サステナビリティ経営を加速するデジタルトランスフォーメーション(DX)

はじめに

世界経済フォーラムでも熱く議論されているように、世界中で、シェアホルダー資本主義からステークホルダー資本主義への変化がすさまじい勢いで進もうとしています※1。持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)の実現に向けたさまざまな挑戦や、ESG投資のメインストリーム化は、国家、企業、コミュニティ・個人を巻き込み、世代を超えて、地球全体のサステナビリティを直視しようとしています。

同時に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックへの対応を通じて、世界各地でSociety 5.0(サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会)へのシフトも急激に加速しています。

地球全体の持続可能性に対する人々の関心の変化と、急激なイノベーションやテクノロジーの利活用の進展という、世界中で巻き起こっている2つの大きなうねりは、サステナビリティ経営の実践に重要な影響を与えると私は考えています。自社のパーパス(存在意義)を念頭に、重要な社会課題を解決することを通じて持続的な価値創造を実現するためには、デジタルトランスフォーメーション(DX)を積極的に推し進め、その力を自らの武器にすることが非常に有意義であると思います。

本稿では、こうした視点から、サステナビリティ経営の質的な「特徴」に注目しながら、その実現のための「DXの役立ち」について、5つの視点から考察します。なお、文中における意見は、すべて筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

1 サステナビリティ経営を加速するDX

1.サステナビリティ経営の取り組みは、連結グループの範囲を超える

特徴

伝統的に、企業活動の財務的価値は連結グループ内を主な管理・報告対象として認識と測定が行われ、開示されてきました。一方で、ESG情報に代表される非財務情報は、企業活動によって生じる外部不経済をも検討・報告の対象としています。このため、企業活動の非財務価値は、連結グループの範囲を超えて、認識し測定することが不可欠です。このため、適時適切にサステナビリティ経営を実現していくためには、取引先・サプライチェーン全体を対象として、すなわち、連結グループの範囲を超えてステークホルダー全般を俯瞰し、経営に目端を利かせることが重要になります。昨今では、上流から下流までの取引全体、エンド・ツー・エンドを視野に入れることはもとより、その両端をつなげる形で、いかにして循環型経済を構築できるかということも注目され始めています。

DXの役立ち

自社の連結グループの範囲を超えて経営に目端を利かせるためには、経営の執行・監督・監査等のそれぞれの目線から、適時適切に意思決定を行う基礎となる情報ダッシュボードが必要です。人海戦術によらない、取引先をも含めた情報基盤が非常に重要な役割を担います。

折しも、2020年11月に、経済産業省より、デジタルガバナンス・コードが公表されました※2。このコードでは、「ビジョン・ビジネスモデル」、「戦略」、「成果と重要な成果指標」、「ガバナンスシステム」の4つの視点から、基本的事項や望ましい方向性が提示されています。特筆すべきは、その対象範囲です。このコードの冒頭で、その対象範囲は、「上場・非上場や、大企業・中小企業といった企業規模、法人・個人事業主を問わず広く一般の事業者とする。また、ステークホルダーという用語は、顧客、投資家、金融機関、エンジニア等の人材、取引先、システム・データ連携による価値協創するパートナー、地域社会等を含む」ことが明記されています。

サステナビリティ経営の実現のためには、自社の連結グループの範囲を超えて、コラボレーションを行うステークホルダーとの情報基盤、デジタルプラットフォームがどのような状態にあるのかをよく把握・理解したうえで、情報ダッシュボードを磨き上げることが大切です。

2.サステナビリティ経営の実践のためには、無形資産に関する情報収集・算定が重要な役割を担う

特徴

サステナビリティ経営の実践のためには、さまざまな無形資産を、インプット、アウトプット、アウトカム等のかたちで認識・測定し、自社グループの経済的影響のみならず環境・社会へのインパクトもわかりやすく開示することが有意義です。人的資本や社会・関係資本、知的資本や自然資本等については、直接的な認識・測定が可能なものもありますが、中には間接的な認識・測定しかできないもの、一定の仮定や試算を必要とするものも多く含まれています。

例えば、自社グループを含む事業活動の環境に関わる影響として、あらゆる排出を想定・合算した「サプライチェーン排出量」を算出する場合には、継続的にさまざまな項目のデータを収集し計算するプラットフォームが重要な役割を果たします※3

DXの役立ち

多くの上場企業においては、自社の連結グループの範囲については、いわゆる連結パッケージを用いた定期的な情報収集・分析を実施していると思います。無形資産に関する情報の収集にあたっては、こうした連結財務報告のためのグループ内の情報基盤を拡張して利用することも有効です。また、必要に応じて、データ・レイク(構造化・非構造化データを格納・管理し、さまざまな活用を行う前処理等を行えるシステム上の環境)等の情報基盤をあわせて構築・活用しながら、連結グループ内の非財務情報分析の基礎となるITシステムを利活用することも有意義です。

