7.プロセス~P~とシステム~I~(インフラ統合)

PMIを分解

M&A実行には初期段階における戦略を真剣に考え、可視化し、共有することが重要です。Blueprintと呼ばれる戦略マップ、中長期ロードマップを策定することはとても重要です。

その戦略の下、M&AがクロージングしPMIという工程になりますが、PMI領域も多くの段階に分かれます。本章では、PMI領域の実行段階についてできるだけ具体的に説明をしていきます。主体をプロセスとシステムとし物語的に展開をしていきます。
まずはPMIという文字で少し遊んでみます。下記2つの分解が可能です。(2.は著者個人の考え)

  1. PMI=Post Merger Integration
  2. PMI=Process(プロセス)+Management(組織・人事)+IT(システム)

本章では2.の分解を使って下記3点で説明していきます。

  1. プロセス統合~P~
  2. マネジメント統合(組織と人材)~M~
  3. システム統合(IT)~I~

「PMIは非常に重要である」「これからはPMIに力を入れる」「PMIの成功がシナジー効果を最大化する」などなど、PMIの重要性については多くの書籍、メディアで報じられ、日本企業の経営層のさまざまなコメントでも同様に発せられています。

また、逆に「PMIが上手く進まない」「PMIを実行したいがどこから手を付けて良いか分からない」「人材が不足していてPMIに手が回らない」「海外企業とのPMIは言語・文化の問題がある」などなど、PMI実行の難しさに関するコメントも多く聞きます。

本章では、PMI実行に関して、人が心の奥底で感じている事柄を建前ではなく現場での本音をベースに説明を展開します。PMI実行の重要性や難しさ、短期的目標、長期的目標、できそうにないことなど説明していきます。

PMIのよくある話

M&Aは一般的に会長、社長を中心とした企業のトップマネジメントが少人数で検討し秘密裏に決定することが多いといわれています。当該企業の社員は、ある朝の新聞で自分の会社がM&Aを実行するというニュースを知ることになります。

(ありそうなニュース例)

  • A社が東南アジアのB社を買収
    ~シナジー効果:500億円の売上増~
  • C社とD社が経営統合
    ~マーケットシェアが国内トップクラスに!~
  • E社がF事業部門をG社に売却
    ~E社が不採算事業を切り離しV字回復へ!~
  • H社がI社に1,000億円戦略投資
    ~H社がI社の筆頭株主に!~

著者である私自身も、30歳の頃、当時勤めていた会社(国内大手損害保険会社)が「同業他社と三社統合?」というニュースを土曜日朝刊一面で知った経験があります。当時、本社の企画部門に所属していたにもかかわらず、このニュースを一切知らずで、本当にびっくりして、慌てて上司に電話をして確かめたことを記憶しています。当時の上司も何も知らされていなかったことは、当然でしょう。
新聞報道やニュース発信後、正式にM&Aが当該企業から発表されて具体的な買収や統合する日が確定すると、「統合事務局」と呼ばれるプロジェクトチームが設置され、担当役員が選定されます。経営企画部、経理部、人事部などの本社部門、各事業本部などから代表メンバーが選定されます。

この統合事務局が実行リーダー、ファシリテーターとして、PMIを実行していきます。重要な点は、実行段階においては、トップマネジメントではなく、社員が対応するということです。発表後、各決算発表時には投資家・アナリスト向けに、「M&Aにおけるシナジー効果(かなりの確率でこのワードが使われる)」という意味が分かり難い曖昧な言葉をKeyにして、定量的数値目標と定性的目標が発表されます。M&Aでの悪い話、大変な話、マイナスに働く話はほぼ発表されないこととなります。

そこから統合事務局は、急ピッチで活動を活性していきます。経営層や担当役員への報告などの多くの会議体がセットされ、詳細な工程表が作成されます(アクションプランと呼ばれる)。担当割がなされ、それぞれの活動を定期的に進捗管理していきます。ある活動が遅延すると厳しく指摘され、修正アクションを提出し工程表が更新されます。統合事務局には外部のコンサルティング会社やM&Aアドバイザーが参画することも多々あります。定例ミーティング向け資料、課題管理表、報告会向け資料、役員会向け資料など、見た目が美しいパワーポイント資料が多く作成され、その資料がプロジェクターで投影されプロジェクトが日々進んでいきます(ペーパレス化が促進された?などともいわれます!)。気が付くと、あっという間に時間が進み、シナジー効果が検証されるタイミングが来て、目標が達成されていないことが分かり、活動が修正され工程表が更新されていきます。

やや冗長になりましたが、上記のようなことが多く見られるのではないでしょうか?このような活動を続けていくことが、本当に良いのでしょうか?企業の経営層、社員にとって何が嬉しいのでしょうか?何が良いことなのでしょうか?M&Aという大きなイベントが、ややもすると形式的なプロジェクトに変化しているのではないでしょうか。

では、将来へ大きな期待が持てて、経営層、社員にとって、もっと面白いストーリー展開をしていくにはどうしたら良いでしょうか?

PMI実行が難しいと感じられる理由

ここで、人の感情の奥底に流れている、PMI実行が難しいと感じられる主だった理由を考えてみます。代表的な感情を下記に示してみます。これら以外にも、多くの個別理由があると思いますが、いくつかは心当たりがあると思います。

  1. 通常業務にPMI作業がプラスされるだけで負担だけが大きくなる
  2. PMI成功時のメリットが感じられない
  3. そもそもPMI作業は面倒くさい
  4. 文化が違うから端から交わり難い
  5. 現場がより汗をかき不公平な気がする
  6. M&Aを決めた経営層は近い将来退職することを考えると無責任さを感じる
  7. 本当に社員のための決断なのか分からない
  8. 日々忙しいため時間的余裕がない

上記、難しい理由を何とか解決の方向に持っていかなくてはなりません。何が成功のコアになるのでしょうか?

