ESG情報開示における日本企業の現状と課題

はじめに

世界ではさまざまなESG情報開示の基準が整備され、また、ESG格付が広く使われるようになってきています。ESG投資は日本でも急激に伸展しており、多くの日本企業は積極的なESG情報開示を推進していると考えられます。では、日本企業のESG情報開示の現状はどのようになっているのでしょうか。また、どのような課題を抱えているのでしょうか。当法人では毎年TOPIX100構成銘柄のサステナビリティレポーティングに関する調査を実施しています。

本稿ではその調査結果から見えるESG情報開示における日本企業の現状と課題について考察します。なお、文中における意見はすべて筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

1 ESG情報開示に関連するグローバルの動き

ESG情報開示を取り巻く環境として、1997年のグローバル・レポーティング・イニシアティブ(Global Reporting Initiative、GRI)の設立、1999年にESG格付としてDow Jones Sustainability Index(DJSI)の開始から現在に至るまで、さまざまなESG情報開示の基準が整備され、ESG格付が普及しつつあります。特にESG情報開示に関する最近の動きとしては、2013年の国際統合報告評議会(International Integrated Reporting Council、IIRC)による国際統合報告<IR>フレームワークの発表、2017年の気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures、TCFD)による気候関連に関する情報開示提言の発表、2018年のサステナブル会計基準審議会(Sustainability Accounting Standards Board、SASB)によるSASBスタンダードの発表などがあります。

また、最近の動きとしては、2020年の9月22日発表の、世界経済フォーラム(World Economic Forum、WEF)による「ステークホルダー資本主義の進捗を測定~持続可能な価値創造のための共通の指標と一貫した報告を目指して~※1」と題した報告書があります。同報告書では、企業が業種や地域を問わず報告できる普遍的なESGの指標と開示・報告の枠組みなどが含まれています。すでに多くの企業がこの報告書に含まれる指標をユニバーサルな指標として支持する動きが出ており、具体的にESG情報開示にこれらの指標を組み込む動きも出ていることから、今後注目が集まる可能性があります。

このようにESG情報開示に関してグローバルではさまざまな枠組みが形成されつつあります。

2 日本のESG情報開示の現状と課題

日本国内においては、1990年代前半から環境報告書の発行が始まり、その後1997年の環境省による「環境報告書ガイドライン」の発行を受けて環境報告書を公表する企業が急増しました。その後、環境の取り組みのみならず、社会的側面も含めた情報も開示されるようになっています。特に近年では年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2015年に国連責任投資原則(UN PRI)に署名したことによりESG投資額が急激に増加しています。また、2017年にはGPIFが国内に特化したESGインデックスを選定したことにより、多くの日本企業は積極的なESG情報開示を推進していると考えられます。

では、日本企業のESG情報開示の現状はどのようになっているのか、また、どのような課題を抱えているのでしょうか。当法人が毎年実施しているTOPIX100構成銘柄のサステナビリティレポーティングに関する調査の結果から、ESG情報開示における日本企業の現状と課題について考察します。

(1)レポーティング形態

企業は統合報告書、年次報告書、サステナビリティレポート、CSRレポート、ESGデータブックなどさまざまなレポーティング形態でESG情報を開示しています。TOPIX100構成銘柄では全体の90%の企業が統合報告書を発行しており、2018年の76%から大幅に増加しています(図表1)。

図表1 統合報告書およびサステナビリティレポートの発行数(2018・2019年)

一方で、サステナビリティレポート(CSRレポート、ESGデータブック含む)を発行している企業は、2018年の67%から2019年は69%となっています。つまり日本企業は、主に投資家やESG格付向けの情報としてESG情報と財務情報をあわせて開示する統合報告書の形態が主流となっていると考えられます。

では、グローバルではどのようにESG情報開示の形態がトレンドとなっているのでしょうか。持続可能な開発のための経済人会議(World Business Council For Sustainable Development、WBCSD)の調査によると、グローバルでは、サステナビリティレポートのみを発行している企業の割合は依然として高く、2015年は74%を占めていましたが、2019年には60%に減少しています。一方で、非財務情報を含めた財務報告書を開示する企業、または名称を統合報告書として開示する企業の割合は2015年の26%から、2019年には40%まで増加しています(図表2※2

図表2 企業のレポーティング形態

したがって、日本企業はグローバルと比較してレポーティング形態として、財務情報とESG情報をあわせて報告する統合報告書の割合が高く、一般的となりつつあると考えられます。では、具体的にESG情報開示の質はどうなっているのでしょうか、レポーティング形態のみでは判断できないため、以下それぞれの観点からレポーティングの質に関して考察します。