加えて、リスクマネジメントの観点からは、自社グループのみならず取引先企業も含めて、さまざまな公式・非公式の情報を収集・活用することも有効です。例えば、製造販売業の場合、自社在庫だけでなく、市中在庫も含めて最適な流通販売量を予測・管理することで廃棄を減らし、環境負荷を低減することを実感されている方は多いと思います。そうした経験は、非財務情報の分野にも応用できます。例えば、自社の元従業員の口コミや、取引先の従業員等のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)でのつぶやきなどから、関与する人々のモチベーションの変化をつかんだり、個々の現場で今まさに顕在化しそうになっているリスクの兆候を、いち早く察知したりすることができるようになるかもしれません。

3.サステナビリティ経営の実践のためには、非財務情報の確からしさを支える内部統制も重要

特徴

情報の確からしさは、一般的には、第三者的な監査・保証制度が整備・運用されている制度開示と、そうした仕掛けが必ずしも整備・運用されていない自主開示とで大きく異なります。サステナビリティ経営の実践のためには、外部監査制度が整備されている財務情報に加えて、重要な非財務情報についても確からしさを高めるべく工夫をすることが有効です。

非財務情報については、情報開示のフレームワークはもとより、過年度遡及訂正の方法やデータ開示の在り方、保証の方法や制度など、今後、議論すべき論点は多数ありますが、企業経営者が今すぐに挑戦できることとして、重要な非財務情報に関する内部統制の整備・運用があります。

DXの役立ち

我が国では、上場企業を対象として、10年以上にわたり取り組まれている財務報告に係る内部統制報告制度(いわゆるJ-SOX)において、IT全社的統制、IT全般統制、IT業務処理統制等が整備・運用され、評価されてきました。こうした内部統制の整備・運用・評価の経験を、非財務情報の分野に積極的に活かすタイミングが到来しています。

2013年5月、米国COSO(トレッドウェイ委員会組織委員会)が、1992年発行の「内部統制の統合的フレームワーク」を全面的に見直した改訂版を公表しました。この改訂版においては、外部向け・財務報告にとどまらず、外部向け・内部向け、財務報告・非財務報告に関する内部統制の重要性が改めて喚起され、フレームワークの対象範囲が拡大されました(図表1)。

図表1 改訂COSO内部統制フレームワーク

資料:COSO資料等をもとに作成

それから8年が経過しました。今、世界では、アジャイル・ガバナンス、AIガバナンス、プライバシー・ガバナンス、クラウド・ガバナンスなど、サイバーフィジカルシステムについてのガバナンスが活発に議論され、さまざまな提案がなされています※4。グローバル・ガバナンスやリスク管理、内部統制そのものへのDXの活用も多くの企業・地域で進展しつつあります。

こうした変化を意識しつつ、これまでの経験をもとにDXを活用し、非財務報告に関する内部統制を強化することが有意義です。

4.サステナビリティ経営の実践のためには、ステークホルダーとの対話が重要

特徴

企業報告をめぐるトレンドは、開示から対話へ、対話から経営変革へとシフトしています。実務において、企業が開示したことが、そのまますべてのステークホルダーに開示当事者の意図どおりに理解されることはまずないといっても過言ではありません。情報の送り手が「伝えること」と、情報の受け手に「伝わっていること」との間には多少なりともギャップが生じます。情報の送り手と受け手がそのギャップを認識し、解消していくことは、開示と対話の質を高めていくうえで不可欠です。いつ、何が、どのような人にどの程度の時間をかけて読まれているのか(いないのか)を、情報の送り手がより正確に把握・理解することができれば、ステークホルダーとの対話をより有意義なものにすることができます。

DXの役立ち

①アクセス分析

これまでは、アニュアルレポート等を作成・印刷し、配布・送付後に、アンケートやインタビュー等からフィードバックを入手するのが、開示と対話の基本的な方法の1つでした。しかしデジタルツールを活用すると、これらに加えて、いつ、どこの、どのような人が開示ファイルにアクセスし(またはダウンロードして)、どの部分をじっくり読んでもらえたのかなどを理解することができるようになります。データの入手・活用にあたっては、適切に個人情報が管理されていることが大前提となりますが、開示当事者は、今までとは違うやり方で「読み手」を意識することができるようになります。

②テキストマイニングの活用

こうした理解を進めることができれば、開示当事者は、どの時期に、どのようなステークホルダーが関心を寄せているのか、どのようなキーワードが注目されるのか等、をより積極的に意識した開示を行うことができ、対話の質を向上させることができます。近年、記述情報の充実や、監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters:KAM)の全面適用など、わが国の制度開示においては、情報量が飛躍的に増大しています。このため、キーワード検索やテキストマイニング、人工知能(AI)などを活用して、ロボットが一次スクリーニングを行ったうえで、人間が情報を分析するという手順で情報を利用している機関投資家等も増えつつあります。このような技術の進展を踏まえれば、人間だけでなく、ロボットが読める形で情報を提供することも有意義です。