PMIの成功ポイント

著者が考えるPMI実行の成功ポイントをできるだけシンプルにまとめます。
コアなストーリーは、(1)物事の本当の姿を直視し本当の問題を抽出し理解する、(2)人の感情に訴えかけコツコツ地道にできることを実行し続ける、ということです。主要成功ポイントは、下記10点です。

  1. 生感(現場感)を大切に、人の感情に訴える(人の琴線を鳴らす!)
  2. 「~すべき」という「べき論」をしない
  3. できることに集中する(できないことを決める)
  4. 数値をプラスにする領域を変革する
  5. 定性目標は人のモチベーションの元になる
  6. 変え難いのが文化であることを理解する
  7. シャドーワークに目を向ける※(黒子的な調整、ファシリテーションなど、業務分掌に書きにくい役割)
  8. 業務のルーティン化に注力する
  9. 営業領域の統合は絶対に無理をしない(対応を間違うとマイナスインパクト)
  10. PMIは時間がかかること(年単位の時間が必要)
    ※書籍「シャドーワーク」より(著者:一橋大学 一條 和夫氏 他)

ここからは、プロセス、マネジメント、システムの3つについてそれぞれ説明を加えます。

プロセス統合~P~

PMI成功に向けた最重要要素がプロセス統合だと考えています。見直すプロセスには優先順位があり、ここを意識することが重要です。

下記が優先順位の考えです。

  1. 外部への影響が大きい
  2. コスト最適化への影響が大きい
  3. 企業運営への影響が大きい
  4. それ以外

プロセス統合の優先順位

  1. 経理(支払・入金、連結決算)プロセス
  2. 調達(直接・間接)プロセス
  3. 営業管理、事業管理プロセス
  4. 社内稟議、報告プロセス
  5. 人事プロセス
  6. 製造プロセス
  7. 営業プロセス
  8. マーケティングプロセス
  9. 研究開発プロセス
  10. その他プロセス

マネジメント(組織・人材)統合~M~

マネジメント統合は、組織と人材で構成されています。組織については、重複組織の統合、組織名・グループ会社名変更、ビルの統合などとなります。また人材は、人事制度・人事規定の見直し、昇格・昇進制度見直しなどです。組織、人材ともに社員への影響が大きい項目ですが、PMI実行段階において自然的に十分な対応時間を取っていることも多く、絶対に対応が必要な項目であるため、力を込め過ぎず自然体で進めるのが良いと思います。

IT(システム)統合~I~

IT統合、いわゆるIT-PMIも非常に重要となります。

IT-PMIの目的は、「統合後のビジネス・業務に合うシステムを構築する」ということに尽きます。

システム機能の重複をなくし、各々にかかるコストをできるだけ削減します。この時には「コストを削減すること」「予算を確保して統合後のビジネス・業務を支えるシステムを構築すること」を混在させないということです。この2つを混在させて考えると、却って過剰コストになるなど、予想しないことが発生します。

では、IT-PMIを確実に遂行するための一番重要なことは何でしょうか。それは企業がビジネス上の収益を上げるために必要なIT(システム)が何であるのか、をはっきりさせることです。一般用語で、「IT戦略」と呼ばれます。M&Aをきっかけに自社システム全体を見直し可視化します。

例えば、クラウドという考え方があります。アマゾンやグーグルが提供していることで有名です。海外の企業は非常に注目しており、M&Aを含め大きな変革の際には最大限活用されています。セールスフォースなどのクラウドをベースとした製品などはその典型例かと思います。自社で保有しない、変化対応に柔軟、ビジネス収益に貢献できるシステム構築がM&A、PMIにおいては必要です。

ITコスト最適化も重要です。重複や無駄を排除することで、大きな数字的インパクトを創出することが可能です。

ITコストの見直し可能項目(代表例)

  • ハードソフトの保有の見直し
  • システム運用コストの見直し
  • データセンター運用コストの見直し(外部ベンダー契約の見直し)
  • ユーザーID購入コストの見直し
  • ネットワーク利用コストの見直し
  • PC購入コスト、購入方法の見直し

単年度ベースで最適化可能な項目もあり、M&Aにおけるシナジー創出ということにダイレクトに影響を与えます。各項目の本質を見極め、客観的に分析することが重要です。

おわりに

本章を振り返り心構えをシンプルにまとめ、最後としたいと思います。

心構え

  • できることに集中する
  • できないことを決める
  • 人の本質を見極める
  • プロセスとシステムに力を込めて変革する
  • 数値的に影響がある領域を変える
  • 全ての活動に優先順位を付ける
  • 本当にPMI成功には時間がかかる

※補足ですが、著者が所属するコンサルティングファームやM&Aアドバイザー、投資銀行など、PMI実行時には外部との連携も多いと思われます。

外部との付き合い方についても追記します。

信頼できる人を見つける

会社名や資料で判断せず信頼できる人を見つけてほしいと思います。責任者(パートナー、執行役員など)を見ることでその会社の質も分かると思います。PMI実行段階では、途中で逃げないで最後まで伴走してくれる人を選んでほしいと考えます。

主要メンバー

小田原 一史

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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