(2)レポーティング基準

日本企業が統合報告書やサステナビリティレポートを作成する際には、どのようなグローバルのレポーティング基準を活用しているのでしょうか。企業が活用するサステナビリティレポーティングのツールとして、GRIスタンダードがあります。調査対象企業のうち約8割の企業がなんらかの形でGRIスタンダードを参照してレポートを作成しており、グローバルレポーティング基準を活用しています。

次に統合報告書のレポーティング基準としては、国際統合報告<IR>フレームワークがあります。国際統合報告<IR>フレームワークにおいて、統合報告書は、組織の外部環境を背景として、組織の戦略、ガバナンス、実績および見通しが、どのように短期・中期・長期の価値創造を導くかについての簡潔なコミュニケーションであるとしています。また、その目的は財務資本の提供者に対し、組織が長期にわたりどのように価値を創造するかについて説明することであり、それゆえ統合報告書には、関連する財務情報とその他の情報の両方が含まれるとしています。図表3に記載されているとおり、企業は財務資本だけではなく、非財務資本である製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本を活用し、どのようなアウトカムを社会に創出し、中長期的に価値創造をしているか、もしくは今後どのような価値創造をするつもりかを報告することが求められています※3

図表3 国際統合報告<IR>フレームワークにおける価値創造プロセス

調査対象企業で統合報告書を発行している企業が国際統合報告<IR>フレームワークをなんらかの形で参照している割合は26%となっています。また、上記のフレームワークに含まれている非財務資本(製造、知的、人間、社会関係および自然)のうち少なくとも1つの資本について、インプットまたはアウトプット観点からビジネスモデルを説明している企業については46%となっており、統合報告書の作成において、国際統合報告<IR>フレームワークはGRIスタンダードと比較して、広く活用されていない状況にあるといえます。国際統合報告<IR>フレームワークを参照している企業がどこまで同フレームワークに沿った開示をしているかは詳細な分析が必要となりますが、国際統合報告<IR>フレームワークが提唱する統合思考・統合マネジメントがまだ実践されていない状況にあることから、財務情報と非財務情報を合わせた報告書を統合報告書として発行している可能性があります。

加えて、米国上場会社が米連邦証券取引委員会(SEC)に提出を義務づけられている財務書類において持続可能性情報を開示する際の基準を設定することを目的として策定されたSASBスタンダードがあります。SASBスタンダードを参照している企業は、GRIスタンダードや国際統合報告<IR>フレームワークと比較するとさらに少なく、全体の13%にとどまっています。この要因としては、SASBスタンダードが発表されて間もないこと、また、当初SASBは米国上場会社をターゲットとしていたためと考えられます。しかし、最近では投資家から高い関心が示されており、今後注目が高まっていくでしょう。

(3)戦略

サステナビリティの課題に対応するための戦略や計画を有している企業は全体の80%を占めています(図表4)。そのうち環境領域のみの戦略は10%となっており、環境領域以外(社会やガバナンス)を含めた戦略を有する企業は70%となっています。つまり、多くの企業は環境領域にとどまらずESGの複数の領域を包括した戦略や計画を有しています。一方で、サステナビリティ戦略・計画を有している企業のうち、それをビジネス戦略と関連づけている企業は56%となっています。これは、サステナビリティ戦略・計画はビジネス戦略とは独立して存在している可能性があり、企業のサステナビリティがビジネスに対してどのような影響があるのかが、十分に分析されていない可能性があります。

図表4 サステナビリティ戦略・計画を有している企業

(4)マテリアリティ

企業が最も多く活用しているGRIスタンダードが提唱する企業にとって重要な課題であるマテリアリティについては、91%の企業が特定しています。マテリアリティはサステナビリティレポーティングにおいて最も重要なステップのひとつであり、日本企業においてもマテリアリティの特定は一般的になっていると考えられます。しかしながら、マテリアリティがなぜ企業にとって重要なのかを説明している企業はマテリアリティを特定している企業のうち約半数となっています。

また、マテリアリティは特定しているものの、開示内容と特定したマテリアリティとの整合(マテリアリティに基づいてレポートが構成されている)を図っている企業は、35%のみとなっています。これは、GRIスタンダードに沿って、企業はマテリアリティを特定しているものの、マテリアリティの自社にとっての重要性の観点が十分に分析されていない可能性があります。さらには、マテリアリティに沿って取り組みが十分に管理されていない可能性があります。