我が国では、有価証券報告書等を閲覧するためのEDINETをはじめ、データ分析に適した基盤がすでに整備・活用されています。情報開示後に、自社のデータがどのように情報収集の対象となり、分析され利用されているか、情報の利用者の行動を綿密に理解・意識して、情報開示を行うことが、開示と対話の質の向上につながります※5

③音声認識・自動翻訳等の活用

COVID-19対応で、リモート・オンライン形式での決算説明会や株主総会が急速に普及・定着しつつあります。こうした変化に合わせるように音声認識や自動翻訳などの技術も目覚ましく進化しています。折しも、今年のコーポレートガバナンス・コードの改訂をめぐる重要な論点のひとつに、英文開示の充実についての議論がありました。

今後は、音声認識や画像認識等を利活用し、開示当事者内においてデジタルコンテンツマネジメントをより一層強化して、文書・テキスト以外も含めた開示情報の全般における一貫性・結合性を向上させることが期待されます。また、英文開示をはじめとする多言語開示等を通じて、より多くのステークホルダーへの開示と対話を加速することも望まれます(図表2)。

図表2 DXが進化させる対話の形

資料:PwC作成

5.サステナビリティ経営の実践のためには、バックキャスティングによる意思決定が有意義

特徴

時として、経済価値、環境価値、社会価値のそれぞれは、トレードオフの関係になることが多く、同時にバランスよく達成することが非常に困難なことがあります。また、時間軸の差は、こうしたバランスをとることをより一層複雑な課題にしています。

これまでは、自社グループの経営活動がもたらす経済価値、環境価値、社会価値を、さまざまな角度から予測したり、複数の時間軸を設定して検証したりすることは、非常に骨が折れる作業でした。

DXの役立ち

COVID-19のパンデミック対応の過程において、ロックダウンをいつまで続けるのか、いつ解除するのかという意思決定は、世界中の政府を悩ませている課題のひとつです。この課題に向き合う中で、ITシステムを活用して、ロックダウンを解除するタイミングごとの将来予測をさまざまな変数でシミュレーションし、その未来予測結果から逆算して今の意思決定を行っていくという思考プロセスが、さまざまな局面で見られるようになりました。

このように、未来をさまざまな角度から予測し、そこからバックキャストして今の経営意思決定を行うこと、さらには、こうした未来予測と今の意思決定とのPDCAサイクルを高速で回し続けることは、デジタルツールを使うことで非常に容易にできるようになりつつあります。

これまで経営の現場で実践してきた、予算・実績の差異分析を主眼とするフォーキャストの分析・思考法に加えて、高速で未来を予測し、そこから現在に引き戻して意思決定や行動を柔軟に変えていくバックキャストの分析・思考法を組み合わせることで、今までとは一味違う意思決定が可能になります(図表3)。

図表3 DXが支えるフォーキャストとバックキャストの融合

資料:経済産業省「GOVERNANCE INNOVATION: Society5.0の実現に向けた法とアーキテクチャのリ・デザイン」報告書等をもとにPwC作成

2 おわりに

日ごろ、多くの経営者の方々と議論させていただく中で、サステナビリティ経営の実践にあたっては、人間の意識改革や努力だけでなく、デジタルツールやAI等を積極的に活用することで、今までとは違う、新しい世界が切り拓かれると感じています。いうなれば、「人間とAIのダイバーシティ」こそが、まだ見たことのない明日の世界を創造する、ひとつの重要な切り札になりそうな予感です。皆様とともに、この変化を楽しみながら、試行錯誤を繰り返しつつ、あらたな挑戦を続けて参りたいと思います。


※1 例えば、世界経済フォーラムのWeb サイトを参照。World Economic Forum,“Measuring Stakeholder Capitalism:Towards Common Metrics and Consistent Reporting of Sustainable Value Creation”
https://www.weforum.org/stakeholdercapitalism

※2 経済産業省「デジタルガバナンス・コード」2020年11月9日
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/dgs5/pdf/20201109_01.pdf

※3 環境省「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム:サプライチェーン排出量算定をはじめる方へ」
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/supply_chain.html

※4 例えば経済産業省は、「Society5.0」を実現していくために、多様なステークホルダーによる「アジャイル・ガバナンス」の実践が必要であることを示す「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2: アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて」報告書(案)を2021年2月19日に公表し、4月18日までの予定でパブリックコメントを募集している。
https://www.meti.go.jp/press/2020/02/20210219003/20210219003.html

※5 開示情報のテキストマイニング分析の例示として、例えば、PwCの「有価証券報告書から読み解くコーポレートガバナンスの動向-テキストマイニングによる分析-」等がある。
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/corporate-governance-trend2020.html


久禮 由敬

PwCあらた有限責任監査法人
リスク・デジタル・アシュアランス部門兼ステークホルダー・エンゲージメント・オフィス、
PwCあらた基礎研究所 担当
パートナー 久禮 由敬