8.振り返りと再PMI

振り返りと再PMI

新興国進出を企図した現地企業の買収後、経営管理方針・水準の違いを背景として、現地での業務運営、経営管理に悩みを抱える日本企業は少なくありません。経験豊富な経営人材を送り込み、経営管理・合理化を推進してきた投資ファンドから持分取得するようなケースはともかく、創業時からオーナー経営者の属人的経営で成長してきたような、いわゆる「オーナー企業」の買収後は、統制の水準、経営管理品質のギャップに苦しめられることになります。PMIに向けた準備を企図した調査・準備は、買収実行時のデュー・ディリジェンスでは十分ではなく、投資後の対象会社コントロール、シナジー効果創出、経営資源の最大化の観点からの準備が欠かせません。

海外企業買収後のPMIに向けた準備・推進が不十分な場合に陥りがちなのが、図表1に示す「三重苦」です。海外市場の足がかりとなる拠点買収や新規事業を企図した海外での異業種企業買収などの場合、現地市場・対象事業に明るい現地経営陣に買収後も経営を一任しつつ、日本からは取締役を監督者として数名派遣し、モニタリングしながら投資効果の刈り取りを目指していく形態が一般的といえます。

ところが、一定期間を経ると、業績不振や人材流出、財務データの不整合などをきっかけに事業運営に支障が出始めることがあります。海外子会社のオペレーションは本社からの視界に入りづらく、現地の異常に気が付いた頃にはかなり状況が悪化している(見えない)、出向者を通じて状況把握を行おうとしても、現場の状況把握・原因特定を詳細に行うことができない(分からない)、時間をかけて原因を特定しても、出向者は現地社員を巻き込んで迅速に打ち手を講じることができない(動かせない)といった状況に陥りがちです。

このような状況では、対象会社の組織・人事、内部統制、業務報告体制など経営管理全般について今一度あらためて現状の振り返りを実施し、「再PMI」という観点で買収・統合後の事業リスク要因やシナジー創出のための取り組みから買収後の事業戦略を策定し直す契機としたり、業務改善・合理化すべき業務を分析・整理する取り組みが有効です。

いずれの取り組みにあたっても、獲得した対象会社の資産をいかに最大限活用できるか、という観点から今一度対象会社を再評価することが欠かせません。

【図表1】海外企業買収(子会社化)後のPMI準備・実施不足に伴う三重苦

 

 

図表2は振り返りの視点と振り返りに基づくソリューションを図示したものです。円で示される以下4つのフレームワークから現状把握と振り返りを推進しソリューションを検討していきます。

  1. 戦略
    対象会社買収を検討した際の買収戦略やシナジー計画と、現在の戦略に変更や認識のズレは生じていないか、戦略をリセットして再構築する必要性はないか。
  2. オペレーション
    戦略、業務効率性に照らし対象会社のバリューチェーンやオペレーションの合理化、不採算部門・不要資産の見直し余地はないか。
  3. ガバナンス
    特に本社からの「見えない」「分からない」状況が経営管理上、内部統制上リスクとなっていないか。
  4. 組織
    意思決定プロセスや業務の指揮命令系統が不明瞭になっているのはなぜか。人員の最適化を図るため、再アロケーション(または合理化)を図る余地はあるか。

【図表2】振り返り・再評価の視点

 

 

「再PMI」の推進に向けて

現状把握、振り返りで明らかになった課題に応じて以下の諸点に留意しながら再PMIを推進することが肝要となります。通常のPMIは買収直後に実施するため、通常のオペレーションとは異なるプロジェクト的な体制がとりやすい状況にある一方、再PMIにおいては、基本的には普通に業務が回っている状態ですので、あらためて体制を組んで対応しなければならないことを宣言することからスタートする必要があります。

再PMIが必要となるケースと要対応事項を整理したのが、図表3です。買収成立後、形としては統合したものの、統合時に検討した方針が曖昧で具体性に欠けるまま時間が過ぎてしまったり、尊重や一任、といった言葉で語られる対応の不備・不足により、形骸化されたまま放置されることで対応が必要になります。

推進体制・ガバナンスの再設計

  • 推進体制
    再PMIの推進にあたっては、あらためて対象会社幹部と親会社側人員(本社人員および出向者)との混成チームを組成します。完全に現地任せにすると本社側の意思を反映させられず、一方で、親会社側の人員でプロジェクトチームのメンバーを固めてしまうと、実態を踏まえた判断ができないおそれが生じるため、業務の実態情報を把握している対象会社の従業員、親会社側の意向と対象会社業務を理解している親会社側の人員を組み合わせたチームとすることが一般的です。
  • ガバナンス
    親会社側でイニシアチブをとってゴールを示さず、対象会社任せとするケースもありますが、それでは矛盾点やミスの指摘程度しかできず、結果的には対象会社の経営陣の言いなりになってしまいます。あくまで親会社主導でゴールを設計・提示し、そのプランを対象会社経営陣にコミットさせることがガバナンスの基本となります。

統合ビジョン・工程表の再策定

  • 合意形成
    • 対象会社を運営してみて初めて分かることも多く、また、買収時から市場環境が変化していることもあるため、将来に向けた統合のビジョンを再度討議しゴールを設定します。
    • ゴールはアクションプランの形で工程表に落とし込み、両社の経営陣で明確に合意することが不可欠となります。ここを不明瞭なままにしてしまうと、ビジョンやゴールを双方が都合の良いように解釈し、本社の期待どおりに対象会社経営陣が動かないという事態が発生しかねません。
    • 合意事項は「基本方針書」のような形にまとめ上げ、アクションプラン遂行の指針とすることが肝要です。進め方としては、親会社側で「いつまでに何を達成してほしい」というゴールと方針を明確に提示し、それに対して対象会社側で工程表を策定するイメージです。
  • 進捗管理手法の再設計
    • 再PMIにおいては、新たなプロジェクト会議体を設けるよりも通常業務の各種会議体を活用し、管理・検討していくことが可能であり、比較的運営はスムーズとなります。
    • 膨大な資料に進捗情報が埋没されないよう、チェックポイントが一目で一元管理される管理フォーマットが推奨されます。
  • 進捗管理の厳格な実施
    • 進捗管理を行うプロジェクトチームは厳しいことをいわざるを得ないため、“悪者”的な役割となりがちです。従って報告を行う各分科会のリーダーが上位役職者や年長者である場合は躊躇してしまう場面が生じる可能性があります。形骸化を防ぐためには、再PMIのプロジェクトオーナーが進捗管理の重要性を常に強調するなどして、チームの後ろ盾となることで厳格な実施が可能となります。

【図表3】再PMIが必要となるケース

 

 

おわりに

買収後、対象会社への関与や統合推進に対して多くの日本企業が積極的とはいえないなか、「振り返り」と「再PMI」の重要性、ニーズは高まっています。統合直後は通常業務の運営や本社への財務報告対応が優先されがちです。対象会社の経営戦略の振り返りや、業務や組織の合理化・再構築といったテーマこそ、統合後数年経ちチームがお互いに腰を落ち着けて取り組める時期にこそ相応しい前向きな取り組みと捉え、本章で紹介した視点・ポイントを踏まえ一気に推し進めていくことが肝要と考えます。

主要メンバー

鈴木 慎介

代表執行役社長, PwCアドバイザリー合同会社

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古賀 淳一

パートナー, PwCアドバイザリー合同会社

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