真紀子

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