(5)目標値・KPI

サステナビリティの取り組みを管理するためには、戦略や計画に基づいた目標・KPIの設定が重要な要素です。マテリアリティを特定している企業のうち、少なくとも1つのマテリアリティに対してKPIを設定している企業は87%、2つ以上のマテリアリティに対してKPIを設定している企業は71%となっており、多くの企業が特定したマテリアリティに対するKPIを設定しています。

その一方で、特定したマテリアリティに対する中・長期の定量的な目標値を設定している企業の割合は60%となっています。これは、特定したマテリアリティに対して企業が取り組みを管理するために、中・長期的に何を目指して取り組んでいくのかを定量的に示せていないことを表していると考えられます。

(6)ガバナンス

サステナビリティを管理するためのガバナンス体制については、80%の企業がサステナビリティガバナンスの構造として、サステナビリティ/CSR委員会やサステナビリティ部門などを設置しています。したがって、企業の中でサステナビリティを管轄するガバナンス体制はおおむね整備されつつあると考えられます。グローバル先進企業では、サステナビリティを管理するためのガバナンス体制として、取締役委員会としてサステナビリティ委員会を設置し、取締役の報酬を決定する要素のひとつにサステナビリティを含める動きも出ています。日本企業においてもトップマネジメント層を含めたガバナンス体制の構築が今後求められていく可能性があります。

(7)第三者保証

企業が公表している各種データの信頼性・透明性を確保するためには第三者によるデータの保証が必要となります。多くのESG格付においても環境および社会データに対して第三者保証の有無が問われています。マテリアリティを特定しKPIを設定している企業のうち少なくとも1つのKPIについて第三者保証を受審している企業は78%となっています。しかし、すべてのKPIに対して第三者保証を受審している企業は2.5%にとどまっています。日本企業は環境データに関する第三者保証の受審割合が多いものの、社会データに関しては依然として低い割合にとどまっていると考えられます。

3 まとめ

日本は投資家が意思決定において非財務情報を重視しつつあることを認識しており、多くの企業がESG情報を積極的に開示する動きがあります。多くの企業はGRIスタンダードを参照した報告書を発行し、財務情報と非財務情報を統合した統合報告書を発行する企業は増加傾向にあります。また、多くの企業で環境領域のみならずESGの複数の領域を包括した戦略や計画を有しており、GRIスタンダードが提唱するマテリアリティを特定しています。

しかしながら、ESG情報の質の観点からは依然として課題が残っています。サステナビリティ戦略・計画は有しているものの、それをビジネス戦略と関連づけていない企業が約半数に上ります。また、マテリアリティは特定しているものの、マテリアリティと開示内容との整合性が取れていない企業やマテリアリティに対する中・長期の定量的な目標値を設定していない企業があります。そして、設定しているKPIに対して第三者保証を受審している企業は増えつつあるものの、すべてのKPIに対して第三者保証を受審している企業は低い水準にとどまっています。

今後、日本企業がESG情報開示の質を向上させるためには、自社が特定したマテリアリティは企業のビジネスにとってなぜ重要か、特定したマテリアリティに対して取り組みを管理するための目標・KPIが設定されているかなど、改めて自社のESG情報開示内容を見直す必要があります。ESG情報開示の価値は、企業に対して意思決定するステークホルダーに対する透明性の確保と説明責任を果たすことであり、ステークホルダーとのエンゲージメントを通じて、開示した情報に対してステークホルダーの期待にどれだけ応えられているかを確認することが重要です。


※1 2021年4月現在、和訳はなく英語版「Measuring Stakeholder Capitalism: Towards Common Metrics and Consistent Reporting of Sustainable Value Creation」が以下で公開されている。
https://www.weforum.org/reports/measuring-stakeholder-capitalism-towardscommon-metrics-and-consistent-reporting-of-sustainable-value-creation

※2 WBCSD, Reporting matters 2019 , 2019. https://www.wbcsd.org/Programs/Redefining-Value/External-Disclosure/Reporting-matters/Resources/Reportingmatters-2019

※3 IIRC, The International <IR> Framework (January 2021) , 2021. https://integratedreporting.org/wp-content/uploads/2021/01/InternationalIntegratedReportingFramework.pdf


執筆者

田原 英俊

PwCあらた有限責任監査法人
サステナビリティ・サービス
パートナー 田原 英俊

森 悠介

PwCあらた有限責任監査法人
サステナビリティ・サービス
マネージャー 森 悠介

吉原 大樹

PwCあらた有限責任監査法人
サステナビリティ・サービス
シニアアソシエイト 吉原 大樹